歌声は恋を隠せない

三島 至

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もうちょっとおまけ

微ツンデレの本領

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 リナリアとビオラ、オーキッドの三人で、レユシット邸にて仲良くお茶をしている時の一言から、その戯れは始まった。

「カーネリアン君って本当に、外面が良くて面白いよね。あれも猫を被るって言うのかな」

 ああ悪口じゃないよ、と言い回しを詫びているオーキッドの言葉に、リナリアは首を傾げる。
 "外面が良い"? 
 カーネリアンは、いつだって優しい。きっと内面も、良くできた人だ。
 少なくとも、リナリアはそう思う。

「この間ボーダイスが、兄さんにちょっかいかけに屋敷に来たんだけど……ああ、リナリアさんはその時居なかったよね。それでさ、こう言われたんだ……、んんっ、」

 暗い茶髪をさらりと揺らして、ひとつ咳払いすると、オーキッドは喉を震わせて、芝居がかった台詞を口に乗せた。

「『カーネリアン君は素っ気無く見えるけど本当は優しい、ですって?』」

 リナリアはその言葉に心あたりがあった。
 ビオラと二人、顔を見合わせて、突然始まったオーキッドの演技に意識を傾ける。

「『……ああ、貴方らしくもない言い方だと思ったら……リナリア嬢の言葉ですか。相変わらず……本当、恋って盲目ですよねぇ。』」

 オーキッドは情感たっぷりに続けた。

「『優しい? 違いますよ、あれはね、子供と一緒です、彼は特別な相手に対して、こうね、ツンツンしてみせて、愛情を試してるんですよ。』」

 じっと聞き入っている女性二人に、茶目っ気たっぷりに片目で瞬きを一つ落として、

「『愛想が良いんだか悪いんだか、よく分からなくないところ、なんだかグラジオラス殿に似ていて、おもしろ……興味深いですね、とっても。貴方もそう思いません? 面白いですよねぇ。』」

 一言一句、サーシスの言葉を再現してみせた。
 ウインクはオーキッドのサービスである。
 シニカルで謎めいた件の男に、そんな愛嬌は無い。

「ふっ、」

 丸いテーブルを囲む、斜め向かいに座る貴婦人の、ティーカップが微かに揺れた。
 咳き込む事無く、カップを口元から皿へと戻すと、たおやかな指を伸ばし、ナプキンを手に取る。
 ビオラは、優雅に口元を拭うと、とうとう堪えきれずに、小さく吹き出した。

「んふっ……ああごめんなさい、私ったらはしたない。サーシスの真似があんまりそっくりで、ふふふ。おかしくて。面白いって言いかけて取り繕ったのに、最後に結局、面白がっているのがまた。ねえ、リナリア、そっくりよね? キッド兄さま、もう一度、ふふっ、聞かせてくださる?」

 ビオラの弾けるような笑顔を、目映い程に浴びたオーキッドは、年甲斐もなく有頂天になって、にこにこと笑った。

「…………むぅ」

 一方リナリアは小さく唸った。
 唇を引き結んで、上目遣いでオーキッドを見る顔は、どこか不満そうだ。

「あれ、リナリアさん、ご機嫌斜めだね? あんまり似てなかった? 自信あったんだけどなぁ」

 本人は怒り顔をしているつもりらしい、リナリアのいじけたような表情に、オーキッドは姿勢を崩して話を向ける。

「やだ、リナリア可愛い顔して。怒ったの? ごめんなさいね、笑ってしまって……それにキッド兄さまも、ここにいないサーシスにも、悪気はないのよ」

 やや膨れっ面のリナリアの頬を、ビオラが指先で、ぷに、と押した。

 お茶目な指とじゃれあって、天使の美貌の持ち主はくすくすと笑って許してくれる。

「……実は私もサーシスさんに、そうやって言われた事があります。……ええっと、確か……」

 リナリアは居住まいを正すと、精一杯、サーシスの表情を真似て、皮肉げな喋り方をした。

「『ああ、彼ですか。……人畜無害を装おってますから、質が悪いですよねぇ……おや失礼、貴女の夫でしたね……』……こんな感じです」

 情報通のあの男に、そっくりな仕草。
 なかなかうまく出来たと思う、と、リナリアは内心、少し得意気になった。
 それでもまだ、自ら口にしたサーシスの言葉には、納得していない様子だったけれど。

