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第十三章
86.
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学校に行くと、教室に入るなり高松からの熱い視線に気がついた。そのねっとりと絡みつくような視線は、熱いというより恐怖でしかなかった。
そうだ、いまはこっちをなんとかしないと。
仮にこれをあたしが受け入れたとして、いい方向に転ぶとは到底思えなかった。やはり直感だ。こいつはやばいと身体が先に感じていた。だからあたしは高松を受け入れられないんだ。
ふと、高松が席を立つ。あたしは肩をビクンと震えさせ、全身が強張っていくのを感じた。
「橋本、おはよう」
やっぱりきた。あたしは高松と目を合わさないまま、小さな声でおはようと返す。
「声ちいさ」
はは、と軽く笑う高松をみても、もう恐怖にしか感じない。どうすれば高松が諦めてくれるのか。そればかり考えてしまう。
早く、早く鹿児島さんにきてほしい。
膝の上で拳を強く握り締めていると、鹿児島さんがきたので急いで席を立つ。
「か、鹿児島さん、おはよう!」
ちょっとわざとらしかっただろうか。ううん、そんなことない。友達がきたんだもん、別に普通だよ。
鹿児島さんはちらっと高松の方をみると、それだけで察したのか黙って席に着いてしまった。
「き、昨日はごめんね? あのあとあたし帰ったらすぐに寝ちゃってぇ」
鹿児島さんの席まで行って聞かれてもいないことをペラペラと喋っていると、スカートの皺を伸ばしながら、「逃げる口実に私を使うな」と言われてしまった。
鹿児島さんはいつもそうだ。そうやって、あたしが目を背けたい現実を連れてくる。
「あ、はは」
これじゃあたしが鹿児島さんの金魚のフンだ。クラスでぼっちになりたくないからと、何処に行くにもついてこようとするぼっちと一緒。高松と話したくないからって鹿児島さんを利用してる。これの何処が友達と言えるだろう。
あたしのしていることは最低だ。言い返す言葉もない。そんなあたしをみて、また鹿児島さんはあたしに失望する、負の連鎖。
このままじゃよくないのに、わかっているのにそうするしか方法はなくて。そうでもしないとあたしはまた。
「笑うのやめたら?」
「え?」
「楽しくないくせに」
そんなの知ってる。楽しくないよ、楽しくない、全然楽しくない。だけど笑ってないと、また悲劇のヒロインぶってるとか思われる。そんなつもりこれっぽっちもないのに。
だからあたしは楽しくなくたって笑うの。笑っていれば、笑わなくちゃ、笑って、笑いたい、笑う、笑ってる。
「……楽しくないと、笑っちゃいけないの?」
あたしの声は小さくて、多分誰にも聞こえてない。
あたしは既に泣いていた。鹿児島さんの言葉は、いつもあたしに刺さって深い傷を作るんだ。
気づけば教室を飛びだしていた。鞄だけが机の横にあるフックにかかったまま、あたしは夢中で走っていた。
一人になったら高松が追いかけてくるかもしれない。そうなったら嫌だけど、それよりもあたしが嫌なのは、鹿児島さんに嫌われてしまうこと。あたしの居場所がなくなっちゃう。それは嫌。
生きるのも死ぬのも中途半端で、あたしはなにがしたいんだろう。
こういう時、愛莉ならどうしてた?
愛莉なら。
愛莉、本当に消えちゃったの?
