フォーカス 一番暑かったあの夏

貴名 百合埜

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若葉  2

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少し間が空いてから、俺の背中越しに曲が流れだした。

イヤホンは使用せずに直接スピーカーで聞いているようだった。



「汚れてるーのらねこにもーいーつしかやーさしくなるゆーにばーす」

シンクロして柏本が小声で歌う。もう歌詞を覚えたようだった。

「この部分、すごく好き。ねぇユニバースってどういう意味なん?」

「全人類とか世界とかそういう意味だったはずやね」

「そうなん。やっぱりいい歌詞だよね」

「他にもいい曲入ってるから聞いていいよ?」

「ううん、大丈夫。今はこの唄を聞いていたいん」

心地よい潮風が柏本の長い黒髪を揺らし、俺の背中をくすぐっていた。

「佐藤君、昨日の夜から今まで本当にありがとう。めっちゃ楽しかった」

「何よ改まってさ。うん、俺もほんま楽しかったわ」



この緩やかな上り坂を上がれば、宿舎が見えてくるはずだ。

俺達の昨晩からの冒険のゴール地点が待っていた。



またここには来ることがあるかもしれない。

だけど今日と同じ日は二度と来ない当たり前な事に、俺は寂しさを覚えていた。

それはきっと柏本も同じだったと思う。



道の駅が見えてきた。まだ空いている駐車場を横切り、宿舎へと向かう道に入る。

宿舎が見えてきた場所で俺は自転車を停めた。



「佐藤君、ほんとにありがと。いい写真いっぱい撮れたと思う」

「俺も楽しかったよ。この後柏本が釣ってくれたスズキ。美味しく頂きます」

「もー、ずるい。うちにも食べる権利あるんやけんね?」

ぷくっと頬を不満げに膨らませたまま柏本は話続けた。
「それじゃあ時間やから戻るね……それとね、うち佐藤君の事苦手じゃないけん。むしろずっと話したかったんよ。だからほんと昨日から嬉しすぎて今は夢って言われてもおかしくない状態やけん」

顔を真っ赤にしたまま柏本は自転車を勢いよく走らせて去っていった。


その姿を見えなくなるまで見送り、胸が高鳴ったままコテージへと向かっていると、前方から今野がこちらへと歩いて来るのが見えた。

なんてタイミングでこいつは現れてるんだ。

「おはよ。夏向はもう戻った?」

「あ、ああ。もう戻ったけど。柏本と一緒にいたの、なんで知ってんの?」

俺と一緒にいたことは柏本は誰にも言ってなかったはずだ。

今野は俺の顔をみてニヤニヤ笑う

まさかさっきのを見られていたんか…



「夏向と連絡付かなかったから散歩しながら探してたら、あんたの兄さんに会ってさ。聞いてみたら一緒にいるって言われて。昨日のお詫びに日の出が見える場所まで連れて行ってあげたらしいやん。ちょっとは優しい所もあるんだね、佐藤も」

ゆき兄がナイスフォローしてくれたわけか。余計な事を言われなくて済みそうだ。



「ま、まあそんなとこやわ。っていうか、今野はここで何してんの?」

「え?お兄さんと話してて、ついでに朝ごはん食べさせてもらってたのよ。昨日のカレーのお礼だって。お刺身がもう美味しくて。お兄さん優しい」

「おい!俺の分は残ってるやろな!」

「さあね?戻ってからのお楽しみやよ。もうお腹いっぱいやから宿舎に戻るね」

こいつ、ほんとにむかつくやつだな。

「残ってなかったら、今野の朝飯横取りに行くからな」

イタズラな笑顔を浮かべる今野を残し、俺はコテージへと急いだ。



「朝ごはん!俺の分は残ってるやろな?」

のんびりとリビングでコーヒーを飲んでいたゆき兄に勢いよく話しかける。

「朝帰りの一言目がご飯かよ。ただいまぐらい先に言いなさい」

「さっき今野と会ってさ。あいつめっちゃ食いそうやから」

「そうそう。ちょっと前に車に荷物を入れていたら、今野さんが前を通りかかってね。柏本さんを探していたみたいやったよ。それで幸太といるって事を伝えたら、いい匂いするんですけど!って流れになってな」

「聞いた聞いた。ゆき兄、フォローありがとうな。その時にあいつ全部食べたみたいなことも言ってたから慌てて帰ってきたんやけど」

ゆき兄が笑いながら立ち上がる。

「あれだけの大物をさすがに二人じゃ食べ切れんって。用意するから、先に手と顔くらい洗ってこい」



「ごちそうさまでした」

刺し身にすまし汁にムニエル。癖のないスズキはどれも本当に美味しかった。

朝からボリュームたっぷりのスズキ尽くしに俺はもう満足だった。

やっぱり新鮮なのは、本当に美味い。それとゆき兄はやっぱ料理上手やわ。

「さすがにまだ残るな。今日の晩ごはんもこれに決まりだな」

「肉もいいけど魚も美味しいな」

「柏本さんに感謝しないとな。ちゃんとお礼言ったか?」

「うん、ちゃんと言ったよ。」

「ふーん」

ゆき兄が俺の顔を覗き込み笑う。

「何よ…」

「柏本さん、いい子だぞ。大切にしろな」

「いや、そういうのじゃないって俺らは。まだ」

少し顔が熱くなる。

なんかそういうのをゆき兄に言われるのは、苦手だ。

「まだなんや。否定はしないってわけね」

「いや。あのさ、そんなに突っ込まないでよ…」

「あはは、了解。じゃあちょっと休憩したら、帰り支度しよっか」

「うん、わかった。シャワー浴びてきてもいい?」

朝から自転車で走り回っていたから、さすがに体が汗でベタつく。

それに昨日オールして寝ていない為に食後の眠気にも襲われていた。

このままだと寝てしまいそうだった。



「OK じゃあゆっくり浴びておいで」

「うん、そうするわ。ちょっと待っといてな」



俺がシャワーして戻ると、帰り支度はほとんど済んでいた。

洗い物も全て片付いていた。

「ごめん、手伝い遅れた」

「いいよ、もう大体用意できたしな。コーヒー飲むか?」

「うん、もらう。ブラックで」

「ほぉ、珍しいな」

笑いながらゆき兄はカップにインスタントコーヒーを注いでくれた。

息を吹きかけ少し冷まして、口をつける。

口の中いっぱいに酸味と苦味が広がる。



「苦いだろ?」

片付けを一段落させてゆき兄が俺の前に座る。

「いつも思うんやけど、よく飲めるなぁ。美味いの?」

「苦いから美味いんよ。まあ人生と同じだな。幸太も大人になれば美味しく感じる日が来るかもな」

「俺はならんかも。人生甘々で生きていきたいしな」

「はいはい、さっさと飲んだら自分でカップ洗っておけよ」

笑いながらゆき兄が立ち上がる。

「わかりましたよー」

俺はカップの残りを一気に流し込むと、立ち上がり流し台へ向かった。



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