リバーシ!

文月

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八章 未来と過去と

9.死ぬ気

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(side ヒジリ)


 どうせ、‥失敗したら死ぬのだ。
 今のままだったら、遅かれ早かれ、俺は死ぬしか選択肢はないんだ。
 遅くなるか早くなるかだけ。

 ‥もっとナツミを失望させるか、ナツミに一矢報いて‥彼女の心に傷跡をちょっとでも残せるか‥それっくらいの違いだ。

 今の選択肢に、逃げ切るだの、勝って生き残るだのという選択肢は‥残念ながらない。
 なら、男なら(男じゃないみたいだけど、‥心は男だ)せめて、あがいてあがいて‥ちょっとくらいはナツミの心に傷跡を付けたい。
「逃げて、結局見つかってボロ負けした情けない奴」
 って、記憶しか残らないとか‥悲しすぎる。

 好きなんだ。
 
 愛情にしろ友情にしろ、‥俺はナツミの事好きなんだ。‥恨んで‥とか、憎んでって感情は持てない。
 (好きだから)せめてナツミを道連れに‥なんて考えは、俺にはない。
 俺のこと生きている限りずっと覚えてて‥って思う。
 だけど、それは執着とは違う。
 来世も一緒に居たい、とか一緒に死にたいっていう愛情って‥どんな愛情なんだろうな、って‥俺には分からない。それが真実の愛だっていうんだったら‥

 ‥俺のこの気持ちは愛じゃないんだろうな。って思う。

 そもそも、‥俺に愛はきっと分からない。


 ここはミチルの部屋だ。勝手知ったる‥って程ここに馴染んでいる自分がいる。
 だけど、ここは俺にとって「ミチルの部屋」でそれ以外の何物でもない。
 ありがちな「みんなのたまり場的な部屋」(俺たちの場合だったら「俺たちの部屋」とかになるのかな? )とかではない。
 100%ミチルの部屋でしかない。
 俺がいるから電気はついている。だけど、ミチルが眠っているから、この部屋は静かだ。
 寝てるのに電気をつけるのもどうかって思うけど、‥消す方がどうかって思うだろう。それに、リバーシであるミチルはホントに「寝てる」わけじゃないから、ミチルにとって電気がついているってことは、関係が無い。
 ただ、電気代がかかるって位だ(大問題)
 台所で、蛇口に残っていた水が落ちる音がやけに大きく聞こえた。
 
 水音を聞いて、何故か子供の頃、身体を抜け出して見た湖を思い出した。
 ‥静かで、することがないからとりとめもないことが頭に浮かんだに過ぎない。‥なんかの予兆でも「重大な発見」でもないし「深刻な見落とし」とかでもない。
 俺に予知やらそういう能力はないんだ。

 湖は、名前は知らないけれど大きな湖だった。どこの国だったかすら分からない。
 静かに月あかりに照らされた湖。
 底の見えない深さで、きっと柄杓でいくら掬っても、なくならない。(そりゃそうだ)
 その湖を見てたら、よくある「引き込まれそう」って感覚に襲われて‥怖くなって逃げ出した。

 俺の魔力を全部水にしたら‥きっとこんな風に成る。
 見たら圧巻で‥圧倒されるけど、俺はその水を‥柄杓で掬うような攻撃しか知らない。
 柄杓で掬って誰かに掛けたって、
「冷たいな! 」
 ってだけだよね? 

 同じ量の水をナツミなら、せめて強力な‥凶悪な水鉄砲で放つ。
 元々は同じ水だし、同じ量でも、それは、立派な攻撃だ。

 つまり、そういうことだ。

 あの時俺がナツミに放った水の龍では、‥柄杓で水をかけているに過ぎなかったってことだ。
 精度や技術は今更‥今日明日で何とか出来るものでは無い。

 ナツミと俺の違いは、その量すら量が出来る圧倒的な攻撃力だ。‥攻撃意欲って言い換えてもいいだろう。
 ナツミは、水槽の水でだって、湖いっぱいの水を持つ俺に勝てるだろう。
 俺は、この期に及んで同じ土俵‥技術で何とかしようとしていた。
 でも、違うんだ。
 さっき俺は答えを言っていたじゃないか‥。

 圧倒されて、引き込まれそうな感覚に陥るって‥。
 圧倒させて、引き込めればいいんだ。

 ナツミ
 遊ぼう。
 本気で。

 事情がちょっと変わっちゃって、お互いの命を懸けることになっちゃったけど、‥あの時みたいに、夢中で‥本気で遊ぼう。

 子供の時みたいに、どろどろになって、鼻が出ようと、カッコ悪かろうと、‥リバーシがなんぼのもんだ。魔法使いがなんぼのもんだって、悔しさや憎らしさを全部力に変えて、本気で「八つ当たり」しよう。

