リバーシ!

文月

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六章 思えば‥フラグだったんだ。

8.本当に嫌なのは。

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(side ヒジリ(見た目はヒジリ、気持ちは聖)


 前向きにって口には出すけど‥ホントは面倒だし‥逃げ出したい。
 考えないで、こっちでずっと暮らしていたい。
 ‥でも、そんな無責任な自分の気持ちを他の人に知られるのは、‥嫌だ。
 逃げたい、怖いって言ったら、きっとミチルも両親もそんな俺を許してくれるだろう。だけど‥そんな自分に自分が‥耐えられない。

 だから、歯を食いしばって前を向く。「もういいよ」って言われないように‥前を向く。


 そういえば、あの時、母さんと「俺のこっちでのスキル」について話した。(スキルじゃないんだっけ? 状態異常だっけ? )

「母さんのスキルははこっちでも出来るんだよね」
 洗い物をする母さんに話しかけたら、わざわざ洗い物の手を止めて俺の前に座って
「できるっていっても、「植物を育てるのが上手」とか「水あげが上手」って傍から見える位のレベルよ。枯れてる樹に「大樹よ! 我が名のもとに生命の輝きを再び取り戻せ! 」とか出来ないわよ」
 結構真顔で言った。

 我が名のもとに生命の輝きを‥って

 厨二か! でも、ふざけてる感、ゼロ。‥まあ、これが「厨二か! 」「ファンタジー」って思うのは、こっちだから。あっちは‥それが現実。あっちはつまり「それ(こっちの世界でいうところの非現実的なこと)」が普通な世界なんだ。
 俺が産まれて10歳程まで育ったのが異世界(地球から見て、だ)だったんだって、こういうとき思い知らされるね。
「うん‥出来ても今しないでね」
 今ここでそんなことしたら‥テレビ局来ちゃうね。
 でも、「トリックだ」とか言われるんだろう。
 こっちの人って、「珍しいこと」= 飯のタネ だよね。
 食いつくけど、信じちゃいないって感じ。

 まあ、以前までだったら、俺もそうだろう。

「しないし。あっちでもそんなことできるのは、大魔法使い位でしょうよ」
 ふふ、と母さんが笑った。
 わざわざ魔法って言わなくても、「実はそれ魔法」っていうのはこの世界でもあるらしい。そういえば、おまじないとか占いも魔法の一種だって聞いたことあるようなないような‥。(覚えてないや)

 こっちとあっち、
 全く違う様で、ちょっと似ているところも‥ある?

 母さんのハニーブラウンの髪が、電球色のオレンジの光にキラキラ照らされて、あっちにいるときの様に明るい色に見えた。
 きっと母さんと同じ髪の色の俺の毛もそう見えてるんだろう。

 あっちでの俺とこっちでの俺。全く違う‥って訳は絶対にない。
 俺は俺。
 あっちにいようと、こっちにいようとも‥だ。
 俺は俺で、あっちにいることを俺が放棄したところで俺を狙う敵は‥きっと諦めてくれない。
 俺がこっちに逃げてる‥ってこと、気付かれるのもきっと時間の問題だろう。
 だけど‥ちょっとは、時間稼ぎ位にはなるだろう。
 時間稼ぎ位の短時間でも、俺はこっち(何故かすぐに動ける場所)で特訓して、「あっちで万全な状態で復帰」しないといけない。
 力の出し方はきっと変わらない。
 力の出方が違う位だろう‥って勝手に思ってる。それは、こっちでも魔魔だかスキルだかを使ってたミチルに聞いてみようって思う。

 やらなきゃならないこと‥整理しなければならないことの多さに、うんざりする。
 そもそも‥俺に出来るのか‥それもわからない。不安だし、‥少し怖い。

「‥俺とかは、出来たりするかね。大魔法」
 だけど‥俺が生出来なかったら、被害を被るのは、あの国‥まず、ラルシュたち城の人たちだ。
 俺は‥彼らを守りたい‥という以前に

 お荷物になりたくない。

 今のままじゃ、守りたいって考えるのもおこがましい。
 せっかく凄い魔力を持ってるらしいのに、だ。宝の持ち腐れって奴だ。
「ヒジリに魔法は使えないじゃない。‥あっちで産まれたリバーシで魔法が全く使えないって珍しいらしいわよ」
 ‥あっさり、却下された。
「魔法‥子供の頃は出来なかったけど、今なら‥? 」
 そんなことを眉を寄せて聞くと、母さんはあっさりと首を振った。
「生まれた時に、決まってるらしいわ。
 魔法使いになれる子は、産まれた時に分かるし、魔力量も生まれたときに分かる。
 魔力量は、魔力の器みたいなもので決まってるんだけど、それは産まれた瞬間から変わることはないらしいわ。
 魔力の器の分しか魔力は貯められない。
 性能も‥
 軽自動車(一般人)もスーパーカー(リバーシ)も一般道路を普通に走ってるだけなら変わらない。下手したら燃費の悪いスーパーカーの方が分が悪いかもしれない。だけど、高速道路なら? スーパーカーはその能力を遺憾なく発揮できる。
 要するに、「いざって時に何とか出来る」のがスーパーカー‥リバーシってこと。
 軽自動車である一般人が成長してスーパーカーになれることはない。そして、魔法使いの素地が無い者は‥やっぱり一生魔法を使えることはない」

 産婆に正規に取り上げられて生まれて来た子供であったら、生まれた時に子供の魔力の属性と魔力量の器を神官が調べてくれる。その時に、魔法が将来使える様になるか否かも調べてくれる。
 魔法使いは、今では稀有な存在で、発見されたら国が補助金を出してくれたりするんだ。リバーシも国に報告義務がある‥って点では同じなんだけど、魔法使い程希少じゃないんだ。

