リバーシ!

文月

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二十章 新世界

7.些細なこと

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(side ヒジリ)

 
 些細なこと‥かあ。
 でも、ホントは些細なことじゃないけど、些細なことに見せかけてるのかもしれない。
 そもそもね。
 些細か些細じゃないか、俺が判断できることじゃないのかもしれない。
 国民一人の気持ちは、国全体の利益の前では些細なことかもしれないけど、でも、その一人にとっては些細なことでは済まされない。
 国の為にお前ひとり犠牲になればいいんなら、喜んでその命差し出せよとか言われても「は!? 」ってなるわな。
 でも、そういった場合じゃなくって‥自分では「どうしようもない」って思い込んでるだけのことだってあるかもしれない。「自分だけ不幸」「生きていられない」って‥思い込んでるんだとしたら‥それは不幸だ。ロミオとジュリエットだって‥もしかしたら他に方法があったかもしれない。
 「だけど」当事者である本人たちからしたら、そうする他‥「他にしようがない」ことだった。経験不足も、人材不足(仲間や助言してくれる人ね)もその人のせいじゃない。‥全部、自分ではどうしようもない「他にしようがない」ことなんだ。
 未熟で、だけど‥そして、それは非難されたり「馬鹿だなあ」って言われる類ではなく、「世界中の多くの人」の共感と同情を得うる内容‥らしい。
 俺にはわかんないよ? 親に反対された人を好きになった経験もないし、反対されて思いつめる自分も想像できない。そして「なら、駆け落ちしよう! 」とも「いっそ、一緒に死にましょう」とも思わない‥と思う。
 そこまで他人に思い入れが持てない。
 そんな俺の方が‥マイノリティなんだろうか? 
 そんな、マイノリティのおれが国民代表の総意って感じで、この世界の転機に関わっていいものなんだろうか?

 ある人にとっては、些細なこと。
 でも、ある人にとっては何よりも大事なこと‥かあ。


「愛というものが分からないんです」
 今日は休日だから、朝から「夜の国」の、マリアンちゃんのお家に来た。本体は、今頃(休日だというのに)朝からぐっすりだ。思えば休日に約束の一つもない若者って何だろう。いや、これも偏見だな。「若者はそうであるべき」って思い込みは捨てた方がいい。
 あの後、俺は些細なこと(マイノリティ)と多数派の意見(マジョリティ)について考えてみた。考えながら「これって考える意味あるのか? 」って途中何度か思ったけど、そんなこと言っても仕方がないのでやめた。
 無駄とか無駄じゃないかって考えること自体が無駄な気さえしたからだ。だって、何もかもがわからないことだらけだからね。分からないときは、とにかく何でも「考え得ること」を考えるしかないと思う。その過程で何か分かることがあるかもしれないから‥。
「またヒジリ様は唐突ですね」
 マリアンちゃんが苦笑する。
 だけど、俺が「ごめんね」って謝ると、ふわっと優しく微笑んで小さく首を振ると
「いいんですよ。私に出来ることしか出来ませんが、一緒に悩みましょう? 」
 って言ってくれた。
 優しい‥。
 一緒に悩みましょうっていう言い方‥最高。「聞くだけしか出来ませんが」「愚痴ぐらいなら聞くよ」って言われると「聞くだけか~」ってなるもんね。一緒に悩むってのは、「アドバイスしてやるよ」って上から目線とは違う、同じ目線だ。‥それが凄く‥いいよね。
 それに‥何より‥笑顔が癒される。可愛い~。
 ナラフィス先生羨ましいぞ!! (こんな時なのに、「ほんわ~」って気持ちになる)
 ダイニングテーブルに向かい合わせに座り、マリアンちゃんが俺にお茶を出して、自分の分を置いて椅子に座る。今俺が座ってる席は本来はナラフィス先生の席なのかな? それとも、「タツキ様の椅子他の女に座らせるの嫌! 」ってマリアンちゃんがその席に座ってるのかな? そんなこと考えたらちょっと面白い。
 俺はきょろっと部屋を見回した。滞在したこともあり、勝手知ったる‥第二の我が家って感じ。
 マリアンちゃんのお家はなんかふんわりと優しくって、マリアンちゃんの香りがする。
 マリアンのお家というか勿論ナラフィス先生のお家でもあるだけど、ナラフィス先生よりもずっとお家のことをしているこのお家がマリアンちゃんっぽくなるのは当たり前のことの様に思える。ナラフィス先生が「住みやすさ」や「癒し」を求めて部屋を飾る姿なんて想像できない。お部屋にお花を飾るとか、絶対しないでしょ。
 
