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第十章
68.
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「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
あのあと加賀さんに家の前まで送ってもらったあたしは、加賀さんと別れてからもなかなか家の中に入ることができなかった。
家に帰ったってどうせ誰もいないのに、あたしの帰る場所は此処にしかないなんて。
ぼうっと立ち尽くしていると、いきなりドアが開いて驚いた。そこにいたのは流だった。
「わ、びっくりしたぁ! え、もしかしてずっとそこにいたの? 自分の家なんだからとっとと中に入ればいいのにぃ」
流だ。流がいる。あたしの視界はまたすぐに歪んでしまう。
「る、流……」
「やだやだどうしたのぉ? とりあえず中に入んなよぉ」
中に入ると真っ暗で、流が懐中電灯で行く先を照らしながらリビングへと誘導してくれた。
「ほら、ティッシュで鼻ちんしな!」
鹿児島さんのこと、加賀さんのこと、お兄ちゃんのこと。流にすべて話しおわる頃には、テーブルの上にティッシュの山ができていた。
「いやぁ……なんか漫画みたいだね」
そりゃそうだ。こんなに現実味のない話、当事者であっても困惑するのに第三者からしたら信じられないに決まっている。
それでも流は冗談でしょと笑わずにひとつひとつ受け止めてくれたのだ。なんて器の大きい子なんだろう。
「鹿児島がきしょいのはおいとくとして、愛莉と加賀さんが路上で……うわ、もうちょっと早くでてくればよかった!」
「流はどうして外にでてきたの?」
「いや、なんか外で声がした気がしたからさ。あれって加賀さんの声だったんだね」
「こんな時間に外で声がしたからって、いきなりドアを開けちゃだめでしょ。危ないよ」
「あ、うん」
どうやら流の中ではあたしと加賀さんがしたことが一番の衝撃的な話だったようで、「うわぁ加賀さん」とか、「うらやまけしからん」とか、さっきから永遠と独り言を喋っている。気にしてほしいのはそこじゃないんだけどな。
一通りガールズトークをすると、今日はもう遅いし寝ようとなって就寝する。
翌日、目を覚ますと急な吐き気を催したあたしは、急いでトイレに駆け込み嘔吐した。
「げほっ、げほ」
「え、愛莉どうしたの? 風邪?」
あたしが苦しそうにしていると、心配した流が背後から声をかけてくる。
「わ、わかんない。起きたら急に気持ち悪くなって」
「もしかして妊娠とかぁ?」
「え、で、でも昨日の今日で悪阻はこないんじゃ」
「じゃあなんか変なの食べたとか。落ち着いたら熱でも測ってみたら?」
「う、うん」
熱はなかった。体調も悪くない。吐くなんて小学生の時以来、久しぶりだ。
妊娠検査薬を使ってみようかな。流石に加賀さんが相手ではないと思うけど、思い当たる節がないことはない。
妊娠してたらどうしよう。でも、してなかったらしてなかったで怖い。
あたしの不安を察したのか、流が心配してくれた。
あたしは支度を済ませると薬局で妊娠検査薬を購入して、そのまま近くにあるコンビニのトイレですぐに確認した。
「……妊娠……して、ない……」
よかった。安堵すると同時に不安が押し寄せてくる。あれが悪阻でないのなら、いったいなんだったというのだろうか。
「う……痛い……」
瞬間、頭痛がした。思わず目をギュッと瞑ってしまうほどの痛みが数十秒。
やっぱり体調が悪いのかな。このまま病院に行こうかな。
だけど、診断してもらっても結果は異常なしだった。なにもないのならよかったじゃない。喜ぶべき結果なのに、どうしてこんなに不安なんだろう。まるであたしがあたしじゃなくなってしまうみたい。
まさかあたしが消えかかってる?
