橋本愛莉というおんな

まなづるるい

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第十一章

76.

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「愛莉ちゃん? 愛莉ちゃん! どうしたの、愛莉ちゃん!」

 目を覚ますと煩い声がした。どうやらテーブルに突っ伏していたようだ。

「煩ぇ」
「あ、起きた。ねぇどうしたの? 急に倒れて。もしかして寝不足?」
「お前さ、加賀の居場所わかるなら教えなよ」
「は?」
「はって。加賀だよ加賀。居場所わかるっしょ、加賀のストーカー野郎」

 藍子さんは一瞬、怪訝な表情を浮かべると、現状を理解したのかにこりと笑う。

「ああうん。わかるけど、知ってどうするの?」

 こいつ、まだ猫被る気かよ。
 あたしは大きな溜息を吐くと、ぶっきらぼうに答えた。

「あたし、愛莉にはとっとと消えてほしいんだよね」
「わかる。邪魔だよね」
「で、加賀と話せたら消えるって言うから」
「それで、愛莉ちゃんはその言葉を信じるんだ?」
「は?」
「加賀くんと話せたら消えるだなんてそんな言葉、信じたの? 愛莉ちゃんが? 冗談やめてよ笑えない」

 それはそう。どうしてあたしが愛莉の言葉を真に受けてんだ。あんなの、加賀と話すための口実かもしれないのに。

「私、知ってるよ? 何処までも一匹狼な愛莉ちゃん。誰のことも信用しない。信じられるのは橋本くんだけ」

 そう言って楽しそうに笑ってみせる藍子さん。その通りなので反論はしない。

「その橋本くんも此処にはいない。彼は今頃、何処でなにをしているのかな。また誰かに憎まれて殺されてたりして。あはっ」
「お兄ちゃんを馬鹿にしないで」
「やぁっぱ愛莉ちゃんは橋本くんが好きなんだ? 面白いよね。愛莉ちゃんは愛莉ちゃんなのに、違う人を好きになるなんて。でもさ、あの橋本くんは柚留ちゃんしかみてないじゃん。それでも好きなの?」
「当たり前でしょ」
「健気だねぇ! でも残念、もういないから。今頃、柚瑠ちゃんを探して徘徊してるんじゃなぁい? それでまた人様に迷惑かけて口論になって、知らん女の彼氏に誤解されてボコボコに殴られてたりして」
「ま、ありえなくはないね」

 初期化ということは稀にあるらしく、一定の期間が経つと記憶がリセットされて、デフォルトの行動を取るようだ。あのお兄ちゃんの場合は柚瑠を探すこと。きっと夜な夜な柚留を探して道行く女に声をかけているんだろう。ちなみにソースは加賀。

「しょうがないなぁ、加賀くんの居場所を教えてあげるよぉ。その代わり、加賀くんみつけたらこっちに戻ってくるように言ってね? こうも離れちゃうと足取り追うの大変なんだからぁ!」

 交渉は成立した。あたしが大事なのはお兄ちゃんで、加賀はどうでもいいからな。
 加賀もあたしの言うことなら聞くだろうし。
 さて、加賀の居場所も聞いたし早速会いに行ってやるか。それにしても実家が北海道って。藍子さんの彼氏……元彼と一緒じゃん。ウケる。
 北海道某所。どうやら此処に加賀がいるらしい。愛莉じゃなくてあたしがきたと知ったらどういう顔をするのだろうか。流石に気まずかったりするのかな。加賀の怪訝な表情がみれるなら、此処まできた甲斐があるってもんよ。
 どれも同じにみえる一軒家のインターフォンを押すと、すぐに加賀の声がした。

「はい」
「橋本です」

 敢えて名前を名乗らなかったのは、万が一この声の主が加賀のお父さんだった場合、失礼に当たるからだ。親子なんだから声が似ててもおかしくない。故にこの判断は間違いではないだろう。

「……愛莉さん?」

 どうやら声の主は加賀で間違いないらしい。今頃インターフォン越しに間抜けな面で棒立ちしているんだろうよ。

「どうして此処に……あ、いま行きますからそこで待っててください」

 寝癖のひとつでもついてたら笑ってやろうと思ったが、でてきてみると服装は部屋着とはいえ、髪型だけは綺麗に整っていた。

「あ、愛莉さん。此処が何処だかわかってますか?」
「北海道」
「……しかも愛莉さんの方ですか」

 北海道と言っただけなのに頬を赤らめるとは。こいつ本当にきもいな。
 すぐにあたしだとわかってもらえて嬉しいだなんて乙女チックなことは口にしないけど、こうも秒で気づかれるとなんだかむず痒い。

