リバーシ!

文月

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四章 人は自分が思うほど‥

3.ミチル

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「落ち着け‥大丈夫だから‥。あの子も俺を見てかっとなって、言っちゃっただけじゃないか‥。お前の事信じてないとかじゃない‥。お前の事好きだから、不安になるって言ってた。だから、‥大丈夫だから」
 腕を背中に回し、なるだけ静かな口調で言った。
 俺はそう背が大きくない。
 腕やら肩も逞しいとは言えない。
 それでも、華奢な女の子だったら、きっと腕の中にすっぽり収まる。
 ドラマみたいに、落ち込む女の子を慰めるイケメン‥ってのに憧れてなかったわけじゃない、けど‥俺は今までそんな状況に遭遇したことはなかった。
 俺の周りの女の子は俺に弱ってるところなんて見せるような「か弱い女の子」なんていなかった。
 それどころか
「聖。つらいことあったら私に言いな! わたしが文句言ってやるから! 」
 って、「頼りになる」女の子ばっかりだった。
 守って上げたくなるような女の子なんて伝説で、今の世の中にはもう存在しない。絶滅した。
 って思ってたけど‥あれって、「俺が頼りない」って思われてたから誰も「頼ってくれなかった」ってことだったのかあ‥って、ミチルを慰めながら‥ちらりと思った。

 うまいこと言えない。
 ‥慰めてあげたいのに、気持ちばっかり空回りしてる気がする。

 抱きしめてあげたいのに、ミチルは腕の中に納まりさえしない。
 物理的にも精神的にも‥包み込んであげられない。
 その事実に、少しばかりショックを受ける。

 まあ‥ミチルは「守って上げたいか弱い女の子」じゃない。子供でもない、大人の男だ。

 大の男のミチルをぎゅって抱きしめるわけにはいかない。(この身長差だったら、ぎゅっと抱きしめるというより、ぎゅっと抱き着いてるみたいになってしまう‥それは、何か違う)
 友人の距離のハグをするには、俺のこの身体‥この腕は短くって、辛うじて背中で指が組めるくらい、
 俺の腕に収まり切れてないミチルが、所在なげにちょっと目を泳がせ、その後、そろそろといった感じで俺を見下ろした。
「ヒジリ‥」
 ふっと、ミチルの目に俺が映る。
 でも、映ってるだけ。俺の方を向いた、ただそれだけ。
 ミチルの視線は感じたが、俺は目線を上げなかった。
 ミチルとこの距離で見つめ合うのは、照れる。
「俺さ、今日、この格好で会社に行ったんだ。だって、会社に行くしかないわけだし、これが会社に行く俺の服だし。
 俺的には「あ~絶対変だって思われる‥下手したら「誰だお前」って言われる‥」ってもうどぎどぎしてたんだ。
 ‥でもさ、誰も気付いてくれないんだ。俺がいつもと違うってことに
 会社の誰にも「なんか‥お前ちょっと変じゃない? 」すら言われないんだ‥」
 俺は俯いたまま、ぽつり、と言った。(ああ、一人だけ言われたっけ)途中でちょっと思ったけど、‥今はそんなこと言う時間じゃない。
「結局、俺のことなんて誰も気にしてないんだろうなあって思った。ショックだった」
 不安なのは、ミチルだけじゃないって言おうと思ったはずなのに、でも自分が思った以上に自嘲的な口調が出てしまい、ちょっと自分でも驚いた。
 ‥完全に言う事間違えた。
「ヒジリ‥? 」
 俺を見下ろすミチルにも、ちょっと動揺が見られる。
 そうだよね。‥愚痴ってるって思いましたよね‥。
 ‥俺は何をやってるんだ‥。
 だから、背中に回した手を離し、意識してにこっと笑うと、わざと勢いよくミチルを見上げた。
「だけど、ミチルは俺のこと、どっちの俺のことも、認めて‥見てくれる。ミチルはいい奴だな! 」
 明るい声を心がけて言うと、もう一度笑ってみせた。
 目の前のミチルはぽかん、としている。
「いや、はは‥、何言ってるんだろ。‥そんな話じゃなくて‥。何言いたいのかわかんない」
 俺は、ごにょごにょ言いながら、誤魔化す。そうそう、今は俺の話じゃない‥ミチルの話だ。
 勢いで乗り切ってみよう‥。
 男同士の友情っぽいことしようとしたはずなのに、‥今の俺のこの腕が思った以上に短くて動揺したのがいけなかった。‥ちょっと、ミチルの腕の中が安心するな。なんて‥思ってしまったのがまずかった。
 ‥って俺、何言ってんだ???
「ええと‥とにかく、あの子はちゃんとミチルの事好きだってことだ。‥信じてくれないじゃなくて、お前が信じてやれよ。まずさ‥。ああ、ごめんな。この身体だから、腕とか身長が足りなくて、ミチルの背中ポンポンしてやれなかった。せめて、こっちでいつもつかってる身体だったら‥でも、まあ実は、あの身体もそんなに大きくないからな‥
 せめて‥身長が高いラルシュだったら、お前の事ポンポンできたのにな」
 慰めるって、思ったより難しいみたいだ。
 ミチルの事、付き合いこそは短いけどそこそこお世話になってるから、何か力になりたいって思ったのに‥。
 せめて、ダチらしく慰めたかったのに‥
 ‥俺って役立たずだ。
 しゅんとなっていると、俺の頭の上で
「‥何言ってんだよ、気色悪い。俺は、男にポンポンしてもらう趣味は無い」
 ミチルの呆れた様な声が聞こえてきた。
 いつもの、皮肉っぽい、ちょっと人を揶揄ったような声。
 ちょっと元気になった、のかな? 
「‥舐めるな。こんなナリしてるけど、俺は男だぞ? 」
 俺はくいっと顔をあげて、精一杯怒った顔をした。
 だけど、この怒った顔。周りからは「怖くない」「迫力まるでない」「小さな犬が、一生懸命牙をむいているって感じ」と不評だ。
 だが、‥いつもより怒っている分、ちょっとは迫力があるだろう。
 それを見たミチルの微妙な顔。
「‥俺は、ヒジリの事男だと思ったことなんてないけど」

