相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

文字の大きさ
5 / 54
一章.相生 四朗

4.こころあたり

しおりを挟む
 目の色がなんだって? 
 自分の記憶の深いところに反応して、酷く気持ちが悪い。

 ‥無理しないでいいんじゃない? 

 心の奥底で、そんな囁きが聞こえた気がした。

 ‥無理に思い出さなくてもいいんじゃない? 

 心を落ち着かせるような声。この声には昔から幾度となく助けられてきた気がする。落ち込んだ時、不安になったとき、この声が聞こえる。

 ‥大丈夫。でんと構えてなさい。大丈夫。何とかなるわよ。

 こんな声まで聞こえるなんて、いや、自分で自分に言い聞かせるなんて。俺は、どれだけ自分に弱いんだろう。
 どれだけ今まで自分のことから逃げてきたんだろう。
 家族から、記憶を与えられるだけ。それを学習するだけ。
 この、「なんだか違和感を覚える顔」とも、今までまともに向き合ってこなかった。

「どうした? 」
 道場についても黙ったまま竹刀を持とうともしない俺に、武生がいぶかしそうな眼を向ける。
「大丈夫か? 具合が悪いなら帰った方がいい。顔色が悪い」
 心配してる‥というより、不機嫌そうに見える様な表情で俺を見る。
 俺の幼馴染は‥愛想が無く表情に乏しく‥ちょっと強面だ。(あと、口数もすくない)

 相馬武生。相馬家の跡取りで一歳年上の相馬三郎さんの弟で、相馬家の次男。
 幼馴染同士だが、何かといえば昔からいちゃもんつけて絡んでくる相崎と、俺との仲介役っていう言い方もなんだが、まあ、ケンカしないように監視するお目付け役を、年寄会(と俺たちは呼んでいる。つまりは、一族のお偉いさんたちだ)が命じたのが元々のきっかけだったという。
 今でも気が合わないのは変わらないが、相崎も高校に入ってから、そんなに絡んでこないようになった。
 ‥あれでも大人になったということだろうか。
 ‥チャラくなったのもそういえば、高校に入ってからだった。
 それまでは、チャラくはなかった。女子といることは多かったけど。「かっこいい! 」とか言われても、恥ずかしそうな顔して「やめろよ」とか言ってた。‥嬉しそうではあったけど。
 アレだ。
 嬉しいけど、「そうだろ~!? 」とか言うには照れがあるって感じ。だけど、今はその照れがなくなって‥チャラくなった‥と。
 俺に絡んでくるのは昔からだったんだけど‥中学の頃はもっととげとげしてた。
 顔を見合わせれば
「勝負だ! 」
 無視すれば
「逃げるのか! 」
 ‥こっちは、昔の記憶がないもんだからあんまり表には出たくないってのに‥
 ホント、迷惑だった。
 だけど、‥幼馴染として俺が何も覚えてないのが悔しかったり悲しかったりもあったのかもな‥って今振り返ったら思ったり。
 武夫曰く
「奴は昔からあんな感じだぞ。いつも我が儘勝手だから、四朗の都合なんて考えたりしなかった。今も、四朗に記憶がないっていうの覚えてないのかもよ? 」
 ‥在り得そう。
 俺は確かに言ったし謝ったけど‥聞いてなかったということもあり得る‥。
 といっても、何度も説明するのもおかしいしなあ‥
 で結局「今まで以上に(武夫談)」相崎のことは無視することにしてたんだけど‥。
 ‥あれだ。「絡んでたら注目度が上がるから」とかいうクソみたいな理由で俺に絡んでくるってわけだ。

 まあ‥でも、もう俺も(俺は? )大人だから相崎が売ってくる喧嘩を買うことはない。だから、武生ももう、お目付け役なんてやめてもいいんじゃないか? とは思うんだけど‥
 ‥武夫は真面目だからそういいうわけにはいかないんだろう。(今度年寄会に言っておこう)

