歌声は恋を隠せない

三島 至

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不穏

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 違和感は、教会に入る前から感じていた。

 道を歩くと、人々の視線が突き刺さる。
 それは、今までリナリアに向けられることのなかったものだ。
 当たり前に享受してきたものが、ある日突然、全くの別物となり、同等の量が降り注ぐ。
 いつもは一人で歩けば、リナリアを慕う子達が誰かしら寄ってくるのだが、今日はそれもない。
 今は実際声も出せないが、言い様の無い不安が襲う。
 昔から、リナリアは自分が特別だと暗示をかけてきた。
 同じように、大丈夫だと、自分に言い聞かせる。
 何も不安に思う必要はない。
 声はすぐに出せるようになる。

(だって、私は神様に愛されているから……すぐに許してもらえるわ)

 まだ、自分の気持ちを誤魔化せていられた。

(でも、私のことよりも、お母さんを……)

 母の体調は年々悪くなる。
 加護はリナリアにしか影響しないのだが、祈らずにはいられなかった。

 心の奥底では、リナリアが一番、神様の愛を疑っていたのだけど。



 教会の中には、まばらに人がいた。
 まずはカーネリアンを探すが、見当たらなかった。
 まだ来ていないようだ。
 心細くなる。
 リナリアが入ると、やはり遠巻きに見られているのが分かる。
 今日は誰も周りに集まって来ない。

 予感はしていた。

 おそるおそる中ほどへ歩いていくと、リナリアに一人、二人と寄ってきた。
 その目には、疑惑の色が浮かんでいた。

「リナリア、おはよう」

 挨拶されたが、やんわり笑みをつくり、頷くことしか出来ない。
 友人たちは戸惑い、お互いに目を見合わせた。
 逡巡し、やがて一人が切り出す。

「ねぇリナリア、声が出ないって本当……?」

 リナリアは目を伏せた。
 そんな気がしていたが、リナリアの事情は知られてしまっている。
 心配というよりは、良くない思いを抱かれているようだ。
 神支えが、人に話したとは思えない。
 すぐに、フリージアの仕業だと思った。
 フリージアがどのように話したかは分からないが、この反応を見る限り、まだ半信半疑といったところだ。
 声が出せれば、いくらでも弁明できる。リナリアの場合は、取り繕うと言ったほうが正しいが。
 しかし、声が出ないのは事実なのだ。
 服の裾を強く握りしめる。
 母が刺繍してくれたスカートが、しわになってしまった。
 仕方なく、リナリアは頷いた。






 リナリアが、弱気な態度であることが、余計真実味を増してしまう。
 よっぽど悪いことをして、普段強気なリナリアもばつが悪いのではないかと。
 ここにいる友人たちは、リナリアとあまり親しくはない。
 それぞれの親に含みのある言い方をされていたから、態度が変わるのも早かった。
 恵まれ過ぎたリナリアに、思う所もあって、次々とリナリアを責める言葉があがる。

「フリージアが、泣きすぎて顔を腫らしてたのよ」

「いくらリナリアでもやり過ぎだよ」

「ちゃんと謝ったの?」

「聞いたんだけどさ、」

 彼らは段々、リナリアに詰め寄っていく。いつの間にか人が増えていて、リナリアを囲む形になった。

「神様の加護、無くなっちゃったんでしょ?」






 違う。
 リナリアは心の内で咄嗟に否定した。
 自分は、別の神様を怒らせただけだ。
 リナリアの神様は、まだ……

「いつもの口癖、言えないね」

 言い返せなかった。
 頷くことも、首を振ることも出来ない。
 リナリアは周囲に甘やかされて育った。悪意を向けられることに慣れておらず、対処の仕方が分からなかった。
 自己暗示が解けていくようだった。

「カーネリアンだってね、内心迷惑してるのよ」

「………………!」

(違う!! カーネリアンは、)

 話せないと分かっているのに、口を動かさずにはいられなかった。
 他人にもそう思われるということは、まるで真実のようではないか。
 カーネリアンに嫌われているかも知れない。
 何度も考えたことだ。

 これまでリナリアを持て囃してきた人達が、手のひらを返す。
 言葉の棘に、もう耐えられそうにない。

 逃げ出したかったが、どうやって抜け出せばいいか分からなかった。

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