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十五章 メレディアと桔梗とヒジリとミチル
11.絶対に分かち合えない二人。
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ホントはね。
「もう一生あそこには行きたくない」
って願えば行かなくていいんだ。‥というか、「行かないでも済む」んだ。
一度も行ったことが無かったから「リバーシが行きやすいスポット」に飛ばされただけで、一度でも行ったことがある場所だったら「行きたくない」って思えば行かない。
夢とは違って強制力はないんだ。
‥粋な計らいも無いけどね。夢って、ちょっとロマンだよね、びっくり箱要素もある(夢に夢見過ぎかな? )
行きやすいスポットには飛ばされやすいけど、一度「お試し」して、「行きたくなければ」いかない。‥そんな感じ。
だから、あんな「キモチワルイ思い」した場所に、一生行きたくないってことも可能なわけ。
だけど俺はね、
ちょっと「普通の人」じゃなかったみたい。
刺激に餓えてたってのもあるだろうし、‥若干「気になった」ってのもあったんだろう。
実はね、
あの後何度か行ってみた。
気になる。
でも、キモチワルイ。
で
毎日ってわけにはいかなかったけど行ってみたってわけ。毎日じゃないよ? やっぱり「普通じゃない」けど、人間ですから。「やっぱりあれは嫌だったかも‥」って我に返ることも‥あったり。
でもね、二日と開けられなかった。
‥早期決戦ってわけじゃないけど‥
近いうちにアイツは「やる」。それが気になる。
‥止めたいってのは、まあ‥心のどこかにはあった。
人間ですから。
なぜ近いうちにかって? 俺の魔力とやらを吸収したわけでしょ? それがいつまでもあるとは思えないから「あるうちに」 = 近いうち だろうって思ったわけ。
責任感じちゃってたってのもある。
俺の意思じゃないけど、俺の魔力を持ってかれて‥それが悪用されるかもしれないんだもんね。
でも、それだけじゃないじゃない? 人間って。
でも、俺の気にすることじゃないか。関係ないか。
とも思うし、
やっぱ、あいつにまた会うの‥キモチワルイな
とも思う。
あの時は俺も子供だったから「割り切って、道徳の為にアイツを説得しよう」ってのは‥なかったな。
一度目(初対面からだと、二回目)
「キモチワルイ」が先行して、後姿を見かけただけで、逃げた。
二回目
あいつは湖を見つめて座っていた。
その姿を見たとき、ビクッとしたよ。
だって、背中から感じる哀愁? みたいなのが‥常人のそれじゃなかったんだもん。
少なくとも、地球であのくらいの子供が醸し出す雰囲気じゃなかったね。
‥泣いてるのかなって思った。
悲しくてとか寂しくて‥って感じじゃなかった。
「やってしまった‥どうしよう‥」って後悔で?
それとも、
結局まだ殺して‥殺せてなくって、「殺したいって相手」にまたいじめられた?
それとも、
「殺したいって相手」にいじめられて‥悔しくて悲しくて、殺したくって仕方が無いのに殺せない‥って自分の事悔しく思ってるの?