 年寄会が相馬に「お目付け役」を命じるのは、だけど、今回が初めてってわけでは無い。
 寧ろ、「よくあること」ならしい。

 火の相崎、水の相生。

 両家はいつも気が合わなくって、それを調整するのは代々相馬の仕事だったらしい。(つまり、俺と相崎に限ったことではないのだ)相馬の次期党首の弟としては、他家の次期党首が同じ年で仲が悪いとなれば、何とかしなければいけないのは、もはや必然のことなのだろう。(気の毒に)

 武生はいつも冷静で、決して出しゃばらない。だけど、言うことはしっかり言うし、時には厳しく俺たちを叱ったりもする。
 俺たち幼馴染三人の中で一番しっかりしているんだ。

「いや、何でもない‥。顔色が良くないのは生まれつきだ」
 俺は、頼りになり、そしてそれ以上に心配性な幼馴染を安心させようとに、っと笑った。
「‥そうか」
 武生が頷く。
 まあ、減らず口をたたけるなら大丈夫だろう。って小さくため息をつく。
 幼馴染だから、俺が「何でもない」と言えばそれ以上どんな言葉も受け付けないことは嫌って程知ってるんだ。(我ながら頑固だという自覚はある)
「武生。俺って‥剣道してる時とかに、時々目の色変わってる? いや、あの慣用句じゃなくってそのままの意味で」
 道着に着替えながら聞くと、
「変わってる」
 同じく道着に着替えながら、武生が即答した。
「‥そうか」
 俺がふう‥とため息をつくと、
「誰かに何か言われた? 」
 微かに、武夫の眉間にしわが寄った。
 あ‥心配してるんだなってそれだけで、分かる。
 俺は小さく首を振って否定して、
「いや、今日相崎に言われてさ。俺、知らなかったから」
 肩をすくめた。
 俺の返事に武生が「ああ」と頷き、「全くしょうがないな相崎は‥」とため息をつき
「別になんてことはない。気にしないでもいい。目の‥病気ってわけではないと思う。見えにくくなるってことではないんだろ? 」
 俺に背を向けて、袴に着替える。
「見えにくくなる‥ってことはない」
 武夫の背中にそう返事する。顔を見なくても、武夫がどんな顔して俺の話を聞いてるかはわかる。
 それっ位付き合いが長い。‥どうやら、四歳位からの付き合いらしいが、残念ながら俺はその時のことを覚えていない。
 俺が覚えてるのは、十歳から‥俺が病院で目を覚ましてからの記憶だ。
 母さんが教えてくれたんだけど、俺が病院に運ばれた時、一緒にいてくれたのも武夫だったらしい。
 それ以来、記憶がない俺を心配して武夫は(きっとそれまで以上に)俺の傍に居て俺をカバーしてくれている。
 ‥七年もずっと一緒だったんだ。そりゃ、誰よりも(家族以外では)親しくなるだろう。

「ならいいじゃないか。わざわざみんなの前でそんなこと言ったのか? みんなの気を引こうと思ってたんだろうよ。まったくしょうがないな。相崎は‥」
 武生が微かに呆れたような顔をして、(見えてない訳だが、分かる)俺もついつられて笑ってしまう。
「さっきの考えごとはそれか? そんなこと、気にしなくていい」
 着替え終わった武夫が振り向いて言った。
 ‥気にしなくていい。
 時折聞こえてくるあの声のように安心する声。
 安心した自分を「ダメだ」と‥頭を振って、振り払う。

 いやだ‥逃げてちゃ駄目だ。俺は‥

 手洗いに駆け込んで、鏡の前に立つ、目の前に敵がいるように想定して意識を集中させる。殺気を漲らせる。
 俺の目は‥
 目の前には、何時もより色素が薄くなった‥琥珀色の眼をした自分。
 アンバーみたい、って相崎が言った目。
 アンバー? いや、これはアンバーじゃない


 ‥××ちゃんの目、怖い。
 ‥肉食動物の目だな! 。
 雑音が‥俺の頭に浮かんで来た。
 ‥頭が痛い‥

 これは‥この目は‥。


「四朗?! 」
「相生! 」
 遠くで誰かの声を聞いた気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ

みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。 婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。 これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。 愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。 毎日20時30分に投稿

幼馴染の許嫁

山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

処理中です...