相生様が偽物だということは誰も気づいていない。

文月

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五章.周辺事情

3.相崎のお願い

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 相崎は、この頃悩んでいた。
 といっても‥まあ、いつもの如く大したことのない悩みだ。

 あのしんちゃんの身代わりの娘、何あれ! すっごい美人じゃん! あんなに美人だとは思わなかった! しんちゃんの女版じゃなかった! まあ。しんちゃんの女版でも、だいぶん美人だけど。あの子は、しんちゃんみたいに顔色悪くて「陰気」で冷たい(※相崎君の意見です)感じじゃなかった!
 なんというか‥可愛かった!
 確かに背はちょっと高かったけど、俺より高いってわけじゃないし。筋肉質でもなかったし、後姿も華奢だった!(ここ重要)
 つまり‥スーパーモデルみたいだった!
 ‥あんな子とデートしたいなあ‥。 
 どうしたらデートに誘えるだろ。
 一度でもデートしたら、俺の事気に入ってもらえるだろうけど(※ 凄い自信)、なんていっても連絡先もわかんないしなあ。

 ‥ほら、大したこと無かった。


「なんだよ。話って」
 で、結局相崎は四朗を呼び出すことにした。
 四朗はいつもの如く、不機嫌百パーセントの顔。こんな顔した奴にお願いなんてして、聞いてくれる確率なんて、まあないだろう。つまらないお願なんてしようもんなら‥一生立ち直れない程軽蔑されそう‥。
 だから、普通の人間ならそこで「なんでもない」って諦めるだろう。(ってか、普通の人間は呼び出しすらしない)
 だけどそこは‥相崎だ。相崎のメンタルはちょっと普通じゃない。それに今日彼には「断られない」と思える切り札があった。
 にやり、と不敵な笑みを浮かべると、四朗がびくり、と肩をすくめて警戒するのが見えた。

 よし、イケる。

「しんちゃん。俺、知ってるんだよ」
 にやり‥と相崎が四朗を見る。
 四朗の顔に緊張が走る(といっても、微々たるものだ)。
 だけど、
「何を」
 ‥相変わらず不機嫌そうな口調には、動揺なんて感じさせない。
 更に不敵に微笑み、相崎が一歩四朗に近づき、耳元で
「あのときのあの子、あれ、しんちゃんでしょ」
 ふふ、と笑って切り出した。

「え!? 」
 ‥よし、我ながら何言っているのかわからないが、しんちゃんが動揺しているぞ! 
 ってか‥え? 「あの時のあの子」ってことは‥、あの可憐で可愛い女の子だよね? あの子がしんちゃん?? あの子がしんちゃんってどういうこと?? 俺が言おうと思ったのは、「しんちゃん、今まで親戚の女の子を身代わりにしてたでしょう」だったはず?? 
 ん?? ってことは‥あのときしんちゃんはあの身代わりの女の子の振りしてしんちゃん(偽物)を回収して、入れ替わったってこと??

 ってか‥身長とか全然違いましたけど??
 だけど‥しんちゃんが動揺してるってことは‥そうなんだよね??
 相崎はわけがわからないまま、更に
「正確に言えば、あの子がしんちゃんの身代わりをしてた子なんでしょ」
 と言った。
 四朗は何も言わなかった。

 マジか! 否定しないよ! え?? 何のことか全然わからんぞ?? 

 無言でまっすぐ前を向いた四朗の目線は、(悔しいことに)俺のすこし(ほんの少しな! )上。四朗の方が身長が僅かだが高い。
 ホントにホントに少しなんだが‥それは今は関係ない。問題は‥あの可憐なあの子は俺よりかなり低かったってことだ。
 身長までなんとかなるものなのか?? 相生マジック?? ‥なんかわからんが‥恐ろしい‥。
 相崎は、頭の中はもう大変なことになっているんだけど、表情には出さず、いつも通り愛想のいい笑顔を浮かべている。とはいえ、四朗程「鋭い」人間‥通常だったら「愛想笑いして‥何か企んでんだろ」って嫌味の一つ飛んできてただろう。
 ‥だけど、四朗はいまそれどころではない。
「何がどうなっているんだ。相崎は何を知っているんだ?? 」
 って思いが頭の中をぐるぐるしているんだ。

 辛うじて‥
「俺が何のためにそんな事‥」
 苦し紛れに「その場しのぎの」言い逃れをしてみる。
 知らないふりで通したい。
 四朗は僅かに口元に微笑を浮かべて聞いた。しかし、動揺が声に表れて、その事にさらに動揺する。

 ‥商売柄いろんな人間を相手にするから相生の当主は皆肝が据わってるんだけど、まだ「実戦」経験がない四朗は場数踏んでるってわけでは無い。
 今まで困ったことには、口より拳で片付けて来た。(※ 誘拐犯だとか、刺客だとかだ)
 ‥拳で片付けられるような「困ったこと」にしか遭遇してきたことがない。
 
