Happy nation

文月

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四章 物語の主人公

26.里心。

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「でも、ま‥。アララキなら「サカマキがそんなこと気にするなら王なんてすぐやめるよ!! 」って言いそう‥」
 は、フミカ。

 「そんなこと」って、アラマキが王様だから、身分が違う‥とかいうこと。
 でも、ま、王様だから(身分が違うから)結婚出来ないなんてことになったら、そりゃ何の迷いもなくアララキは王様なんか辞めるだろう。
 なぜなら、アラマキはサカマキと結婚するためにあれこれ頑張った結果「たまたま」王様になっちゃった‥に過ぎないだけなんだから。
 そのせいで結婚出来ないとか、ホントありえない。

「素敵、恋の為に王位を捨てるとか‥! 」
 は、桜子。
 キラキラした目でサカマキを見ている。
 それをサカマキは苦笑しながら見た。

 ‥勝手なこと言ってる。でも、そんな簡単なことじゃないっていうのは、桜子だって何となくわかっているだろうし‥フミカはいうまでもなく分かっているだろう。

 アララキが王であるという、事実。
 たまたまだろうがなんだろうが、アララキは王になったんだ。
 アララキの気持ちがどう、とか関係なく、それは変わらない。
 まして、俺の気持ちなんて更に関係ない。
 
 あの国は、世襲制じゃない。
 だから、アララキの子供が次代の王になることは、ない。だけど、アララキは人気があるから、「アララキの子供」だってだけで、フミカを次の王に担ぎ上げる奴も出てこないとは限らない。
 アララキがフミカを後継者にするんじゃなく
 周りがフミカを後継者にしていく。
 そういうことだって充分あり得る。
 それをアララキが望んでいないとしても、だ。
 一方で、
 フミカはアララキの子であると同時に俺の子供だ。
 禁忌とされ、不可能とされる高位魔法使いの子供。
 フミカは、‥高位魔法使いの子供ではなく、神獣の子供として産まれて来たのだが、そんなこと他人には関係ないだろう。
 そもそも‥神獣との間の子供っていうのもあまり歓迎されたものでは無い。
 完全な人間との間の子供じゃないから‥。
 彼らにとっては、神獣も魔獣もそう変わらない。ただ、人間に危害を与えるか与えないかの違いだけ‥。
 そんな獣と王の子供。
 物議をかもさないわけがない。
 フミカや‥まして自分が物議の種になるのも、弱点になるのも、絶対嫌だ。

 向こうに帰ったら、「俺たちの育った村の」役所にフミカの戸籍を申請しよう‥。あの村なら、孤児なんて普通だ。俺が神獣だってことをみんな知ってるし、王ではないアララキのことも知ってる(下手したらアララキが王になったことを寧ろ知らないかもしれない)し、アララキの俺に対する偏愛も皆に知られている。(だから俺がアララキそっくりのフミカを連れて帰ったら‥きっと、生温かい視線で見られるとは思うが、違うぞ、熱意に流されたわけでも、情にほだされたわけでもないぞ。
 でも、まあ、そんな誤解を受ける屈辱位、なんてことはない。俺は、フミカの一生を背負うって決めたんだ。それは、カツラギについてもいえることなんだけど、カツラギは桜子と正樹のものだ。‥カツラギが望むなら祖国(Happy nationだ)に帰る手筈は整えるが、そこはカツラギの意志を優先する。
 もし、帰りたいっていうならば‥。その場合も、戸籍の取得は「村の」役所一択だな。
 カツラギはともかく‥フミカの為には‥直ぐに養子に出した方がいい。
 唯一の親である俺が死んでも、遺産が入らないじゃ、フミカを守ってやることも出来ないからな。
 俺は、あっちに帰れば高位魔法使いで、常に死と隣り合わせの生活に戻る。‥それに不満はないが、フミカまでそれに巻き込むわけにはいかない。
 だから、寧ろそんな親ならいない方が‥いいんだ。
 信用のおける奴に‥。そうだな、フミカの場合ならナツカと婚姻を結んでもらってもいい。なあに、こっちの世界とあっちの世界の時間は全然違う。こっちで、10年過ごしたところで、あっちでは数日‥は無いかな、数週間‥数ヶ月くらいだ(※アララキがこっちに住まないのはそのせい。サカマキは、神獣なので年の取り方が普通とは違う)。結婚できる年までこっちで育てたらあっちに連れて帰ろう。
 孤児って手続きは省けないけど、あっちでちゃんとした戸籍が持てる。
 ああ‥でも、あの顔だった。きっと、成長すればますますアララキに似るんだろう‥。
 そういう点で、ナツカに「嫌だ」って言われたら‥それは仕方が無いな。
 一人で暮らして行くにしても‥王都で働くのには困るだろうなあ‥。(あの顔だからなあ‥)
 変装‥で何とかなるかな。職業は、‥適正は兵士だろうけど、黒目から魔術のオールラウンダーだって思われるだろうし‥魔法剣士とかそういう方に軌道修正するべきなのかな。フミカは剣は苦手だって言ってたけど、そこら辺は今から習えば何とか‥。
 って誰に教わるんだよ。とにかく‥今は、あっちに帰るわけにはいかないんだ‥。

 帰る‥? あっちに?

