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隠せない
しおりを挟むリナリアの歌は、何度聞いても飽きない。
カーネリアンは、今日もリナリアに気付かれないように、教会の中で歌が始まるのを待っていた。
何年も続けてきた事だが、本当は、隠すべきではなかったのかもしれない。
リナリアがカーネリアンの後を着いて来なくなった。
リナリアの興味を引きたくて、今まで散々素っ気無くしてきたが、それももう無意味だ。
リナリアの瞳に、カーネリアンは映っていないのだから。
気持ちが沈んでいく。
だが歌声はいつも以上に美しく、どこまでも響いていた。
リナリアを遠く感じて、目立たない場所に立っていたカーネリアンは思わず、前に出ていた。
彼女と目が合ったかと思ったが、恐らく気のせいだろう。
リナリアの声に深みが増す。
誰もがその変化に気が付いていたようだ。
聞く者の胸を締め付けるような、切ない音。
リナリアは今にも泣き出しそうに見える表情で歌っていた。
歌に聞き惚れている誰かは思った。
あれは、焦がれている顔だ。
誰かを想っている顔だ。
それだけ、リナリアの歌には力があった。
しかし、その想いの対象だけが、そのことに気付かないでいる。
やがて歌は終わった。
こんな気持ちになったのは初めてだと、ランスは思った。
カーネリアンが羨ましい。
どうして、リナリアの好きな人は、カーネリアンなのだろう。
彼と、ランスと、何が違うのだろう。
確かに出会った当時から、カーネリアンは人気者だったが、はっきり言って、それは恋愛対象としてでは無かった。
頼りになる、皆の中心的人物というだけで、顔が綺麗な男子の方が、女子の話題には上っていた。
そういうランスも、ミモザの好意には気付いていた。
彼女がずっと、ランスを見ていてくれた事は、分かっていた。
直接好きだと言われた事は無いが、ランスは、カーネリアンとは違うのだ。
健気に話しかけてきて、手を握れば赤くなって、ランスが話しかければ嬉しそうにする、ミモザを見て分からない程、鈍くは無い。
だけど、ランスから行動を起こす事は無かった。
ランスはリナリアの恋を応援しながら、自分の気持ちも自覚している。
好きな人には、幸せになって欲しい。
でも。
あんな歌を歌われたら、黙って見ていられない。
ランスはリナリアに伝えるために、走り出した。
教会から出て行くリナリアを、誰より早く捕まえたのはランスだった。
フリージア達は出遅れてしまう。
ランスとリナリアの姿を見かけたミモザは、フリージアと共に、二人の後を追った。
彼らは、後からついて来るフリージア達に気付いていないようだった。
ランスがリナリアを呼び止めるなんて、珍しい事もあるものだ。
リナリアは、何の用事なのか、見当もつかなかった。
ランスはよくカーネリアンに構ってくるため、必然的にリナリアが彼を目にする機会も他より多いのだが、今は一人である。
ランスが、決意を込めた目でリナリアを見てくるので、二人は教会の敷地内にある小さな公園に向かった。
リナリアの手帳は、買ったばかりだというのに、もう使い切ってしまった。
ミモザとの会話で、たくさん書いたからだ。
あらかじめ持ってきていた、新しい冊子にカバーを付け替えながら、ランスの言葉を待つ。
話を聞く準備は万端だ。
「リナリアとこうやって二人で話すのは、初めてだよな」
リナリアは頷く。
ランスはそれを見て、目を細めた。
少し苦い笑みだった。
「リナリアの歌、いつもと違ったよ。自分で気付いていた?」
リナリアは首を横に振る。
確かにいつも以上に心を込めて歌ったつもりだが、自分の気持ちの問題なので、歌に変化があるとは思っていない。
カーネリアンの姿が見えたときには、最後に聞いてもらえて良かったと、泣きそうになってしまったが。
「リナリアはさ。カーネリアンに告白しないの?」
思いがけないランスの言葉に、瞬きも忘れて、ランスを見つめ返す。
何と返すべきか、リナリアは的確な言葉が浮かばなかった。
そもそも彼は、リナリアがカーネリアンのことを好きだという前提で話している。
リナリアは隠しているつもりだったので、酷く動揺した。
一体いつから、知られていたのだろう。
隠さなければいけないのに。
でも、もう彼は気付いているのだ。
分かりやすく表情を変えるリナリアを見て、大体思っていることを察したらしいランスは、返事を求めなかった。
「リナリアの歌を聞いていると、こっちまで切なくなるよ」
リナリアは何も返せず、ただランスの言葉を聞いた。
「カーネリアンのことが心底好きなんだって、思い知らされる……」
リナリアは、まさか歌うことで、気持ちが知られてしまうとは思っていなかった。
リナリアが何を考えているのか、ランスには、手に取るように分かった。そしてその考えは、あながち間違いでも無い。
ランスは元々知っていたが、今日リナリアの歌を聞いた人は、少なからず、リナリアが胸に秘めた思いに気が付いただろう。
ランスの言い方は、ほとんど告白のようなものだったが、リナリアには直接的な言い方をしないと、理解しないだろうと思い、はっきりと告げた。
「俺はリナリアのこと好きだけど、リナリアは、カーネリアンが好きなんだろう?」
決定的な一言だ。
ランスに好意を向けられたことに、リナリアは戸惑っていた。
真剣な様子に、からかわれている訳では無いと理解したようだ。
リナリアは、観念したように、ゆっくりと頷く。
ランスは、「だよな……」と、少し項垂れた。
「あの歌を聞いたら、諦めるしかないって思う。リナリアが、誰かに焦がれて仕方がないんだって、皆察したんじゃないかな」
そんな馬鹿な、とリナリアは思ったが、否定する材料を持たなかった。
諦めなければならない恋心を、皆に気付かれてしまうなんて。
信じたくない。
「カーネリアンに言うのは癪だけどさ、リナリアは不安に思う必要ないよ。出来るなら、俺がカーネリアンと変わりたいくらいだ。だから……」
ランスはそこで、少しの間黙り込んだ。何を言おうか、迷っているようだった。
「……覚えて無くてもいいけど、俺もずっと、リナリアを想っていた事、知って欲しかった。叶わないって分かっているから、リナリアは誰の物にもなって欲しくない。でも、さっきみたいに泣きそうな顔するくらいなら、カーネリアンと一緒にいてもいいと思う」
伝えたかったことを言い終えると、ランスは小声で、周りに聞こえないように、リナリアに囁いた。
「ところで、俺も今気付いたんだけど、さっきから聞き耳立てている奴いるんだよね。ちょっと呼んでもいい?」
リナリアはびっくりして、思わず周りに目を向けた。見ても、人影はない。言われても、全く分からない。
取り合えずといった風に、リナリアは首肯した。
「誰かいるんだろ! ミモザか、リアンか? 出て来いよ!」
ランスが良く通る声で言うと、数秒後、二人の人物が出てきて、リナリアは驚く。ランスも、複数出てくるとは思わなかったらしい。
フリージアは俯いて、ミモザは真っ直ぐに、ランスを見つめていた。
リナリアは心配そうに、ミモザを窺った。リナリアは彼女の気持ちを知っている。ランスの言葉を聞いていたのだとしたら、どう思われたか不安だった。
ミモザはリナリアの視線を感じたが、見る方向は変えない。
今だけは、目を逸らさない。
ランスも、ミモザを見ているのだから。
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