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第十三章
88.
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我ながらなんてチープなセリフを吐いてしまったのだろう。これがアニメなら、一旦コマーシャルを挟むところだった。そしてアイキャッチが流れたあとに、もう一度同じセリフから始まるだろう。
立ったままいきなり自己紹介を始めたものだから、隣の客がちらりちらりとこちらをみてくる。早く席に着きたい。
「はしもと……あいりちゃん。わざわざ僕に会いにきたってことは、僕とこれから先も繋がりたいと思ってくれたって解釈でいいのかな?」
「つ、繋がりたいなんて思ってません! ただ、ちょっとは信用してみてもいいかなって思っただけ」
「そっか。嬉しいよ、ありがとう。じゃあ僕の連絡先を教えるね」
連絡先の名前の欄にはアルファベットのケイの文字。これは警備員さんのケイだろうか。それとも名前のイニシャルのケイ?
ケイの意味を聞いてもいいのかな。いいよね、あたしだって名前教えたんだし。
「えっと、このケイの意味ってなんですか?」
「僕の名前。ケイって呼んでくれていいよ」
「ケイ……さん」
ケイ、ケイのつく名前。慶太郎、||いぁ、孝太郎とかかもしれん。
いやほにゃらら太郎から離れなさい。普通に浩太とかかもしれんでしょうに。
なんて一人ボケツッコミを脳内でしているうちに、ケイさんが手を挙げて店員さんを呼んだ。
「すいません、この子に珈琲を」
「えっ、あ、しまった」
「お財布持ってきてないでしょ」
「……はい」
「だよね。いいよ、僕が奢るから」
しまった、また奢られてしまった。もうこれで三回目だ。
内心罪悪感でいっぱいのあたしを他所に、ケイさんは涼しい顔して珈琲を口にする。これが大人の余裕というものか、くう。
しばらくしてテーブルに珈琲が運ばれてくると、あたしは小さな声でいただきますと告げた。
「声ちっさ」
それは馬鹿にしたような言い方ではなく、ふふっと笑うような言い方だった。
口に含んだ珈琲は苦くて思わず、「んぶぅ」と声が漏れる。あたしを子供扱いしたかと思えば、ブラック珈琲を勝手に注文するなんて……ケイさんは謎すぎる。
「あ、あの」
「なに?」
「この珈琲ぃ、苦いんですけど」
「そうなんだ。子供扱いされるの嫌そうだったからブラックにしたのにな」
やっぱり。あたしは渋々、カウンターまでガムシロを取りに行こうと席を立つ。すると、ケイさんに腕を掴まれた。
「何処に行くの?」
「が、ガムシロを取りに行くだけですけど?」
「そう」
え、なにいまの。子を心配する親?
束縛系男子?
掴まれた腕にジンと痛みが走る。あたしはカウンターに向かいながら、変に心臓がばくばくするのを感じた。
なんであたしドキドキしてんの。あんな、腕を掴まれたぐらいで。意味わかんない、意味わかんない。
席に戻ると、こちらに見向きもせずスマホを弄り続けるケイさん。本当に意味がわからない。
そういえば海に行った時もずっとスマホを弄っていたけど、いったいなにをそんなにポチポチしてるんだろう。
あたしがちらっとスマホを覗き込むと、誰かとやりとりしてる画面がみえてドキッとした。
「ん、なに?」
「えっと、スマホでなにしてんのかなって」
「気になる?」
「ちょっとだけ」
「明日のシフト変わってほしいって。彼氏の誕生日らしいよ」
嘘だ。どうして会ってくれないのって書いてあった。きっと誰かに言い寄られてるんだ。それか本当は付き合ってる彼女がいて、ケイさんが距離をおいてるとか。
ていうか、さらっと嘘吐く時点でなんかもう信用に欠けるじゃん。本当に愛莉はケイさんを信用していいと思うわけ?
実はかなりの女好きで、彼女も両手じゃ足りないくらいいるんじゃないでしょうね。そのうちの一人になんてなりたくないんだけど。
あたしが急に黙ったからか、ケイさんがまたあたしの頭をぽんと撫でる。
「構ってもらえなくて拗ねてるの?」
「ち、ちが……っ、だから馴れ馴れしく触んないでって言った」
「そうだったね」
あたしが言えば、その手は簡単に離れていく。むやみに触られるのは嫌なのに、素直に引っ込められてはもやるのはどうしてだろう。あたしってもしかしてあまのじゃく?
やだな、こんな自分。愛莉だったらこんな時、「嘘吐き」ってはっきり言うんだろうな。
もう愛莉はいないのに、比較ばっかりしてしまう。
「もう遅いし送るよ」
「え?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫。家の中までは入らないよ」
ケイさんはこんな時間までどうしてあそこにいたんだろう。あたしと別れてからずっといたのかな。
道中はなにも話さなかった。時々聞こえる車の音と二人の足音。それ以外はなにも聞こえない、とても静かな夜だった。
「あ、あたしの家、此処なんで」
馬鹿正直に家の前まで送ってもらってしまった。これじゃあ期待してるみたいじゃないか。
「じゃあおやすみ」
「お、おやすみなさい」
本当にばいばいなんだ。送り狼だったらどうしようって、心配して損したな。
踵を返して去っていくケイさんの後ろ姿をみながら、あたしの足は動いていた。
「ケイさん……っ」
あたしが背後から抱きつくと、慌てた様子もなくこちらに顔を向けるケイさん。
「どうしたの?」
「……もう少しだけ、少しだけでいいから……」
これも彼の作戦かもしれないのに、あたしはそれに縋ってしまう。だってあたしは一人では生きていけないから。誰かに寄生しないと、上手に息が吸えないから。
立ったままいきなり自己紹介を始めたものだから、隣の客がちらりちらりとこちらをみてくる。早く席に着きたい。
「はしもと……あいりちゃん。わざわざ僕に会いにきたってことは、僕とこれから先も繋がりたいと思ってくれたって解釈でいいのかな?」
「つ、繋がりたいなんて思ってません! ただ、ちょっとは信用してみてもいいかなって思っただけ」
「そっか。嬉しいよ、ありがとう。じゃあ僕の連絡先を教えるね」
連絡先の名前の欄にはアルファベットのケイの文字。これは警備員さんのケイだろうか。それとも名前のイニシャルのケイ?
