リバーシ!

文月

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九章 ナツミというただの女の子

10.あたしを変えた出会い。

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 ヒジリとやりあった後‥何にもする気になれずにぼんやりと座っていたら、コツ‥と硬い足音が私の後ろに止まったのが気配で分かった。
「ナツミ。どうしたの? 」
 ‥柔らかな優しい声。
 振り向いて確かめなくても声の主が誰かってことは分かる。
 ここで一番の賢者。
 そして、一番優しくって、一番冷静で、‥一番麗しい。
 人の容姿の優劣なんてあたしには関係ないって思って来たのに‥
 相手を振り向かせ、安心させ、納得させ‥最終的に懐柔する。
 彼の容姿にはそれだけの能力(容姿に能力っていうのもへんだけど)があり、意味があった。
 絹糸みたいに光沢のある銀色の髪。透き通った黄緑の瞳。
 静かで優しく‥あんまり綺麗で‥
 初めて見た時、思わず涙がこぼれたのを覚えている。
 人は、感動すると自然に涙が出るって聞いたことがあるけど‥なるほどこういうことかって思った。

 あの時より、若干年を取ったはずなのに、カタル様は出会った時と同じように、若々しくって、綺麗で‥神々しい。
 あたしは、つい今日も‥カタル様に見惚れた。
 カタル様を‥見慣れるって日が来る気がしない。


 あの時‥はじめてカタル様に合った時‥
 神様や、女神様なんて見たことが無いけど、‥きっとこんな感じなんだろうって思った。
 神々しい‥
 悲しかったり、悔しかったり以外の涙が自分の頬を濡らしていることに気付いた時、「自分にもそんな純粋な感情があったんだな」て単純に感動した。
 否、‥本当に神聖で純粋な存在を見たら、人は自然に浄化されるんだろうな
 ‥そんな気がした。
 でも
 「こんな自分」が感動したり、安堵したり‥そんな感情で泣く様なこと、有り得ない。
 涙を乱暴に拭おうとしたら
「大丈夫。大丈夫だよ。ありのままのキミでいいんだよ。何も我慢することはない。辛い時は泣けばいいし、苦しい時は誰かに助けを求めたらいい。一人で我慢する必要なんてない。‥キミの友達の事も、直ぐに助けてあげるからね」
 って‥カタル様は言ったんだ。
 その声が、あまりに優しくて、その微笑みがあまりに優しくって‥
 あたしは声を上げて泣いた。
 その背中をカタル様は優しくたださすってくれた。

 
 気付いたらあたしはわあわあ泣きながら
「あたしは、‥ヒジリと一緒にいたいだけなの! ヒジリは、この国に脅威を与えたりなんかしない! なのに‥! 危ないから‥何をするか分からないからって、ヒジリは、この国に‥この国の王様にとじ込められちゃうって! なんで?! ヒジリは何もしていないのに! どうしよう‥そんなこと知らなかった! 知ってたらあたしは‥」
 一生懸命、今までの事を(会ったばかりのカタル様に)話していた。
 カタル様は困っただろうにそんな表情を見せることはしなかった。
 ただ優しい表情で微笑んで、あたしの話を聞いてくれた。

 カタル様は‥あたしやヒジリのことを知っている
 そう気づいたのは、だけど泣き疲れて‥少し落ちついた時だった。
 あたしたち‥
 あたしのことを知っていたから話しかけてくれたのだろう。

 だけどそれでも構わないって思った。
 ‥人と接点を持つために、日頃から人(対象者に限らず、だ)を観察して「どうすれば自然に接触できるか」「どのタイミングか」って常に機会を窺っていなければいけないってカタル様は教えてくれた。
 カタル様にとって、あの時のあたしはただの対象者で、あの出会いも「狙ったタイミング」だったんだって改めて分かった‥思い知らされたけど、あたしは悲しい、騙された、とは思わなかった。
 利用された、とも。
 寧ろ「ヒジリをカタル様と知り合うための切っ掛けづくりに使えた」って今では思えている程に‥あたしはカタル様に執心している。
 幼馴染のヒジリよりずっと‥カタル様を大事だって思っている。‥思ってしまっている。
 だけど、それも未来の話。

