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68.失敗は悔しい。負けるのは‥、‥だけどそう大したことではない。

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「反射神経って、訓練である程度何とかなるらしいぞ。‥戦闘のセンスはどうにもならんだろうが、反射的に身体が動くっていうのは、まあ言うならばどれだけ身体に戦いがしみこんでるのか‥っていう感じなのかもな」
 アンバーが軽い口調で言った。
 彼なりに、イメトレに行き詰っているコリンを慰めようと思ったのだろう。
「それは実感して言ってることか? それとも、そう聞いたよって話だけ? 」
 コリンがアンバーを見上げて首を傾げる。
 純粋な目で見上げてるわけではない、どこか探る様な目で見ている。
 話の真偽を確かめる‥アンバーが嘘を言っているんじゃないか? っていう疑いの目だ、
 ‥お前は努力とかしなかっただろ、どうせ元からできてるんだろ、っていう白けた様ないじけた様な感情も少々混じっている。
 アンバーが首を傾げる。
「聞いただけだけど、でも聞いた時、そりゃそうだろうなって思った。思わず身体が動くって感覚‥あるよな。身体に染み付く‥っていうの? 癖ってそうじゃない。勝手に身体が動いちゃう。自分の意識とかじゃなくて、さ」
 ふうん。と曖昧な返事をしたコリンはやっぱり‥悔しそうだ。
「僕は、‥どんなに努力しても、思うように身体が動かない。いざとなったら、「こうじゃない」「こうしたいわけじゃなかった」って‥失敗ばっかりだ。‥それは僕が身体に染み付くほど練習が出来てないってことなのかな‥」
 口ではそういったが、自分の練習量が足りていないとは思っていない。
 それこそ、学生時代は友達と遊ぶこともなく練習に明け暮れていた。
 アンバーと自分の違いが、才能の違いだってことは、分かる。
 才能のある者と無い者では、やっぱり同じ量を練習したって結果が違う。もしかしたら、倍ほど練習しようが、満足する結果を得られないかもしれない。
 やっぱり才能があれば、練習の効率だっていい。それどころか、(才能の無い者は)全然「無駄な」努力をしていたりもする。
 たとえば、足が速くなりたい‥とジョギングの練習をするのであったら、少しは効果が見込める。
 体力がつく。
 だけど、スキップが出来ない者が、どんなに独自で練習しても、スキップを出来る様にはなれないのだ。
 それこそ、傍から見たら滑稽極まりない足掻きをずっと繰り返し続けていたりする。
 戦闘のセンスもそれに似たようなものが、スタート段階に居座っている。
 リズム感だったり、相手の呼吸のよみかただったり。‥視野だったり、先を読む能力だったり。
 数えだしたらキリがない。
 だから、コリンは総てを力技でねじ伏せられるほど魔術を練習した。
 急所を狙うんじゃなくって、巨大な岩石をぶつける‥そんなイメージだ。
 シークは、それこそ「急所を狙うタイプ」のファイターだ。‥効率のいい戦い方をする。
 アンバーは‥相手の自爆を誘うタイプだな。相手を見極め、弱点をついて激高させ、精神的なリズムを狂わせて、相手が自分のペースで戦えないようにする。そして、自分はベストなコンディションで楽に相手を攻撃する。
 ‥力技じゃない。闇属性の魔術だ。
 魔力量は自分の方がずっと上だけど、効率の良い使い方なら‥勝てる気がしない。
 コリンは戦闘のセンスでは、シークに劣り、魔術のセンスでアンバーに劣っているのだ。
 ‥悔しくないわけがない。
 だけど、その「(実は)小さな差」を気にしているのは、コリンだけで、アンバーもシークもコリンの努力家なところと博識なところを、「先天的なセンスを十分補えうる」と評価している。
「コリンの理想が‥高すぎるんじゃないか? それと、何をもって成功、失敗とするかだな。
 そもそも、俺とコリンの戦い方は全然違うだろ? 俺は、予めこう戦いたい‥みたいな理想‥? 計画は無い。だから、成功したも失敗したもない。失敗した時は負けた時なんだろうな。負けて捕まって、自分の本位じゃないことになること‥かなあ。例えば、拷問されてやってもいない自白させられたりとかそういうのは、負けだよな。
 俺にとって、負けってそういうこと。
 この前だったら、コリンと戦って負けたこと‥自体は俺は失敗したとは思ってない。捕まったのも、‥まあ、下手したなって位‥だったな。あれっ位じゃ負けじゃなかった。‥あの地点では」
 アンバーは首をすくめて苦笑した。
「あの地点では? 」
 アンバーの言葉に気になる単語をみつけて、コリンは反芻した後、アンバーを見る。
 アンバーが首を小さく傾げて、頷く。
 何か気になったようなこと言ったかな? って考えたんだろう。
「だって、自分の身近にいた者たちが、「そこまでの」悪の組織だとかあの地点ではわかんなかったわけだからね。ただ、仕事を紹介されて、任された仕事をしてたらコリンが来て‥そりゃ自分の結界に侵入されたんだから普通に攻撃するよね? そしたら、思いの外派手に乱闘になって‥今まで外部から遮断していた結界を破られた。その後地元の騎士がわらわら来て‥あの状態だ。捕まって、普通に‥ああ、やっぱり奴ら悪いことしてたんだな~って思った。けど、それぐらいだ。あの地点では、ちょっと怒られて‥ちょっとま拘束されるなり、罰金払うなり‥になるんだろうなって思ってただけだ。「やっちまった」それと‥「だり~な」って思ったわな」
 そこまでの組織だとは思わなかった? ちょっとは悪いことしてるって思ってたってこと? さっき、‥やっぱり奴ら悪いことしてたんだな‥って言ってたし。
「悪いことをしてる連中だとは‥思ってたの? 最初から? 」
 じっとアンバーの目を見る。
 コリンに視線を合わせ返すアンバーの目は、いつも通り堂々として、澄んでいて、嘘を言っている様には、見えない。(逆にこんな目で嘘をついていたら、大したもんだ、っていうレベルだった)
「そりゃね、まともな仕事だとは思ってなかったよ。流石にね。厳重に結界張って、地域の住民の立ち入りを禁止して、見張りに兵士も雇っている職場はね、まともだとは思えないでしょ。警護してる俺たちにも、何を警護して、何を隠しているか分からないとか‥怪しいしかないよね」
「うん」
 ‥まあ、そうだわな。
 怪しいわな‥。
「でも、‥断らなかった? 」
 怪しいって分かってたら、断れたんじゃ? って思ったんだ。アンバーは、他の村の人たちと違って洗脳されてなかったし、アンバーは悪い奴じゃない。悪い仕事だって分かってたら断ったんじゃないかなって‥
 だけどアンバーは、きょとんとした顔を一瞬して、直ぐに「ああ」と微笑んだ。
「‥俺たちみたいな、親もいない‥中途半端な者たちに、まともな仕事なんかそうないんだ。ギルドに入ろうにも、身分も証明できないしな」
 生きる為に仕事を選べないんだ。
 ‥アンバーはそういっているんだろう。
 コリンはぎゅっと心臓を握られる様な気持ちになった。
「いや~。まさか、あんな「普通の悪党」って奴らが、「大きな犯罪」の窓口になっていたとはね~。大物感なんか奴らには微塵も感じなかった‥っていうか、小さい頃から見て来たけど、そんな大きなこと出来る様な感じじゃなかったんだけどね~。いや~。騙されたよ」
 アンバーは軽い口調で言った。
 でも、‥それは軽口ではなく、彼の本心だろう。
 騙された。
 幼い頃からの生活の全てだったものに騙された。騙され続けていた。そして‥トカゲの尻尾切りの様に‥切り捨てられるところだった。
 でも、
 その「窓口」も何も知らなかったのかもしれない。‥その確率の方が高い。
 大きな悪事をするっていうのは、度胸や頭脳がいる。足を引っ張る様な因子も抱えていない方がいい。
 ‥なら、洗脳して完全に自分の思い通りになる駒になっていたとしても、子供なんかを「構成員」にしないほうがいい。
 ‥構成員じゃ無かったんだろう。
 ただの使い捨ての部品だったってわけだ。そして、それはその部品を納品する業者(養い親)と、部品を工場に出荷する業者(口利き屋)にも言えた。
 だから、‥アンバーは馴染みの口利き屋に「知ってて騙された」わけではなく、口利き屋自体何も知らなかったということになる。
「騙された、裏切られた‥とか、どうでもいいんだよ。どうせあんな最下層の暮らしに正義だとか誠実さなんてない。生きて行けるか、野垂れ死ぬかだ。
 仕事をして金を稼がないと死ぬしかない。
 誰が悪い‥騙された‥とかそういうのは、生活が保障された人間の言うことだ。ナナフルが言ってた法の下での平等って考え方も、‥俺にとっては、現実味が無かった。‥ホントのとこね」
 だから、失敗したって誰かのせいでもない。ただ、「やっちまったな」「運が悪かったな」って思うだけ。悔しいとは思うけど、生きてるなら、まあ大したことじゃない。
 まして、相手を殺そうって思ってもいないコリンとの戦いで負けたことなんて、もうホントに大したことじゃなかったんだ。
「才能とか、センスとかどうでもいい。生きてられたらそれでいい。才能で勝っていようが、‥死んだらそれで終わりだ」


 死に直結した戦い。
 勝ち負けじゃなく、生きるか死ぬか‥。
 初めて、自分たちが戦うべき相手‥敵に回した相手を恐ろしいって思った。
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