歌声は恋を隠せない

三島 至

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特別な子

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 リナリアの住む家は、王都の隣に位置する、神様の恩恵を受ける街にある。
 街の入り口付近には商店街があり、毎日賑わいをみせていた。
 商店街から外れ、住宅の並ぶ付近では、学校に通う前の幼い子供たちが、教会に集まっていく様子が見える。
 教会のすぐそばにある小さな家が、リナリアの家だ。
 窓枠に手をかけ、背伸びをして外を覗く少女は、天使のように愛らしい容姿をしていた。

「おかあさん! わたし、今日も教会に行かなくちゃ」

 母は儚げに笑んだ。リナリアは生まれたときから、病弱な母と二人で暮らしている。

「だって、私は神様に愛されているから! おかあさんの病気も、きっと治してもらってくるからね!」

 自分は神様に愛されているから。毎日神様に会いに行くのだと、無邪気に思っていた。




 あの頃の自分は愚かだったと思うが、幸せだった。

 陽の光を映す亜麻色の髪に、道行く男性が振り向くが、彼女は気づかない。男性は少女の美しい容貌に目を奪われ、しばらく立ち尽くしていた。珍しい光景ではない。街の誰もが知るリナリアは、稀にみる美人なのだ。
 リナリアが歩みを止めず向かい、着いた先は教会だった。
 彼女は歌うことが好きだ。時々、教会で歌わせてもらっている。彼女に許された声は、歌うことだけだったから、教会を前にして待ちきれない足が、走れ、とうるさい。

「やあ、リナリア、来ましたね」

 教会の中に入ると、眼鏡をかけた白髪混じりの、初老の男性がリナリアに笑いかけた。
 教会の仕事を取り仕切る人で、この職につく人は、一般的に神仕えと呼ばれる。

 リナリアは深くお辞儀する。ーー今日も歌わせていただきます、いつもありがとうございますーー

「皆さん楽しみにしていましたよ。教会の歌姫は有名ですからねぇ」

 リナリアは手振りで否定し、謙遜する。それを見た神仕えは、目を細めて微笑むだけだ。

「さ、今日も貴女の美しい声を聴かせてください」

 促され、室内に入ると、リナリアは頭のなかで言葉を反芻した。
 今やこんな優しく声をかけてくれるのは、神仕えくらいだ。皆離れていってしまった。幼馴染の、カーネリアンを除いて。
 思考に沈みそうになったリナリアは、深く息を吐いた。


 目に見えない神様と、教会に集まった人々の前で、天上に届くような美しい歌声を響かせる。数曲歌い終えたリナリアを、神仕えは誉めてくれた。
 神仕えはいつもリナリアを気遣ってくれる。

「素晴らしい歌声でしたよ。また、待ってますからね。もちろん、歌う以外にも来ていいですからね」

 神仕えに何度も頭を下げて、教会を後にする。
 いつも歌った後は、帰り道で必ずカーネリアンを見つけた。示し合わせて来たわけではないだろうが、彼の散歩コースなのかもしれない。どちらにせよ、リナリアは好きな人に会える事が嬉しかった。今日も、教会から少し離れた道を歩く幼馴染の姿が見えた。

 リナリアは喋れないので、彼に触れられる距離まで追い付く。かといって、触れるのも躊躇われて、そのまま後ろをくっついて歩いた。
 まるでストーカーだ、と思ったところで、カーネリアンがリナリアに気付いて振り向く。すると彼は、歩調を緩めて、黙って隣に並んだ。普段と全く同じ流れだ。
 リナリアにはそれが堪らなく嬉しいのだ。
 背の高いカーネリアンをこっそり見上げて、表情を窺う。楽しそうでも、機嫌が悪いようにも見えず、あまり変わらない。

 二人は家とは逆方向に歩いていた。
 リナリアはカーネリアンと一緒に居たかったから、目的地が分からなくても、ただついていくだけだ。図書室か、商店街か。公園に行くことはないだろう。今日彼が非番であることを知っているから、屯所に行くわけでもないはずだと、リナリアは思った。

「おーい、カーネリアン!」

 前方から、カーネリアンの友人が手をふって近付いてきた。二人は、友人の到着に合わせて立ち止まる。

「どっかいくのか? 仕事? 騎士様は忙しいな!」

 友人は元気よくカーネリアンの肩を叩いて、豪快に笑う。リアクションが大きい。これもたまに遭遇するが、いつもこんな感じだ。

「今日は非番だよ。今、家から歩いて来たところ。買い物頼まれちゃって。商店街に行こうかなって」

 友人と話し出すと、カーネリアンはたちまち気安い雰囲気になる。眉を下げ、柔和に笑った。こうすると、気弱そうな、いかにもお人好しに見える。先程までの無表情が嘘のようだ。

「そういうランスは?」

 喋れないリナリアを置いて、会話は進む。

「俺?寝坊しちゃってさぁ、教会に行こうと思ってたんだけど……」

「ああ……」

 一瞬、会話が途切れたので、リナリアは俯かせていた顔を上げた。すると、ランスとリナリアの目が合った。リナリアは慌ててそらす。そらした先はカーネリアンがいた。彼もリナリアを見ていた。
 リナリアは、自分の話題ではなかったはずだと思った。まさか彼女の存在が不愉快、目障りだったため会話に支障をきたしたのかと、不安に思えば……

「うーん、やっぱり教会は行かなくていいかなーって、今思った」

「まあ、そうなるよね」

 ーーリナリアを見ながらの言葉だったので、あながち間違ってはいないようだった。
 彼女が教会に入り浸るのは結構有名である。つまりリナリアの姿を見て、ランスは教会に行く気が殺がれたと、そういうことを言いたいのだ。リナリアはそう結論付けた。
 彼女は自分の思考に自分で落ち込んでしまう。




 リナリアの考えを他所に、ランスはリナリアを好ましく思っていた。
 容姿は言わずもがな、その歌声に魅了されない輩はいない。
 今日はたまにあるリナリアが教会で歌う日だった。寝坊したランスは急いで教会へ向かっていた。だが当のリナリアが既に教会を出てここにいるのだから、間に合わなかったのだ。そう残念に思い、同時に教会へ行く理由も無くなったのだ。
 ランスの言いたいことは、カーネリアンもすぐに分かっただろう。




 リナリアは、自分が街の住人に嫌われていると思っている。しかし、彼女は幼少期こそ我が儘が目に余ったが、今では大人しい。街一番の美しい歌姫を、誰もが受け入れていた。

 リナリアの歌声は、本当に神様の祝福をうけているのだ。彼女は、街で唯一神様の加護を持って生まれてきた、特別な子供だった。
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