リバーシ!

文月

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二十章 新世界

5.むかしの思い出は正しいのか。

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 ナツミは‥昔から俺の事嫌ってたわけじゃない。
 色々あって、‥変わってしまったんだ。
 
 ホントかな? ほんのちょっとも嫌ってなかったかな? 
 悪い子って程じゃなくても、子供ってそんなに「いい子」じゃない。
 ちりり‥胸の奥が痛くなった。
 
 俺もそう。
 俺たちは‥元からあんな友だち関係だったかな? 
 仲が良かったのは間違いないよ。だって、インテリ眼鏡は‥「お互いにいい影響を与え合ってた‥いわば「いいライバル関係」だった」「ヒジリはナツミが常に一歩前にいるって感じてただろうけど、ナツミはずっとヒジリにがっかりされたくないって焦ってた。
 その焦りを先生は‥甘く見ていた」
 って言ってた。

 純粋な「仲のいい幼馴染」じゃなかった?

 大人は子供同士のじゃれ合いだって思ったかもしれない。
 いい影響を与え合ったって思ってたかもしれない。
 ‥だけど、果たして子供同士の感覚は? 
 俺たちは本当にそう思っただろうか?

 子供って大人が思う以上に無自覚に人を傷つけるし、そのことに気付かない(無自覚だからね)。無自覚だから忘れちゃうし、‥それどころか勝手に記憶を捏造する。

 自分の都合の良い様に‥捏造するんだ。

 氏より育ち。
 育ちは‥お互い平民だから変わらないだろう。
 だけど、経済状況はどうだったか? 
 俺の家は俺が一人っ子だったこともあり、そう困窮していなかった。
 (といっても)そう裕福でもなかったが、父さんは時の属性持ちだってことで生まれた時に「きちんとした神官」が来た。そして、俺はリバーシだって事が生まれながらに認定され、補助金が出た。
 ああそうか。補助金が出たから裕福だったんだ。
 ナツミの家は、兄弟が多かった。
 補助金のことは分からないが、彼女の口ぶりから察するに(補助金が出ていたとしても)彼女の家族を支えるに足る値段ではなかったのだろう。
 彼女の家は、俺の家よりずっと貧しかった。
 だけど‥俺はそんな彼女の経済状況を考えたことはない。彼女は一言たりと俺にそんなこと言わなかった。彼女は俺を羨むことも、‥憎むそぶりも見せなかった。
 隠してた? 隠して、‥実は俺を憎んでた? それとも侮ってた? 
 そうかもしれない。
 彼女の気持ちは‥あの時の彼女の気持ちは、彼女ももう忘れてしまっているかもしれない。
 だから、今更推測することに意味があるのかどうかは分からない。
 だけど‥
 そうじゃない気がする。
 自分の都合のいい風に記憶を改変するのは‥よくない。
 
