53 / 97
第八章
53.
しおりを挟む
あたしの人生、ぐるぐるぐるぐる廻ってる。まるであたしじゃないみたい。そりゃそうだ、あたしはあたしじゃないんだから。
「……加賀さん?」
あたしの目の前には何故か加賀さんがいた。そう、あの加賀さんだ。鹿児島さんに会いに行った帰り道。あたしは加賀さんとばったり会ってしまった。
「愛莉さん、こんばんは」
「……こんばんは」
「よかった。此処にいれば会えると思ったんだ」
「はぁ」
此処、流の家の近くなんだけど。どうして加賀さんはあたしが此処を通るって知ってるんだろう。
ああ、そういえばこの人には柚留ちゃんがいるんだった。柚留ちゃんなら簡単にあたしの居場所を掴みそうだもんね。
「……なにか用ですか?」
「うん。実はこの前のことを謝りたくて」
この前のことはもう思いだしたくもない黒歴史なんだけど。
「はぁ。あの、謝るとか別にいいんでどっか行ってくれないですかね」
あたしは全力で気のない返事をした。流石のあたしでももう加賀さんに縋ろうとは思わないって。それとも甘い蜜を垂らせばまたあたしが釣れるとでも思っているのだろうか。柚留ちゃんもこんな男に誑かされて可哀想。
「うん。謝るのは僕じゃなくて柚留なんだけど」
「……は?」
こいつ、あんなことしといて自分は謝らないわけ?
そもそもなんで柚留ちゃんが謝るのよ。どちらかといえば、柚留ちゃんは被害者でしょ?
「柚留がね、ちょっとやりすぎちゃったかなって気にしてるんだ。だから柚留に会ってほしいんだけど、いまから行けるよね」
「え、行くって何処に?」
「僕の家だよ。柚留が待ってるから急いで」
「いや、あの、あたし行くなんて一言も」
「急いで」
加賀さんってこんな人だったっけ?
強引で、人の話を聞かなくて……ううん、きっとこっちが本性なんだろうな。あたしは加賀さんの余所行きの顔に惹かれてただけなんだ。
また加賀さんの車に乗るとは思わなかった。助手席に座らされると、あたしは深い溜息を吐いた。
此処であたしが暴れても男の人の力には到底敵わないし、他人に助けを求めようにもこういう時に限って誰も此処を通らない。
なら、いまは大人しく加賀さんについていくことが得策だ。
「そうそういいこだね。賢い子は好きだよ」
あたしがほしかった言葉をいとも簡単に吐き捨てる加賀さん。
そういう意味じゃないんだけどな。
思っても口にはしなかった。
加賀さんは運転席に座ると、シートベルトをしてからハンドルを握り締めた。
「じゃ、出発」
加賀さんの車は流の家とは反対方向に進みだした。
車内には加賀さんの鼻歌が響き渡っている。もうあたしに隠す必要はないのか、今日はやけにテンションが高く思えた。
それにしても変な人。あたしの中で加賀さんのイメージが崩れていく。加賀さんを好きにならなくてよかった。言い方は悪いけど、あたしは柚留ちゃんみたいにはなりたくないもん。
「僕はもういい人ぶるのはやめたけど、きみはいつまでいい人ぶってるの?」
加賀さんの確信に迫る質問に思わずはっとする。そんなの、あたしだって知りたいよ。
「……いい人ぶってるわけじゃありません」
「いい人ぶってるじゃん。僕、愛莉さんに会ったことあるからわかるよ。愛莉さんは僕なんかよりもっと変人でサイコパスだよ。それでいてそれを隠そうともしない、恥ずかしいとも思わない、格好良い女性なんだ」
「……加賀さんは、変人でサイコパスな自分を隠そうとしてたし、そんな自分が恥ずかしいと思ってるんですね」
「うん。こんなの表にだしてたら喫茶店の店長なんか務まらないからね。だから僕は愛莉さんが心底羨ましかったよ。僕も堂々と自分をだしていたいのにできなくて、だから愛莉さんにはそのままでいてほしかったのに、ある日突然きみがきた」
そうか、加賀さんにとってのあたしは邪魔な存在でしかなくて、とっとと消えてほしかったんだ。ある意味、加賀さんは愛莉が好きで、尊敬していて、ファンで、だからいきなりでてきたあたしが憎いのだろう。
「きみはいったい誰なんだ? どうして愛莉さんのふりをする? 誰にも望まれていないくせに、いつまでそこにいるつもり?」
心が痛い。誰にも望まれていないなんて、そんなのあたしが一番わかってるはずなのに。
「ねぇ、前はどうして愛莉さんがでてきたの? きみの命が危なかったから? 愛莉さんが黙っていられないくらい、胸糞悪いごみ虫がでてきたから?」
知らない、知らない。なにが理由ででてきたかなんてそんなの愛莉にしかわからないよ。しいていうならきっかけは柚瑠ちゃん。
「……柚留ちゃんが……いなくなった……」
「はぇ?」
「柚留ちゃんがいなくなって、お兄ちゃんに知らせなきゃって……でも、言わなくてもいっかって……そしたらいつの間にか視界が真っ暗になって、それで」
思いだした。あの時は柚留ちゃんがいなくなって、あたしはかなり動揺してたんだ。それでお兄ちゃんに早く伝えなきゃって思ってたはずなのに、お兄ちゃんの顔をみたらきもちが変わっちゃって。
だって、柚留ちゃんがいなければあたしはお兄ちゃんと二人きりになれるから。柚留ちゃんがいなければ誰にも邪魔されずに済んだから。
そんなあたしの黒いきもちが愛莉をこっちに呼び寄せたのだとしたら、愛莉がこっちにこなくなったのは、お兄ちゃんがいなくなったから?
