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娘の幸せ
しおりを挟む窓から朝日が差し込む。瞼の上に眩しさを感じ、ゆっくりと意識が浮上する。
扉をノックする音が聞こえ、リナリアは目を覚ました。
「リナリア様、失礼します」
使用人のデイジーが、リナリアにあてがわれた部屋に入ってくる。デイジーは、以前数日間レユシット邸に滞在した時、世話係としてついてくれた少女だ。
「おはようございます」
「……おはよう、デイジー」
リナリアの声を聞いて、デイジーは頬を染めた。
「はあー……やっぱりリナリア様の声は可愛らしいですね……! 何度聞いても飽きない……いえ、ずっと聞いていたいです!」
再会してから二年も経つのに、ずっとこんな感じである。
「リナリア様、昨日はお疲れ様です」
デイジーが労わる言葉をかける。リナリアは昨日、という言葉に、夜会での出来事を思い出した。
「……ゆ、夢じゃない!!」
「え、何がですか?」
デイジーはきょとんとしている。
リナリアは赤くなって、昨日のカーネリアンの姿を思い浮かべた。いや、思い浮かべずとも、脳裏に焼きついている。
(…………か、かっこよかった……!! カーネリアンが着ていたのって、騎士の制服だよね? すごく素敵だった……似合っていて、本当に格好よかった……どうしよう、どうしよう、思い出しただけでどきどきする……二年間会わなかったのに、ああどうしよう、ますます好き……)
声に出さずに、じたばたと暴れるリナリアを見て、「だ、大丈夫ですか!」とデイジーが本気で心配していたので、ぴたりと止まる。
「……大丈夫じゃないかも」
「ええ!?」
全然大丈夫ではない。
リナリアはこの二年間、貴族令嬢としての教養と立ち居振る舞いを学び、身につけていた。
リナリアはもともと、頭は悪くなく、努力家だ。覚えるのは早かった。
決して楽では無かったが、レユシット家に置いてもらう以上、父の恥にはならないようにしようと、必死だったのだ。
そんな忙しい中でも、リナリアは、カーネリアンを忘れる事は出来なかった。
毎日思い出して、諦めようとしては、焦がれていた。
街での情報は耳にしていない。あえて聞かないようにしていた。ミモザから届く手紙だけは、どうしても読まなければいけないので、そこにカーネリアンの名前があれば、余計に彼のことを考えてしまう。
フリージアからも、たまに手紙が届いた。始終リナリアに対する賛美で埋め尽くされており、若干引いた。そこにカーネリアンの名前は一切無い。
リナリアは知らない事だが、フリージアはカーネリアンの名前を地雷だと思っており、リナリアの前で使わないようにしているのである。
二年間会わなくても、想いは募るばかりだ。そこに、昨日の夜会である。
十九歳のカーネリアンは、精悍さが増し、騎士然としていた。
深紅の制服が異常に似合っていて、その姿は、絵に描いて額縁に入れて、部屋に飾りたいと思ってしまうほどだった。
実際にそう思ったのは今なのだが、昨日はただ、カーネリアンに見惚れて動揺してしまい、会話した後はずっと上の空だった。
正直、カーネリアンの事しか記憶に無い。
せっかくの夜会だというのに、誰の顔も覚えて帰れなかった事を、今更ながら反省する。
そう、全然大丈夫ではないのだ。
リナリアがカーネリアンの事を想う度、ちくりとした痛みが胸を刺す。
一年過ぎても、カーネリアンを想う。
ミモザの手紙で、彼の仕事が順調だと知って、悲しくなる。当たり前だが、リナリアはこんなに悲しいのに、カーネリアンはリナリアが居なくても平気なのだと、そう思うと悲しいのだ。
二年過ぎても、カーネリアンを想う。
彼はもう、フリージアと結婚しているだろうかと考えて、苦しくなる。こんなことを考えてしまう自分が嫌だった。
会いたい。言葉にしてしまえば、お終いだと思った。
必死で耐えてきたのに、会ってしまえば、もう我慢は出来ない。
グラジオラスに了承を得て、屋敷に招く約束をしてしまった。
あの時の行動力はどうかしていたと、リナリアは思う。だが、どうすればいいのだろう。確かカーネリアンは、ラドシェンナと名乗っていた。リナリアは、カーネリアンの事情をさっぱり知らない。招いておきながら、これはまずい。調べざるを得ない、と、大義名分を得たように、今まであえて知らないようにしていた情報を集める事にした。
