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第十三章
89.
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あたしの部屋にケイさんがいる。あたしもケイさんもベットの上に座っていて、その距離はわりと近かった。
ケイさんはあたしの髪に触れながら、あたしの言葉を待っているようだった。大方いつものようにあたしから、「触るな」と言われるのを待っているのだろう。それなのにあたしがいつまで経っても言わないから、いつになったら言うのか試しているに違いない。この瞳はそういう瞳だ、多分。
「なに、静かじゃん。酔ってるの?」
「こ、珈琲一杯で酔いませんよ」
「じゃあどうしたの? 僕、きみの髪に触れてるよ?」
ケイさんがなにか喋る度に、頭の中がビリビリする。この甘ったるい声、毒だなぁ。
「あ、たし……好きな人がいるんです」
ケイさんはあたしの話を黙って聞いている。
「だけどそれは叶うことのない恋で、あたしの片想いで、法律的には問題ないけど、向こうはあたしをそういう対象としてはみてなくて」
ずっとずっと、好きだった。お兄ちゃんが好きだった。
「それから色々あってその人のことは諦めようと思って、また新しく好きな人ができたんだけど、その人には他に好きな人がいて、あたしを好きにはなってくれなくて」
加賀さんはあたしじゃなくて、愛莉が好きだった。
「あたしはもう、誰も好きになりたくないんです。もう二度とあんな思いはしたくない。だけど、だけど誰かに愛されないと、あたしが此処にいる意味ってなんだろうって、死にたくなるくらい頭の中でぐるぐる考えちゃって、感情がぐちゃぐちゃになる」
内側の毒を吐きだせば吐きだすほど、声に力が込められていく。ケイさんを感情の捌け口にしたいわけじゃない。だけど誰かに聞いてほしい。そう思うことはおかしいの?
「だからきみはあの時あの場所にいたんだね」
「……はい」
「好きな人に振り向いてもらえないのは悲しいよ。身近な男に不満を吐露したくなるきもちもわかる。だから存分に僕を使えばいいよ。僕にぶつけて、すっきりして、いらなくなったら捨てればいい」
「捨てるだなんて、そんな」
「皆そうしてるよ、さっきのだってそうさ。必要な時だけ近づいてくる。彼氏と喧嘩した時だけ、別れた時だけ、淋しい時だけ」
ああそうか、さっきのやりとりはそういうことだったんだ。
なにも言えずに俯いていると、「僕を可哀想だと思ってるの?」と聞かれて首を横に振る。
そんなつもりじゃない。そんなつもりじゃないけど、返す言葉がみつからない。
「可哀想な者同士でくっついてみる?」
このまま甘い誘いに乗ってみようか。流されるままに身を任せて、傷口に蓋をして誤魔化して。
ケイさんとの距離が近づいていく。もうひと押しで、唇と唇が触れそうな距離。
「……僕でいいの?」
仕掛けてきたのはそっちなのに、どうしてそんなことを言うの?
あたしは自分から唇を押し当てると、何度も啄むようなキスをした。
これは恋じゃないと自分に言い聞かせながらする背徳感に酔いしれる。記憶を上塗りするために好きでもない男の人とキスするなんて、ちょっと前のあたしじゃ考えもしなかった。人って変わるんだ。それに矛盾もする。これ以上傷つきたくないくせに、人と深く関わろうと距離を詰める。
ケイさんから漏れる吐息が官能すぎて、耳に入る度に身体中がゾクゾクしてしまう。それに最近シテないからか、下の方に触れたくなってきた。
「僕のこと、好きじゃないでしょ」
「え?」
「好きじゃないくせに触ってほしくて堪らないって顔してる」
「そんな、こと」
本音を当てられて恥じらっていると、許可もなくスカートを捲られて下着が露わになった。
純白の白。あたしの数ある中のひとつである勝負下着だ。
「イメージ通りの色だね。履いてなかったらどうしようかと思った」
「は、履いてるに決まってるでしょ」
「残念」
「え……っぁ」
それってどういう意味?