人って、いろんな原因があって泣きたくなる。
悔しくても、悲しくても、最近知ったんだけど‥愛しくても泣ける。
あいつの涙は‥でも、残念ながらそういう「いい涙」じゃなかった。
あいつは俺に気が付いて、振り向いて笑った。
やっぱり泣いてたんだろう。‥ちょっと目が赤いように思えた。
あいつはぐしっと握りこぶしで涙をぬぐうと、俺に、
「ありがとう。キミにお礼を言いたくて待ってたんだ。‥会えるとは思ってなかったけど」
って言った。
そして、俺を隣に座らせるとぽつりぽつりと思い出話をし始めた。
俺は、‥全然興味がなかったけど「こいつが話したいなら」って諦めて‥大人しく横に座った。別に「こいつは人を殺すような奴だから、逆らったらヤバい」って思ったわけでは無い。
何となく青白く光って見える湖‥後からラルシュに「自ら光る魚がいるからだよ」って教えてもらった‥は、ただ静かで、水音一つしなかった。
湖を取り囲む森の奥から、獣の低く唸る声と赤い目‥魔獣の気配がした。
だけど、奴らも何かを警戒してか‥俺たちに向かってくることはなかった。
自分より魔力が強い者に、魔獣は寄ってこない、ってこと、‥そういえばあの時、あいつに教わったんだった。
「僕はね、‥どうやら訳アリの子供ならしい。僕のお父さん‥お父さんとは呼んだことも無いけどね。そもそも会ったこともない‥は、どうやら金持ちだし、他に奥さんがいる人らしくって、その奥さんが母さんに「認めない! 」ってすごい剣幕で怒ってるのを見た」
ああ、愛人の子って奴か。
耳ざとい俺は子供のくせにそういうことを聞き知っていたから、頷いて続きを促した。
「母さんはね、でも気にしてない感じだった。まったく相手にしてないって感じ。‥っていうのも、奥さんのところには男の子がいなくって、僕が唯一の男の子で‥「悪いようにするわけがない」って思ってたみたい。
見かけと違って‥か弱い女性じゃないんだ。
ずっと僕の事「愛してるわ」って言ってたけど‥「利用価値があるから」愛しているのか‥親子だから愛しているのか‥は分からなかった。
ただ、‥近頃は僕に依存してた‥感じかな。ずっと、僕の事監視するように‥見て来た。
だって、「もしかしたら僕がいるから殺されるかもしれない」けど、「僕がいるから殺されないかもしれない」んだ。
僕という存在は‥母さんの中で小さくはなかった」
それも、何となくわかる気がした。
愛人にしか跡取りになる男児がいない。金持ちの男にしたらその男児が必要だろうが、正妻にしたら面白くない。
殺したいけど、殺せない‥ってところなんだろう。
‥気の毒だけど‥そう珍しいケースでもない‥って感じかな?
俺はまた頷いて続きを促した。
そいつは、ふ、と妙に優しく微笑むと、俺の方を見て
どんなに愛する人でも‥
寝ても覚めてもずっと一緒、って息が詰まるよね。
それどころかさ‥
寝なかったら、四六時中ずっと一緒だよ。
息が詰まるどころじゃない。
と‥今までとは違い‥独り言のような口調で呟いた。
俺が顔を上げてそいつの方を見ると‥ちょうどこっちを向いていたそいつと‥視線が合った。
そういえば、向かい合わせになったのって初めてだ‥俺はぼんやりそんなことを思った。
別にそれ以上の感想はない。だって、男と向かい合って目が合ったって‥どうでもいいじゃない。「こっち向くなよキモチワルイ」って程不細工でもなかったから、そこまで気持ち悪くなかった‥位の感想かな。
不細工じゃない‥どころか、綺麗な顔してるって感じだったけど、‥それも「男だし、どうでもいいわ」って感じかな~。
そいつはふ、と微笑んで、僕から目をそらし‥また湖面を見つめた。
「‥母さんは僕のことを愛していた。それはもう‥異常な程。
利用価値があるから、‥僕しかいないから‥、同じ立場だから‥
理由はいろいろあるだろうけど‥結局‥追い詰められて‥僕しか心の拠り所が無かったんだろう。
とにかく
母さんは僕を‥異常な程愛していた。
自分の母親から愛されてる‥って、嬉しいことなんだろうけど‥息が詰まった」
俺は、ごくり、と唾を飲んだ。
‥話が‥ヤバい方向に行き始めた‥。
‥そんな感じがした。
別に口調が変わったとか、表情が険しくなった‥わけでは無い。無いのに、何か「分かった」。
これは‥話がヤバい方向に行き始めてるって‥。
俺は、そこから逃げ出したいんだけど‥何か‥よくわからない気力なんだか「使命感」なんだかで辛うじてとどまってる‥だけって感じ。