 別の人と暮らすっていうのは、そういう「自分では思いつかない」だけど「気付かせてくれる切っ掛け」を与えてくれるっていうメリットがあるんだろうね。

「お茶、冷めないうちにどうぞ」
 俺は、こくりとお茶を一口口に含むと、小さく深呼吸して気合を入れ‥頷く。
「愛というのは‥。お相手は王子様ですか? それともミチル様? 」
 にこっと笑ってマリアンちゃんが俺に尋ねる。
 ‥おおっと、直球だ。そういえばマリアンちゃんはこういうタイプだった。俺が「何から話せばいいか分からん」って思ってるの、ちゃんとお見通しなんだろう。
 こういう時‥ミチルなら「とにかく話してみて? 」っていうところ。ラルシュ様も‥そういうタイプかな。まず話を聞く。俺が言葉に詰まろうが、いつまでも待つ。そういう我慢強いタイプ(鳴かぬなら鳴くまで待とうタイプだな)。国見は反対にせっかちタイプ。「好きな子でも出来たか? 」「それとも、誰かに告られた? 」「それとも‥好きな子が出来ないとかで悩んでるのか? 」「モテてモテて困ります‥っていう下らん悩みなら殴るぞ? 」って考え得るだけの可能性を上げてきて、最終的には「聖はどうしたいんだ? 」って聞くだろう。「何が何でも聞いてやるぜ! 」ってタイプ。(鳴かぬなら鳴かせてみようタイプだな)吉川は‥アイツは聞きもしてくれんだろうな。「児嶋は‥悩むだけ無駄だ」って俺を馬鹿にして‥だけど、晩御飯に付き合ってくれるんだろう。(not織田信長タイプ。鳴かぬなら殺して‥ってタイプではない)
 ふふって苦笑いした。
 皆イイ奴らばっかりだ。
 俺は首を振る。
「誰ってわけでなく‥ですね。
 巷に当たり前とされている恋愛とは何か‥ということが知りたいんです」
 マリアンちゃんが首を傾げる。俺は、
「こんな話を考えるようになった前提から話すんだけど‥あのね。
 今、こういう‥異常事態が起こってるわけじゃないですか。
 俺だったり、ネルだったり‥普通じゃないじゃないですか。きっと、それは‥普通じゃないことの前触れだって‥それは当たり前に皆思うと思うですよね」
 ‥なぜか「ですます調」だけど、何か説明しようと思ったら、自然とそういう口調にならん? ‥まあ、気にしないで欲しい。
「そうですね」
 マリアンちゃんはそこで「なんで口調変えとんねん」ってツッコミを入れて‥話の腰を折ることなく俺の話をただ聞いてくれた。
「歴代の‥変化があった時にもそういう‥何か普通じゃないことがあった。
 普通じゃないことが起こって、その結果、変化があった。
 今回は何が起こるんだろう‥って話なんだと思うんですよね」
 マリアンちゃんが頷く。ちょっと表情が「? 」になってるけど‥俺は気にしないで続ける。
「そのきっかけとなった「普通じゃないこと」は‥確かに普通じゃないけど‥でも、それは「常軌を逸した奇想天外な出来事」って程ではない。‥ないって認識されてしまう。何故なら、その後に起こった変化がもっと「常軌を逸した奇想天外な出来事」だから」
 ‥ああ、なんか言いたいことが上手く言えない。絶対伝わってない。どうしよう‥。マリアンちゃんの表情がますます‥「?? 」って顔だよ。
「例えば‥結婚したらダメな(兄妹)相手と結婚した結果、魔法使いとリバーシが産まれたらしい。
 結婚、出産というのは別に‥普通の行為だ。だけど、相手が問題だったから、魔法使いとリバーシという‥今までには存在しなかったものが産まれた。まさに‥「常軌を逸した奇想天外な出来事」だ。
 そこでこの話に繋がるんですよね。
 そもそも‥普通って何だろう。巷では、誰かを好きになって多少常軌を逸した行動をするってことは普通だと思われているらしい。
 例えば駆け落ちしたりする。更に悪いことに‥心中したりする。それを「その気持ち分かる」って同感する人は多いらしい。だけど‥俺はその気持ちが分からない。説得するなり何か他にしようがあるだろう、って思ってしまう。そもそも‥恋愛感情ってのはどういう感情なんだ? 
 どうやら、恋愛感情というのは、皆の思う「確かに特異ではあるが同感できる事案」であるらしいが‥俺にはどう考えても分からない。理解できない。そんなことを考えてたら‥頭が混乱してしまったんです」
 あ、これアレだ。
 話してて気づいた。完全に「脱線したまま、最初と全く別のこと考えちゃった! テヘペロ」って奴だ!!
「‥すみません。忘れてください。帰ります」
 顔‥熱い。
 恥ずかしさで‥もう、死にたい。慌てて席を立とうとした俺に、マリアンちゃんがふわりと微笑み
「大丈夫ですよ」
 って言ってくれた。
「座ってください。これから、私と一緒に、何故ヒジリ様がそう考えたのか考えていきましょう」
 言葉が出なかった。
 どうしよう‥嬉しい。国見だったら大爆笑してたとこだよ? ミチルやラルシュ様は‥大爆笑しないけど、「あるある、そういうこと」「気が付いたら論点すり替わってることあるよね」って言うだろう。俺が失敗したって思って‥慰めてくれるだろう。だけど、マリアンちゃんは違う。俺が失敗したとは思ってない。「こういう考えになった」理由がその根底にあるって‥気付いてくれたんだ。
 ‥涙が出そうだった。
 いや、実際に‥泣けた。俺はボロボロ涙を流しながら椅子に座り直した。
 そんな俺の背中をマリアンちゃんは静かにさすってくれたんだ。
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