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229.もう一度顔を見られた、もうそれだけで‥。

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 シークさんが帰ってきた、ってことを僕たちは、ザッカさんから知らされた。

 心配だけど、いつ帰ってくるかもしれないシークさんを待つ時間は、僕たちにはなかった。
 ‥っていうか、実は僕は逃げたんだ。
 どんな顔して‥って思ったし、何を話せばいいかわからなかったし‥何より、怖かった。
 僕たちの関係が終わってしまうかも‥って思った。
 嫌な予感しかないのに‥シークさんが帰らない家に、「いつ」って心配しながら待つことが‥僕にはできなかったんだ。
「ロナウの魔術士紋の取得の手続きしなきゃならないから」
 っていうのは‥完璧にいいわけだ。
 理由もなく逃げたって思われるのは嫌だったから。
 ‥帰ってきてくれるとは、でもね、思ってたんだ。
 ちょっとワンクッション置きたかった。
 帰ってきてくれるだろうけど‥もしかしたら‥これからの関係は今までと変わってしまうかもしれない。
 頭を冷やして‥その「もしかして」を受け入れる気持ちの余裕を持たなきゃな~‥って思った。
 頭ではそう思っても、もっと心の奥底では「もしなんてないだろう。‥大丈夫」って自分に言い聞かせてる自分がいた。
 そうでも思わなきゃやってられなかった。

 結局その日、シークさんは帰ってこなくって‥でも、僕は少しほっとした。
 判定が伸びたからっていって、事態は好転しないって分かってても‥ただ、死刑宣告が先延ばしになっただけだって分かっていても‥僕はほっとしたんだ。
 だけど、それは二日目までだけ。二日を過ぎた頃には、「え? ‥シークさんは大丈夫なの? 」って心配になった。だけど、皆には「あの時何があったか」言っていなかったから、シークさんが心配だってことは言えなかった。だけど、シークさんが二日も帰ってこないことできっと、シークさんと僕の間に何かあったことを皆は察したんだろう。だけど、皆は何も言わなかった。
 そうやって気を遣われてるのもつらかった。それだったら、アンバーみたいに揶揄ってくれた方がまだましだ~って思ったけど、
「結婚するなら、もっとややこしくなくって優しくって家庭的な子の方がいいや~って思ったかも」
 って言葉は‥もっともで‥凹んだ。
 ‥三日位まではそんな感じだったかな。
 四日目くらいにはその心配が‥ちょっと怒りに変わってきたんだ。
 多分‥心配し過ぎてちょっとおかしくなっちゃってたんだ。
 逆恨みや「可愛さ余って憎さ百倍」ってのとは違うだろうけど‥でも、人間四六時中心配してたら「なんで自分だけこんなに悩まなきゃいけないんだ」って思ってしまうでしょ? 
 心配で苦しくって‥苦しい‥怒りの矛先が「自分を苦しめてる相手」に向かっちゃう。
 いくら僕のこと怒ってるから‥怒ってるのとは違うかな、僕に会いたくない‥とかかな。「気まずい」とか‥? ‥とにかく、いくら僕と会いたくなくたって、皆にまで心配かけて‥最悪だって思った。
 だけど一週間も過ぎたら、もう‥「なんでもいいから、僕の事嫌っててもいいから‥とにかく無事でいますように」って‥願った。
 さらに一週間‥
 僕はね、もう‥

 シークさんさえ無事でいてくれたら、僕の所になんて戻らないでいいから‥どうか無事でいて。

 そうしか思わなくなってた。
 どこにいてもいいから‥って思った。
 
 シークさんは、ザッカさんの事務所の社員じゃない。
 あそこ‥ザッカさんの事務所はシークさんの家ではない。ザッカさんたちも、僕もシークさんの家族ではない。
 シークさんは‥僕と、結婚しているわけでない。
 (付き合ってはいるけどね!! )
 ‥改めて考えると、シークさんと僕との繋がりは‥びっくりするほどないんだ。
 そのことに気付いて、思った以上にショックを受けた。
 それが二日前。

 ザッカさんから連絡を受けて、事務所に駆け込んだ僕たちが、久し振りに見たシークさんは心なしか疲れているように見えた。
 だけど、それだけ。別に泥にまみれてるわけでも、どこか怪我をしているわけでも、ゲッソリとやせ細ってボロボロになってるわけでもないし、顔色が悪いわけでもない。
 ‥そのことには安心した。
「心配かけて申し訳なかった」
 って言ってシークさんは、僕たちに改めて謝った。
 僕らは首がもげるんじゃないかって程、首を振って否定する。

 シークさんが謝ることなんかない。ただ、ホントに、帰ってきてくれて嬉しい。
 ‥ただそれだけ。
 昨日まで感じてた、怒りも苦しみも‥シークさんの顔を見ただけで吹っ飛んじゃったんだ。
 だから‥もう、いい。
 僕こそ‥ごめんなさい。
 口に出して謝りたいのに、涙でくちゃくちゃで‥言葉が上手く出なかった。

 ザッカさんが
「俺たちには昨日散々謝ってたぞ」
 って苦笑いした。アンバーは‥ニヤニヤしてるだけ。きっと、コイツだけは「新しい恋人でも作ってた? 」とか言って‥揶揄い倒したんだろう。(でも、ま、いい友達だよな)
「で、シークの単独行動の成果なんだけど、皆で聞こうって言って皆が来るのを待ってもらった」
 ザッカさんがシークさんを視線で促し、シークさんが頷き、王国の地図を机に広げた。

 皆の視線が地図に集中する。
 地図には、何か所かバツ印がつけられている。
 バツ印は、全部森だ。
「これって‥」
 僕が地図を覗き込むと、シークさんが頷いた。
「あの森と同じような「立ち入り禁止の森」の位置だ。ギルドの仲間にも手伝ってもらって、他のギルドからも情報収集を頼んだんだ」
 ギルドに所属する冒険者が信用できるのか? とロナウが聞くと、シークさんは頷いて
「冒険者の中には、俺と同じように奴らに友達を「殺された」奴らが多くいるんだ」
 って言って、「あいつらは‥信用できる」と付け加えた。

 冒険者には、「奴ら」に恨みを持っている者も多い。
 金も地位もなく、奴らに「死んでも誰にも分からない」「金を持ってない者に興味はない」って思われてる冒険者たちは、奴らの「お得意様」にはなり得ない。特に、魔法を使えない冒険者なんか、奴らにとっては爪の先ほども興味がないのだ。
「仲間になってくれないかしら? 」
 フタバちゃんが首を傾げると、シークさんは首を振った。
 彼らは、日々暮らしていくだけが精一杯だ。今回協力してくれただけでも十分無理をさせた。これ以上は‥
 ほんの小声で、シークさんが呟いた。
 ‥自分だけで十分だ。
 シークさんが‥そう言った気がした。

 僕はきゅっと唇を噛んだ。
 僕だって、出来るなら、誰も巻き込みたくない。
 誰も死なせたくない。
 勿論、僕らだって!
 僕らの仲間を死なせる気なんかないし‥僕も死ぬ気なんてない。
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