いるなら早くでてきてよ。あたしなんか追いだして、いままで通り愛莉が愛莉として生きればいいじゃん。
涙は一度も拭わなかった。向かう先はやっぱりあの喫茶店で、結局あたしは過去とは決別できないわけで。向かったところで迷惑な客だと思われるのに、どうしてもそこに行きたくて。
喫茶店に向かう道中、曲がり角で誰かにぶつかった。目の前にいる知っている人をみて、あたしは必死にしがみついていた。
「もうどうしたらいいのかわかんない! 苦しい! 苦しい!」
それは日本語とは程遠い、思いついた言葉を並べただけのものだった。いきなりこんな意味不明なことを言って引かれたらどうしようとか、そんなのはちっとも頭になくて、とにかく苦しいきもちを吐きだそうと、それだけを考えていた。
「……他人のふりするんじゃなかったのか」
あたしから一方的に提案したくせに、それをもう破っている。だってこんなにすぐにまた会えるなんて思ってなかったし、いまはなりふり構っていられなかったんだ。
「警備員さん……っ」
泣きすぎて目が痛い。鼻だって詰まって口呼吸になっている。こんなブサイクな泣き顔を、三度目ましての知り合いにみられてしまうなんて。
「なに、学校で虐められてんの?」
「ち、ちが」
「じゃあ電車で痴漢でもされた?」
「ん、ん」
「どうしたのって、僕が聞いていいこと?」
言いながらハンカチであたしの涙を拭う警備員さん。
「く、クラスで、あたしを好きな男子がいて。あ、あたしはそんなふうにみれないって言ってるのに、全然わかってくれなくて」
「うん」
「と、友達にも、そいつと関わりたくないからってこっちにくんなみたいな言い方されて、あたしの居場所がないっていうか」
鹿児島さんを悪く言いたいわけじゃないのに、でてくる言葉すべてが鹿児島さんを悪く言っていた。
「そっか。じゃあ、今日は学校もサボっちゃったし、どっか行きますか」
「え、で、でも、お仕事は?」
「僕は今日おやすみなんだ」
知らない人と、短期間で三度目ましての知らない人と、学校サボって電車に乗った。着いた先は海だった。
「泳ぐ?」
「お、泳がない」
「なんだ、泳ぐなら付き合ったのに」
掴みどころのない人だなぁ。だけど不思議と涙は止まっていた。
「こゆところでさ、溜まってるきもち吐きだせばいいんじゃない? ほら、漫画とかでよくあるし」
そんな漫画みたいなこと、本当にしていいのかな。他に人もいないしいいのかな。
あたしは海ギリギリまで近づくと、震える声で、「ば、馬鹿やろぉ……」と言った。
「声ちっさ」
「だ、だってこんなのしたことない」
「叫びなよ。僕しか聞いてないんだから。あるでしょ、此処に」
ドン、と拳で胸を叩く警備員さん。そうだ、いま言わなきゃいつ言うの?
溜まったものは吐きださないと。
あたしはまた海の方へ身体を向けると、息を大きく吸い込んで吐きだした。
「なぁんであたしに執着すんだよ! 視線がきめぇんだよぉぉぉぉ!」
思った以上に声がでた。あたしってこんなに大きな声がだせるんだ。
自分の声量に驚いていると、背後から笑い声がして勢いよく振り返る。
「あはははは!」
「な、なに笑ってんの!」
「視線がきめぇって、あははは!」
警備員さんの屈託のない笑い方に、あたしの心は救われていた。一人だったらきっと物事をマイナスにばかり考えていた。
それからしばらくは海にいて、ただひたすら景色を眺めていた。たまにはこんな日があってもいいんだって思うと、ほんの少しだけ気が楽になる。
頭の中が空っぽになって、これから先どうすればいいのか、自分はどうしたいのかがみえてくるような気がした。気がしただけで、明確なビジョンはまだみえてこない。みえてこないけど、なんとなく自分はいまの状況が嫌で、なんとかしたいと感じているのだと理解した。状況整理って大事だな。
警備員さんは、あたしから数歩離れたところでスマホを弄りながら座っている。きっとあたしが満足して立ち上がるのを待っているのだろう。いくら休みだからって、何時間も待たせてしまうのは申し訳ない。
あたしは立ち上がると、スカートについた砂を払いながら警備員さんに声をかけた。
「そろそろ行こっか」
「あ、お腹空いた? この辺りだとパスタかピザか、ファミレスもあるけど」
「あたしお金ないよ?」
「いいよ僕が奢るから」
「警備員さん、他にお金の使い道ないの? こんな名前も知らない女子高生にご飯奢ってないで、彼女のために使えばいいのに」
「彼女って?」
「恋人とかいるでしょ?」
「いないよ」
「嘘」
「いないって」
いないんだ。いや、だからなんだって話だけど。だいたい警備員さんの年齢も知らないし……二十代半ばくらい、かな?
お兄ちゃんといい、加賀さんといい、あたしは年上が好きなのだろうか。だから高松はだめなのだろうか。
そんな簡単な理由だったらよかったのに、あたしのこれは多分違う。なんとなくそんな気がするんだ。
結局、奢ってもらうことになり、お昼はパスタになった。あたしはカルボナーラを頼んで、警備員さんはナポリタンを頼んだ。もう二回もご飯を奢ってもらっちゃった。一回目はパフェだけど。
なんか、会う度に奢ってもらうような関係にはなりたくないな。奢ってもらって当然みたく思いたくないし。
「このあとどうする?」
「え?」
「どっか行きたいとことかある? 映画館……は、いまなにやってたっけな」
「え、ぁ」
「あ、映画館とか苦手なタイプ? あんまみない?」
「ち、ちが。あ、あたしお金ないって、言ってる」
「なんだ。お金なら気にしなくていいよ。こうみえて僕、貯金が趣味なんだ」
貯金が趣味だからお金があるって?
