リバーシ!

文月

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四章 人は自分が思うほど‥

2.イケメンのお決まり、繊細なメンタル。

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 コーヒーを淹れる音。
 サイフォン式のコーヒーメーカからいい匂いが漂ってくる。コポコポという音が静かな店内に、ちょっと意外なくらい響く。
 気が付けば、この頃よく行っている駅前の喫茶店。
 駅前だというのに、「隠れ家」みたいな感じ。
 別に私鉄の小さな駅ってわけではない。それこそ、新幹線も停車する駅だ。
 駅ビルだって、デパートだってあるんだけど、それらはみんな駅の周辺で集結してるって感じ。休みの日にショッピングなんかに来ても、買い物は全部駅周辺ですんじゃって、駅から遠く離れる必要とか別に感じられないって感じかな。
 だから、駅を離れたら普通の地方都市って感じなんだ。
 市役所やなんかの役所関係は駅の南側に集まってて、北側にあるのは商店街とかオフィス街‥あとは飲食店やなんかかな。銀行やなんかも北側の方が圧倒的に多いよ。
 そもそも、なんで役所ゾーンとオフィスゾーンが駅を境に南北で分かれてるんだろう。どこの都市もそんな感じなのかな? 俺は‥そういえば、この街をでたことがないからよくわからない。
 
 ミチルが住んでるのはこの街の南側だ。っていっても、大通りに面した「お役所ゾーン」周辺ではなくちょっと外れたところだ。大通りを一本外す‥それだけで、ぐっと生活感漂う街並みに代わる。
 都市開発は大通り周辺のみ、って徹底してる感がいっそすがすがしい。
 だけどそれを俺は悪いと思ったことはない。
 車が無ければ移動も不便‥って程交通手段がないわけでもないし、通勤ラッシュ時以外、人込みでストレスを感じることもそうないし、治安もいいし、落ち着ける。
 「話題の新しいお店」なんかの進出もないこの街は、そういえば全体的に古びた‥昔ながらの喫茶店が多い気がする。
 この喫茶店もそんな店の一つだ。
 メニューはコーヒーと店長手製のミックスジュースのみ。それも、こじゃれたものでも凝ったものでもない。ただ、大人についてきた子供が頼む唯一の選択肢ってだけの感じでメニューに入ってるだけって感じ。俺が立ち寄る時間帯は「お子様を連れてお茶する時間」を外れているせいで、ミックスジュースが注文されるのは見たことがない。
 ただオーナーの入れるコーヒーに惚れてる常連客が、仕事帰りにふらっとら立ち寄るって感じなんだろう。
 オーナーと常連客が談笑してるのも見たことがない。だけど、それはオーナーが特別寡黙な質なのではなく、その店の雰囲気のせいだろう。
 厳か‥ってほどではないけど、「わざわざ喋らなくてもいい」贅沢な空間って感じ。
 今日もスーツをきちんと着たやせ型のオーナーが、姿勢よく立ってグラスを磨いている。流れている音楽は、ジャズだろうか。
 落ち着いてて上品で、「大人」って感じがする。
 ここに来て初めて白熱電球以外の電球の価値を知った。(先輩には今更か! って呆れられるかな)
 