「ふうん、柚留かぁ。でもなぁ……愛莉さんがそんなに柚留を大事に思ってたとは考えにくいんだよなぁ……だとすると橋本かぁ? そうだよなぁ、愛莉さんは橋本が好きなんだもんなぁ……なら、橋本を悪く言えば怒ってでてくるか? それとも愛莉を……ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
加賀さんはさっきから独り言を呟いている。最後の方は聞き取れなかったけど、どうにかして愛莉をこちらに引っ張りだしたいのだろう。
多分、そんな雑なやり方で引っ張りだしたら加賀さんは愛莉に殺されるんじゃないかな。あたしだって愛莉になってる時の記憶はあるし、あっちからじゃ止めたくても止められないから、胸糞悪くなるようなことだけは避けたいんだけど。
車はもう動いてない。適当な道路の端に車を止めて、色々と策を練っているようだ。
もしかしていまなら逃げられるんじゃ。いや、車からでれたとしてもすぐに捕まるだろう。逃げようとしたことで加賀さんが怒って、こっちが殺されるかもしれない。
中に愛莉がいるから殺しはしないだろうなんて油断は禁物。こういうサイコパスは、キレたらなにをするかわからないんだから。
「よし、決めたぞ!」
いきなり声量を上げるので、身体がビクッと反応する。
決めたってなにを……なんて阿呆な質問はしない。聞いたところでいい話ではないに決まっているのだから。
「愛莉、僕と愛し合おう!」
「は?」
「きみの中に愛莉さんはいるし、身体は愛莉さんなんだから問題はないんだよ! ほら、足を開いて。僕はいまから愛莉さんとぉ……はぁ♡」
「……加賀さん?」
あたしの目の前には何故か加賀さんがいた。そう、あの加賀さんだ。鹿児島さんに会いに行った帰り道。あたしは加賀さんとばったり会ってしまった。
「愛莉さん、こんばんは」
「……こんばんは」
「よかった。此処にいれば会えると思ったんだ」
「はぁ」
此処、流の家の近くなんだけど。どうして加賀さんはあたしが此処を通るって知ってるんだろう。
ああ、そういえばこの人には柚留ちゃんがいるんだった。柚留ちゃんなら簡単にあたしの居場所を掴みそうだもんね。
「……なにか用ですか?」
「うん。実はこの前のことを謝りたくて」
この前のことはもう思いだしたくもない黒歴史なんだけど。
「はぁ。あの、謝るとか別にいいんでどっか行ってくれないですかね」
あたしは全力で気のない返事をした。流石のあたしでももう加賀さんに縋ろうとは思わないって。それとも甘い蜜を垂らせばまたあたしが釣れるとでも思っているのだろうか。柚留ちゃんもこんな男に誑かされて可哀想。
「うん。謝るのは僕じゃなくて柚留なんだけど」
「……は?」
こいつ、あんなことしといて自分は謝らないわけ?
そもそもなんで柚留ちゃんが謝るのよ。どちらかといえば、柚留ちゃんは被害者でしょ?
「柚留がね、ちょっとやりすぎちゃったかなって気にしてるんだ。だから柚留に会ってほしいんだけど、いまから行けるよね」
「え、行くって何処に?」
「僕の家だよ。柚留が待ってるから急いで」
「いや、あの、あたし行くなんて一言も」
「急いで」
加賀さんってこんな人だったっけ?
