リバーシ!

文月

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十六章 ミチル争奪戦!

15.一度っきりしかない人生だから。

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(side ナラフィス)


「‥また幽体離脱してる。それをやめろとは‥もう時間の無駄だから言わないけど、昼食位はゆっくり摂れ」
 そう僕に「命令」したのは、サラージだった。
 珍しく、「友」の顔ではなく、王子の顔をしている。
 この顔をしているサラージの「命令」に背くのは‥色々と良くない。いつもは「大目に見てくれてる」ナツカなんかもうるさいしね。

 因みに、幽体離脱ってサラージが言ってるのは身体と意識が同じ空間にある状態のこと。眠ってる身体の横で同じ人間(意識のみの霊体)がいるからサラージがそう呼んでるんだ。
 あんまり気持ちのいい状態じゃないから(過去にその状態を目撃したメイドは絶叫後気絶した)その状態になるときは、立ち入り禁止って張り紙をして研究室にこもるんだけど、サラージにとってはそんなの「知ったことか」なんだろう。
 一応この部屋では僕の命令が一番尊重されるはずなんだけどね~。
 とは‥言わないでおこう。(時間が無駄だから)
 身体と意識が同じ空間にある状態って、簡単に言ったけど、これ実は難しいことなの。特別厳しい訓練を積んだり、サラージみたいに王族で(特別素質があるってこと)強靭な意志を持ってる人なら習得可能なんだろうけど、一般的なリバーシにはなかなか実現不可能な現象なんだ。
 身体から意識が離れるのは不可抗力で、それを何とかする方法(身体から意識が離れないようにすること)はないし、その意識が飛ばされる先が‥(ここは絶対行きたくない、とかいう場所には飛ばされないって言った具合に)多少は希望が通るものの‥同じ空間であるということは、絶対にない。
 ミチルやってる「通勤タイプ」は、実はかなり特殊なケースで誰でもできることではない。しかも、異世界移動なんて‥! 実はミチルは「あんなだけど」かなり凄いリバーシなんだ。
 だから、実体を伴う移動をやってのけたヒジリは‥もう「バケモノ」か神様クラスだね。
 今は、ヒジリもこっちには意識体で来るようになってるみたいだね。その間は身体は実家でお留守番(充電)してるらしい。ヒジリが苦笑いで「そうしないと許しません! って母さんが」って言ってた。
 そりゃそうだ! 充電してるだけとはいえ、ミチルと同じベッドとか許されるはずないよね!!

 話が脱線した。

 身体と意識が同じ空間にある状態は不可能って話。

 多分、単純に目撃した人間が驚くから‥とかそういう理由だろう。
 ‥ホントの理由なんか知らないし、こればっかりは調べようがない。神に聞くしかないが、聞く術なんかないわけだしね。

 では、本当に「選ばれたごく一部の人間以外」不可能なのか? 

 夜、意識が「飛ばされ場所」の聞き取り調査は毎年行われており、それを集計して「飛ばされやすい場所」ってのを決めたりするんだけど(そこに見はり場所をつくったりしなきゃいけないからね)その際に① 完全に幽体離脱状態(意識の無い自分の身体を自分(意識)が見下ろす状態)② もしくは、直径1km以内に自分の身体があるか、という調査も併せて行っているのだけど、この二つの状況の該当者はいなかった。(調査対象者:成人していないリバーシと、国に所属しているリバーシ)
 だけど、実は全くそういう人間がいないわけでは無い。極極まれにいる‥っていうことは、さっき言った。

 普通にしてたら無理だけど、「何か特別なことをすれば可能になるんじゃね? 」ってことだ。

 ‥ってことで、その稀な人(サンプル:サラージ)を研究し、試行錯誤を繰り返して天才学者・ナラフィスは「特別な薬」を発見しましたよ!
 といって、勿論薬自体は僕がつくったわけでは無い「こういう薬効の薬を作りたい」「きっとこうすれば可能」って薬師と何時間・何日も試行錯誤を続けて‥やっと出来た薬だ。‥ちなみに、同じリバーシのヒジリとミチルにも(治験を)勧めたが「社畜製造薬」「悪魔の薬」ってドン引きした顔して‥お断りされた。
 なんだ? 社畜って。
 こっちにはない言葉で意味は分からないが、何となく‥想像がついたから聞かないでおいた。
 ‥新しい言葉つくるの、地球人ってうまいよね。
 勿論「接種・取り扱い注意」な薬剤だから、一般の市場には流通させていないよ! 
 あくまで僕個人用だし、「緊急時のみ」の使用って薬師やらサラージやらに念を‥怖い程押された。
「絶対身体に悪そう」
 って、サラージには言われたくないよ! 

 今は‥
 そりゃ、緊急時だろう。
 調べなきゃいけないことがもう‥山ほどあって休憩(※ 意識を他の場所に飛ばしてリフレッシュをはかること)してる暇なんてない。
 実は専門外なんだけど‥ことがことだから、誰でもって訳にはいかないからね。