 ‥正直言ったら、帰りたい。

 里心が着いんだろうか。あっちの事考えてたら、居てもたってもいられなくなった。
 帰りたいのは王都じゃない。‥あの村だ。
 王都で住んでいた期間の方がずっと長かったし、思い出だって王都の方が多いって言うのに、思い出すのは村でのことだ。
 森の美しさ、川の水の冷たさやら、野草を摘んだこと、狩りをしたこと。
 あの無邪気な日々。
 ‥もしかしたら、思い出が美化されて、いい思い出だけが思い出されてるのかもしれないけれど‥でも。
 総てが終わったら、村に帰りたい。
 村で、ひっそりと暮らしたい。あの村に、「英雄」と呼ばれた人物や、一角の冒険者たちが流れ着いたのも‥なにかあの村には、そう思わせるものがあるのかもしれない。
 過ぎ去った、古き良き思い出。
 ‥里心を抱かせる何か。

 さっきから、やけに村の事を思い出す。
 王都にいるときは忙しくって、それどころでなかった。
 それ以上に、カツラギに
「お前は、高位魔法使いなんだ」
 って言われた夜、まるで頭に霧でもかかったみたいに、村でのそれまでの暮らしが
 ‥分からなくなった。
 って、何言ってるかわかんないんだけど、ホントだ。
 それまでがあって、この今の自分がある‥とかじゃなくなったんだ。
 急に自分が凄く不吉で、汚らわしいものなように感じられた。
 こんな自分がこの先どうやって生きていくのか‥と思うと、絶望感すら感じた。
 過去がなく、そんな絶望的な自分‥という現在しかない感覚。
 誰にも会いたくない、誰とも話したくないって思った。
 でも、そんな自分でも必要とされたい、認められたいって‥魔物を殺せば‥殺さないと自分はここにいる価値すらないって‥。
 一晩で、俺の俺に対する認識が変わってしまった。皆も変わっているかもしれない。‥否、変わっているのだろう。
 あの時、村の皆に嫌われるのが嫌で、村の皆に会わない様に逃げるように村から出た。
 優しかった皆から蔑みの目を向けられるのを想像すると、足がすくみそうになった。
 もしかしたら
 嫌われないかもしれない。あの人たちは大丈夫かもしれない
 なんてことは考えつきもしなかった。
 カツラギも、アララキも俺が高位魔法使いだって知っても、態度は変わらなかったというのに、だ。
 聞けば、アララキは俺を拾って来た日に、もう、カツラギからそのことを聞かされていたと言っていた。
 村人には知らせていなかった
 とは言っていたけど‥。

『俺は信じられなかったんだよな。‥結局。皆の事』

 今思えば、あれは「高位魔法使い」として生きていくための呪いだったんだろう。
 幸せな記憶‥過去‥があったら、魔物と戦うのをためらうかも、足がすくんでしまうかもって‥。自分の事が‥自分の命が惜しくなるんじゃないかって。

 神様は、俺のこと信じてくれてなかったんだ。
 ちっともね。
 何より‥
 神様は、誰も信じてなかった。
 信じられなかった。

 昔の幸せな記憶を思い出しても、俺の足はすくんでないよ。寧ろ、大事なものを守るって使命感が沸いてきた。
 俺に、大事な人たちを守る力が在るのが嬉しい。
 嫌われるのが嫌だから‥とか
 自分が嫌いだから、とか
 認められたいから戦うだけじゃない。
 守りたい人たちがいるから戦える。
 そう思える。
 今まで以上に、俺は‥
 戦うことが怖くないんだ。
 
「こっちの問題を片付けて、
 Happy nationに‥
 あの村に、帰る。
 ‥一人で‥」

 気が付いたら、口に出して呟いていた。
 ほんの‥ほんの小さな呟きだったと思う。
 隣にいた桜子にも聞こえていなかったようだ。
 桜子は、俺を見て「何か言った? 」って首を傾げている。
 ほんの小さな、なんて事のない独り言。

 ‥一人で。

 口にすると、
 何故か寂しいより、何か、今まで抱えていた重くって大事で、暖かいものを置いたような‥身の軽さを覚え、驚いた。
 それは、暖かくて心地よくって手放し辛いけど‥大事すぎて「手放す」って選択肢が浮かばなかったけど、‥勇気を出せば、手放してもきっと暮らしていける。そして、自分が思う程、相手(フミカ)にとって自分(サカマキ)の必要性は無いかもしれない‥。
 一人でいる選択。
 フミカにはフミカの人生、そして‥自分には自分の人生。
 そんな未来もあり得る。
 
 でも、

「その時は、僕も一緒に帰るよ。勿論ね」
 いつの間に現れたのか、
 アララキがサカマキを後ろから抱きしめ微笑みかけた。
 何でこんなところに、とか、どこから現れた、とか、いつから話を聞いてた、とかいう「馬鹿らしい」問い掛けは‥しないでおく。
 だって、アララキだし、としか。

「アララキ‥」

「やっと、『サカマキ』に会えた‥」

 すりすりと、サカマキのアッシュブラウンの髪に頬を寄せる。
 ‥そういえば、この姿でアララキに会うの、久し振りだな。
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