リバーシ!

文月

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八章 未来と過去と

5.10畳一間のミチルの世界の全て (1)

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(side ヒジリ)


「同じ社会人でも俺たちとミチルは‥なんか別なもんって感じがする。
 別に俺たちがくたびれた田舎のサラリーマンでミチルが都会のビジネスマンってわけじゃないけど、‥なんか違うんだよな。
 こう‥
 ミチルは、ばりばり働てるビジネスマンって感じ‥とかじゃなくても、なんか都会っぽい感じする。
 学生の時に「リア充」なやつとそうじゃないやつがいた‥そういう感じで‥違うって感じかな」

 住んでる場所は、そう変わらない。
 職種は‥知らない(そういえば知らない)会社の規模も知らない‥けど、この街でそう違いがあるとも思えない。
 あるとしたら、アフターファイブの使い方だとか暮らし方だとかいう違いだろう。
 俺も、そう仕事中心って生活をしているわけわじゃない。会社を出れば「あ~終わった終わった。今日はあの本読んじゃうかな。それとも夏服買いに行っちゃう? 」とか‥時には「吉川と飲みにでも行くか」って程度だ。意識高い系のサラリーマンとかで勉強会に出席します。とか、先輩とのコミュニケーションを深めます。‥とかではない。
 だけど、朝通勤のために電車に乗ったら「今日も一日頑張って行きましょうか」位は思う。

 まあ、普通のサラリーマンって奴だ。

 ミチルも仕事に対する情熱は俺とそう変わらないだろう(と思ってる)が、‥なんか違うんだよな~。なんかお洒落になっちゃうんだよな。
 全体的に。
 何をやっても。
 不思議だよな。
 
 ミチルは‥部屋もお洒落なんだ。

 ミチルの部屋に入ったことは、何度もある。
 何にもない部屋だ。
 家具も最低限度しかない。
 洋服は(部屋に備え付けの)クローゼットに掛けてあるのと、衣装ケースに季節ものが入っているんだろう、多分それだけ。
 普段はスーツを着ているし、家に帰ったらラフなTシャツにスエットが多いかな(家に来ることが多いヒジリが良く見るのは必然的にこの格好)。ここでいう洋服ってのは「よそに着ていくような服」ってこと。これが驚くほど少ない。大事に着てる、とか、良品を買っている‥とかだろう。くたびれた感はない。
 だけど、だ。若い子ならもう少し持っているだろう‥って量がない。
 だけど、別に「服に無頓着」感はない。
 なんでもいい、とかではなく、いい服を大事に着てるんだろう。

 ‥あと、アレだ。ミチルは案外出歩かない。

 休日は散歩がてら近所の図書館(※ 一人暮らしの物件探しで、近所に図書館がある‥という条件にだけこだわったらしい)に行って、帰りはカフェでコーヒーをゆっくり‥ってタイプなんだ。
 本好きらしいが、家には本なんて置いてない。(置きたくないから図書館の近くに住みたかったのか? )
 タンスもない。テレビもない。冷蔵庫も単身用の小型のものが一つ。それから、ウォーターサーバー。水を飲むだけじゃなくって、これでお湯も使用している様だ。ノートパソコンとそれ用のスタンド。それがベッドのわきに置かれたローテーブルの上に置いてある。
 バストイレ付きの2LDK。リビングは10畳ほど。キッチンが小さい、如何にも帰って寝るだけ‥の単身赴任者用って感じで、家族で住む感じはない部屋だ。

 この部屋は、そう広い部屋ではない。
 だけど、物が少ないからそれで充分って気がした。

 ミチルは物に執着がない。趣味もない。
 ‥それは、こっちに住んでるリバーシ共通の虚無感だろうね、ってミチルは言う。(他に「こっちに住んでいるリバーシ」がいるかどうかは分からないが)

 ミチルが以前言ってた
「あっちと地球。どっちにも属さない根無し草」
 あっち(夜の国)に行って、もしかしたら、こっち(地球)に帰ってこれないかもしれない。

 って。
 だから、何も部屋に置いておきたくないんだって。

 じゃあ、‥このベッドは「生きるための」充電器であると同時に棺おけ?