「い、嫌だ……消えたく、ない」
それとも、一人の身体の中にふたつの人格があることで、身体に負荷がかかっているのかも。
そうだそうだよきっとそう。
あたしは不安を掻き消すために薬を飲んだ。何錠飲んだかはわからない。震える手で錠剤をいくつも口に含ませてから、ペットボトルの水で流し込む。
大丈夫。
いまは自分にそう言い聞かせながら、薬が効いてくるのを待つことしかできなかった。
だけどいつまで経ってもあたしの心は落ち着いてくれなくて、頭痛はもうしないのにどうしてって、余計にそわそわしたりして。
「なんなのよこの薬! 全然効かないじゃん!」
当たり前だ。この薬は安定剤ではないのだから。そんな簡単なことにも気がつかないくらい、あたしの精神状態はおかしくなっていた。
あたしはとにかく誰かに助けてほしくて、まだあたしの家にいるであろう流の元へと足早でかけていく。
ドアを開けてリビングに行けば、そこに流がいて安堵した。
「あ、おかえ……り」
あたしは流の姿をみるなり突然キスをした。
「ちょ、ちょっと愛莉、なにして」
「助けて流、助けて!」
「え?」
「このままじゃあたしが消えちゃうよぉ!」
あたしという存在が消えてなくなっちゃう。だからあたしはあたしが此処にいたという事実を誰かに植えつけたい。そのためならなんだってする。例え相手を傷つけることになったとしても。
「意味わかんないんだけど。ちゃんと説明して」
「妊娠……してなかったの……」
「うん」
「それなのに漠然とした不安が消えなくて、あたしがあたしじゃなくなるみたいで、怖くてちっとも心が落ち着いてくれなくて」
あたしは流に自分の中にある不安をすべて吐きだした。流は終始、黙ったまま話を聞いてくれた。
一通り話しおわると、流があたしの頬にそっと触れる。
「それで愛莉が納得するなら、あたしはいいよ」
「え?」
「自分の存在が消えてなくなる前に、誰かに強烈な爪痕を残したいってきもちはわかるからさ。だからあたしは協力する。あたしとキスしたければするし、誰かを傷つけたくなったらあたしを傷つければいい。愛莉が自分で自分を傷つけなければ、あたしはなんだっていいよ」
「流……」
あたしは流の優しさに甘えようと思った。だってもう誰もあたしを必要としてくれない。あたしはあたしを必要としてくれる人だけを大切にしたいから、いつまでも必要としてくれない人を追い続けるのはもう疲れたの。
あたしは流をゆっくりと後ろに押し倒すと、唇と唇が触れ合う程度の軽いキスを何度も繰り返した。
きもちがいい。女の子とのキスってこんな感じなんだ。柔らかくていい匂いがする。
「流……可愛い……」
「あ、あんまりじろじろみないで」
あんなに落ち着かなかった心はすっかり落ち着きを取り戻していた。そっか、不安を感じた時はこうやってスキンシップを取ればいいんだ。
「……愛莉?」
あたしと流以外の声がした瞬間、空気が止まる。振り向かなくたってわかる。この声は間違いなくお兄ちゃんだ。
「お、にい、ちゃ」
「なに……してるんだ?」
みられた。みられた。お兄ちゃんにみられた。
どうしてお兄ちゃんが居るの?
いつからお兄ちゃんが居たの?
このお兄ちゃんはどの個体のお兄ちゃんなの?
どうして気がつかなかったんだろう。こんなのなんて言い訳すれば。
「あ……こ、これっは」
これは想定外だった。まさかお兄ちゃんが帰ってくるなんて。緊張のあまり声が上擦ってしまう。帰ったら義理の妹が友達とキスしてたなんて知られたくなかった。
「あ、の」
だめだ。なにをどう言ったところでお兄ちゃんの目は誤魔化せない。だけどどうしてこうなったんだっけ。それさえも上手く説明できる気がしない。
あたしが困り果てていると、流が上体を起こしてお兄ちゃんに声をかけた。
「あ、愛莉のお兄さん……ですよね。あたし、愛莉のクラスメイトで友達の流です。お兄さんが留守の間にお邪魔してしまってすいません」
「あ、はい。それは全然構いませんが」
「あの、愛莉を怒らないであげてください」
「え?」
「実はあたし……愛莉が好きで。友達としてじゃなくて、恋愛対象としてみていて。最近の愛莉はなんだかしんどそうで、悲しげな表情をする愛莉を傍でみていたら触れてしまいたくなっちゃって。だから、触れてほしいと願ってしまったんです。だから愛莉とキスをしました。愛莉からしたわけではありません。あたしがそう仕向けたんです」
流、なにを言ってるの?
恋愛対象としてなんて……これはあたしのために吐いている流の嘘なんだよね?
