橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第八章

54.

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(背後注意)

 加賀さんは無理やりあたしの足を開かせると、下着に顔を埋めて深呼吸をし始めた。
 むりむりむりむりきもいきもいきもいきもい!
 身の危険を感じたあたしは、ありったけの力を込めて加賀さんの背中を何度も殴った。
 こいつは愛莉を異常なほど崇拝してる。柚留ちゃんの名前をだせば、あたしがついてくると思ってあんなこと。

「愛莉さんの(自主規制)」

 加賀さんがなにを言っているのかはわからないけど、ずるずると下着を引っ張られて、簡単に下着の下にあるものが丸見えになる。変態に触られたって不快でしかないはずなのに、加賀さんの舌が直に突起に触れた瞬間、全身がぞわぞわして思わず声がででしまった。

「や、めてぇ」

 加賀さんの舌が激しく動く。感じたくないと意識すればするほど、吐く息が甘くなっていく。

「愛莉さん、かわいい、愛莉さん」

 よくある動画のシチュエーションのひとつに、好きでもない男にされて……なんてのがあるけど、あたしはああいうの、絶対に理解できないと思ってた。
 だってあれは好きな人だから感じるものなのに、好きでもない人にされたって気持ち悪いだけでしょう。
 それなのになんだこれ。あたしはどうしてこんなに濡れてるの?
 やっぱ顔?
 加賀さんの顔がいいから濡れちゃうの?

「加賀、さん」

 やだ、そんなでみないで。そんなにみられながらされたら嫌でも感じちゃう。
 やばい、やばいって、だめだめだめだめぇ。

「ん、ん」

 耐え難い悦があたしの中を駆け巡る。加賀さんのテクが凄いのかわからないけど、あたしはまた加賀さんでだめになったんだ。
 あたしがこんな目に遭っても愛莉はでてこないんだね。
 薄情者。

「愛莉さん、チュウしよぉ?」
「え?」
「あ、あっ、愛莉さんを舐めた口でなんて汚いよね! いま、お口をゆすぐから待っててね!」

 加賀さんはペットボトルに入ったお茶をひとくち口に含むと、車の窓を開けてぺっ、と吐きだした。
 やっぱり逃げるならいまだろうか。あたしはドアを開けて車から飛びだした。

「……でれた」

 正直こんな簡単にでられるとは思ってなかったので、一瞬反応が遅れてしまう。片足にくるくると巻きついた下着を上まで持ち上げると、あたしはその場から走って逃げようとした。

「こら、愛莉!」
「ひっ」
「だめだろ愛莉、ちゃんと大人しくしてなきゃぁ」

 そりゃそうだ。柚留ちゃんの名前を使ってまで嘘を吐いてきたんだから、こんなところでみすみすあたしを逃がしてくれるはずがないじゃないか。
 わかってはいたけど、やっぱり怖い。加賀さんのあたしをみる目が、あたしを逃がさまいと腕を強く握る手が、別人みたいで怖い。

「愛莉ぃ」
「や、やだ! 離して!」

 アニメや漫画やドラマの世界だったら、こういう時に運良く誰かが助けにきてくれるのに、現実だとそうはいかない。だから毎日のように誰かが誘拐されたり殺されたりしてるんだ。もしかしたらあたしも……なんて、考えたことはなかったけど。
 だってそうなる人達は運の悪い人達で、あたしには関係ない。あたしの身にはなにも起こらない。平和に老後を迎えて寿命で命が尽きるんだと、いちみりも疑ってこなかった。

「ねえなんで逃げるの? お口ならゆすいだから汚くないよ?」
「やだ、やだぁ!」
「可哀想な愛莉。僕が橋本の代わりに愛してあげる。ほら、わかるかな? これ、なんていうか知ってる?」