お金があるから気にすんなって?
あたしが高校生だからお金はださせないって?
あたしが女だからお金は自分が払うって?
そんなの困る。借りがどんどん大きくなって、奢られる度に本当にいいのかなって、罪悪感が襲ってきて、じゃああたしはなにが返せるのって、身体を差しだすしかないんじゃないかって、あとでまとめて請求する気なのかなって、気にしなくていいなんてむりだ。気にするよ、気にさせてよ。だってまだ三度目だよ?
まだお互い名前も知らない間柄で、ただの知り合いなんだよ?
なんて、ぐるぐると考えていると警備員さんが。
「高校生なんてまだ子供なんだから、深く考えなくていいっつうの」
そう言って、あたしの頭を撫でるから。
子供扱い、してるんだ。あたしが高校生だから。あたしがまだ子供だから。あたしが女だから。
「き、気安く触らないでください」
「ごめん、嫌だった?」
「あたし帰ります」
「送るよ」
「大丈夫です、道わかりますから」
「ねぇ。また何処かで会えたらさ、それってもう偶然じゃなくて、必然だよね」
「え?」
「僕がまたきみに出会えたのは必然だと思ってるよ。だから連絡先は交換しないし、名前も聞かない」
「……なにが言いたいんですか?」
「次に会えたその時は、きみの名前を教えてね」
正直、かなりきしょいと思った。だからその場から逃げるように走った。関わっちゃだめだと思った。加賀さんみたいな変人かもしれないって、深い関係になっちゃいけないって、頭の中で警告音が鳴り響く。
大丈夫、喫茶店にさえ近づかなければ会うことはない。あのビルにも近づかない。そうすればもう二度と会うことはないんだから。
あたしと警備員さんの出会いが必然だなんてありえないよ。それにあたしはもう、誰も好きになりたくない。あんな思いはもう懲り懲りなんだから。
家に帰ると身体の中がゾワゾワした。自分の中に異物があるような気がして気持ち悪かった。
薬……薬を飲まなきゃ。飲めば落ち着くし、異物だって流れていくはず。
あたしは机の引き出しから薬をだすと、コップに水を入れて一気に流し込んだ。
そうだ、いまはこっちをなんとかしないと。
仮にこれをあたしが受け入れたとして、いい方向に転ぶとは到底思えなかった。やはり直感だ。こいつはやばいと身体が先に感じていた。だからあたしは高松を受け入れられないんだ。
ふと、高松が席を立つ。あたしは肩をビクンと震えさせ、全身が強張っていくのを感じた。
「橋本、おはよう」
やっぱりきた。あたしは高松と目を合わさないまま、小さな声でおはようと返す。
「声ちいさ」
はは、と軽く笑う高松をみても、もう恐怖にしか感じない。どうすれば高松が諦めてくれるのか。そればかり考えてしまう。
早く、早く鹿児島さんにきてほしい。
膝の上で拳を強く握り締めていると、鹿児島さんがきたので急いで席を立つ。
「か、鹿児島さん、おはよう!」
ちょっとわざとらしかっただろうか。ううん、そんなことない。友達がきたんだもん、別に普通だよ。
鹿児島さんはちらっと高松の方をみると、それだけで察したのか黙って席に着いてしまった。
「き、昨日はごめんね? あのあとあたし帰ったらすぐに寝ちゃってぇ」
鹿児島さんの席まで行って聞かれてもいないことをペラペラと喋っていると、スカートの皺を伸ばしながら、「逃げる口実に私を使うな」と言われてしまった。
鹿児島さんはいつもそうだ。そうやって、あたしが目を背けたい現実を連れてくる。
「あ、はは」
これじゃあたしが鹿児島さんの金魚のフンだ。クラスでぼっちになりたくないからと、何処に行くにもついてこようとするぼっちと一緒。高松と話したくないからって鹿児島さんを利用してる。これの何処が友達と言えるだろう。
あたしのしていることは最低だ。言い返す言葉もない。そんなあたしをみて、また鹿児島さんはあたしに失望する、負の連鎖。
このままじゃよくないのに、わかっているのにそうするしか方法はなくて。そうでもしないとあたしはまた。
「笑うのやめたら?」
「え?」
「楽しくないくせに」
そんなの知ってる。楽しくないよ、楽しくない、全然楽しくない。だけど笑ってないと、また悲劇のヒロインぶってるとか思われる。そんなつもりこれっぽっちもないのに。
だからあたしは楽しくなくたって笑うの。笑っていれば、笑わなくちゃ、笑って、笑いたい、笑う、笑ってる。
「……楽しくないと、笑っちゃいけないの?」
あたしの声は小さくて、多分誰にも聞こえてない。
あたしは既に泣いていた。鹿児島さんの言葉は、いつもあたしに刺さって深い傷を作るんだ。
気づけば教室を飛びだしていた。鞄だけが机の横にあるフックにかかったまま、あたしは夢中で走っていた。
一人になったら高松が追いかけてくるかもしれない。そうなったら嫌だけど、それよりもあたしが嫌なのは、鹿児島さんに嫌われてしまうこと。あたしの居場所がなくなっちゃう。それは嫌。
生きるのも死ぬのも中途半端で、あたしはなにがしたいんだろう。
こういう時、愛莉ならどうしてた?