ちらりとお兄ちゃんの方に視線を向けると、お兄ちゃんの視線が流へと向けられていた。お兄ちゃんは、流の話を嘘だと思っていないみたい。なら、余計なことは言わずに流に任せた方がいいだろう。
「て、ていうかお兄ちゃん、柚留ちゃんをみつけるまで帰ってこないんじゃなかったの?」
あたしはこの場を誤魔化すように、柚留ちゃんの話題を振った。
「ああ、もういいんだ」
「は?」
「柚留はもう、いいんだよ」
「おにい、ちゃん?」
どうしちゃったんだろう。別人かと思うくらいあんなに柚留ちゃんに執着してたくせに。もしかしてこのお兄ちゃんはあたしの知らないお兄ちゃんで、柚留ちゃんの優先順位が低い個体なのかな。
「俺、柚留より大切な存在に気がついたんだ」
「え? お、お兄ちゃん?」
お兄ちゃんがあたしの手を取り、指を絡ませる。これでは恋人繋ぎになってしまうではないか。
戸惑うあたしに軽率に触れてくるお兄ちゃん。こんなお兄ちゃんは知らない。
「それはきみだよ、愛莉」
「お、お兄ちゃん、近いよ」
顔が近い。
そう思った次の瞬間には唇が触れていた。
どうして?
ていうか流がみてるんだけど。
あたしのお兄ちゃんはこんなふうにしない。あたしのお兄ちゃんはあたしに触れたりなんかしない。
そうだよ。間違えることはあっても、お兄ちゃんはあたしに触れたりしない。絶対に。
だからきっとこれは偽物だ。ううん、偽物でもいい。あたしはお兄ちゃんに愛されたい。ずっとこうされる日を待っていたの。
「お兄ちゃん、好き」
「ああ、俺も愛莉が好きだ」
ほらね、やっぱり偽物だ。お兄ちゃんはあたしに好きなんて言わないよ。
「……あのぉ」
「ごめんね、きみはもう帰ってくれるかな」
「は?」
いきなり帰れと言われて困惑する流に返す言葉もなく、あたしはただ力なくへらりと笑って誤魔化すしかなかった。
あたしはあたしのために嘘を吐いてまで庇ってくれた流よりも、あたしを好きだと言ってくれたお兄ちゃんを優先していた。
「ごめんね、また連絡するね」
「え、愛莉?」
「わかってるからなにも言わないで」
「わかってるってなにが? だめだよ愛莉、こんな奴愛莉のお兄さんじゃない。傷つくのはもう嫌なんじゃなかったの?」
傷つくのはもう嫌だよ。わかってる。わかってるよ。
「流、庇ってくれてありがとね。大好き。でも、今日は帰って」
「おやすみなさい」
あのあと加賀さんに家の前まで送ってもらったあたしは、加賀さんと別れてからもなかなか家の中に入ることができなかった。
家に帰ったってどうせ誰もいないのに、あたしの帰る場所は此処にしかないなんて。
ぼうっと立ち尽くしていると、いきなりドアが開いて驚いた。そこにいたのは流だった。
「わ、びっくりしたぁ! え、もしかしてずっとそこにいたの? 自分の家なんだからとっとと中に入ればいいのにぃ」
流だ。流がいる。あたしの視界はまたすぐに歪んでしまう。
「る、流……」
「やだやだどうしたのぉ? とりあえず中に入んなよぉ」
中に入ると真っ暗で、流が懐中電灯で行く先を照らしながらリビングへと誘導してくれた。
「ほら、ティッシュで鼻ちんしな!」
鹿児島さんのこと、加賀さんのこと、お兄ちゃんのこと。流にすべて話しおわる頃には、テーブルの上にティッシュの山ができていた。
「いやぁ……なんか漫画みたいだね」
そりゃそうだ。こんなに現実味のない話、当事者であっても困惑するのに第三者からしたら信じられないに決まっている。
それでも流は冗談でしょと笑わずにひとつひとつ受け止めてくれたのだ。なんて器の大きい子なんだろう。
「鹿児島がきしょいのはおいとくとして、愛莉と加賀さんが路上で……うわ、もうちょっと早くでてくればよかった!」
「流はどうして外にでてきたの?」
「いや、なんか外で声がした気がしたからさ。あれって加賀さんの声だったんだね」
「こんな時間に外で声がしたからって、いきなりドアを開けちゃだめでしょ。危ないよ」
「あ、うん」
どうやら流の中ではあたしと加賀さんがしたことが一番の衝撃的な話だったようで、「うわぁ加賀さん」とか、「うらやまけしからん」とか、さっきから永遠と独り言を喋っている。気にしてほしいのはそこじゃないんだけどな。
一通りガールズトークをすると、今日はもう遅いし寝ようとなって就寝する。
翌日、目を覚ますと急な吐き気を催したあたしは、急いでトイレに駆け込み嘔吐した。
「げほっ、げほ」
「え、愛莉どうしたの? 風邪?」
あたしが苦しそうにしていると、心配した流が背後から声をかけてくる。