 俺にとっては「かっこつけたくて」「カッコイイトコ見せたくて」してたことでも、相手には調子に乗って自慢してる風にしか見えなかったかもしれない‥。

 俺は‥

「俺は‥ナツミに‥嫌われてたかも‥」
 つい呟いた言葉を拾ったのは、
 国見だった。
 ‥いつの間にか会社に来てた。
 そして、いつの間にかデスクに座ってた。(← サラリーマンの性)
 まだ就業時間前でよかった。流石に無意識に仕事までは出来ない。
「‥そういうこと、気付いたら負けだと思うぞ。
 嫌いって態度をあからさまに取ってこないんであったら、それは気が付かない振りしておいていいと思うぞ」
 国見が同情? 同感? を俺に向けて来る。
「昼に聞いてやるから」
 って、妙に悟ったオッサンみたいな表情で言った彼は、宣言通り、コロコロが付いてる自分の椅子をどかっと俺の席の横に置いて真面目な表情で、「聞いてやる」って言った。
 いつもみたいに冷やかして来ない。
 そうか、国見はこう言う時‥冷やかさないタイプなんだ。
 でも、昼休みに自分の昼食を食べながら‥って辺りが国見だよな。真のオッサンなら「今日飲みに行くか。聞いてやる。お前のおごりだぞ」ってなるだろう(偏見)
 イイヤツ‥。
「‥嫌われてたのかもって聖は言ってたけど‥
 そういうの気にするのって意味あるか? そういうのって想像の域を出ないわけじゃん? 相手の気持ちなんて相手にしか分からないんだから。
 ってか‥今までは嫌われてるとは思ってなかったんだよな? それが何の心境の変化で「嫌われてたのかも」になった? 何か思い当たることでもあったのか? 
 そこら辺も含めて喋っちゃえよ。‥一人でうじうじ悩んでる程意味がないことはない」
 と、大袈裟にため息をつきながら国見が言う。
 ‥コイツ、「よくいるタイプのおせっかいなおばちゃん」みたいだな。そうか、国見はオッサンじゃなくて、おばちゃんなのか。
「‥ナツミは幼馴染なんだ。それでさ、この間久し振りに‥ホントに久し振りに会ったんだ。俺は嬉しかったのに、ナツミは‥久し振りに会ったナツミは俺の事嫌ってたんだ。
 お互い色んな事があったから、言葉が足りなくて‥誤解させちゃってるんだと思ったんだ。だから、一度会ってちゃんと話したいなって思ってたんだけどなかなか時間が取れなくてさ‥。そうこうしてる間に「嫌われたんじゃなくて‥もしかして子供の頃からナツミは俺のこと嫌ってたんじゃ? 」とか色々考えちゃってさ。
 会えば‥会って話せばそんな誤解というか‥モヤモヤはお互い解消するはずって思うんだけど‥なんか会う機会が無くてさ‥」
 色々言えないことを端折ったら、何言ってんのか分からない説明になってしまった。
 ‥だけど、間違ったことは言ってないと思う。
 それに、口に出すことによって俺が何にモヤモヤしてるかってのが分かった気がした。
 ‥そうだ。「会って話せばそんな誤解というか‥モヤモヤはお互い解消する」‥確かにそうじゃない? 悩むことなくない?
 だけど国見は「う~ん」って腕を組んで‥ちょっと悩むそぶりを見せて、
「会う機会がないってのは、単純にスケジュールが合わないってこと? 相手が聖と会いたくないって思ってる‥とかではなくて? 」
 眉を寄せて聞いて来た。
 会いたくない? ‥確かに会いたくはない‥だろうけど、でも会えば‥
「‥確かに会いたがってはいないだろうけど‥それは俺のこと誤解してるからで‥昔はあんなに仲が良かったから‥会って話せば誤解も解けると思うんだよね。
 会って話さえすれば‥」
 しどろもどろ口にする間に、どんどん国見の表情が「呆れた」って顔になっていく。
「そう思ってんの聖だけじゃない? 」
「はあ!? 」
「うっとおしい、ウザいよ。聖。そういうの、重い」
 ムカッと来た。
 何言ってんだコイツ。俺たちのこと知りもしない癖に‥! 
「ナツミちゃんだっけ? その子にとっては、誤解だろうが、もうどうでもいいんじゃない!? 聖のこと。
 ウザいって一度思っちゃったら人間そう変わんないよ? そんなことにいちいち構っての、時間の無駄じゃん。
 傷ついて、「もうヤダ! 」って怒って‥そう言う時間をナツミちゃんは会わなかった時間の中で既に済ませて、もう今更私の前に出てこないでって思ってるかもしれないじゃん? なのに、聖が誤解だ! 話せばわかる! って言って来たら‥可愛そうじゃない? それにさ、例えば会って話したとしても「そうなの。分かったわ。‥だけど、今更何? 」ってなったら‥ヤじゃない?
 誤解を解くとかさ、そんな自己満足で時間の無駄なこと、止めときなって。