 ミチルのベッドを見ながらそんなことを考えてしまった。
 ‥「眠ったまま」あっちの世界から目覚めることが無かったら‥そういうことになるんだろう。

「ヒジリ? 」
 ミチルが俺の瞳を覗き込む。
「どうかした? 俺のベッドが気になる? 」


(side ミチル)


「どうかした? 俺のベッドが気になる? 」
 ヒジリの黄緑色の瞳を覗き込む。

 気になるなら‥、なんなら寝てみる?

 なんて、ちょっと揶揄ってみようかなあ、って思ったけど、止めた。
 今のヒジリは、軽口を言えるような感じじゃ、なかった。
 ヒジリは、俺から目をちょっと逸らすと、息を大きく吸い込み
「普通の人にとってさ、‥ベッドってさ、一日の疲れをとってくれる一番大事な場所じゃない? だから、皆寝心地だとか、大きさだとか気を配る。‥でも、俺たちって、そもそも寝たら動かないから、寝相悪くてベッドから落ちることもない。ぶっちゃけ、どんなベッドでもいいわけだよな」
 それをため息と一緒に吐き出して、俺に言った。

 ‥ただ、‥身体を預けているに過ぎない場所だ。「寝心地がいい」も、「寝違えて身体が痛い」も関係ないんだよな‥。
 独り言のように、言葉を続ける。

「そんなこと考えてたの? 」
 ヒジリの言葉に、つい、ぷっと小さくふきだしてしまった。
 馬鹿にしたわけでは、ない。

 なんだかそういうことを真剣な顔して考えるヒジリが可愛いって思ったんだ。
 ああ、やっぱりヒジリはいいな。
 見てるだけでも、幸せだったけど、‥動いてるのを見て、一緒に話して。
 俺は、もっと、ヒジリが欲しくなった。
 ヒジリと居れば、きっと一生、退屈しなくて済むから。
 そして、俺はヒジリの目を見上げたまま、改めて丁寧に微笑み直し、逸らされた視線を改めて捕らえた。
 視線に熱を絡めて、じっと、見つめる。

「‥別に、充電するだけのものでも‥ないよ? 」

 ヒジリの澄んだ瞳に俺が映っている。
「? うん」
 ヒジリが‥きょとんとした表情で俺を見つめ‥
 ‥でも、流石に「気付いた」んだろう。みるみるうちに真っ赤になった。

 自分の今の状況に、気付いたから。
 そう、君は今‥俺に‥

「いや、ほんと、何でもないです! 」
 慌てて立ち上がろうとしたヒジリの腕をつかんだ。
 慌ててつい‥ではない。
 明らかに意思があって‥だ。

 逃がしたくない。

「‥ミチル‥」

 ヒジリの目が見開かれている。
 その表情が‥恐怖でおびえているわけではなさそうだってことには安堵する‥けど‥
 ん?
 って思った。
 その表情が‥
 ただ驚いた‥って表情だったから。
 そのことに気付いて‥呆然となった。

 ‥え、さっき俺の本気に「気が付いて」赤面した‥んじゃなかったの?
 俺を意識してくれたわけではなくって‥??

 思わず眉を寄せた俺に、ヒジリは何を誤解したのか、
 ふわり、と慈愛に満ちた表情を浮かべて俺を見つめ返した。
「大丈夫だよ。‥俺がついてるから」

 って、‥なんだかこっちが泣きそうになる。

 ‥え、何。相手にもされてないの? 万人に対して‥だよね? 俺のことだけ‥相手にもされてなかったら‥泣くよ? 流石に‥


 ちょっと立ち直れそうにないミチルだった。
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