「わ、わかんない。起きたら急に気持ち悪くなって」
「もしかして妊娠とかぁ?」
「え、で、でも昨日の今日で悪阻はこないんじゃ」
「じゃあなんか変なの食べたとか。落ち着いたら熱でも測ってみたら?」
「う、うん」
熱はなかった。体調も悪くない。吐くなんて小学生の時以来、久しぶりだ。
妊娠検査薬を使ってみようかな。流石に加賀さんが相手ではないと思うけど、思い当たる節がないことはない。
妊娠してたらどうしよう。でも、してなかったらしてなかったで怖い。
あたしの不安を察したのか、流が心配してくれた。
あたしは支度を済ませると薬局で妊娠検査薬を購入して、そのまま近くにあるコンビニのトイレですぐに確認した。
「……妊娠……して、ない……」
よかった。安堵すると同時に不安が押し寄せてくる。あれが悪阻でないのなら、いったいなんだったというのだろうか。
「う……痛い……」
瞬間、頭痛がした。思わず目をギュッと瞑ってしまうほどの痛みが数十秒。
やっぱり体調が悪いのかな。このまま病院に行こうかな。
だけど、診断してもらっても結果は異常なしだった。なにもないのならよかったじゃない。喜ぶべき結果なのに、どうしてこんなに不安なんだろう。まるであたしがあたしじゃなくなってしまうみたい。
まさかあたしが消えかかってる?
「い、嫌だ……消えたく、ない」
それとも、一人の身体の中にふたつの人格があることで、身体に負荷がかかっているのかも。
そうだそうだよきっとそう。
あたしは不安を掻き消すために薬を飲んだ。何錠飲んだかはわからない。震える手で錠剤をいくつも口に含ませてから、ペットボトルの水で流し込む。
大丈夫。
いまは自分にそう言い聞かせながら、薬が効いてくるのを待つことしかできなかった。
だけどいつまで経ってもあたしの心は落ち着いてくれなくて、頭痛はもうしないのにどうしてって、余計にそわそわしたりして。
「なんなのよこの薬! 全然効かないじゃん!」
当たり前だ。この薬は安定剤ではないのだから。そんな簡単なことにも気がつかないくらい、あたしの精神状態はおかしくなっていた。
あたしはとにかく誰かに助けてほしくて、まだあたしの家にいるであろう流の元へと足早でかけていく。
ドアを開けてリビングに行けば、そこに流がいて安堵した。
「あ、おかえ……り」
あたしは流の姿をみるなり突然キスをした。
「ちょ、ちょっと愛莉、なにして」
「助けて流、助けて!」
「え?」
「このままじゃあたしが消えちゃうよぉ!」
あたしという存在が消えてなくなっちゃう。だからあたしはあたしが此処にいたという事実を誰かに植えつけたい。そのためならなんだってする。例え相手を傷つけることになったとしても。
「意味わかんないんだけど。ちゃんと説明して」
「妊娠……してなかったの……」
「うん」
「それなのに漠然とした不安が消えなくて、あたしがあたしじゃなくなるみたいで、怖くてちっとも心が落ち着いてくれなくて」
あたしは流に自分の中にある不安をすべて吐きだした。流は終始、黙ったまま話を聞いてくれた。
一通り話しおわると、流があたしの頬にそっと触れる。
「それで愛莉が納得するなら、あたしはいいよ」
「え?」
「自分の存在が消えてなくなる前に、誰かに強烈な爪痕を残したいってきもちはわかるからさ。だからあたしは協力する。あたしとキスしたければするし、誰かを傷つけたくなったらあたしを傷つければいい。愛莉が自分で自分を傷つけなければ、あたしはなんだっていいよ」
「流……」
あたしは流の優しさに甘えようと思った。だってもう誰もあたしを必要としてくれない。あたしはあたしを必要としてくれる人だけを大切にしたいから、いつまでも必要としてくれない人を追い続けるのはもう疲れたの。
あたしは流をゆっくりと後ろに押し倒すと、唇と唇が触れ合う程度の軽いキスを何度も繰り返した。
きもちがいい。女の子とのキスってこんな感じなんだ。柔らかくていい匂いがする。
「流……可愛い……」
「あ、あんまりじろじろみないで」
あんなに落ち着かなかった心はすっかり落ち着きを取り戻していた。そっか、不安を感じた時はこうやってスキンシップを取ればいいんだ。
「……愛莉?」
あたしと流以外の声がした瞬間、空気が止まる。振り向かなくたってわかる。この声は間違いなくお兄ちゃんだ。
「お、にい、ちゃ」
「なに……してるんだ?」
みられた。みられた。お兄ちゃんにみられた。
どうしてお兄ちゃんが居るの?