 その子が魔法使いか否か、魔力量がどのくらいか。国は、その子が産まれた時からすでに把握している。

 だけどそれも、「産婆に正規に取り上げられて生まれてきた子供なら」だ。
 裕福ではない家だったら、それこそ知り合いが取り上げたりするから、調べてもらわずに学校に行って初めて、そんな事実が分かるってことも、けっこうある。
 ナツミもそうだった。
 ナツミも学校に入って、健康診断程度の検査で「魔法が使えるかもしれない」と分かった。‥簡易なものだから、どんな魔法が使えるとかは分からない。だけど詳しく調べるには、かなりの費用が掛かるらしい。
「魔法学校に入ろうと思ったら、調べなくちゃいけないんだけど、それにはまたお金がかかるわねえ。なんでもお金で嫌になっちゃう」
 って、ナツミが子供らしからぬことを言っていたのを覚えている。
 今思えば、俺はそんなナツミの話を「ふうん、大変だねぇ」なんて、超他人事なテンションで‥聞き流した。

 ‥嫌な奴だったと思う。
 でも同時に子供なんてそんなもんだろ? と自分を擁護する気持ちも、ある。
 だけど、普通の子供ならまだしも、‥俺はリバーシで普通の子供じゃなかった。
 俺には、出来たんだ。ナツミの気持ちを考えることも、寄り添うことも。寄り添って、一緒に何が出来るかを考えることが‥。
 出来たのに‥俺はしなかったんだ。

 俺は‥自分勝手で、冷たい奴だった。

 ‥そりゃ、「利用してやるか」とか思われるわなあ‥。
 今の事態を招いたのは俺で、‥それは急に起こったことではなかった。

 あのころから少しずつ、俺たちは離れて行ってたんだ。

「‥ヒジリはヒジリよ。例え何者でなくても、それは変わらない。何もできなくたって‥なんの問題もないわ」
 ぼそり、と母さんが言った。
 ああ、言わせてしまった。「大丈夫よ」

 俺のこと‥甘やかさないで。俺を‥後悔するだけの未来に向けさせないで‥。

「逃げたっていいじゃない。
 どうせ、みんな自分のことしか考えてないじゃない。
 ヒジリを守るっていいながら、国はヒジリのことを危険視して‥監視してるだけ。
 そもそも、失礼しちゃうわ。
 ヒジリの事、はじめっから「危険なもの」って目で見て。
 ヒジリは‥何も怖い子なんかじゃないわ。ヒジリの魔力も、ヒジリも、何も怖くなんてない。だって、ヒジリは自分が危ないってなった時、とっさに余った力を全部自分の容姿に‥まあいうならば、一番いらないものに使っちゃうような子なのよ? 何を心配することがあるの。‥危ない子ってのは、とっさに自分を害した者を攻撃したりするのに使う子なんじゃないかしら? ‥実はね、これ、ラルシュ様がおっしゃったことなのよ。『魔力の最も平和的利用ですね』ってお笑いになって‥」
 一生懸命話す母さんを見てたら、
 なんだかおかしくなった。
「ああ、自分で何言ってるかわかんなくなってるでしょ‥。いいよ、気ぃつかって、慰めてくれなくても」
 ふふ、と自然に笑みが零れた。
 母さんが俺が笑ったのをみて、ちょっとほっとした顔になる。そして、
「あはは、母さんあんまり頭良くないから、ダメねえ。いいこと言えないわねぇ」
 ちょっと眉を寄せて、困ったように笑った。

 ‥口が上手な人なんてもっと信用できないよ。
 ‥いい。母さんの優しさは伝わった。
 それに、俺だって、世界に災難をもたらしたりなんてしない。‥しようと思わない。

「‥ありがと‥」
「何よ。しんみりして。今日は、今から呑みにでも行く? こっちのお酒ってそういえば呑んだことないわ」
 母さんは困った様な笑いのまま言った。
「ないの? 」
 くす、と俺も笑う。
「父さんが「なんかこわい」って言って。こう‥液体は身体に染み込む気がして、「馴染まなかったら、どんな影響が出るやら‥」って言って‥。まったく、どれだけ心配性なのよ」
 父さんの話をしたら、母さんの笑みが、いつもの「まったく、父さんときたら」って顔に戻ってた。
 父さんの母さんに与える安心感は、半端じゃないな。いちゃラブ夫婦とかではないけど、あの二人はお互いがお互いを、お互いなりに支えている。‥ああいう夫婦に俺は憧れる。
「大丈夫だよ。俺は呑んだりするし」
 別に今のところ、身体に影響が‥とかもない。(今思えば本体で呑むのは初めてなんだが)
 まあ、大丈夫だろう。
「そうよねえ? 」
「‥そうだなあ、純米の日本酒とか混ざり物のない良いワインとかの方がいいかも。俺も添加物とかは結構苦手だし」
 実は、母さん「シリアスな話」がそんなに得意じゃない。
 頭が良くないから、って母さんは言うけど、‥そうじゃないと思う。
 母さんは、ただ、みんなが笑ってるのが好きなんだ。自分が苦しむのがいや、なんじゃなくて、誰かが笑ってないのが嫌。誰かが嫌な顔をするって分かってて、嫌な話をするのが、‥嫌。
 逃げてるって、彼女は分かってる。
 だけど、逃げても、自分の中でため込んで苦しくなっても、それでも、誰かの嫌な顔が見たくない。

 そういう人。

「呑みに、‥いくかあ」
「ね」

 母さんのそれと俺のはちがう。
 俺は、人の気持ちを考えてるわけじゃない。俺は‥

 結局俺のことしか考えていない。そして、

 そんな俺が‥一番嫌いだ。
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