愛莉なら。
愛莉、本当に消えちゃったの?
いるなら早くでてきてよ。あたしなんか追いだして、いままで通り愛莉が愛莉として生きればいいじゃん。
涙は一度も拭わなかった。向かう先はやっぱりあの喫茶店で、結局あたしは過去とは決別できないわけで。向かったところで迷惑な客だと思われるのに、どうしてもそこに行きたくて。
喫茶店に向かう道中、曲がり角で誰かにぶつかった。目の前にいる知っている人をみて、あたしは必死にしがみついていた。
「もうどうしたらいいのかわかんない! 苦しい! 苦しい!」
それは日本語とは程遠い、思いついた言葉を並べただけのものだった。いきなりこんな意味不明なことを言って引かれたらどうしようとか、そんなのはちっとも頭になくて、とにかく苦しいきもちを吐きだそうと、それだけを考えていた。
「……他人のふりするんじゃなかったのか」
あたしから一方的に提案したくせに、それをもう破っている。だってこんなにすぐにまた会えるなんて思ってなかったし、いまはなりふり構っていられなかったんだ。
「警備員さん……っ」
泣きすぎて目が痛い。鼻だって詰まって口呼吸になっている。こんなブサイクな泣き顔を、三度目ましての知り合いにみられてしまうなんて。
「なに、学校で虐められてんの?」
「ち、ちが」
「じゃあ電車で痴漢でもされた?」
「ん、ん」
「どうしたのって、僕が聞いていいこと?」
言いながらハンカチであたしの涙を拭う警備員さん。
「く、クラスで、あたしを好きな男子がいて。あ、あたしはそんなふうにみれないって言ってるのに、全然わかってくれなくて」
「うん」
「と、友達にも、そいつと関わりたくないからってこっちにくんなみたいな言い方されて、あたしの居場所がないっていうか」
鹿児島さんを悪く言いたいわけじゃないのに、でてくる言葉すべてが鹿児島さんを悪く言っていた。
「そっか。じゃあ、今日は学校もサボっちゃったし、どっか行きますか」
「え、で、でも、お仕事は?」
「僕は今日おやすみなんだ」
知らない人と、短期間で三度目ましての知らない人と、学校サボって電車に乗った。着いた先は海だった。
「泳ぐ?」
「お、泳がない」
「なんだ、泳ぐなら付き合ったのに」
掴みどころのない人だなぁ。だけど不思議と涙は止まっていた。
「こゆところでさ、溜まってるきもち吐きだせばいいんじゃない? ほら、漫画とかでよくあるし」
そんな漫画みたいなこと、本当にしていいのかな。他に人もいないしいいのかな。
あたしは海ギリギリまで近づくと、震える声で、「ば、馬鹿やろぉ……」と言った。
「声ちっさ」
「だ、だってこんなのしたことない」
「叫びなよ。僕しか聞いてないんだから。あるでしょ、此処に」
ドン、と拳で胸を叩く警備員さん。そうだ、いま言わなきゃいつ言うの?
