リバーシ!

文月

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四章 人は自分が思うほど‥

4.聖の扱い。

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(side 吉川)


 この頃の聖はおかしい。
 あの時‥

「‥今日なんか俺、どう考えても、あからさまに! おかしいのに、皆誰も何も言わなかったじゃないか! 俺のことなんて、誰も見てないってことだよね!? 」
 
 って叫んだ聖。
 あんなに感情を表に出す聖は今まで見たことがない。
 いつもより、若干高い声。だったような気もする。‥そう言われれば、だ。

 それが、聖の言う「あからさまにいつもと違う」ってことなんだろうか。
 聖は‥イメチェンを計ったが、誰も気付かなかった‥ってことに怒ってた‥ってこと? それで、「拗ねて」あの男に愚痴って‥泣いてたってこと??
 ‥そんなわけは‥ないだろうな。でも、‥俺たちに対して怒ってた‥ってことも事実ってこと。

 いつもと違う聖。

 言われなかったら気が付かなかった。
 身長、声の様子、‥表情? 
 身長が‥俺と並んだ時、ちょっと‥若干俺より小さかった? 今日は‥同じくらいだ。
 俺は‥気付かないうちに聖のことを見過ぎていたんだろう、
「‥なんだよ、吉川。俺の顔見て固まるなよ‥言いたいことあるなら言えよ‥」
 不機嫌そうな聖の顔と目が合った。
 浅黄色みたいな瞳。長い睫毛。柔らかそうな艶のある明るい茶色の髪。外国人みたいに白い‥触ったら冷たい様な気がする陶器みたいな肌。男にしては、若干華奢な肩。長い手脚。触ったら刺さりそうなくらい骨ばった指や、水が溜まりそうなくらいくぼんだ鎖骨‥。‥まっ平らな胸。
 ‥柔らかなラインなんて全然ないただ細過ぎるだけの男。
 確かに整った顔してるんだけど聖は男だ。 
 ‥勿論だけど女じゃない。
 
 だのに、俺は、昨日‥。

 突如浮かんだ思いを頭を振って振り払う。
 ‥思えば、こんなに聖の顔をしみじみ見たことがないかもしれない。
 物珍しい容貌の聖に人が集まって(※他の部署に今はいる同期の社員のことだ)好き勝手なことを言って、不安げで、所在なさげな聖を見た時、話しかけて「普通の人」と同じように接してあげるのが、親切だって思った。
 俺は、そんなこと気にしないって、他の奴らとは違うって‥。
 俺は他の奴と違って、お前の事を「特別な人間」扱いして、不安にさせたりしない。(だから、安心していい)
 ‥下心っていう言い方は変だけど‥打算が無かったかって言われたらウソになる。
 聖と親しくなりたいって思った。だから、他の奴らとは違って‥聖を不安にさせない付き合い方をして‥油断させた。
 聖は‥頭の回転だとか、人との接し方だとか‥そういう社会人としての資質が一番ありそうな「華のある同僚」だった。だけど、聖自身はそのことを鼻にかけたりしなかった‥どころか、気付いてさえいなかった。
 周りはみんな気付いてるのに‥だ。気付いて、あからさまにすり寄っていってるのに‥だ。
 自分の本質(? 素質? 価値かな? )に気付かない聖はそんな皆の態度に困惑して‥皆に巻き込まれることに戸惑っていた。
 だから、俺はあえて、皆と違う態度をとった。
 ‥この部署の人間の大半もそんな感じだろう。‥中川さんは違うかな。他人に興味がないだけって感じ。佐藤さんは‥聖をやっかんでるって感じだな。

「‥今日は、何か違うのか? 」
 俺はすれ違おうとしている聖に視線を合わせて聞いた。

「違わない。‥もういいよ。変なこと言って悪かった。昨日の俺は変だった」
 俺の目を見て、はっきりとした口調で言った。
 いつも通りの‥聖だった。


(side 聖)

 昨日の俺は、本当におかしかった。
 ‥何って、見た目が。
 性別とか。
 ホント、バレないはずないって思ったのに。それだけ、皆は俺のことなんて見ていない。
 ‥バレるに違いないとかって‥自意識過剰にもほどがある。

 人は自分が思うほど、人の事なんて‥見ていない。

「‥今日は、何か違うのか? 」
 昨日の事を気にしてるんだろう‥俺をじろじろ(わざわざ)観察して、視線を合わせてそう聞いてきた吉川に
「違わない。‥もういいよ。変なこと言って悪かった。昨日の俺は変だった」
 とだけ言って、そのまま視線を前に戻して吉川の横を通り過ぎようとしたら
「誰も見てないわけじゃない‥」
 吉川が驚く程真剣な声で言った。
 思わず再び吉川を見た。
 吉川は、もう俺の方を向いてはいなかった。
「へ? 」
 気のせいだったか? 
 吉川は、俺と目を合わせずに、‥でもどうやら俺に話しかけているらしいことが分かった。