「‥そうそう俺のこと、信じて、見ててくれる人なんていない」

 俯きがちに、らしくない自嘲的な笑みを浮かべているのは、朝も会ったイケメン・ミチルだ。
 俺が、「あの子に謝りたい、お前も一緒に来て誤解を解け」ってここに来させた。
 ミチルは渋ったが、心の底では未練みたいなものもあったんだろう。結局最後にはついてきた。
 で、まだ来ないあの子をコーヒーを飲みながら待ってる間、ぽつり、とミチルが漏らした一言が、さっきのあれだ。
「‥何言ってるんだよ」
 俺はため息をつく。
 ‥イケメンってのは、そもそもメンタルが弱い人が多い気がする。(← 聖の偏見)
 そして、それが似合うし、女子も弱ってるイケメンには冷たくしないから、‥結果、イケメンは強くなる機会を失われる。(← 聖の偏見)
 明るいわけでも、面白いこと言うわけでもない。
 時々優しい言葉をかければ、「優しい~」って惚れられ、時々ため息をつけば「アンニュイ‥」「綺麗‥」。
 イケメンってのはそういう「特権階級」にいる生き物なんだ。(← 聖の偏見)
 俺みたいな普通の人間(フツメン)ではそうはいかない。
 フツメンは面白いことを言わないと注目されないし、お金も時間も惜しげなく使わないといけない。ため息をつこうもんなら「疲れてるなら帰れば」って冷たく言われる始末だ。
 ミチルはそんな扱いを受けたことはないだろう。
 だってイケメンだから。
 それどころか、そんなフツメンの境遇を知りすらしないだろう。
 だから
「なんでそんなに必死なんだよ」
 とか
「自然体が一番だよ」
 なんて(フツメンからしたら上からに聞こえる選ばれし者の)セリフを自然に吐く。
 だけど‥そんなんでも、人が離れて行かないんだから、全くもってイケメンは得をしてる。
 多分「イケメンだから天然なのも許せちゃう」「上からとかじゃなくって‥気持ちがわからないから仕方が無いよね」って‥周りの反応が優し~くなるんだろう。
 なぜって? イケメンだから。

 ズルい。

 ま、俺なんかはひがみ根性が勝ってるのか、心が狭いのか‥そんなのでは許されない。 
 さっきから「ああ、もう‥鬱陶しいなあ」って思い始めてる。ひがみが生じて「人の事なんて、所詮他人には分からないもんだろ。イケメンだからって誰もが自分の事見てくれてるって思うな? 」って感じの空気読まない発言は‥辛うじて押しとどめてる‥って感じ。

 ‥冷たい‥ってか、俺、なんか性格に難があるのかね‥。

「‥ところで、ヒジリ。そのスーツ姿‥全くもって変なんだけど。あと、あのワンピース脱げたんだね」
 俺の願いが通じたのか、ミチルが話を変えてくれた。
 っていうか、‥嬉しい‥。今まで、「絶対わざとだろ」っていう位、スルーされてきたから。
「気付いてくれたんだね!! 」
 ってつい感動してしまった俺に、ミチルが不審そうな顔を向ける。
「‥気付くって‥。当たり前だけど‥。もう、違和感しかないけど‥」
「会社の皆は全然気づいてくれなくてさ~。いやあ、嬉しいよ。‥そうだよ。人なんて、他人のことなんかそう見てないよ」

 ミチルだけじゃなくってね~‥って言っちゃうところだった。アブナイアブナイ。

「‥ってか、ワンピースがなんだって? 」
 俺は首を傾げる。
 急に何か? セクハラか?
「うん。あのワンピース一回着たら、脱げないんだと思ってた。まあ、脱ぐ必要ないし。身体と共に勝手に成長するから」
 俺につられたのか、ミチルも首を傾げて言った。
「‥風呂はどうするんだよ‥」
 俺がため息交じりに言う。
 脱げなかったら、風呂に入るにも困ろうて‥。
 だけどそれに対して、ミチルは「魔法があるだろ? 」ってこともなげに言うんだ。(またこいつは人が聞いてるかもしれないところで厨二発言をする)

 てかまた魔法‥
 魔法ってホントに便利ですね。(棒)
 ほんと、周りに聞こえて無いよね??