心はもう、半分逃げ出してる。表情なんて‥きっと「聞きたくないオーラ」出まくりだ。
そんな俺の「聞きたくないオーラ」なんてまるで無視して、そいつは話を続けた。
「息が詰まって、逃げたこともあるんだ。ホントはね。だけど、母さんは僕を逃がしてはくれなかった。
走り疲れた僕が眠っている間に‥
眠らない母さんが、僕を見つけ出した。
そしてね。
目が覚めればいつも、家に戻ってて‥、母さんは僕を見下ろしてニコニコ笑ってた」
‥ホラーじゃない。
子供が家出したら親は寝ずに探す。
で、眠ってる子供を見つけたら‥わざわざ起こしたりしないだろう。
眠ってるまま連れて帰って、ほっとして‥やっぱり眠れずに子供が目を覚ますのを待つだろう。
何もおかしいことはない。
‥でも、この子にとってそれは‥「息が詰まる」んだろう。
まあ‥わからないでもない‥かな。
反抗期ってのもあるだろう。
「‥眠るのが怖かった」
ポツリと呟いた。
今までと違って、低い‥低い‥絶望的な口調だった。
大袈裟な程、暗い口調。
‥まるで「余命1年って言われた」って位のトーンだった。
俺は‥ますます怖くなって、耳をふさぎたくなる衝動と戦っていた。なんなら、別のことを考えて聞かないようにしていたくらいだった。‥つまり、現実逃避って奴だね。
彼はそんな俺をなおも置き去りにして、ただ‥話を続けた。
「だけど、眠らない訳にはいかない。‥気が付いたら眠っていた」
会話をしているわけでは無い。
ただ、独り言をつぶやいているだけだ。
独り言は、
「だから‥母さんを殺した」
って言葉で‥終わった。
予想は‥ちょっとはしてた。でも、‥聞かなければ「きっと反抗期」で自分のここ胡麻化すことは出来た。
だけど‥
俺は聞いてしまった。
「‥泣いてくれるの? 有難う。でも、僕はちっとも悲しくないよ? ただ、嬉しい。‥スッキリしてる。
魔力を貰って、僕は力以上に勇気を貰った。
‥力だけじゃ勝てなかった。母さんはリバーシだったから。
だって、寝ないんだ。リバーシに決まってる」
‥そうだろうか。
あの子が起きてる時間にずっと起きてたからそう思ったのかも。
母さんは寝ない(だから、きっと母親はリバーシなんだろう)って思ったのかも。
「リバーシだから、僕が寝てる間も僕の事を見てる。それが‥怖かった」
仮にあの子の母さんがホントにリバーシだとしても。リバーシにも充電時間はいる。
ずっと、起きてこの子を見てられるわけじゃない。
俺が「リバーシだって充電時間が必要」って教えたら、
「リバーシも眠るの? 」
あの子は驚いてた。
リバーシが「眠る」ことをあの子は知らなかったんだ。
リバーシだって人間だってこと、‥この子は知らなかったんだ。
もう少しして、あの子が起きている時間が増えたら「母親が充電状態に入っている(= 眠っている)」のを見ることもできただろう。だけど、あの子はせっかちにも‥自身が大きくなるのを待ちきれず、母親を殺してしまった。
俺は涙を流した。
さっきみたいに‥気が付いたら泣いてたんじゃなく‥今回ははっきりと自分が泣いてるんだって分かった。
リバーシは人間じゃない?
24時間見張られてるみたいで怖い?
「あ、君のことが怖いわけじゃないよ? だって君は僕の事見張ってないから」
そもそも‥
ホントに見張ってたのか?! ただの思い込みじゃないのか?! 自意識過剰で、猜疑心強めなんじゃないのか!? お前の方が‥母親に対して後ろめたい思いがあったんじゃないのか? 見られて嫌だって思う事‥したり、考えてたりしてたんじゃないのか?
偏見って言葉知ってるか?
根拠なく人の事悪く思ったり疑ったりすることだ。
お前は、自分の考えに囚われて、お母さんのことを頭から疑った目で見てただけなんじゃないのか?
俺たちは‥!
俺たちリバーシは‥誰かを24時間見張ったりなんてしない!
‥言葉には出なかった。
ただ、悲しくって‥悔しくって泣いた。
「僕ね、知らないおじさんに引き取られることになったんだ。人のよさそうなおじさん。‥「父さん」の奥さんに売られちゃったんだけど、おじさんが僕を買い取ってくれることになったんだ。
他の人に買われたら、きっと酷い目に合わされるから‥って
だから、ホントに、心配しないで? 」
心配なんて‥! してないし、同情もしない!
正直、お前なんて知ったことか‥って思ってる。
可哀そうだなんて‥到底思えない!
俺は‥お前に同情して泣いてるんじゃない!
泣きたくなんてない、でも、悔しくて悔しくて‥!
「僕の名前は、カタル。君の名前は?