いつからお兄ちゃんが居たの?
このお兄ちゃんはどの個体のお兄ちゃんなの?
どうして気がつかなかったんだろう。こんなのなんて言い訳すれば。
「あ……こ、これっは」
これは想定外だった。まさかお兄ちゃんが帰ってくるなんて。緊張のあまり声が上擦ってしまう。帰ったら義理の妹が友達とキスしてたなんて知られたくなかった。
「あ、の」
だめだ。なにをどう言ったところでお兄ちゃんの目は誤魔化せない。だけどどうしてこうなったんだっけ。それさえも上手く説明できる気がしない。
あたしが困り果てていると、流が上体を起こしてお兄ちゃんに声をかけた。
「あ、愛莉のお兄さん……ですよね。あたし、愛莉のクラスメイトで友達の流です。お兄さんが留守の間にお邪魔してしまってすいません」
「あ、はい。それは全然構いませんが」
「あの、愛莉を怒らないであげてください」
「え?」
「実はあたし……愛莉が好きで。友達としてじゃなくて、恋愛対象としてみていて。最近の愛莉はなんだかしんどそうで、悲しげな表情をする愛莉を傍でみていたら触れてしまいたくなっちゃって。だから、触れてほしいと願ってしまったんです。だから愛莉とキスをしました。愛莉からしたわけではありません。あたしがそう仕向けたんです」
流、なにを言ってるの?
恋愛対象としてなんて……これはあたしのために吐いている流の嘘なんだよね?
ちらりとお兄ちゃんの方に視線を向けると、お兄ちゃんの視線が流へと向けられていた。お兄ちゃんは、流の話を嘘だと思っていないみたい。なら、余計なことは言わずに流に任せた方がいいだろう。
「て、ていうかお兄ちゃん、柚留ちゃんをみつけるまで帰ってこないんじゃなかったの?」
あたしはこの場を誤魔化すように、柚留ちゃんの話題を振った。
「ああ、もういいんだ」
「は?」
「柚留はもう、いいんだよ」
「おにい、ちゃん?」
どうしちゃったんだろう。別人かと思うくらいあんなに柚留ちゃんに執着してたくせに。もしかしてこのお兄ちゃんはあたしの知らないお兄ちゃんで、柚留ちゃんの優先順位が低い個体なのかな。
「俺、柚留より大切な存在に気がついたんだ」
「え? お、お兄ちゃん?」
お兄ちゃんがあたしの手を取り、指を絡ませる。これでは恋人繋ぎになってしまうではないか。
戸惑うあたしに軽率に触れてくるお兄ちゃん。こんなお兄ちゃんは知らない。
「それはきみだよ、愛莉」
「お、お兄ちゃん、近いよ」
顔が近い。
そう思った次の瞬間には唇が触れていた。
どうして?
ていうか流がみてるんだけど。
あたしのお兄ちゃんはこんなふうにしない。あたしのお兄ちゃんはあたしに触れたりなんかしない。
そうだよ。間違えることはあっても、お兄ちゃんはあたしに触れたりしない。絶対に。
だからきっとこれは偽物だ。ううん、偽物でもいい。あたしはお兄ちゃんに愛されたい。ずっとこうされる日を待っていたの。
「お兄ちゃん、好き」
「ああ、俺も愛莉が好きだ」
ほらね、やっぱり偽物だ。お兄ちゃんはあたしに好きなんて言わないよ。
「……あのぉ」
「ごめんね、きみはもう帰ってくれるかな」
「は?」
いきなり帰れと言われて困惑する流に返す言葉もなく、あたしはただ力なくへらりと笑って誤魔化すしかなかった。
あたしはあたしのために嘘を吐いてまで庇ってくれた流よりも、あたしを好きだと言ってくれたお兄ちゃんを優先していた。
「ごめんね、また連絡するね」
「え、愛莉?」
「わかってるからなにも言わないで」
「わかってるってなにが? だめだよ愛莉、こんな奴愛莉のお兄さんじゃない。傷つくのはもう嫌なんじゃなかったの?」
傷つくのはもう嫌だよ。わかってる。わかってるよ。
「流、庇ってくれてありがとね。大好き。でも、今日は帰って」
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