 って、周りをきょろきょろしてると 
「‥やっぱり、ミチル‥」

 一番聞かれちゃダメな人、来た。

「ああ! 今朝の! 違います! 違いますって! そういう話じゃあないですよ?! あの、俺! 」
 朝の彼女だった。
 ‥怪しい風に聞こえたかな?? 服を脱ぐとか脱がせるとか‥。いや脱がせるって話はしてないな‥。でも、彼女からしたら誤解するよね?? 
 彼女は俺をじろじろ見て、
「‥どうしてスーツ着てるんですか? ちょっと‥変ですよ‥」
 眉をしかめた。
「あ、いやその‥」
 知らない、しかも、女の子に言われるダメージは‥計り知れない。
 彼女にとって俺は、男じゃない。‥同性に対する容赦ない蔑みの視線に、俺は身体中の血の気が引いていくのを感じた。
「そのスーツ、ミチルのですか? 」
 しどもどしている俺に、彼女の言葉は容赦ないし、‥冷たい。
「違います。これは俺のです。ちょっと話を聞いてください‥! 」
 俺は、なけなしの気力を振り絞って彼女に向きなおった。
 ふう、とミチルのため息がすぐ横で聞こえた。
「遅かったね」
 心なしか、ミチルの声が何だか冷たい。
 遅かった? 何のことだろう。と、ちらっとミチルの視線の先を追った。
 時計の針は、11時半に近くなっていた。

 ああ、‥時間か。

 (8時前に来て、今11時半ってどんだけだ‥)
「ミチル‥」
 彼女の顔色がさっと引いていくのを感じた。
「あの‥私‥」
 すがるような視線を、ミチルに送る。ミチルは、彼女を見はしなかった。
 視線を落として、コーヒーと紅茶一杯ずつの伝票を手に席を立つ。
「時間だ。‥話はまた明日でいい? 」
 彼女の方を向いて微笑んだけど、視線は彼女を見てはいなかった。
 いつも通り綺麗なオリーブの瞳に‥彼女は映ってはいなかった。
 彼女は、泣きそうな顔で立ち尽くしている。
「明日なんて‥」
 ふ‥と口元を綻ばせ、ミチルが彼女を見る。
 微笑んだままなのに、視線だけは‥今度は、酷く冷たい目に見えた。

「君は‥俺の話、一つとして信じてくれてなかったよね。
 俺が好きって言ったことも‥。
 あの事‥。たった一つの大事なお願いだって言ったでしょ?
 午前5時以前も、12自以降もダメって。理由は言えないけど‥俺にとっては一番大事なことなんだ。
 それも、‥ただのいいわけだとか、浮気を隠すためのウソだって‥ずっと思ってたんだね。‥俺は、違うって言ってきたけど、‥結局最後まで信じてくれなかったね」

「え? ミチル‥? 」
 立ち尽くしたままの彼女の目が、ミチルを強く見つめる。
 すがる様な視線。
 俺は、オロオロして、ミチルと彼女の間に交互に視線を泳がせた。

 ‥まずい、‥俺のせいで‥。

「今までありがとうね」
 ふわり、と悲しそうに‥凄く美しくミチルが微笑んだ。
 彼女がその場に言葉もなく崩れ落ちる。
「おい! ミチル! お前何言ってんだ! 」
 ミチルに掴み掛る様な勢いで、ミチルを睨んだ俺を、ミチルはぐいっと腕を掴んで引っ張った。
「帰ろう‥」
 耳元で聞こえた、ミチルのいつもより低い不機嫌な声に、俺はぞくっとなって、ミチルを睨みつけた。
 ミチルは引っ張った俺のことも、見ていない。
 スタスタと長い脚で喫茶店の会計を済ませると、そのままマスターに会釈だけして喫茶店から出た。
 ‥掴まれた腕から、ミチルの怒りや不安‥悲しみみたいなものが全部伝わって来た。
 ‥!!
「おい! ミチル‥!! 」
 女の子になって、若干小さくなった背丈は、ミチルの肩辺りに顔が来る。
 自然とミチルと見上げ、‥若干怒りを込めて勢いよく見上げたミチルの顔は‥
 不機嫌そうで‥
 ‥ちょっと泣きそうだった。

「‥っ! ミチル‥! 」
 俺は、ミチルの腕を振り払い、ミチルを抱きしめた。
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