 そのときはまだカタル様は、「話を聞いてくれる親切な大人」でしかなかった。

 あたしは、今までの事をカタル様にすべて話した。
 ただ、重くて仕方なかった肩の荷物を降ろしてしまいたかったんだ。
 今までは、それを話せる人は周りにいなかった。‥話して大丈夫って思える人がいなかったから‥。
 でも、この人になら‥って‥思ったんだ。(つくづく、あの時は限界に疲れてたんだろうなって思うよ‥。それとも、やっぱりカタル様が「あたしがその状態になるまで」接触の機会を待ってた(もしくは、何か細工もしたかもしれない)‥ってことなのかな)

 あたしが、「世界の災厄」って言われるヒジリの友達で、ケチな魔石屋に騙されて彼女を「目覚めないかもしれない」眠りにつかせてしまったってこと、焦って‥王子様にヒジリを預けてしまったこと。城はヒジリを閉じ込めてしまうって噂があるってこと‥。
 あたしが知ってること、聞いたこと、やったこと全部話した。
 自分を正当化したり、胡麻化したり、うそをいったりなんかしなかった。
 この人には嘘をつきたくないって思ったし‥嘘なんてついても、見透かされそう‥って思ったんだ。
 
「どうして王子様に? 」
 途中、カタル様が質問を挟んできた。‥確かに、「なんで」って思うだろう。
 たまたま通りかかったから‥っていうのが一番の理由なんだけど‥あの時あたしは一瞬で「城なら衣食住も医療も問題が無い」って計算したんだ。
 (打算的で、抜かりが無い性格が幸いした‥ってあの時は自分の咄嗟の判断を褒めたけど、‥今思えばあれは軽率だった)
 だけど、言い訳させてほしい。
 確かに計算はしたが‥一番の決め手はヒジリと王子様の魔力の相性だ。
 王子様は魔法使いでヒジリと「魔力の波長」が合いそうだって、あたしは一目でわかったんだ。(あたしはそういうのが昔から結構分かったんだ。因みにあたしとヒジリの波長も、王子様とヒジリ程ではないが悪くない)
 だから、「ヒジリとパートナー契約を結んで守ってもらえたら」って決めたんだ。
 そんな「決め手」でもなかったら、いくら城が好条件だっていってもヒジリを預けなかった。
 それを説明するとカタル様は
「成程‥ナツミは賢くって友達想いの優しい子だね」
 って褒めてくれて、(子供だった)当時のあたしは有頂天になった。
 なんせあたしは今まで誰かに褒められたことなんて殆どなかったから‥。単純に嬉しかったんだ。(こんな綺麗な人に褒めてもらった! ってのも、少なからずはあっただろうが)

 一生ついていく!

 って思ったのはあの時だった。

 ‥今思えば‥あのヒジリと王子の「運命の出会い」‥あれも「たまたま王子が通りかかった」んじゃなくて、‥ずっとヒジリが王家の人間に見張られてたってことなんだろうな。‥だから、あのタイミングで王子をあそこに呼べたってことだ。


 あたしにしても、ヒジリにしても‥
 全部、計算されて仕込まれた出会いだったんだ。
 偶然やら、「運命の出会い」やらは‥ない。
 すべては「より偉い人」の思惑や、人脈によって作り出された「絶妙なタイミング」で、「偶然を装う演技力」がそれを「より自然に」実現させた。
 だけど
 あたしにとってそれは
 紛れもない運命の出会いだった。
 カタル様にとってはそうじゃなくても、あたしにとっては‥

 それまでの全てを変える、運命の出会いだったんだ。
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