 ‥どういう意味だあ!!

 ‥あ? 怖がってないどころか‥
 ‥男だと思ったことすらないって?!

「え? 」
 俺は、‥睨むのをあきらめて、ミチルの顔を見た。
 ミチルが「なんかおかしいこと言った? 」って感じで、首を傾げる。
「あっちでのヒジリを知ってるってのが大きいんだけど、‥でも、あっちのヒジリを知らなくても‥俺はヒジリの事女の子だって思ったって気がする」
 そういって、ミチルがふいに‥ふっと微笑んだ。
 その笑顔が優しくて、
 オリーブの瞳が本当にもう、泣きそうなくらい優しくって綺麗で
「どうして? 」
 俺は動揺したんだ。
 動揺して、俺は自分の表情がどうなってるかまで、把握できなかった。
 視線を合わせているミチルの瞳が驚いたように見開かれ、
 気遣う様に、ミチルが俺の肩に手を回す。
「‥ヒジリお前、どうしたんだ? 泣いてるのか? さっきも、何か言ってたし。‥会社で誰にも気づいてもらえなかったのがそんなにつらかったのか? 」
 首を傾け、俺の目を覗き込んで、ミチルが心配そうに聞く、
 そんな顔されると、
「いいんだ。俺のことは‥。‥会社なんて仕事をしに行くところで、そこで俺が‥俺を見てる人が誰もいなくたって、そんなことどうでもいいんだ」
 俺はなんでだか、言うつもりもない様なことを口にしてしまっていた。
 ‥っていうか、俺‥泣いてるって? 
 慌てて俯いて、目をこすった。
 その指がちょっと濡れた。

 ‥あれ‥ホントだ‥俺、なんで泣いて‥?

「‥俺のこと‥どうせ誰も見てないし、‥所詮、その他大勢の内の一人だし‥同僚は友達とかじゃないし。仕事が特別出来る尊敬できる先輩‥とかにもなれないし‥」
 想いが関を切ったみたいに溢れ出て来る。

「どうでもいいっていいながら、‥じゃあなんでヒジリは泣いてるんだよ‥」
「‥俺は‥」
 俺は、ぼうっとミチルを見上げた。

 その時
「聖! 」
 俺の後ろから、酷く焦った様な声が響いた。
「吉川」
 俺は、我に返って一気に定まった視点で、声の主を見る。
「お前どうしたんだよ! その人誰だ?! 」
 吉川は、らしくなく焦ったように、俺に間を詰めてきて、俺の腕を強引に引っ張った。
「友達だけど‥? 」
 焦る吉川に、俺は、理解が追い付かない。

 ‥なんでここに吉川が。っていうか、なんで吉川は
 怒って、ミチルを睨みつけてるんだろう? 

