歌声は恋を隠せない

三島 至

文字の大きさ
81 / 91
(子供たちのお話)番外編・神様の国へはまだ行けない

カトレア・レユシット

しおりを挟む
 
 レユシット家に生まれた待望の男児は、『サイネリア』と名付けられた。

 母譲りの美貌と、亜麻色の髪。瞳は父と同じ宝石のような赤色。
 最愛の夫とお揃いの瞳を大層気に入ったリナリアは、サイネリアと目を合わせる度に、うっとりと愛しそうな溜め息を溢す。

 サイネリアは溢れるほどの愛情を受けて、健やかに成長した。
 まだ幼いながら、貴族の子息らしく、丁寧な振る舞いを身に付けつつあったが、父に対しては少し生意気な口をきく。
 それが彼なりの甘えかたであることを知っているので、父親のカーネリアンは言動を直させる事はしなかった。

 リナリアは時折、サイネリアの柔らかい髪に顔を寄せ、頬をくりくりと擦り付ける。するとサイネリアは、「擽ったい」と笑う。
 母の子供っぽい仕草を、照れ臭そうに享受するサイネリア。
 彼らを見た周囲の者は、誰もが微笑ましげに相好を崩した。
 ーーただ一人を除いて。

「サイネってば、もう大きいのに、赤ちゃんみたい」

 どこか不貞腐れた、甲高い非難の声を上げたのは、サイネリアより幾らか年下の幼女だ。
 幼女は、周りにいる誰とも似ていない。
 誰から見ても美しいリナリアや、それと良く似た顔立ちのグラジオラス、凡庸な容姿のカーネリアンとも。母の美貌を受け継いだサイネリアは、言わずもがな。

「カトレアも、おいで」

 リナリアはサイネリアをぎゅっと抱きしめながら、片腕を広げて、「こっちはカトレアの場所よ」というように、幼女を誘った。

 『カトレア』と呼ばれた幼女は、まごうことなき、リナリアとカーネリアンの娘だ。そして、サイネリアの妹でもある。

 カトレアは頷かなかった。
 眉を寄せて、言葉を飲み込むように下唇を噛んで、両手で服の裾を固く握りしめた。

 母や兄の容姿に比べて、カトレアの外見はあまりにも平凡だ。人並みな顔立ちの父親とも、また違う。
 両親の特徴のいいところばかり遺伝したサイネリアに対して、カトレアは両親どちらとも似ていなかった。街を歩けば埋没してしまうような、希薄な印象しかない。
 決して醜い訳ではない。だが美形のレユシット一族の中で、その容貌はかえって異質に見えた。

 両親は分け隔てなくカトレアの事も愛してくれる。何も分からなかった時は、カトレアもただ嬉しかった。だが今になって、カトレアは見窄らしい自分の容姿を恥ずかしく思う。
 家族の誰からも愛される、明るく美しいサイネリア。生まれた時から間近で、天使のような兄を見ながら育った。家族から、兄の容姿と比べられるような言葉を言われた事は無い。いつも、サイネリアと同じくらい、可愛い可愛いと言ってくれる。

「私は、いい。もう赤ちゃんじゃないから」

 だけど、素直に甘えられない。

「サイネみたいに、はずかしいこと、したくない……」

 また、意地の悪い事を言ってしまう。

 頑なに側に来ないカトレアの様子に、リナリアはしゅんとなって、寂しいと顔に顕に見せた。手だけはまだ、「おいでおいで」と揺らしている。
 カトレアがそっぽを向いてしまって、リナリアは今度は悲しそうな顔になって、すがるようにカーネリアンを見上げた。

 妻にめっぽう弱いカーネリアンは、弱ったリナリアの表情もまた堪らないものがあったので、涙さえ浮かべそうなその顔をもっと見たいような、嗜虐的な思考が一瞬過った。
 だがおくびにも見せずに、頼れる夫然として、もっともらしく頷いて見せる。

 カーネリアンはカトレアの側へ寄って、しゃがんで目を合わせようとしたが、彼女はむっつりと黙ったまま。
 ご機嫌斜めというより、どこか元気がない。
 カーネリアンは特に、「赤ちゃんじゃなくても恥ずかしい事では無いよ」と諭すだとか、「何が気に入らないんだい」と尋ねるだとか、そういった事はせずに、無断でカトレアを腕に囲んだ。
 リナリアがサイネリアにするように、ぎゅっと抱きしめてやると、無抵抗でぴったりとくっついている。嫌な訳では無いのだろう。

 カーネリアンは、好きな人にほどそっけなくしていた、過去の自分を思い返した。
 もしかしたら、この子の性格は父親に似たのかもしれない。
 素直じゃない娘を、そのままひょい、と持ち上げて、黙ってリナリアのもとへと運んだ。