僕たち、また会える? 」
そんな‥あいつの声に答えずに俺は‥
無我夢中で‥走った。
夜が明けるまで
なるべく遠くに逃げたい‥そう思った。
「もう一生あそこには行きたくない」
って願えば行かなくていいんだ。‥というか、「行かないでも済む」んだ。
一度も行ったことが無かったから「リバーシが行きやすいスポット」に飛ばされただけで、一度でも行ったことがある場所だったら「行きたくない」って思えば行かない。
夢とは違って強制力はないんだ。
‥粋な計らいも無いけどね。夢って、ちょっとロマンだよね、びっくり箱要素もある(夢に夢見過ぎかな? )
行きやすいスポットには飛ばされやすいけど、一度「お試し」して、「行きたくなければ」いかない。‥そんな感じ。
だから、あんな「キモチワルイ思い」した場所に、一生行きたくないってことも可能なわけ。
だけど俺はね、
ちょっと「普通の人」じゃなかったみたい。
刺激に餓えてたってのもあるだろうし、‥若干「気になった」ってのもあったんだろう。
実はね、
あの後何度か行ってみた。
気になる。
でも、キモチワルイ。
で
毎日ってわけにはいかなかったけど行ってみたってわけ。毎日じゃないよ? やっぱり「普通じゃない」けど、人間ですから。「やっぱりあれは嫌だったかも‥」って我に返ることも‥あったり。
でもね、二日と開けられなかった。
‥早期決戦ってわけじゃないけど‥
近いうちにアイツは「やる」。それが気になる。
‥止めたいってのは、まあ‥心のどこかにはあった。
人間ですから。
なぜ近いうちにかって? 俺の魔力とやらを吸収したわけでしょ? それがいつまでもあるとは思えないから「あるうちに」 = 近いうち だろうって思ったわけ。
責任感じちゃってたってのもある。
俺の意思じゃないけど、俺の魔力を持ってかれて‥それが悪用されるかもしれないんだもんね。
でも、それだけじゃないじゃない? 人間って。
でも、俺の気にすることじゃないか。関係ないか。
とも思うし、
やっぱ、あいつにまた会うの‥キモチワルイな
とも思う。
あの時は俺も子供だったから「割り切って、道徳の為にアイツを説得しよう」ってのは‥なかったな。
一度目(初対面からだと、二回目)
「キモチワルイ」が先行して、後姿を見かけただけで、逃げた。
二回目
あいつは湖を見つめて座っていた。
その姿を見たとき、ビクッとしたよ。
だって、背中から感じる哀愁? みたいなのが‥常人のそれじゃなかったんだもん。
少なくとも、地球であのくらいの子供が醸し出す雰囲気じゃなかったね。
‥泣いてるのかなって思った。
悲しくてとか寂しくて‥って感じじゃなかった。
「やってしまった‥どうしよう‥」って後悔で?
それとも、
結局まだ殺して‥殺せてなくって、「殺したいって相手」にまたいじめられた?
それとも、
「殺したいって相手」にいじめられて‥悔しくて悲しくて、殺したくって仕方が無いのに殺せない‥って自分の事悔しく思ってるの?
人って、いろんな原因があって泣きたくなる。
悔しくても、悲しくても、最近知ったんだけど‥愛しくても泣ける。
あいつの涙は‥でも、残念ながらそういう「いい涙」じゃなかった。
あいつは俺に気が付いて、振り向いて笑った。
やっぱり泣いてたんだろう。‥ちょっと目が赤いように思えた。
あいつはぐしっと握りこぶしで涙をぬぐうと、俺に、
「ありがとう。キミにお礼を言いたくて待ってたんだ。‥会えるとは思ってなかったけど」
って言った。
そして、俺を隣に座らせるとぽつりぽつりと思い出話をし始めた。
俺は、‥全然興味がなかったけど「こいつが話したいなら」って諦めて‥大人しく横に座った。別に「こいつは人を殺すような奴だから、逆らったらヤバい」って思ったわけでは無い。
何となく青白く光って見える湖‥後からラルシュに「自ら光る魚がいるからだよ」って教えてもらった‥は、ただ静かで、水音一つしなかった。
湖を取り囲む森の奥から、獣の低く唸る声と赤い目‥魔獣の気配がした。
だけど、奴らも何かを警戒してか‥俺たちに向かってくることはなかった。