「ふっ、ふふ、リナリア、貴女って本当に凄いわ、喋り方はそっくりね。舞台女優になれるのではなくて? でも顔は可愛すぎて、あのサーシスには全く似てないわ、 ニヤッてする時は結構似てるのにね、ふふ」

 体を震わせながらも、ビオラは淑女らしくいようと、大口を開けて笑う事はしなかった。
 それでも堪えきれずに、小さな笑いを含んだ吐息が、何度も溢れてしまった。

 面白がるところや、笑いの癖が、どことなくオーキッドと似ている。
 楽しそうなビオラを横目に、リナリアもつられて笑みを浮かべた。
 しかし彼女は流されずに、一度ぎゅっと目を閉じると、

「サーシスさんもオーキッドさんも、分かってないですね?」

 と、きりりと形の良い眉をあげ、強い眼差しで意見を述べた。

「カーネリアンは昔から、誰にでも優しいし、性格もとっても良いし、凄くかっこいいんですからね!」

 怒っている訳では無い。これはほんの、家族の戯れだった。
 リナリアの知らない、カーネリアンの一面を、こうして本人の居ぬ間にこっそり聞く事は、彼女にとって、少しだけ悪い、楽しい遊びであった。

「まぁ彼、他所では愛想良いからね」

「世渡り上手って感じよね」

 オーキッドとビオラも、リナリアが望むのはカーネリアンの話題だと理解していたので、お互い微笑みながら、遊びに乗るのだ。



 ※



 貴族の屋敷を警備する事は、よくある任務だが、こんなにも広く立派な屋敷は、他にそうそうないだろう。

 いまだに、身の程に相応しくないと感じてしまう。

 カーネリアンは卑屈な考えを悟らせない、慣れた足取りで、レユシット邸の扉をくぐった。

 本来は仕事をしている時間であったが、他の任務との調整で非番になった事から、帰りの道すがら、リナリアの好きな菓子を土産に買ってある。

 まだ叔父夫婦と楽しそうに話しているだろうな、そう思いながら、彼らの集まる部屋へと進んだ。

 リナリアは、カーネリアンがそこにいるだけで、とても嬉しそうに頬を染めて笑ってくれる。
 事実に基づいた、愉快な想像に、自然と彼の気分も上向いた。


 三人だけのお茶会が開催されている、その部屋からは、きゃらきゃら、ころころ、と、陽気な笑い声が聞こえてくる。
 妻は今日も幸せそうだ。

 扉を開けようとして、声の判別がつく距離まで来て、聞こえてしまった内容に、思わず手を止める。

『カーネリアンは昔から、誰にでも優しいし、性格もとっても良いし、凄くかっこいいんですからね!』

 …………

(なんか可愛いこと言ってる)

 カーネリアンは両の掌で己の顔を覆った。
 天に祈るような姿勢で、だらしなくにやけた口元を隠す。
 妻にはとても見せられない格好である。

『まぁ彼、他所では愛想良いからね』

 盛大な惚気に対して、声に笑いを含ませ、不穏な事を言うのはオーキッドだ。

『世渡り上手って感じよね』

 ビオラまでそんな事を言う。

(待て待て、そっちにいくな)

 叔父達のあまりに冷静な評価に、カーネリアンは余計な事を、と舌打ちする。

 温厚そうに"見せている"、彼には似つかわしくない、苦い表情であった。

 せっかくリナリアに良く思われているのだから、そのままにしておいてくれたらいい。
 彼女の口から紡がれる、甘美な賛美で、もっと耳を満たしたいのだから。

(軌道修正しとくか)

 カーネリアンは襟を正すと、扉を叩いて、お茶会の面々に自分の存在を知らせた。

 手土産を持って現れたカーネリアン。
 リナリアは立ち上がって夫の帰りを喜び、ビオラも歓待してくれた。
 オーキッドはにこやかに迎えいれたが、その表情の裏に、食えない感情が透けて見える。