 ただの、友達同士。王家だの反対勢力だの、関係ない奴に邪魔されたりしない。
 友達同士‥本気で、‥殺し合うつもりで、遊ぼう。
 思えば、いつもナツミが仕掛けて来てた。手を変え品を変え。貪欲に知識を取り込み、足りない魔力を俺から奪ってだって、ナツミは俺に毎回え真剣勝負を挑んできてたんだ。
 俺が憎かったわけでも、『自分の目的の為』とか俺を鍛えようとしてただとか‥そんな難しい理由でもなく、ただ、純粋にナツミは俺と遊んでくれていた。

 ただ、楽しかった。

 昔はいっつも勝てなかったけど(負けてもいない。負けてたら‥死んでたかもしれない)
 今度は
「やるじゃないか! 」
「次は、負けないからな! 」
 ってナツミに言わせて見せる。
 次なんて、ないんだろうけど、そんな気持ちじゃ勝てないだろう。
 危険も顧みず、命がけで、でも、死ぬ(負ける)気持ちでは喧嘩しない。
 絶対、ナツミとなんて死んでやらない。
 ナツミには、負けた悔しさをずっと引きずって生き続けてもらわなくちゃいけない。
 生きててほしいのは、愛で、忘れさせてやらないってのは、‥憎しみ。

 ‥反対かも?。


「圧倒させて‥引き込むねえ‥今更ナツミが気持ちで俺に負けるかねえ‥」
 ぽつり、と声に出して呟き、頭を抱える。

 ‥現実感ないな。

 ふう、とため息を着きちょっと外の空気を吸いたくなって、ふらりとベランダに出た。
 そうそう。ミチルの部屋にはベランダがあるんだ。洗濯物が干せる程度の。
 男の一人暮らしだ。植木鉢に花が植わっているわけでもない。ただ、備え付けの選択竿が軒に掛けられているだけだ。

「星、綺麗だな。‥そう言えば、空なんて見ることない」

 眠らなくなって、夜中じゅう起きてたって、有り余る時間を「贅沢」だって思ったことなんてない。
 夜中じゅうしたいことがあるわけでもないし、人を求めて夜の街に行くこともない。

 そもそも、昼夜の区別がこの身体にはない。

 ‥そりゃ俺にだって平等に、朝は来るし夜も来る。
 日の出の空は明るいし、美しい。ひんやりとした空気も気持ちいい。昼間は忙しく仕事して、夕方帰宅する。でも、夜外に出ることはそうないし、出たとしても‥そういえば空を見上げたことはなかった。

 ‥こんなに星が綺麗だってのに、だ。
 こんなに贅沢なことだったんだ。

 色々、無駄をしてきたな‥って思う。
 持ってるものを、悔やまず持て余さず、‥俺は、もっと有効利用するべきなんだ。
 日々に流されてるだけじゃなく、周りに目を向けて‥さ。

 ベランダの柵に腕を預けて、まず自分について考えた。
 相手がそう見ているであろう自分。俺がこう見られたい自分。
 分かってもらいたいって思う反面、知られたくないって思う気持ち‥。

「ないものを、在るって言う必要もないし、あるものをないって思い込む必要も、思わせる必要もない」
 出来ないことを出来るフリ‥虚勢を張る必要もなければ、道化のフリ‥何も出来ない『お姫様』のフリをする必要もない。(それこそ、夜の国で俺に求められてるスタンスだね)

 道化のフリも、お姫様のフリも‥英雄のフリも、聖女のフリも全部、他人の為だよね。

 他人が望む姿‥。
 その姿に、勝手に期待されたり、失望されたり。
 でもね。
 虚勢を張れって言われるより、持ってるものを隠さなくちゃいけないのは‥それを「誰かに」強要されるってのは‥俺にとって屈辱である以上に、「その他大勢の他人」を馬鹿にしてるよね。
 その他大勢の人には、俺を受け入れるなんて、無理。
 ‥そう決めつけてるってことだよね? (まあ、‥大抵が受け入れてもらえないんだから、予防線張って自分を偽ってる方が無難なんだろうけどさ! )‥でもさあ‥。

「そういう‥誰かの目に見える自分とかじゃなくって‥」
 自分については、まずは、持ってるものを‥考えよう。
 持ってるって、‥意識していないけど、俺はもっと何かを持っているかもしれない。
 少なくとも、ナツミの目に留まった、何かを。(魔力量だけだったら、ショックだけど)
 ミチルの心をとらえた何かを。(‥顔だけだったらどうしよう)
 ‥ラルシュ様の好奇心を少なからずちょっとは捉えている(らしい)何かを。
 ‥ラルシュ様は、ああ見えて、計算高い。面白いって思わない事なんて、絶対やらない。国の為? ‥そうは見えない。あのひとの‥一番は‥多分。

 そうじゃない。

 あの人は‥多分‥もっと‥なんというか、‥奥が深い。単純じゃないって意味で、深い。俺はそれについて‥何かを知っている‥?


 思い当たる色んな『手がかり』にさっきから、イライラが止まらないんだ‥。
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