 汚物をお尻で感じると、嫌悪感が増してくる。あたしの意に反して身体が快感を得るなんて嫌。それだけは絶対に避けないと。

「ほら、愛莉さんがほしがってるのに愛莉が嫌がってちゃだめじゃないか。大丈夫、痛くしないから」
「だ、誰か助けてぇ!」

 ほらね。アニメや漫画やドラマの世界じゃないんだから、誰も助けにきてくれない。あたしの身はあたしが守らないと。
 背後から下着をずらされると、なにかをぴとりと当てられた。
 こいつ、このまま無理やりする気だ。

「ん……ちょっと渇いちゃったかな? ゆっくり、ね」

 きしょい。まじむり。こんな奴に穢されるくらいなら死んだ方がマシ。お兄ちゃん以外の人のなんて入れたくない!

「……うざ」
「ん? なんか言った?」
「おい、その汚ねぇの仕舞っとけよ」
「……愛莉、さん?」
「聞こえなかったのか? こっちはてめぇなんかに興味ねぇんだよ。いつまでも初恋を引き摺ってんじゃねぇっての」
「あ、ああ! 愛莉さん! 会いたかったよ愛莉さん!」

 こいつはお兄ちゃんの仕事先の上司で、あたしも何度か会ったことがある。初めてみた時の印象は、笑顔を貼りつけたきしょい奴だった。
 思った通り、蓋を開ければただの変態野郎で、なんのギャップもなくてつまらない男だと思っていた。
 こいつはあたしに初恋なんだと言っていた。こっちからしてみればその歳で初恋かよって思うし、初恋があたしなんかで可哀想だと思った。
 蓋を開けてからのこいつはきしょさ全開であたしを口説いてきた。何度断ってもしつこく付き纏ってくるし、いつまでもあたしが好きだった。
 たまたまあたしが事故に遭ったからこいつの相手をしなくて済むようになったのに、こいつはそれでも愛莉にあたしを重ねてあたしの身体を好き勝手しようとした。
 こいつのことなんか心底どうでもよかったけど、お兄ちゃんに触れられた部分が犯されるのだけは嫌だった。だからあたしがでてきたってわけ。

「離れろクソが。柚留がいるくせにまだ足りないのかよ」
「あっははぁ♡ 僕が柚留だけで満足できるはずないじゃないかぁ!」

 こいつにとって、あたし以外の女は代品でしかない。だからといって、あたしを抱いたところで満足できるような身体でもないだろう。こいつはもう満たされない。あたしの所為で滅茶苦茶だ。
 それをこいつ自身もわかっているはずなのに、あたしを必要以上に崇拝することで誤魔化してるだけ。同情する価値もない。

「これ、きしょいから柚留に突っ込んできなよ」
「柚留はいま生理なんだ」

 なるほどね、だから愛莉に近づいたんだ。
 てか、柚留じゃなくたって女は山ほどいるんじゃないの?
 まさか皆して生理とか言わないでしょ。むしろそうだとしたら、それはお前とはしたくないって言われてんだよ。ウケる。

「じゃああたしも生理♡」
「嘘が下手だね愛莉さん」

 チッ、だめか。騙されると思ったのに。

「きしょい、むり、死ね」
「あっはぁ♡ 僕は棘があればあるほど愛を感じるって知ってるくせにぃ♡」

 超がつくほどのド変態。あたしが毒を吐こうが甘い蜜を垂らそうが、一生こない蛙化現象。どんなあたしでも受け入れる良心的なファン。

「ねぇねぇ、どうして愛莉さんはずっと愛莉の中にいるの? 知らない女に自分の身体を好き勝手にされて嫌じゃないの? やっぱり橋本がいないからそこにいるの?」
「黙れクソ野郎」
「あ、もしかして図星だった? 気にしてること言われて傷づいた? だったら僕が慰めてあげる。愛莉さんが喜んでくれるなら、いくらだって力を貸すよ」
「はっ、笑わせんなよ。てめぇ如きがあたしを慰められるかよ」
「ねぇ、僕が橋本と会わせてあげるって言ったらどぉする?」
「は?」