 ※

 カトレアの脳裏に浮かぶのは、いつか聞いた知らない大人達の、ひそひそとした話し声だ。
 レユシット家の子供が聴いているとは知らずに囁かれた、心ない噂。

『リナリア様によく似た面差しのサイネリア様は、あんなに見目良い子供なのに……それに比べると、カトレア様は……』

 それらを偶然耳にしてしまったカトレアは、大好きな両親にも、優しい兄にも、誰にも言えず、抱え込んでしまった。
 外に出せないまま膨れ上がった疑念が、甘える事を止めさせる。

 本当は、母親に抱き付きたかった。
 何度後悔しても足りない。留守番が嫌だからと、夜会へ付いて行かなければ良かった。そう何度も思った。
 あれからカトレアは、家族とどう接していいか、分からないのだ。

 ※

『レユシット家は、養子をもらったのだったか』
『オーキッド様の話か?』

 子供の自分より背の高い人混みに揉まれて、迷子になってしまった時の事だった。
 サイネリアがとても懐いている大叔父……オーキッドの名前が聞こえて、知り合いだろうかと、カトレアは足を止めた。

『いや、そんな昔の話じゃない。当代の子供の、二人目……ご息女のカトレア様の事だよ』
『ああ……、“綺麗じゃない方”ね』

 自分の事を話している、と気付いた直後の言葉が、ずきりとカトレアの胸に刺さった。
 ーー綺麗じゃない方。
 確かに、サイネリアの事は、とても綺麗だと思う。でもカトレアも、家族皆から可愛がられていたから、特に自分の容姿に引け目を感じた事は無かった。

『カトレア様は、グラジオラス様やリナリア様とは、似ても似つかないな』
『レユシット家のご息女は、どこかから貰われてきた子供なのではないか』
『もしくはーー不貞の子か。美貌のレユシットの血を継いでいるとは、とても思えない』

 くちさがない連中は、どこにでもいるものだ。
 だがカトレアにとっては、初めて触れる悪意だった。

 いや、噂を話す本人達にとっては、何とはなしに呟いた事だったのかもしれない。決して良い感情から出た言葉では無く、軽率ではあっても、そこにレユシット家を貶める意図は無かったのかもしれない。

 それでも、自分のせいでーーカトレアが美しくもなく、誰とも似ていなかったせいで、家族まで悪く言われているのだということは、何となく分かった。

 カトレアは誰かに面と向かって悪口を言われた事は無い。両親も大伯父達も、他人の陰口を溢す事は、少なくとも子供達の前では無かった。だから、全く耐性が無かったのだ。

 本人の居ないところで、密やかに交わされる会話。
 まるで隠された“本当の事”のように感じた。

 カトレアは、「不貞」の意味はよく分からなかったが、「貰われてきた子供」の意味するところは察する事が出来た。

(わたし、もらわれっ子なんだわ)

 大好きな両親の、本当の子供では無い。その“事実”に、カトレアは酷く動揺した。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】 僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。 ※他サイトでも投稿中

【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない

くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、 軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。 言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。 ――そして初めて、夫は気づく。 自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。 一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、 「必要とされる存在」として歩き始めていた。 去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。 これは、失ってから愛に気づいた男と、 二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。 ――今さら、遅いのです。

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

裏切ったのはあなたですよね?─湖に沈められ記憶を失った私は、大公女として返り咲き幸せを掴みます

nanahi
恋愛
婚約者ウィルとその幼馴染ベティに罠にはめられ、湖へ沈められた伯爵令嬢アミアン。一命を取り留め、公女として生まれ変わった彼女が見たのは、裏切り者の幸せな家庭だった。 アミアンは絶望を乗り越え、第二の人生を歩む決意をする。いまだ国に影響力を持つ先の王弟の大公女として、輝くほど磨き上げられていったアミアンに再会したウィルは激しく後悔するが、今更遅かった。 全ての記憶を取り戻したアミアンは、ついに二人の悪事を断罪する。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

「帰ったら、結婚しよう」と言った幼馴染みの勇者は、私ではなく王女と結婚するようです

しーしび
恋愛
「結婚しよう」 アリーチェにそう約束したアリーチェの幼馴染みで勇者のルッツ。 しかし、彼は旅の途中、激しい戦闘の中でアリーチェの記憶を失ってしまう。 それでも、アリーチェはルッツに会いたくて魔王討伐を果たした彼の帰還を祝う席に忍び込むも、そこでは彼と王女の婚約が発表されていた・・・

処理中です...