自分より魔力が強い者に、魔獣は寄ってこない、ってこと、‥そういえばあの時、あいつに教わったんだった。
「僕はね、‥どうやら訳アリの子供ならしい。僕のお父さん‥お父さんとは呼んだことも無いけどね。そもそも会ったこともない‥は、どうやら金持ちだし、他に奥さんがいる人らしくって、その奥さんが母さんに「認めない! 」ってすごい剣幕で怒ってるのを見た」
ああ、愛人の子って奴か。
耳ざとい俺は子供のくせにそういうことを聞き知っていたから、頷いて続きを促した。
「母さんはね、でも気にしてない感じだった。まったく相手にしてないって感じ。‥っていうのも、奥さんのところには男の子がいなくって、僕が唯一の男の子で‥「悪いようにするわけがない」って思ってたみたい。
見かけと違って‥か弱い女性じゃないんだ。
ずっと僕の事「愛してるわ」って言ってたけど‥「利用価値があるから」愛しているのか‥親子だから愛しているのか‥は分からなかった。
ただ、‥近頃は僕に依存してた‥感じかな。ずっと、僕の事監視するように‥見て来た。
だって、「もしかしたら僕がいるから殺されるかもしれない」けど、「僕がいるから殺されないかもしれない」んだ。
僕という存在は‥母さんの中で小さくはなかった」
それも、何となくわかる気がした。
愛人にしか跡取りになる男児がいない。金持ちの男にしたらその男児が必要だろうが、正妻にしたら面白くない。
殺したいけど、殺せない‥ってところなんだろう。
‥気の毒だけど‥そう珍しいケースでもない‥って感じかな?
俺はまた頷いて続きを促した。
そいつは、ふ、と妙に優しく微笑むと、俺の方を見て
どんなに愛する人でも‥
寝ても覚めてもずっと一緒、って息が詰まるよね。
それどころかさ‥
寝なかったら、四六時中ずっと一緒だよ。
息が詰まるどころじゃない。
と‥今までとは違い‥独り言のような口調で呟いた。
俺が顔を上げてそいつの方を見ると‥ちょうどこっちを向いていたそいつと‥視線が合った。
そういえば、向かい合わせになったのって初めてだ‥俺はぼんやりそんなことを思った。
別にそれ以上の感想はない。だって、男と向かい合って目が合ったって‥どうでもいいじゃない。「こっち向くなよキモチワルイ」って程不細工でもなかったから、そこまで気持ち悪くなかった‥位の感想かな。
不細工じゃない‥どころか、綺麗な顔してるって感じだったけど、‥それも「男だし、どうでもいいわ」って感じかな~。
そいつはふ、と微笑んで、僕から目をそらし‥また湖面を見つめた。
「‥母さんは僕のことを愛していた。それはもう‥異常な程。
利用価値があるから、‥僕しかいないから‥、同じ立場だから‥
理由はいろいろあるだろうけど‥結局‥追い詰められて‥僕しか心の拠り所が無かったんだろう。
とにかく
母さんは僕を‥異常な程愛していた。
自分の母親から愛されてる‥って、嬉しいことなんだろうけど‥息が詰まった」
俺は、ごくり、と唾を飲んだ。
‥話が‥ヤバい方向に行き始めた‥。
‥そんな感じがした。
別に口調が変わったとか、表情が険しくなった‥わけでは無い。無いのに、何か「分かった」。
これは‥話がヤバい方向に行き始めてるって‥。
俺は、そこから逃げ出したいんだけど‥何か‥よくわからない気力なんだか「使命感」なんだかで辛うじてとどまってる‥だけって感じ。
心はもう、半分逃げ出してる。表情なんて‥きっと「聞きたくないオーラ」出まくりだ。
そんな俺の「聞きたくないオーラ」なんてまるで無視して、そいつは話を続けた。
「息が詰まって、逃げたこともあるんだ。ホントはね。だけど、母さんは僕を逃がしてはくれなかった。
走り疲れた僕が眠っている間に‥
眠らない母さんが、僕を見つけ出した。
そしてね。
目が覚めればいつも、家に戻ってて‥、母さんは僕を見下ろしてニコニコ笑ってた」
‥ホラーじゃない。
子供が家出したら親は寝ずに探す。
で、眠ってる子供を見つけたら‥わざわざ起こしたりしないだろう。
眠ってるまま連れて帰って、ほっとして‥やっぱり眠れずに子供が目を覚ますのを待つだろう。