オーキッドを介して、グラジオラスはカーネリアンと会う約束をしていた。
カーネリアンの目的がリナリアだということは分かっている。
彼はグラジオラスに対して、それを隠そうともしなかった。
勿論面白くない。簡単には了承しなかった。だが、最終的には会って話をするつもりではあったのだ。
グラジオラスにとっても、カーネリアンとリナリアが結ばれて欲しい理由があった。反対する理由などない。
いや、反対したい気持ちはある。せっかく娘と暮らし始めたのに、すぐに嫁に持っていかれるのは癪だった。グラジオラスとて、出来ればずっとリナリアと一緒に暮らしたいのだ。しかし、そうも言っていられない事情がある。
グラジオラスは、リナリアの呪いを解く事を諦めていなかった。
リナリアが今、話す事が出来るのは、呪いが解けたからではない。正確に言うと、半分だけ解いた状態である。以前サーシスが用意した魔法の石、あれは本当に一時的なものだが、継続して効果をもたらす方法もあった。だが一度使うと、解呪の条件を満たすまで、引き換えにしたものは戻らない。つまり、リナリアの場合は歌えない。サーシスには、完全に呪いを解く見込みがあった。だから、グラジオラスも納得したのだ。
サーシス曰く、この手の呪いを解くのはとても簡単、だが難しい。
「昔からよーく聞く、古典的な方法ですよ。笑ってしまいます。でもそれが難しいんですよねえ。人から見れば簡単かもしれません。でも当人たちにとっては難しいでしょうねえ」
はっきり言わないサーシスをグラジオラスは急かした。
「結論から言え」
「怖い顔! ええ、ええ、分かりました。こういう呪いってね、大抵、真実の愛とか、定義が曖昧なものが解呪条件なんですよ。聞いた事あるでしょう、愛する者の口付けで呪いが解けるとか。あれですよ」
「……つまり」
「リナリアさんが恋を成就させれば、呪いは解けます。この場合は、想いが通じ合わないと駄目ですねえ、多分。リナリアさんは失恋したと思っているようなので……。ああ、それと、おそらく当人同士で解決しないと駄目ですかね。下手な事して永遠に解けなくなったら困るので、本人には言わない方がいいでしょう。ちなみに、もう相手は調べてありますよ?」
「……相手?」
「ほらほら、前リナリアさんが不思議な文面書いていたじゃないですか。貴方も覗いていたでしょう。『歌声は恋を隠せない』から、って。あのあとすぐに、リナリアさんの恋する相手は把握済みです」
「……」
「相手も一途にリナリアさんを想っているようですから、解呪なんてね、もう秒読みです。そのうち彼の方から接触してくるんじゃないですか? 嫁に出す準備をしておいたらどうでしょう」
「……」
こんなやり取りがあったのである。
グラジオラスはもう何も言えなかった。
娘は愛する人と結ばれて、呪いは解ける。良い事しかない。きっとリナリアは幸せだろう。それはグラジオラスの望みでもある。娘の幸せのために、何でもしてやるつもりだ。しかし、それにはリナリアを手放さなければならないのだ。
二年経って、カーネリアンが王都に来ると言うので、グラジオラスだけで会うつもりだった。答えなど決まりきっている。ついにこの時が来てしまったかと、暗雲な気持ちで来る日を待っていたというのに。
サーシスは絶対に面白がっている。
グラジオラスは分かっていた。夜会でリナリアとカーネリアンを再会させるつもりだったのだろう。あんなに嬉しそうで、心ここにあらずなリナリアは初めて見る。
グラジオラスはカーネリアンの顔に見覚えがあった。二年前、リナリアが最後に別れを告げた男だ。夜会で見ていれば、リナリアが彼に恋をしているのは明白だった。誰から見ても。ずっと焦がれ続けた人に会えた表情だった。
認めるしかないのだ。
予定は少し狂ってしまったが、リナリアとカーネリアンが屋敷で会う前に、彼と二人で話す時間を取ろうと思った。
多少の小言くらい、許して欲しいものだ。
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