「なに赤くなってんだ」
「そりゃ赤くもなりますよ。好きな人が僕の目の前にいるんですから」

 その白い肌が真っ赤に染まるくらい恥ずかしいくせに、そういうことはさらっと言うんだな。

「あんたのそういうところ、嫌いじゃないよ」
「え?」
「なんでもない。寒いから早く中に入れて」

 らしくない発言をしてしまった。なんだろう、あたし。なんか変。もしかして加賀に会いたかったのかな。いや、会いたかったのは愛莉の方か。
 中に入ると和室があった。もう春なのにまだこたつがあるなんて。しかも暖かいし。
 こたつでぼうっとしてると加賀が冷たいお茶を持ってきた。あたしはそれを口にすると、一息ついてから話を切りだした。

「仕事、なんでやめたの?」
「もう愛莉さんとは一緒にいれないから」
「なんで一緒にいれないの? たかが一回振られただけじゃん。愛莉にまで振られるとは思わなかったから? あたしがだめでも愛莉なら受け入れてくれると思ったのに違ったから?」
「……そういうんじゃないよ」

 それは車が通っただけで聞こえなくなるような、とても小さな声だった。
 そういうのじゃないならどういうのだっていうの?
 あたしにわかるようにちゃんと説明しなさいよ。
 本当は怒鳴ってやりたかった。だって加賀は一度振られたくらいじゃ諦めないような男だって知ってるから。

「じゃあ、なんで」
「え、愛莉、さん?」
「なに?」

 加賀はあたしの顔をみてかなり動揺しているようだった。

「どうして愛莉さんが、そんな顔をするの?」
「え?」

 顔?
 あたしがどんな顔をしてるって?
 自分じゃわからないけど、あたしの顔、どんな顔?

「そんな顔って?」
「え……あ、そ、そうか。愛莉さん、自覚、ないんだ。そっか……えへへ」
「な、なに笑ってんのよ気持ち悪い」
「あ、ご、ごめん。なんだか嬉しくて」

 嬉しい?
 なにが?
 意味わかんない。加賀はどうしてそんなに嬉しそうなの?
 加賀の思考が理解不明すぎて気持ち悪い。勝手に一人で納得してんじゃないわよ気持ち悪い。

「あのね愛莉さん。僕はこの通り、いまでも愛莉さんが好きなんだ。このきもちはどうしたって止められない。だけどあの子は僕に惹かれてる。僕はあの子のきもちには答えられない。だから離れることにした」
「は? え、意味わかんないんだけど。振ったのは愛莉でしょ? いまの言い方じゃまるで、加賀が愛莉を振ったみたいじゃん」
「本当は、振られるってわかっててプロポーズしたんだ」
「え?」
「もっと言えば、振ってほしくてプロポーズした」

 いくら愛莉が加賀に惹かれていたとしても、愛莉が加賀のプロポーズを受け入れることはないとわかった上での告白だった。愛莉の想う好きは加賀の想う好きとは違った。ただそれだけのことだった。
 そんな策士、わかるはずない。あたしだって騙された。
 おい愛莉、聞いてるか。お前加賀に振られたんだって。お前のきもちには答えられないって。お前もあたしと同じ愛莉なのにな。

「だからって、愛莉から離れたらあたしとも会えないじゃん」
「え?」

 あたしはなにを言ってるんだろう。愛莉のきもちが移ったのか?

『しょうがないなぁ、加賀くんの居場所を教えてあげるよぉ。その代わり、加賀くんみつけたらこっちに戻ってくるように言ってね? こうも離れちゃうと足取り追うの大変なんだからぁ!』

 ううん違う。それが理由じゃない。かといって愛莉のためでもない。

「加賀はあたしに会えなくなってもいいわけ?」
「え、いや、そんなことは」

 あたしはあたしのためにしか動かない。これってつまり、そういうことでしょう?

「あたしが淋しいって言ってんの! なんでそれがわかんないの?」

 きもちが、想いが、爆発する。
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