何もおかしいことはない。
‥でも、この子にとってそれは‥「息が詰まる」んだろう。
まあ‥わからないでもない‥かな。
反抗期ってのもあるだろう。
「‥眠るのが怖かった」
ポツリと呟いた。
今までと違って、低い‥低い‥絶望的な口調だった。
大袈裟な程、暗い口調。
‥まるで「余命1年って言われた」って位のトーンだった。
俺は‥ますます怖くなって、耳をふさぎたくなる衝動と戦っていた。なんなら、別のことを考えて聞かないようにしていたくらいだった。‥つまり、現実逃避って奴だね。
彼はそんな俺をなおも置き去りにして、ただ‥話を続けた。
「だけど、眠らない訳にはいかない。‥気が付いたら眠っていた」
会話をしているわけでは無い。
ただ、独り言をつぶやいているだけだ。
独り言は、
「だから‥母さんを殺した」
って言葉で‥終わった。
予想は‥ちょっとはしてた。でも、‥聞かなければ「きっと反抗期」で自分のここ胡麻化すことは出来た。
だけど‥
俺は聞いてしまった。
「‥泣いてくれるの? 有難う。でも、僕はちっとも悲しくないよ? ただ、嬉しい。‥スッキリしてる。
魔力を貰って、僕は力以上に勇気を貰った。
‥力だけじゃ勝てなかった。母さんはリバーシだったから。
だって、寝ないんだ。リバーシに決まってる」
‥そうだろうか。
あの子が起きてる時間にずっと起きてたからそう思ったのかも。
母さんは寝ない(だから、きっと母親はリバーシなんだろう)って思ったのかも。
「リバーシだから、僕が寝てる間も僕の事を見てる。それが‥怖かった」
仮にあの子の母さんがホントにリバーシだとしても。リバーシにも充電時間はいる。
ずっと、起きてこの子を見てられるわけじゃない。
俺が「リバーシだって充電時間が必要」って教えたら、
「リバーシも眠るの? 」
あの子は驚いてた。
リバーシが「眠る」ことをあの子は知らなかったんだ。
リバーシだって人間だってこと、‥この子は知らなかったんだ。
もう少しして、あの子が起きている時間が増えたら「母親が充電状態に入っている(= 眠っている)」のを見ることもできただろう。だけど、あの子はせっかちにも‥自身が大きくなるのを待ちきれず、母親を殺してしまった。
俺は涙を流した。
さっきみたいに‥気が付いたら泣いてたんじゃなく‥今回ははっきりと自分が泣いてるんだって分かった。
リバーシは人間じゃない?
24時間見張られてるみたいで怖い?
「あ、君のことが怖いわけじゃないよ? だって君は僕の事見張ってないから」
そもそも‥
ホントに見張ってたのか?! ただの思い込みじゃないのか?! 自意識過剰で、猜疑心強めなんじゃないのか!? お前の方が‥母親に対して後ろめたい思いがあったんじゃないのか? 見られて嫌だって思う事‥したり、考えてたりしてたんじゃないのか?
偏見って言葉知ってるか?
根拠なく人の事悪く思ったり疑ったりすることだ。
お前は、自分の考えに囚われて、お母さんのことを頭から疑った目で見てただけなんじゃないのか?
俺たちは‥!
俺たちリバーシは‥誰かを24時間見張ったりなんてしない!
‥言葉には出なかった。
ただ、悲しくって‥悔しくって泣いた。
「僕ね、知らないおじさんに引き取られることになったんだ。人のよさそうなおじさん。‥「父さん」の奥さんに売られちゃったんだけど、おじさんが僕を買い取ってくれることになったんだ。
他の人に買われたら、きっと酷い目に合わされるから‥って
だから、ホントに、心配しないで? 」
心配なんて‥! してないし、同情もしない!
正直、お前なんて知ったことか‥って思ってる。
可哀そうだなんて‥到底思えない!
俺は‥お前に同情して泣いてるんじゃない!
泣きたくなんてない、でも、悔しくて悔しくて‥!
「僕の名前は、カタル。君の名前は?
僕たち、また会える? 」
そんな‥あいつの声に答えずに俺は‥
無我夢中で‥走った。
夜が明けるまで
なるべく遠くに逃げたい‥そう思った。
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