 ああ、そうか、俺が泣いてるから、虐められたと思ったのか。
 ‥そもそも、俺が誰のせいで落ち込んでると思ってんだ。
 そう思ったら、一気に腹が立ってきた。
「ミチルは何も悪くない! 悪いのは寧ろ、吉川たちじゃないか! 」
「え? 俺、たち? 」
 吉川は俺を見て、きょとんとした顔になる。
「ああ。ええと、ヒジリは、会社の人が誰も自分を見てくれないと拗ねてるみたいです」
 吉川を睨み付けて何も言わない俺の代わりに、ミチルが吉川に説明をした。
 が、そのことに吉川は気を悪くしたようだった。
 ミチルをもう一度、きっと睨み上げて‥
 そう、吉川はミチルよりだいぶ背が小さい様だ。
 元の俺と同じくらいだから、175そこそこって感じかな。ってことは、今の俺は、元の俺より10センチほど小さいってことか。165そこそこって感じかな。
 そうなると、ミチルって180位あるってことか‥。
 羨ましいなあ。
 背の違いがそのまま、足の長さの違いって感じも憎らしいぞ! 
 いやいや。話が脱線した。
 吉川はミチルを睨みつけると、俺の方に向きかえって
「は!? 何言ってんだ?! お前は! 俺たちがいつ! 」
 なんていいながら、噛みつくみたいに、怒ってる。
 俺は、ムカッと来た。
「だって、今日なんか俺、どう考えても、あからさまに! おかしいのに、皆誰も何も言わなかったじゃないか! 俺のことなんて、誰も見てないってことだよね!? 」

 何怒ってんだ。吉川たちが悪いんじゃないか! 逆ギレか!?
 そもそも、何で俺が泣いてたら、吉川が怒るんだよ。関係ないじゃないか。
 しかも、泣いてるのに、怒られるってどういうことだ。意味が分からん! 
 ‥ホントに意味わからんな。
 慰めるならまだしも、怒るってどうだよ‥。なんのスパルタだ‥。
 そんなこと考えたら、ふっと正気に戻った。
 吉川‥そんなことする為にここに来て、わざわざミチルに喧嘩売ったわけ? ‥いうけど、そんなひょろいナリしてるけど、ミチル、魔法みたいなの使うよ。結構容赦ないよ。俺なんて、一回眠らされたもん。起きられない程‥。
 逃がさないように俺の精神を一時的に眠らせたらしいんだけど‥俺にはあの時肉体はなかったわけで‥あれ、下手したら死んでたからね‥。
 何を言いたいかっていうと‥

 ‥ミチルを怒らせるのは止めた方がいい。

 ってこと。ただのイケメンじゃないよ! この子! 
 俺が、何ともいえない様な表情で吉川を見ていると
「‥っ何を言ってんだ! 皆は‥俺も‥聖と距離を取りかねてるんだろ?! 」
 にわかに顔を真っ赤にした吉川が叫ぶみたいに言った。
「はあ!? 」
 考えもよらなかった吉川の言葉に、俺は吉川に改めて視線を合わせる。
 吉川の顔がもっと赤くなった瞬間
「悪い! ええと、そこの君‥。話を中断して悪い! ‥ヒジリ、時間だ」
 ミチルが時計をはめた腕を俺の前に突き出した。
「あ! ああ、そうか‥!! じゃあ、吉川! また明日な! 」
 ‥今日の身体は、いつもとは違う。この身体は、基本が「あっち」のものだ。
 12時になったら、多分強制的にあっちに帰るかもしれない。
 母さんたちみたいに、こっちに本拠地を一時的に移しているのとは違う。「この身体」自体の本拠地は、今のところあっちだ。今回は咄嗟に‥つい焦ってこの身体ごと来てしまった。もしかしたら、12時を超えてもここにいることは可能かもしれないが、あくまでも仮定だ。
 急に、皆の目の前で消えたら‥シャレにならない。
「じゃあ。すみません! 」
 ミチルは俺の腕をつかんだまま走り出す。
 そうだよな。今回みたいに「どうなるかわかんない」状態だと、一緒の方が安心だよね!!
 
「え? 聖?! 」
 吉川の焦った声が聞こえたが‥
 すまん!! 言い訳は明日させてもらう!!

 その時の俺は、ただミチルとミチルの家に急ぐのだけで精一杯だったんだ。
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