 ‥お互いにとっていいこと全然ない」
 国見の最後の言葉がいやに含蓄のある‥っていうか、重い口調だったから、俺も思わず黙ってしまった。
 だけどさ、国見の話だったら俺がまるで未練たらたら別れた彼女と復縁を願ってるって話みたいじゃないか‥。ホントそんな話じゃない。言いたいけど、だけど‥どう言ったらいいんだろ? そもそも‥なんでナツミが怒ってるのか分かんないんだ。
 ‥国見が言うように、俺が呑気に寝てる間私がどれ程苦労してきたと思ってんのよ! そもそもの原因は私かもしれないけど、アンタは結局何もしてない。ただぬくぬく守られて眠ってただけじゃない。‥って事かも。それを俺に言われてもって思わんでもないけど‥怒る気持ちもわかる‥かも。
 う~ん。どうしたもんだろ。
 俺が首を捻っていたら、
「男と女はそう単純じゃないのよね。
 時間の無駄だから止めとこ、じゃ‥気が済まないわよねえ」
 しみじみって口調で中川さんが言った。
 ‥盗み聞きされた。
 でも、まあ‥聞かれて嫌なら場所変えろって話だよね‥。
 聞かれて困るほどの話もしてないしね。
「でも、それは‥もうあきらめてあげた方が相手の子の為だと私も思うわよ」
 だから!! 俺は未練たらたら男じゃないっての!!
 そう反論しようとしたら、中川さんがじっと俺を見て、
「‥少なくとも、今は直接会うのは止めた方がいいと思うの。
 どうしても話したいなら、手紙に書くとか‥だけど、手紙を貰うのも嫌って思うかも。
 児嶋さんも悩んでる様に、相手さんも悩んでたんだと思うわ。
 今は‥そっとしておいた方がいいと思う。
 それにね。仲が良かったって思ってたのは児嶋さんだけかもしれない。相手はそうじゃなかったかもしれない。
 子供の頃だから遠慮とかないわけじゃない? 自分にそんな気が無くても、相手には凄く傷つくことをしてて、‥でも児嶋さんはそれに気が付かなかったってことがあるかも。
 そうじゃなくても‥あの頃は気にならなかったけど、思い出した時に「あれって‥酷くなかった? 」って思って‥一つそう思ったら全部のことが「もしかして、あれも意地悪だったのかも」「あの子ってそういう感じだったかも」って風に全部が嫌になっちゃうこともある‥かもしれない。
 そこら辺は分からない。
 どんな事情かは分からないけど、大事なのは彼女にとって児嶋さんのことを「好きじゃない」って思ってしまってるってこと。そこは事実として受け入れないといけないって思うの。
 ‥どうしたって、今彼女は児嶋さんが何を言っても聞き入れられる様な状態じゃないってことを認めないといけなないわ」 
 って言った。
 が~ん!! 
 中川さんも「諦めろ」っていうの!?? 
 国見が中川さんに「そうだよねそうだよね。やっぱりそう思うよね」ってオーバーに同意して、
「聖にとって、幼馴染さんとの思い出は美しかったんだろ? 楽しかったんだろ? だったら、そのまま美しい思い出として心の奥底にしまっておく方がいいと俺は思うぞ? 」
 って言って来た。
 そんな話してんじゃないのに!! なんか、未練たらたらストーカー男みたいに思われてる!! 
「聖、女々しい」
 ‥吉川よしかわまで‥! 何なんだよ‥。
「たった一人の友だちだったのに‥仲良かったと思ってたのに‥なのに嫌われてたかもとか‥俺は‥っ! 」
 ダメだ、なんか涙目になってきちゃった‥。
 そんな俺を三人は眉を寄せて‥可哀そうな子を見る目で見つめて来た。
 さっきまでの呆れた様な‥軽蔑するような視線じゃない。

 大丈夫だ。相手はお前の事嫌っちゃいないよ。お前の考えすぎだよ。なんて言わない。
 そんな気休めで俺が「間違った道(ナツミに復縁を迫って? 接触すること)」に進まない様に‥って引き留めてくれてる。
 何時もよりちょっとだけ優しい皆の視線は有難いはずなのに‥なんだか物悲しいなって思った。

 俺の中で、今まで楽しくてただキラキラしていた子供の頃の思い出が粉々に砕け散っていくのを確かに感じた。
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