歌声は恋を隠せない

三島 至

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王都勤務

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 カーネリアンは義理の兄と仲がいい。
 仲がいいと言うよりは、一方的に兄を慕っている。
 勿論、兄から嫌われているわけではないのだが、幼い頃から何故だか、彼には気兼ねなく接する事が出来た。
 カーネリアンは家族の前でも、穏やかで付き合いやすい性格を装っている。
 気弱そうで、喧嘩は強そうに見えないが、優しく人望がある。そんな性格を。知り合いから受ける印象と同じように、自分を見られるようにしていた。
 兄は、いかにも育ちのいい貴族だった。だが、身分を鼻にかけることはなく、おそらく可愛くない子供であったカーネリアンにも、記憶にある初対面の時から、優しかった。
 身なりは立派なのに、必死に姉に愛を乞う姿は、彼が貴族であるとか、何か裏があるとか、そんな考えをどうでもよくさせるには十分だ。
 カーネリアンは、それなりに家族の事が好きで、姉の事を本当に大切にしてくれる兄に対して、いつの間にか好感を持つようになっていた。

 カーネリアンは幼い頃から聡い子供で、中味は可愛くない性格をしていたので、可愛がられる性格も自分で分かっている。
 兄に心を開いてからは、素の自分を見せたらどうなるのだろうという興味が沸いた。
 兄はきっと、受け入れてくれるような気がした。

 突然、礼儀正しく、歳相応に甘えてくれていた義弟が、ぶっきらぼうで、素っ気無い話し方をしだした事に、兄は戸惑った。そして、カーネリアンは兄の事を買いかぶっていた。彼は、カーネリアンのように洞察力があり、頭が切れる人間ではなかったのだ。彼は普通に、可愛い義弟に嫌われてしまったと勘違いをした。しかし、それで兄が義弟に対する態度を変えることはなかった。兄としては、嫌われても愛する人の弟で、変わらず可愛い義弟だったからだ。

 カーネリアンは本当の自分を受け入れてもらえたと思い、ますます兄を慕った。ただ、兄の方は、家族が皆居る時は以前と変わらないのに、二人きりの時は素っ気無い態度の義弟に、自分だけが嫌われていると思いこんでいる。
 それはまさに、カーネリアンとリナリアの関係に似ていた。
 好きな相手にほど、本当の自分を好きになって欲しい。カーネリアンの根底には、そういう思いがあったのだろう。

 兄が、義弟に嫌われた原因として行き着いた結論は、大好きな姉を取られたと思ったのではないか、ということだった。だからカーネリアンは兄から、極度のシスコンだと思われている。実際は実の姉よりもはるかに好かれていることを、兄は知らない。

 そんな関係がこれまで続いていたのだが……。



「リアン! よく来たね!!」

 仕事のため、ほとんど王都で生活している兄が、笑顔でカーネリアンを出迎えた。

「兄さん、何でここにいるんだ」

 彼らは今、カーネリアンが王都に借りた部屋の前に立っている。
 街を出て、引越しも終わり、やっと一息ついた頃だ。部屋にはまだ食料がないので、カーネリアンは買出しがてら、王都の店を軽く見て回った。帰ってきたら兄が待っていたのである。
 兄は大変機嫌がいい。それというのも、カーネリアンは今回の王都勤務の件で、相当兄に頼っていたからだ。
 カーネリアンに頼られて嬉しい兄は、際限なく義弟に協力した。

「可愛い弟に会いに来たに決まっているだろう? まとまった休みが取れれば、ガーネットにも会いに行きたいけど、そこまで時間は無くて」

 ガーネットとは、カーネリアンの姉の名前だ。
 兄は残念そうで、その表情に嘘は見えない。彼は本当に忙しい。

「ここからなら僕の実家も近いし、いつでも頼っていいからね。早く好きな人に会えるように、何でも協力するよ。僕と少し境遇が似ていて、何だか嬉しいんだ」

 リナリアを迎えに行くために、出世したい。
 簡単に言えばそういう事だ。
 伝手を使うにあたって、兄には全ての事情を話してある。
 突然、「王都勤務したいから力を貸して欲しい」と柄にも無い事を言い出したカーネリアンから、思わぬ恋の話を聞いて、兄は舞い上がっていた。
 個人的な相談を持ちかけられた事が、信頼されているようで嬉しかったのだ。
 実力もない、根性もない人間を王国騎士団に推薦してやるのはお断りだが、カーネリアンがこの話を持ち出した時、既に彼は頭角を現していた。
 本気を出した彼は誰もが認める騎士である。
 理由を聞けば、地位には興味が無かったが、貴族の娘に恋をしたからだと言うではないか。ロマンスだ。兄は男ながら、この手の話が好きだった。本人も、身分など関係なく、平民の娘を追いかけて求婚しているのだから。
 弟の実力は兄も認めるところ。
 跳ね除ける理由は無かった。