『聞いていただろう?』

 リナリアからは見えない位置から、唇を動かして、カーネリアンに伝えてくる。

(心底面白がっているな、あれは)

 遊ばれる側としては、あんまり面白くないので、カーネリアンはちょっと本気を出した。

「リナリア、ただいま」

 こんな声出せたか? というほど、甘い声音で、リナリアの肩を抱く。
 素っ気無い態度が、彼の素なので、リナリアの前でも、愛情表現が乏しいという自覚はある。

「君の好きそうな物を買って来たんだ。前に食べたいって言っていただろう? 喜んでくれると良いんだけど」

 普段なら、こんなあからさまに媚びるような態度はとらない。
 だけど彼は、いつもはぶっきらぼうなのに、時々甘くなる。
 今日はとびきり甘い日だった。

 剣を扱うごつごつとした手を、亜麻色の美しい髪に、そっと差し入れて、頬を寄せる。

 家族とはいえ人前で、いつになく近い距離。

 落ちないはずが無いのだ。
 リナリアは夫に、心の底から惚れ込んでいるので。

 夫の腕に囲われ、ぽぅっとしながらも、リナリアは思い出したように、オーキッド達に向き直った。

「……! ほ、ほらっ! オーキッドさん! ビオラさんも! ねっ? やっぱり! だから言ったでしょう?」

 支離滅裂な主張であったが、言いたい事は、彼女の顔が雄弁に語ってくれる。

 ほらね、私が言った通りでしょう?
 そんな顔だ。
 彼女の夫は、こんなに気配りが出来て、優しくて、かっこいい、最高の夫なのだ、と。

 視線をそらしたリナリアの後ろで、カーネリアンは不敵な笑みを浮かべた。

「あっ、リナリアさん今だよ後ろ見て、カーネリアン君すごい悪い顔してるから!」

 負けじとからかうオーキッドだが、「えっ」と言ってリナリアが振り向く頃には、完全無欠な夫の姿がそこにある。

「もぉ、全然悪い顔してないじゃないですか?」

 リナリアは照れ照れと、自分の行動を恥じるように、オーキッドを責めた。

「これは……多分巧妙に誤魔化し続けそうね」

「リナリアさんも丸め込まれ過ぎだけど、でもかっこつけ徹底的で面白過ぎない?」

 もはや感心顔のビオラとオーキッドがひそひそと話す。

「はいはいそこの二人、こそこそ喋ってないで、お茶会を続けたらどうですか。リナリア、俺も良いかな?」

「もちろんいいよ!」

 すっかりご機嫌なリナリアに椅子を引いてやり、カーネリアンも一脚自分の席を用意した。



 カーネリアンは現状に大層満足していた。
 最愛の妻は可愛いし、義父や叔父夫婦含め、家族仲はとても良好だ。



 レユシット邸では今日も、幸せな空気が満ちている。

 穏やかな良い日であった。





 〈おわり〉






*今回の登場人物*

【リナリア】
神に遣わされた天使と見紛う美貌の持ち主。
カーネリアンに親切にされた記憶が根底にあるので、(本編12話「見舞い」あたりを参照)
彼の事をめちゃくちゃ優しい男だと思っている。
カーネリアン(夫)に一途で可愛い奥さん。

【カーネリアン】
一見普通の男だがエリート騎士で頭も切れる世渡り上手。
リナリアに対して仄暗い独占欲を滲ませているので、(本編13話「リナリアの本質」参照)
当然ただの優しい男ではない。

【ビオラ】
リナリアの叔母。生粋の貴族なので人前ではきちんと淑女の仮面を被るが、家族の前では陽気でころころ笑う。

【オーキッド】
リナリアの叔父。ビオラの夫。すっかり相談役ポジションに収まってしまって家族皆に頼られちゃって忙しい。

【サーシス】(名前のみ)
情報通な貴族のボーダイス家の人。(本編51話「取引」あたりを参照)
リナリアの父グラジオラスを気に入っていて、交遊を深めたくてちょっかいかけてる。リナリアとも結構仲良し。
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