強引で、人の話を聞かなくて……ううん、きっとこっちが本性なんだろうな。あたしは加賀さんの余所行きの顔に惹かれてただけなんだ。
また加賀さんの車に乗るとは思わなかった。助手席に座らされると、あたしは深い溜息を吐いた。
此処であたしが暴れても男の人の力には到底敵わないし、他人に助けを求めようにもこういう時に限って誰も此処を通らない。
なら、いまは大人しく加賀さんについていくことが得策だ。
「そうそういいこだね。賢い子は好きだよ」
あたしがほしかった言葉をいとも簡単に吐き捨てる加賀さん。
そういう意味じゃないんだけどな。
思っても口にはしなかった。
加賀さんは運転席に座ると、シートベルトをしてからハンドルを握り締めた。
「じゃ、出発」
加賀さんの車は流の家とは反対方向に進みだした。
車内には加賀さんの鼻歌が響き渡っている。もうあたしに隠す必要はないのか、今日はやけにテンションが高く思えた。
それにしても変な人。あたしの中で加賀さんのイメージが崩れていく。加賀さんを好きにならなくてよかった。言い方は悪いけど、あたしは柚留ちゃんみたいにはなりたくないもん。
「僕はもういい人ぶるのはやめたけど、きみはいつまでいい人ぶってるの?」
加賀さんの確信に迫る質問に思わずはっとする。そんなの、あたしだって知りたいよ。
「……いい人ぶってるわけじゃありません」
「いい人ぶってるじゃん。僕、愛莉さんに会ったことあるからわかるよ。愛莉さんは僕なんかよりもっと変人でサイコパスだよ。それでいてそれを隠そうともしない、恥ずかしいとも思わない、格好良い女性なんだ」
「……加賀さんは、変人でサイコパスな自分を隠そうとしてたし、そんな自分が恥ずかしいと思ってるんですね」
「うん。こんなの表にだしてたら喫茶店の店長なんか務まらないからね。だから僕は愛莉さんが心底羨ましかったよ。僕も堂々と自分をだしていたいのにできなくて、だから愛莉さんにはそのままでいてほしかったのに、ある日突然きみがきた」
そうか、加賀さんにとってのあたしは邪魔な存在でしかなくて、とっとと消えてほしかったんだ。ある意味、加賀さんは愛莉が好きで、尊敬していて、ファンで、だからいきなりでてきたあたしが憎いのだろう。
「きみはいったい誰なんだ? どうして愛莉さんのふりをする? 誰にも望まれていないくせに、いつまでそこにいるつもり?」
心が痛い。誰にも望まれていないなんて、そんなのあたしが一番わかってるはずなのに。
「ねぇ、前はどうして愛莉さんがでてきたの? きみの命が危なかったから? 愛莉さんが黙っていられないくらい、胸糞悪いごみ虫がでてきたから?」
知らない、知らない。なにが理由ででてきたかなんてそんなの愛莉にしかわからないよ。しいていうならきっかけは柚瑠ちゃん。
「……柚留ちゃんが……いなくなった……」
「はぇ?」
「柚留ちゃんがいなくなって、お兄ちゃんに知らせなきゃって……でも、言わなくてもいっかって……そしたらいつの間にか視界が真っ暗になって、それで」
思いだした。あの時は柚留ちゃんがいなくなって、あたしはかなり動揺してたんだ。それでお兄ちゃんに早く伝えなきゃって思ってたはずなのに、お兄ちゃんの顔をみたらきもちが変わっちゃって。
だって、柚留ちゃんがいなければあたしはお兄ちゃんと二人きりになれるから。柚留ちゃんがいなければ誰にも邪魔されずに済んだから。
そんなあたしの黒いきもちが愛莉をこっちに呼び寄せたのだとしたら、愛莉がこっちにこなくなったのは、お兄ちゃんがいなくなったから?
「ふうん、柚留かぁ。でもなぁ……愛莉さんがそんなに柚留を大事に思ってたとは考えにくいんだよなぁ……だとすると橋本かぁ? そうだよなぁ、愛莉さんは橋本が好きなんだもんなぁ……なら、橋本を悪く言えば怒ってでてくるか? それとも愛莉を……ぶつぶつ……ぶつぶつ……」
加賀さんはさっきから独り言を呟いている。最後の方は聞き取れなかったけど、どうにかして愛莉をこちらに引っ張りだしたいのだろう。
多分、そんな雑なやり方で引っ張りだしたら加賀さんは愛莉に殺されるんじゃないかな。あたしだって愛莉になってる時の記憶はあるし、あっちからじゃ止めたくても止められないから、胸糞悪くなるようなことだけは避けたいんだけど。
車はもう動いてない。適当な道路の端に車を止めて、色々と策を練っているようだ。
もしかしていまなら逃げられるんじゃ。いや、車からでれたとしてもすぐに捕まるだろう。逃げようとしたことで加賀さんが怒って、こっちが殺されるかもしれない。
中に愛莉がいるから殺しはしないだろうなんて油断は禁物。こういうサイコパスは、キレたらなにをするかわからないんだから。
「よし、決めたぞ!」
いきなり声量を上げるので、身体がビクッと反応する。
決めたってなにを……なんて阿呆な質問はしない。聞いたところでいい話ではないに決まっているのだから。
「愛莉、僕と愛し合おう!」
「は?」
「きみの中に愛莉さんはいるし、身体は愛莉さんなんだから問題はないんだよ! ほら、足を開いて。僕はいまから愛莉さんとぉ……はぁ♡」
0
あなたにおすすめの小説
還暦妻と若い彼 継承される情熱
MisakiNonagase
恋愛
61歳の睦美と、20歳の悠人。ライブ会場で出会った二人の「推し活」は、いつしか世代を超えた秘め事へと変わっていった。合鍵を使い、悠人の部屋で彼を待つ睦美の幸福。
しかし、その幸せの裏側で、娘の愛美もまた、同じ男の体温に触れ始めていた。
母譲りの仕草を見せる娘に、母の面影を重ねる青年。
同じ男を共有しているとは知らぬまま、母娘は「女」としての業(さが)を露呈していく。甘いお土産が繋ぐ、美しくも醜い三角関係の幕が上がる。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
17歳男子高生と32歳主婦の境界線
MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。
「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる