この度、押しかけ女房に押し切られました。 ~押しかけ女房はレア職でハイスペックな超美人でした~

文月

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141.知らない名前。

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 フタバにだけ‥と念を押して、アンバーは「ナナフルがもしかしたらエンヴァッハ伯爵と関係があるのかもしれない」と伝えた。
 もちろん、他言は無用と念をおして、だ。
「分かりましたわ」
 フタバは重々しく頷いた。

 きっと、‥さっきの話から察しただろう。
 エンヴァッハ伯爵の容姿は白銀の髪と碧眼‥、そして、それはナナフルの色でもある。
 色だけで言えば、そう珍しい色でもない。
 だけど、見る人が見ればきっと分かると思う。
 エンヴァッハ伯爵本人ではなくても、エンヴァッハ伯爵をよく‥若い頃から知っているような者なら、きっと、そういうの、分かる。
 似てるって思う人もいるかもしれない。
 それに、「言われないとそうは思わないけど、言われると似てるね」ってのはある。
 ‥逆にそれ程しか似てなくても、十分脅威なんだ。
 きっとその「鬼嫁な」妻‥伯爵夫人にとっては、それは‥普通に殺害理由になるだろう。
 色男で浮気性の夫に似た顔の、息子。
 もしかしたら、浮気だけで殺害理由になるかもしれないのに、それに更に子供まで‥。それって、絶対「許さない」だろう。
 女は殺す。息子は跡取りとしてうちに引き取る‥とかは‥どうだろ。あるかな。
 夫人に息子がいたら、絶対ない。
 息子がいなくても、娘がいたら娘に婿を貰って後継者にするわな~。
 だけど、伯爵は、自分に似た自分の息子を自分の手元に置いておきたいって思うかも。‥思ってもおかしくはない。‥思ったんだろうな。だから、認知した。
 将来的に後継者問題に関わってくるかどうかはわからないが‥
 ‥そんなの、夫人にとって面白い存在なわけがない。

「もしかしなくても、ナチュラルに危険フラグだよな」

 思えば、‥遭わなくてよかった。
 フタバの父親にも、フタバの父親以外にも‥。
 もちろん「他人の空似です」って言えばいいだろうが‥
 ‥厄介事はゴメンだ。
(きっと、直接聞いて来る奴なんかいないだろうしね。貴族って奴は、回りくどいし、卑怯だからね(← アンバーの偏見)直接聞いてこないで、人を使って調べさせたりするんだ絶対。で、間違って伝わったり、伝わらなくてもいいようなことまで伝わったり。その情報を元に脅されたり‥ややこしいことになるのなんて目に見えてる!! (← あくまで、アンバーの意見です))

 貴族と揉め事なんて、絶対にお断りだ。
 ‥奴らは、平民の命なんてそこらの草程度にしか考えていないような奴らだからな。
 平民も貴族も同じ命です、っていってる奴らでも「草(平民)も花(貴族)も同じ命です。どちらも大切な命です」って言ってるだけだ。明確に区別はしている。

 まったく、同じ価値だって思ってるわけじゃない。

「伯爵様の私生児か‥厄介だなぁ」
 ‥いや、伯爵の私生児って勝手に決めつけちゃダメだ。ただの親戚かもしれない。伯爵の弟の息子、都下かもしれない。つまり、あの令嬢の従兄妹とかだな。それなら、別にその例の怖い妻に命を狙われるってことは無い。
 念の為‥
 アンバーはフタバに
「エンヴァッハという家名を名乗ってる家は、他にあるの? 」
 聞いてみた。
 つまり、エンヴァッハ伯爵の親戚だって、同じエンヴァッハを名乗っていることはないのか? ってこと。
 フタバが首を振る。
「直系の者しかその名前は名乗りませんよ」
 だったら、ナナフル‥フュージは100%エンヴァッハ家の私生児ってことか‥。

 はい、終わった~。

「‥じゃあ、‥ナナフルは100%エンヴァッハ家の息子だ。もしかしたら、私生児かもしれない。
俺が鑑定したナナフルの、改名前の名前は‥フュージ・コールネンド・エンヴァッハだった」
 ごくり、とフタバが唾をのみ込む。
 ‥わかる。口の中からっからになるよね。
 思わず苦笑いするアンバーに、フタバが苦笑いを返した。
「私が知る限り、エンヴァッハ伯爵と夫人の間に息子は‥いません」
「娘は? 一人? 」
 アンバーが質問を重ねる。
 フタバが首をふる。
「二人です。確か‥歳が二つか三つ離れた姉妹で、一人は既にご結婚されてるはずですよ。伯爵によく似た白銀の髪のご令嬢です」
 なら、あの令嬢はもう一人の娘ってことか? 
「もう一人の妹さんと一緒に、エンヴァッハ家の白薔薇・紅薔薇って呼ばれた美しいご兄弟です」
 白薔薇・紅薔薇‥普通に考えたら髪の色だよな‥。
 じゃあ。もう一人の娘の髪色は赤‥。記憶の令嬢の色と合致する。
 そして、ナナフルの異母きょうだい(姉になるのか、妹なのかは分からないけど)ってこと。

「ナナフルは‥絶対に、エンヴァッハ夫人の耳には入っちゃいけない存在だよな」

 ナナフルが、生き別れになった父親との感動の再会を望んでる‥ってことはないだろうな~。ナナフルは、名前まで捨ててるんだ。
 苛烈な鬼嫁に母親共々追い出された‥とか、命を狙われた‥とかいう過去があるに違いない。
 で、ザッカの村に逃げ込んで、ナナフルは貴族の名前を捨てて、今の「ナナフル・レイン」になった‥。
 細部まではわからないけど、多分そんな話だろう。
 よくある話だ。
 ザッカが以前「ナナフルがうちの村に越してきて以来の幼馴染」みたいなこと言ってた気がする。
 ザッカもその「つくった過去」に一枚かんでるんだろう。
 
 
 ナナフルの母親は無事なんだろうか? 今でもザッカのふるさとの村にいる?
 ‥ないな。
 だったら、ナナフルは「一人で」ここに居ないだろう。母親が心配だから、置いては来れないだろう。
 居ないから、ナナフルは一人でここに居る。(一人というか、ザッカと一緒だけど)
 きっと、死んだ‥というか、鬼嫁の放った追っ手に殺されたんだろう。その時、ナナフルは殺害を免れ‥名前を捨てた‥って感じだろう。
 多分‥フュージは死んだってことになってるんじゃないかな? 死体が上がらないとかそういう感じで確認は出来ないけど、絶対死んでるだろうって状況下だった‥とかかな。でも、偶然‥生き残った。
 ‥わからないよ? 全部推測。だけど、全く遠くはないと思ってる。
 少なくとも、ナナフルの母親が鬼嫁の雇った刺客に殺されたってのは、確実だろう。
 そんなことでもなかったら、名前まで変えないだろう。
 きっと、父親(エンヴァッハ伯爵)は妻がそこまでのことをしているとは知っていないだろう。父親は白だろう。そして、‥もしかしたら、行方不明になった息子を探しているかもしれない。
 だとしても、
 絶対、会わせないほうがいいし、父親に保護してもらえば安心、とか絶対にない。
 父親にはきっと、そう力はない。もしかして、婿養子で立場が弱いとか、嫁の尻に敷かれてるとかそういうしょぼい父親なのかもしれない。それじゃなくても、タラシで妻の外に女作る様な男、信用できるか。
 ‥そもそも、そいつが悪いんじゃねえか。
 ったく、金のある男って奴は‥
 アンバーは思わず深いため息をついた。

 ‥俺の親父は、ホントに金が無かったし、甲斐性もなかったし、だからその代わりに愛情たっぷり‥って感じでもなかったけど、‥幸いにもそういうのに無縁な冒険者だったから(そもそも出会いが無かったよね)、俺に異母兄弟はいなかったし、おふくろも女の影におびえたり、嫉妬したり‥とかなかったな。
 そもそも、そんな暇なかった。
 生きるのに精一杯だった。
 恋愛を楽しむって、‥金と暇がある奴の道楽だよな。
 どうなんだろ‥
 あの二人は、愛し合ってるから一緒にいたんだろうか。ただ、利害が一緒だったから‥ただなんとなく‥一緒にいただけだったんだろうか。
 ‥俺がいたから一緒にいた‥に過ぎなかったんだろうか?
 ‥やめよう。そんなこと‥
 考えても分かる事じゃない。
 
 愛とか‥ 
 俺が偉そうに考える様なことじゃない。
 だから‥考えない。
 分かる事だけをシンプルに。
 ナナフルは元貴族で、私生児。そして、今回ナナフルの父親かもしれない男が関わってくる可能性がゼロじゃない。だから、何か危険なことになる確率が「ある」(高いとは言わないが、ないわけでは確実にない。だから「ある」)
 ナナフルの安全面もそうだけど、
 今回の計画をスムーズに進めたいなら、問題事を増やさないことが重要。

「フタバちゃん。悪いけど、今回はナナフルを‥」
 協力者にするのは止めて欲しい。
 って言おうとしたアンバーの言葉に被せる様に
「あたりまえですわ! 私をなんだと思っていらっしゃいますの? 」
 フタバが若干怒ったように言った。

「代わりは‥そうね、コリンにでもやってもらうわ! 」


 ナナフルは今回の件には関わらせない。
 その決定事項を伝えたのは、ザッカにだった。
 ザッカに、
「ナナフルは‥元々貴族だったんだな。それに‥今回の件に関わりがあるかもしれないエンヴァッハ嬢の異母きょうだいである可能性が高いから、危険」
 という話をすると、
 やっぱり
「ナナフルの過去って‥! お前はそんなことまで鑑定できたのか! 一体お前にはどれほど秘密があるんだ! 」
 って怒られた。今はそんな場合ではない、と言って誤魔化した。そうやすやすと誤魔化されてはくれない感じだったザッカだが、
「で、‥どこまで鑑定で分かったんだ? なんで、その何たらって貴族の異母兄弟だって思ったんだ? 」
 って、呆れた様な顔で話の続きを促した。
 そんな場合(アンバーの秘密について議論してる場合)じゃないっていうのは分かってるんだけど、やっぱり腹がたつってザッカの気持ちも‥分かる。
 アンバーも苦笑いして頷いて話を続ける。
「ナナフルの改名前の名前、フュージ・コールネンド・エンヴァッハという名前。フタバちゃんに聞いたら、エンヴァッハ姓を名乗るのは、直系だけ‥って教えてもらったから。そして、エンヴァッハ氏には表向きには息子はいなく、娘だけってきいたから、ナナフルは、私生児ってことなのかな、ってな‥」
 アンバーの言葉を聞いて、ザッカが首を傾げた。
 そして、眉を寄せて怪訝な表情で
「‥俺が記憶している名前と違う」
 ぼそり、と呟いた。
「え? 」
 フタバがザッカを見る。
 記憶している名前と違う? ナナフルがザッカに嘘を教えたってこと?
 無理もない事情が事情だもんな。‥けど、なんか自分たちのせいで、ナナフル達の今まで築き上げて来た絆を壊すのは‥いやだ‥。
「いや‥あの」
 言い淀んでいると、
「フュージ・コールネンド・ネーメル‥。ナナフルの名前‥ナナフルの母親は確かにそう言った」
 ザッカが暗い表情でアンバーを見た。
 母親が‥。
 それだったら‥
「‥母親の姓だろうな。母親は、自分の息子がエンヴァッハの後継者問題に巻き込まれることなんて御免だって思ってたんだろう」
 100%そういう理由だろうな。
 だって、逃げてるわけだし。
 息子を後継者にしたいんだったら、逃げたりしない。
 
 ‥ってか、コールナンドは同じなんだ。
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