 で、結局あのあと、サラージに追い出され、サラージがご丁寧に「研究室の外から」「王族専用の鍵で」鍵をかけたから、研究室を出ざるを得なくなった。
 昼食は、
 いつものマリアンちゃんの喫茶室だ。
「この前の原稿上がった~? 」
 って僕が聞いたら可愛いマリアンちゃんは嬉しそうに頷いて、薄い冊子を一冊渡してくれた。
 乙女ゲーム本の新刊だ。
「絶対自分にはあり得ない世界を垣間見れて面白い」
 って乙女の間でなかなかの人気らしい。
 僕はそれをペラペラとめくりながら(じっくりと読むのはあとで一人でいる時にしたい。‥誰かがいるところで読む本でもない気がする)それに、マリアンちゃんといる時はマリアンちゃんと話したいしね!
 まあ‥一緒に考えたから(僕は主にヒジリたちの情報提供。勿論「マズいこと」は漏らしませんよ)内容は分かってる。
 ヒロインはヒジリで、攻略者はラルシュとサラージ、ミチル、そしてなぜか僕だ。
 ストーリーは、悪の組織から逃れさせるため異世界に逃がされていたお姫様:ヒジリを異世界で見つけたミチルがヒジリを再び異世界に連れ帰るところから始まる。ミチルは実は異世界にヒジリを探しに行った大魔法使いなのだ!(実はミチルはリバーシだけど、どうも一般人はリバーシと魔法使いの違いがよくわかっていないらしいんだ。だから「分かりやすいように」魔法使いにしたんだ。リバーシしか異世界渡りは出来ないよ~とか、一般の人は知らないよね。魔法使いならなんでもできそうだよね、ってのが一般の人の見解らしい)
 前作と内容自体は殆ど同じだけど、若干修正を加えたって感じ。
 ミチルは前作にはあんまり出てなかったけど、今回はレギュラー出演だ。前回にはなかった設定で「地球に姫を探しに来た自国民」ってことにしたらしい。この国の人にとって、異世界人ってのは特別な存在だからね。
 あと、異世界人 = 王様の運命の恋人ってイメージが強いんだ。(ミチルがもしそうだったら‥って考えると別な話が出来るよね! )
 とまあ‥
 修正が加わったのは設定だけ。ストーリー的には一般的な乙女ゲームと大差ない。
 ヒジリが皆に愛されて、悩んだりしながら周りを幸せにし、自身も幸せになる話だ。

「結局はイケメンなら誰でもいいってことなのかな。イケメンってのが重要ってことだよね? 」
 ぼそり、と(つい)呟くとマリアンちゃんは首を傾げて
「まあ‥(イケメンっていう方が)夢がありますよね。
 実際には、絶対起こりえない、イケメンたちとの出会いや恋愛。
 それを読んで、単純に「しあわせ~」「萌えるわ~」って思う。それだけのことですよ。「ホントに王子たちと恋してみたいわ! 」って思う人は‥そうはいないと思いますよ。起こりえないから、面白い‥そういうもんじゃないですか? 」
 まあ‥僕もそういうのに憧れる
 ‥とかはないわな。貴族社会って綺麗なだけじゃない。あれを知ってたら、「綺麗なご令嬢と恋したい~憧れる~」って思わないわな~。それは、僕が貴族だから‥なのかな。僕がホントに平民だったらそういうのに憧れたりすることもあったのかな?
 ‥ない気がする。
「あとは‥「もしあの時あの選択をしていたら‥」って後悔。あれって、人が誰しも持ってるって思うんです」
 僕にふふって微笑んで、マリアンちゃんが話を続けた。
「そう‥かも? 」
 僕は首を傾げる。
「そういうのの内‥恋愛だけをピックアップしたのが乙女ゲームだと思います。
 あの時、あの人の事好きだったからあの人の事断っちゃったけど‥あの人と付き合ってたら人生変わってたかも‥。っていう「もしも」を乙女ゲームっていう「別の人のお話の中」で追体験する‥っていうのは‥ちょっと言い過ぎかもしれないけど」
 マリアンちゃんが「うまくいえないですねえ」って肩をすくめる。
「そういう「もしも」がまだ来てない子も、これから「これってもしかして分岐点かも? 慎重に選択しなきゃ! 」って考える切っ掛けになるかもしれない。‥そう考えると、日常が楽しくなる気がしませんか? 
 過ぎた後悔(もしも‥だったら‥)がある人は、お話を読んで切なくなるかもしれない。「私は失敗したわ~」って思うかもしれない。だけど、「(推しとの恋はかなわなかったけど)攻略対象は他にもいるだろう。自分にもこの先、別のルートがあるかも」って思えるようになったら‥凄く素敵だなって思う。
 それぞれの人がそれぞれの楽しみ方で読める新しいジャンル‥そういうふうに考えるとただ単なる「イケメンアイドルの出て来る娯楽本」だけではない意味がある‥そんな気もします」
 ‥僕も‥単なる「イケメンアイドルの出て来る娯楽本」だと思ってた人間の一人だった。ただ、「在り得ない様なキラキラした世界を精神的に疑似体験する」そんな意味合いしかないって思ってた。
 華やかで、キラキラしてて‥僕とは全然無縁な世界の話だって思ってた。
 だけど‥

 マリアンちゃんのことがもっと好きになった気がした。

 マリアンちゃんにとって、お話の中のヒジリも実際のヒジリ同様ただの「可愛いヒロイン」なだけじゃない。
 読者と一緒の‥「悩んで、一生懸命生きる一人の女の子」なんだ。
 ラルシュもサラージも‥ミチルも‥。
 ただの「イケメンアイドル」じゃなくて、生身の人間なんだ。
 
 有難うって小声で呟いたら、‥なぜか涙がこぼれた。
 マリアンちゃんは一瞬、驚いて目を見開いたけど‥すぐに優しく微笑んで、僕の涙をハンカチで押さえて‥拭いてくれた。

 僕は、この日、心の中で‥僕の人生の中でもっとも大きな決断をした。
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