溜まったものは吐きださないと。
あたしはまた海の方へ身体を向けると、息を大きく吸い込んで吐きだした。
「なぁんであたしに執着すんだよ! 視線がきめぇんだよぉぉぉぉ!」
思った以上に声がでた。あたしってこんなに大きな声がだせるんだ。
自分の声量に驚いていると、背後から笑い声がして勢いよく振り返る。
「あはははは!」
「な、なに笑ってんの!」
「視線がきめぇって、あははは!」
警備員さんの屈託のない笑い方に、あたしの心は救われていた。一人だったらきっと物事をマイナスにばかり考えていた。
それからしばらくは海にいて、ただひたすら景色を眺めていた。たまにはこんな日があってもいいんだって思うと、ほんの少しだけ気が楽になる。
頭の中が空っぽになって、これから先どうすればいいのか、自分はどうしたいのかがみえてくるような気がした。気がしただけで、明確なビジョンはまだみえてこない。みえてこないけど、なんとなく自分はいまの状況が嫌で、なんとかしたいと感じているのだと理解した。状況整理って大事だな。
警備員さんは、あたしから数歩離れたところでスマホを弄りながら座っている。きっとあたしが満足して立ち上がるのを待っているのだろう。いくら休みだからって、何時間も待たせてしまうのは申し訳ない。
あたしは立ち上がると、スカートについた砂を払いながら警備員さんに声をかけた。
「そろそろ行こっか」
「あ、お腹空いた? この辺りだとパスタかピザか、ファミレスもあるけど」
「あたしお金ないよ?」
「いいよ僕が奢るから」
「警備員さん、他にお金の使い道ないの? こんな名前も知らない女子高生にご飯奢ってないで、彼女のために使えばいいのに」
「彼女って?」
「恋人とかいるでしょ?」
「いないよ」
「嘘」
「いないって」
いないんだ。いや、だからなんだって話だけど。だいたい警備員さんの年齢も知らないし……二十代半ばくらい、かな?
お兄ちゃんといい、加賀さんといい、あたしは年上が好きなのだろうか。だから高松はだめなのだろうか。
そんな簡単な理由だったらよかったのに、あたしのこれは多分違う。なんとなくそんな気がするんだ。
結局、奢ってもらうことになり、お昼はパスタになった。あたしはカルボナーラを頼んで、警備員さんはナポリタンを頼んだ。もう二回もご飯を奢ってもらっちゃった。一回目はパフェだけど。
なんか、会う度に奢ってもらうような関係にはなりたくないな。奢ってもらって当然みたく思いたくないし。
「このあとどうする?」
「え?」
「どっか行きたいとことかある? 映画館……は、いまなにやってたっけな」
「え、ぁ」
「あ、映画館とか苦手なタイプ? あんまみない?」
「ち、ちが。あ、あたしお金ないって、言ってる」
「なんだ。お金なら気にしなくていいよ。こうみえて僕、貯金が趣味なんだ」
貯金が趣味だからお金があるって?
お金があるから気にすんなって?
あたしが高校生だからお金はださせないって?
あたしが女だからお金は自分が払うって?
そんなの困る。借りがどんどん大きくなって、奢られる度に本当にいいのかなって、罪悪感が襲ってきて、じゃああたしはなにが返せるのって、身体を差しだすしかないんじゃないかって、あとでまとめて請求する気なのかなって、気にしなくていいなんてむりだ。気にするよ、気にさせてよ。だってまだ三度目だよ?
まだお互い名前も知らない間柄で、ただの知り合いなんだよ?
なんて、ぐるぐると考えていると警備員さんが。
「高校生なんてまだ子供なんだから、深く考えなくていいっつうの」
そう言って、あたしの頭を撫でるから。
子供扱い、してるんだ。あたしが高校生だから。あたしがまだ子供だから。あたしが女だから。
「き、気安く触らないでください」
「ごめん、嫌だった?」
「あたし帰ります」
「送るよ」
「大丈夫です、道わかりますから」
「ねぇ。また何処かで会えたらさ、それってもう偶然じゃなくて、必然だよね」
「え?」
「僕がまたきみに出会えたのは必然だと思ってるよ。だから連絡先は交換しないし、名前も聞かない」
「……なにが言いたいんですか?」
「次に会えたその時は、きみの名前を教えてね」
正直、かなりきしょいと思った。だからその場から逃げるように走った。関わっちゃだめだと思った。加賀さんみたいな変人かもしれないって、深い関係になっちゃいけないって、頭の中で警告音が鳴り響く。
大丈夫、喫茶店にさえ近づかなければ会うことはない。あのビルにも近づかない。そうすればもう二度と会うことはないんだから。
あたしと警備員さんの出会いが必然だなんてありえないよ。それにあたしはもう、誰も好きになりたくない。あんな思いはもう懲り懲りなんだから。
家に帰ると身体の中がゾワゾワした。自分の中に異物があるような気がして気持ち悪かった。
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