 こいつがお兄ちゃんをどうにかできるわけないじゃん。まさか死者を生き返らせる儀式かなにかをやるつもり?
 それともお兄ちゃんにそっくりな人を探して連れてくるとか。
 だとしてもむりでしょ。それは似てるだけでお兄ちゃんじゃない。声も匂いも喋り方も触れ方も一緒なんてありえない。だからこいつにどうにかできるわけがない。
 そうは思っても一瞬、揺れる。もしかしてって思っちゃう。あたしの好きはそれくらいの好きよ。

「会いたいよねぇ。もしまた橋本に会えたらどうしたい? 好きだって言いたい? 恋人になりたい? 身体を重ねてきもちよくなりたい? 愛莉さんが望むなら僕が全部叶えてあげる」
「叶えるってどうやって? 具体的な方法がわからないうちは信用できない」
「えっとね、実はもう完成してるんだ。だから愛莉さんさえよければいまから橋本に会わせてあげる」

 実はもう完成してる?
 完成してるってなに?
 心臓の鼓動が早くなる。こいつについて行けば本当にお兄ちゃんに会えるの?
 このチャンスを逃したら本当にお兄ちゃんに会えなくなるのでは。こんなに自信たっぷりに言うってことは、本当に。

「……嘘だったら殺すわよ」

 物騒な言葉とは裏腹に、あたしのきもちは昂っていた。だってもしも本当に会えるなら、あたしはお兄ちゃんにもう一度触れたいと思っていたのだから。

「はぁい♡」

 加賀はにこりと笑顔を浮かべると、車を数分走らせた。
 嘘だったら本当に殺そう。
 そう思いながら窓の外を眺めていると、車が止まった。

「着いたの?」
「うん。連れてくるからちょっとまっててね♡」

 着いた場所は閑静な住宅街の中に異様な存在感を放つマンションの前だった。
 なんでこんなところにマンションがあるんだろう。しかもオートロックつきじゃん。
 待つこと数分、マンションからでてきたのは加賀ともう一人。

「……え」

 あたしは自分の目を疑った。加賀の隣にいるあれは、どうみてもお兄ちゃんだったから。

「お待たせぇ♡」
「……ほ、本当に、お兄ちゃんなの?」

 声が震える。まさか、本当にそんなことが。

「……愛莉、久しぶり」

 声まで同じだなんて嘘。お兄ちゃんのそっくりさん?
 体型が同じ人がお兄ちゃんの真似をしているの?
 だってそうじゃなきゃ変だよ。お兄ちゃんは死んだのに。

「な……んで……」
「言葉に詰まる愛莉さんかぁいい♡ あのね、あのね、愛莉さんのために僕が橋本を作ったんだ。顔も性格も喋り方も声も匂いもなにもかも寸分違わず作ったから間違いないよ」
「は?」
「触り心地だってほら!」

 加賀がそう言うと、お兄ちゃんがあたしを優しく抱き締めた。お兄ちゃんの腕の中はとても温かくてドキドキした。

「ほら、これだって橋本のだよ。形も大きさも橋本と一緒」

 加賀の手があたしの手を掴むと、勝手にお兄ちゃんの下半身へと誘導する。
 本当だ。本当にお兄ちゃんだ。

「ねぇ、今度こそ橋本との子供がほしい?」

 加賀があたしの耳元で誘惑する。そんなの、いえすに決まってる。あたしをみつめるお兄ちゃんの目。あたし、この目、好きだなぁ。
 あたしはお兄ちゃんと手を繋ぎながら、マンションの中へと消えていった。
 エレベーターに乗った瞬間、お兄ちゃんがあたしを抱き寄せる。
 この匂い、超好き。嗅いでるだけで濡れてくる。

「しよっか」
「え? で、でもこんなところじゃ誰かきちゃうよ」
「大丈夫」
「あっ」
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