と聞こうとした瞬間、ケイさんの手が下着の上から触れていた。
ケイさんはあたしの髪に触れながら、あたしの言葉を待っているようだった。大方いつものようにあたしから、「触るな」と言われるのを待っているのだろう。それなのにあたしがいつまで経っても言わないから、いつになったら言うのか試しているに違いない。この瞳はそういう瞳だ、多分。
「なに、静かじゃん。酔ってるの?」
「こ、珈琲一杯で酔いませんよ」
「じゃあどうしたの? 僕、きみの髪に触れてるよ?」
ケイさんがなにか喋る度に、頭の中がビリビリする。この甘ったるい声、毒だなぁ。
「あ、たし……好きな人がいるんです」
ケイさんはあたしの話を黙って聞いている。
「だけどそれは叶うことのない恋で、あたしの片想いで、法律的には問題ないけど、向こうはあたしをそういう対象としてはみてなくて」
ずっとずっと、好きだった。お兄ちゃんが好きだった。
「それから色々あってその人のことは諦めようと思って、また新しく好きな人ができたんだけど、その人には他に好きな人がいて、あたしを好きにはなってくれなくて」
加賀さんはあたしじゃなくて、愛莉が好きだった。
「あたしはもう、誰も好きになりたくないんです。もう二度とあんな思いはしたくない。だけど、だけど誰かに愛されないと、あたしが此処にいる意味ってなんだろうって、死にたくなるくらい頭の中でぐるぐる考えちゃって、感情がぐちゃぐちゃになる」
内側の毒を吐きだせば吐きだすほど、声に力が込められていく。ケイさんを感情の捌け口にしたいわけじゃない。だけど誰かに聞いてほしい。そう思うことはおかしいの?
「だからきみはあの時あの場所にいたんだね」
「……はい」
「好きな人に振り向いてもらえないのは悲しいよ。身近な男に不満を吐露したくなるきもちもわかる。だから存分に僕を使えばいいよ。僕にぶつけて、すっきりして、いらなくなったら捨てればいい」
「捨てるだなんて、そんな」
「皆そうしてるよ、さっきのだってそうさ。必要な時だけ近づいてくる。彼氏と喧嘩した時だけ、別れた時だけ、淋しい時だけ」
ああそうか、さっきのやりとりはそういうことだったんだ。
なにも言えずに俯いていると、「僕を可哀想だと思ってるの?」と聞かれて首を横に振る。
そんなつもりじゃない。そんなつもりじゃないけど、返す言葉がみつからない。
「可哀想な者同士でくっついてみる?」
このまま甘い誘いに乗ってみようか。流されるままに身を任せて、傷口に蓋をして誤魔化して。
ケイさんとの距離が近づいていく。もうひと押しで、唇と唇が触れそうな距離。
「……僕でいいの?」
仕掛けてきたのはそっちなのに、どうしてそんなことを言うの?
あたしは自分から唇を押し当てると、何度も啄むようなキスをした。
これは恋じゃないと自分に言い聞かせながらする背徳感に酔いしれる。記憶を上塗りするために好きでもない男の人とキスするなんて、ちょっと前のあたしじゃ考えもしなかった。人って変わるんだ。それに矛盾もする。これ以上傷つきたくないくせに、人と深く関わろうと距離を詰める。
ケイさんから漏れる吐息が官能すぎて、耳に入る度に身体中がゾクゾクしてしまう。それに最近シテないからか、下の方に触れたくなってきた。
「僕のこと、好きじゃないでしょ」
「え?」
「好きじゃないくせに触ってほしくて堪らないって顔してる」
「そんな、こと」
本音を当てられて恥じらっていると、許可もなくスカートを捲られて下着が露わになった。
純白の白。あたしの数ある中のひとつである勝負下着だ。
「イメージ通りの色だね。履いてなかったらどうしようかと思った」
「は、履いてるに決まってるでしょ」
「残念」
「え……っぁ」
それってどういう意味?
と聞こうとした瞬間、ケイさんの手が下着の上から触れていた。
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