 いっそ相崎も拳で片付けとくか‥。相崎の頭をふっとばしせば‥運が良ければ‥記憶が飛ぶかもしれん。
 いつにない程動揺しまくっていた四朗は、思想がいつもの倍物騒だった‥。

 一方単独で優位に立っている相崎はもう、面白くてしかたがない。
 あてすっぽで言ったとはいえ‥自分の言葉で、いっつもすかした顔した幼馴染がこんなに動揺しているのだから無理もない。(まさかその幼馴染が自分の頭をぶっ飛ばそうか‥とか考えてるなんて思いもしない)
 
 相崎は
「何のために‥って、出席日数足りなくなるから‥だろう? 」
 シリウスな表情を浮かべて、探偵宜しく自分の推理を披露する。
 その瞬間、四朗がちょっとだけ、ぽかん、とした顔になった。
 カッコつけなところがある四朗には本当に珍しい表情だった。
「出席日数‥? 」

 え? なにそれ。何の話。

「そう。あんまり外国に行くから、その間代わりにあの子が出席をしてたんだろ? 出席日数足りなくて進学できないとか恥ずかしいもんねえ」
 まあ、それはあの子も同じなんだろうけど‥まさか本家の次期当主の「ご命令」には逆らえないよねえ‥
 可哀そうに。
 ほんと、しんちゃんって最悪だよね!
 ※ 相崎は紅葉のことを相生の分家筋の娘だと思っているが実際は違う。
 目を見開いた四朗は、直ぐに我に返り‥
「家の用事は‥公欠扱いにするって学校側と約束を入学時からしてるから‥出席日数には関係なんだけど‥」
 元の「すかした顔」に戻して言った。
 実は、何かしらばれている地点で、ピンチには変わりないのだが、どうにかしてあやふやにしてしまいたい。相崎相手ならできる気がする。
 内心どきどきの四朗だった。
「なんで? ずるくない?! 特別待遇?! 」
「‥成績がいいから、じゃない? (あと、寄付金? )」
 首をちょっとかしげてみる。よし、我ながら嫌な奴だ。

 これで相崎を怒らせて奴の意識を他にそらすぞ! 

 引き続き、珍しく必死の四朗だった。しかしながら表面上はしれっとしたものだ。実戦経験は無いけど、相崎相手位なら勝てそうな気がする!! いや、勝てないでどうする!
 焦っていること、相手に悟られたら、負け。
 四朗は怒らせようと、わざと煽るような視線で相崎を見た。
 しかし、今日の相崎は強かった。
「まあ。そんなのどうでもいいや。誤魔化されないよしんちゃん。否定しないってことは、図星ってことでしょ。話をそらそうったって駄目だよ。
 他にばらそうなんて、俺は思ってないよ。そんなことしても仕方ないし、俺には何のメリットもないしね」
 にやり、と四朗を見る。
「ふうん? 」
 何のことやら‥と言うように肩をすくめる四朗。
 ずい、と相崎が四朗に近づき、
「取引しようよ。しんちゃん」
 ちょっと視線を上げて四朗の耳の辺りを見て(視線を合わせないためだ)明るい笑顔で言った。
 四朗の眉毛がぴくりと動く。
「相崎らしくないね。相手の弱みに付け込んで脅迫なんて」
 にやり、と「四朗っぽい」魔性の笑顔を向けて、視線を徐々に下げて、相崎に目線を合わせようとする。
 そうはさせるか!
 相崎は四朗から顔を背けた。

 相崎は勘だけは鋭いし、長年の付き合いで若干四朗耐性がある。

 凄いぞ、8年ほどブランクがある(※ 8年間、相崎は「四朗に」あっていない)のに、パワーアップした四朗スマイルを躱したぞ! 

「脅迫でもなくちゃ、しんちゃんは俺のお願いなんて聞いてくれないでしょ! 」
 顔を背けたまま相崎が四朗に言う。
「願い? 」
 四朗の顔が、また不機嫌になる。(※ 四朗の「魔性の視線」は笑顔じゃないと出ない‥と相崎は長年の研究の結果分かった。だけど、それは四朗には内緒だ)それを確認して相崎が四朗に向き替える。
「そうそう」
 コクコクと頷く。四朗の顔はなるだけ見ない様に、だ。
 魔性の視線の方は大丈夫そうだが‥シンプルに顔が怖い。
「願いって何? 」
 四朗の顔は、不機嫌を通り越してもう無表情だ。
 怖い怖い! だが、頑張るぞ!!
 相崎はここ一番の勇気を出した。
 だけど、まあ‥
「‥あの子と‥しんちゃんの身代わりをしていたあの子と、もう一度会わせてほしいんだ! 」
 ‥全然、勇気を出すほどのことでもないんだけど‥。
 そしてその結果‥
「ええ?! 」
 四朗は、本日二度目のぽかん、とした顔をすることとなるのだった。


 ‥本当に、こいつといたらどうも調子が崩れる。本当に苦手だ、と常日頃四朗が相崎のことを思っている理由みたいなところがこういうところにある。
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