ケイの意味を聞いてもいいのかな。いいよね、あたしだって名前教えたんだし。
「えっと、このケイの意味ってなんですか?」
「僕の名前。ケイって呼んでくれていいよ」
「ケイ……さん」
ケイ、ケイのつく名前。慶太郎、||いぁ、孝太郎とかかもしれん。
いやほにゃらら太郎から離れなさい。普通に浩太とかかもしれんでしょうに。
なんて一人ボケツッコミを脳内でしているうちに、ケイさんが手を挙げて店員さんを呼んだ。
「すいません、この子に珈琲を」
「えっ、あ、しまった」
「お財布持ってきてないでしょ」
「……はい」
「だよね。いいよ、僕が奢るから」
しまった、また奢られてしまった。もうこれで三回目だ。
内心罪悪感でいっぱいのあたしを他所に、ケイさんは涼しい顔して珈琲を口にする。これが大人の余裕というものか、くう。
しばらくしてテーブルに珈琲が運ばれてくると、あたしは小さな声でいただきますと告げた。
「声ちっさ」
それは馬鹿にしたような言い方ではなく、ふふっと笑うような言い方だった。
口に含んだ珈琲は苦くて思わず、「んぶぅ」と声が漏れる。あたしを子供扱いしたかと思えば、ブラック珈琲を勝手に注文するなんて……ケイさんは謎すぎる。
「あ、あの」
「なに?」
「この珈琲ぃ、苦いんですけど」
「そうなんだ。子供扱いされるの嫌そうだったからブラックにしたのにな」
やっぱり。あたしは渋々、カウンターまでガムシロを取りに行こうと席を立つ。すると、ケイさんに腕を掴まれた。
「何処に行くの?」
「が、ガムシロを取りに行くだけですけど?」
「そう」
え、なにいまの。子を心配する親?
束縛系男子?
掴まれた腕にジンと痛みが走る。あたしはカウンターに向かいながら、変に心臓がばくばくするのを感じた。
なんであたしドキドキしてんの。あんな、腕を掴まれたぐらいで。意味わかんない、意味わかんない。
席に戻ると、こちらに見向きもせずスマホを弄り続けるケイさん。本当に意味がわからない。
そういえば海に行った時もずっとスマホを弄っていたけど、いったいなにをそんなにポチポチしてるんだろう。
あたしがちらっとスマホを覗き込むと、誰かとやりとりしてる画面がみえてドキッとした。
「ん、なに?」
「えっと、スマホでなにしてんのかなって」
「気になる?」
「ちょっとだけ」
「明日のシフト変わってほしいって。彼氏の誕生日らしいよ」
嘘だ。どうして会ってくれないのって書いてあった。きっと誰かに言い寄られてるんだ。それか本当は付き合ってる彼女がいて、ケイさんが距離をおいてるとか。
ていうか、さらっと嘘吐く時点でなんかもう信用に欠けるじゃん。本当に愛莉はケイさんを信用していいと思うわけ?
実はかなりの女好きで、彼女も両手じゃ足りないくらいいるんじゃないでしょうね。そのうちの一人になんてなりたくないんだけど。
あたしが急に黙ったからか、ケイさんがまたあたしの頭をぽんと撫でる。
「構ってもらえなくて拗ねてるの?」
「ち、ちが……っ、だから馴れ馴れしく触んないでって言った」
「そうだったね」
あたしが言えば、その手は簡単に離れていく。むやみに触られるのは嫌なのに、素直に引っ込められてはもやるのはどうしてだろう。あたしってもしかしてあまのじゃく?
やだな、こんな自分。愛莉だったらこんな時、「嘘吐き」ってはっきり言うんだろうな。
もう愛莉はいないのに、比較ばっかりしてしまう。
「もう遅いし送るよ」
「え?」
「そんなに警戒しなくても大丈夫。家の中までは入らないよ」
ケイさんはこんな時間までどうしてあそこにいたんだろう。あたしと別れてからずっといたのかな。
道中はなにも話さなかった。時々聞こえる車の音と二人の足音。それ以外はなにも聞こえない、とても静かな夜だった。
「あ、あたしの家、此処なんで」
馬鹿正直に家の前まで送ってもらってしまった。これじゃあ期待してるみたいじゃないか。
「じゃあおやすみ」
「お、おやすみなさい」
本当にばいばいなんだ。送り狼だったらどうしようって、心配して損したな。
踵を返して去っていくケイさんの後ろ姿をみながら、あたしの足は動いていた。
「ケイさん……っ」
あたしが背後から抱きつくと、慌てた様子もなくこちらに顔を向けるケイさん。
「どうしたの?」
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これも彼の作戦かもしれないのに、あたしはそれに縋ってしまう。だってあたしは一人では生きていけないから。誰かに寄生しないと、上手に息が吸えないから。
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