「俺や‥多分皆、聖の扱いに困ってる」

 聖の
 って言った。
 間違いなく俺の話を、俺にしているんだろう。
「扱い? 誰の? 」
 俺は、吉川の隣の席に座る。(俺の席じゃない、ここは中川さんの席だ)
「お前の」
 吉川はそう答えたが、やっぱり俺を見ない。
 俺は、こうなったらこっちを向くまで見てやろう‥と、回転いすをわざわざ回して吉川の横顔を見続けた。
 完璧、嫌がらせだ。
 見続けられると‥気持ち悪いだろう。分かってて、やっている。
 見られていると分かっているだろうが、吉川は俺を見ない。
 これは、意地を張ってるんだろう。

「児嶋さん、吉川さん。喧嘩ですか? ‥そこ、私の席なんで‥いいでしょうか? 」

 こうなったら、こっちも意地だ、と吉川を見続ける俺と、俺を絶対に見ない吉川。
 そんな変な俺たちに、‥女子社員の中川さんの反応は冷たい。
 ‥何やってるんですか?
 って、しらっとしたような響きが声にもにじみ出ている。
「あ‥! ごめん、中川さん。じゃあ、吉川。今日、終業後にちょっと時間貰えないか? 」
 慌てて席を立って、中川さんに謝ると、中川さんは、ふふ、と「全く何やってるんだか」っていつもの調子にもどってた。
 吉川は、中川さんも見ていない。
 吉川は、そういえば、誰も見ない。
「分かった」
 話しかけられても、‥そういえば、いつでも、誰に対してもこんな風だったな。

 勝手に拗ねてた俺、別に誰も悪くない。
 皆は「いつも通り」で、俺だけが「いつも通り」じゃなかろうと、気付かなかった。
 別に変なことでもないし、‥むしろよかったじゃないか。

 そう気づくと、恥ずかしくって、吉川に会うのもやめたくなったけど、吉川が「行くぞ」と終業後迎えに来たから、仕方が無い。

 ‥取り敢えず、もう一回謝っておこう。
 ‥あと、気になった「あの事」を聞いておこう。

「あれ、どういう意味だよ‥」
 吉川は冷(冷酒)、俺はウーロンハイで乾杯する。
 お通しの枝豆をつまんでいた吉川が、店員を見かけて注文をする。
 冷や奴と、焼き鳥、油あげのあぶったもの、シシャモ。
 焼き鳥屋だのに、ちょっと居酒屋みたいなメニューをそろえていて、具合がいい。
「どういう意味って? 」
 吉川が俺を見た。
 久し振りに、って感じがしたけど、そういえば、会社で一度目が合った。
 マニア一押しの「お洒落なメガネ」の向こうは、一重のすっとした切れ長の目。ホステスさん一押しの「すべすべの肌」はニキビなんて出来たこともなさそう。堅そうな髪の毛は、こまめに切りにいっているんだろう、いつも同じ長さだ。
 吉川とは、同期入社で、けっこう付き合いも長い。
「俺や‥多分皆、聖の扱いに困ってるって、吉川、今日言ってた。あれってどういう意味だ? 」
「そのままだ。皆は良く分からないけど、少なくとも俺は、お前の扱いに困ってる」
 店員が出来上が上がった皿を持って席にやってきて、吉川がそれを俺の皿に取り分けてくれる。
 そういえば、吉川って、ナチュラルに「気配りさん」だったな。
 俺も、‥見習おう。
 せめて、油あげを分けようと思って、油あげに手を伸ばしたら、危うく吉川の冷酒をこぼしそうになり「俺がするから、何もするな」と呆れた様な顔をされた。
「なんで扱いに困るんだよ! 普通に職場の仲間として扱ってくれよ! そんなに、仕事できないか?! そんなに気を遣わせるほどか?! 」
 ‥油あげひとつ取り分けられなかったタイミングでこれをいうのも、恥ずかしいが、‥仕事は普通に出来てるはずだ。
 吉川がふう、とため息をついて、
「違う。お前は‥
 当たり前の対応‥をしたら、困ったって顔するじゃないか」
 少し躊躇した後、ぽつり、とさっきより小声で言った。
「はあ!? 」
 当たり前の対応をすると‥困る?
 俺は、眉を寄せて吉川を見た。
 吉川は、表情も口調も変えないまま
「入社した時のこと。
 ‥お前は戸惑ってたじゃないか。
 皆が自分を特別扱いする‥って。
 そうお前に相談されたとき、なんの嫌味かって思った。
 そりゃするだろうって。
 だけどお前はホントに戸惑ってた。
 お前は‥なんで気付かないのか分かんないが、顔だってイケメン‥とは違うけど整ってるし、仕事は‥成績にこそ出ていないが、出来る。
 モテてあたりまえだって思うのに、その自覚がない。
 自覚がないどころか‥困惑している。揶揄われてるのか‥って」
 俺に突っ込む隙も与えない‥って口調で言った。
 俺は‥「違う」とも「そうだったのか」とすらも言えない。
 ‥頷くのも変だから黙って聞いておく。
「‥それどころか、俺たちは‥分からないんだ。‥分からないというか‥時々‥結構頻繁に‥自信が持てなくなるんだ」
「何に? 」
 よし、突っ込むことに成功した。
 吉川が頷く。
「お前が男だか女だか‥ってことに」

「は? 」

 まさかの、性別不明扱い‥。
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