 さて王国騎士団とは何か。
 王都に拠点を構える、完全実力主義の団体である。
 騎士になる事自体がそもそも難しいので、なれるものは元から実力があるか、貴族の伝を持っているのだが、この団体には騎士の中でも特に優秀な人材が集う。
 貴族で騎士になるものは、大抵、下級貴族だ。
 カーネリアンの兄の実家もこれにあたる。
 彼らの大半は上級貴族に仕えたり、近衛を目指したりする。しかし近衛は、中級か上級貴族出身の騎士がなる事が殆どだ。そのため残りは、王国騎士団入りを目指す。
 実力的に、誰でも入団できるわけではないので、以前のカーネリアンのように、ただの下っ端で諦める人間も多いが、王国騎士団が羨望の的であることに変わりない。
 何がそんなにすごいのかと言うと、実力が認められれば、身分に関係なく、王侯貴族に仕えることも可能なのだ。
 それは平民でも、貧乏貴族でも、貴族社会で地位を得る事が出来るということ。
 過去には、騎士と王女が結婚した例もあるという。
 勿論その騎士は、王国騎士団の人間だ。
 カーネリアンは、やるからにはとことんやるつもりである。
 兄の実家が貴族だから、最初から爪弾きにされる事は無い。
 貴族の中には、やはり平民だからと、最初から相手にしなかったり、嫌悪感を顕わにしたりする人間もいるのだ。
 家族とも話し合って、カーネリアンは書類上の養子入りをすることにした。

 伝手さえあれば、試験を受けるのは簡単だ。実力さえあれば、絶対に合格する。
 そしてカーネリアンは頭脳が優れているだけではなく、肉体的な意味で、強かった。


「そういえばリアン、推薦はしたけど、もう試験には合格したんだろう。すごいな」

 カーネリアンはさっさと試験に合格していた。数日後には入団である。

「知らせてないのに、情報早いな」

「身内の事だから。今回の試験で、一回で合格した実力者がいるらしい、どこの誰だ? ってね。ラドシェンナ家から王国騎士が出るなんて、光栄だよ」

 試験自体は、回数に上限はない。一度落ちても、腕を磨いて何度でも受ける事が出来る。そうやって挑む者も少なくない。

「本当に強いんだね。王国騎士団ってだけで、もう迎えにいけると思うけど?」

「……本人だけでなく、相手の家族も納得させないといけないから。何せ、リナリアは……レユシット家の令嬢だ」

「レユシット家は……うん。格が違いすぎるけど。既にリナリア嬢は結構有名だよ。当主とそっくりな美貌で、夜会にはほとんど出ないらしい」

「夜会……」

「それでもリナリア嬢に焦がれる男性は多いだろうね。まあ、リアンは両想いだけど」

「今もそうとは限らないだろう」

「そうかな? そうは思ってないくせに。リナリア嬢は一途だと思うよ。初めて会った時から約十年間、ずっと想ってくれていたのだから」

「……」

 それはカーネリアンも分かっていた。
 リナリアとカーネリアンは、ずっと両想いだった。

「……まずは外堀から埋めようと思う。リナリアの父親に会う約束は取り付けてある」

「え!? いつの間にそんなことしたの? いや、相手は大貴族だよ? 僕でも難しいよそれ?」

「……商人に知り合いがいて……少し付き合いがあったんだよ。その人に仲介してもらった」

「何者なんだいその商人……レユシット家に仲介って。いつ知り合ったんだ?」

「たまに街に来るよ。レユシット家の身内。オーキッド・レユシットって人」

「まさかの身内!!」

 この二年間、街にはオーキッドが度々立ち寄っていた。
 仕事の時もあったが、カーネリアンの後押しをするためでもある。
 彼はカーネリアンに協力的だった。
 曰く、可愛い姪を応援したいとのこと。
 リナリアと暮らし始めたグラジオラスは、毎日幸せそうだが、リナリアは時々元気がないらしい。それを心配したグラジオラスが、例の如くオーキッドに相談してくるのである。
 オーキッドは原因に心当たりがあったが、じゃあ好きな人と結婚させてあげればいいよ、などと言えば、グラジオラスの心臓が止まりかねない。適当に誤魔化した。
 いい加減グラジオラスがうっとおしいので、カーネリアンに発破をかけに来たというわけだ。
 カーネリアンからすれば、オーキッドの仲介は有り難い。
 王都勤務を目指していること、リナリアを迎えに行くつもりである事を伝えると、王都に来る事になったら、グラジオラスと会う機会を作ってくれると約束してくれた。

 あとは説得するだけだ。


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