婚約破棄された悪役令嬢ですが、ノーダメージです!

猫宮かろん

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そして迎えた、結婚式当日。

雲一つない快晴。
改造された公爵邸の庭園(ジム)には、国中から招待されたゲストたちが集まっていた。

参列席の右側には、煌びやかな衣装を纏った王族や貴族たち。
左側には、正装(蝶ネクタイ+上裸)でテラテラとオイルを輝かせる鉱夫や元兵士たち。

あまりにも異様なコントラストに、貴族たちは扇で顔を隠しながらヒソヒソと囁き合っている。
「な、なんなのですの、あの暑苦しい集団は……」
「空気が……汗とプロテインの匂いがしますわ……」

だが、そんなざわめきを切り裂くように、ファンファーレが鳴り響いた。
いよいよ新郎新婦の入場だ。

「新郎、クロード・ヴァン・ハイゼン公爵の入場です!」

司会者の声と共に、ガゼボ(懸垂バー付き)の方からクロード様が現れた。

「おお……っ!」

会場からどよめきが起きる。
今日の彼は、純白のタキシード姿。
膨張色である白を着ているにもかかわらず、そのシルエットは驚くほど逆三角形だ。
パツパツに張り詰めた肩周りの生地が、今にも弾け飛びそうなほどの筋肉密度を物語っている。

(素敵……! まるでギリシャ彫刻が服を着て歩いているようだわ!)

控室で出番を待つ私は、隙間から彼を覗き見て身悶えしていた。
そして次は、私の番だ。

「新婦、マーヤ・ベルンシュタイン嬢の入場!」

扉が開く。
私は深呼吸をして、一歩を踏み出した。
父上(バルカン侯爵)のエスコートで、バージンロードへと進む。

今日の私のドレスは、マーメイドラインの純白ドレス。
背中は大きく開き、日々の懸垂で鍛えた広背筋と、美しい天使の羽(肩甲骨)を強調するデザインだ。

だが、この結婚式の最大の見せ場は、ドレスでも私でもない。
この「バージンロード」そのものだ。

「総員、構えッ!!」

ガンツの号令が飛んだ。
すると、バージンロードの両脇に整列していたマッチョたちが、一斉に動いた。

バチィンッ!!

「「「サイドチェストォォッ!!」」」

彼らは私たちが通過するタイミングに合わせて、左右から筋肉を見せつけるポーズを取ったのだ。
花びらシャワーではない。
「マッスル・シャワー」だ。

「おめでとうございマッスルゥ!」
「お嬢! 今日の三角筋、最高に輝いてますぜ!」
「幸せになれよぉぉ! ベンチプレス100キロ挙げる夫婦になれぇぇ!」

右を見ても左を見ても、赤黒くパンプアップした筋肉の壁。
飛び交うのは祝福の言葉と、荒い呼吸音。

普通の令嬢なら卒倒して泣き出す光景だろう。
だが、私にとってはこれ以上ない演出だった。

「ふふっ、ありがとうみんな! ナイスバルクよ!」

私は笑顔で手を振り返した。
隣を歩く父上も、感動で目を潤ませている。

「ううっ、マーヤ……立派になったな。あんなに見事な大胸筋たちに囲まれて……父は嬉しいぞ!」

「ええ、お父様。最高の晴れ舞台ですわ」

私たちは筋肉のアーチをくぐり抜け、祭壇の前で待つクロード様のもとへと辿り着いた。
父上からクロード様へ、私の手が渡される。

「……すごい演出だな」

クロード様が苦笑しながら囁く。

「嫌でしたか?」

「いや。……君らしくていい。それに、彼らの仕上がりも悪くない」

彼は余裕の笑みを浮かべ、私をエスコートして祭壇の前に立った。
そこには、立会人として国王陛下が待っていた。

「……コホン。なんとも騒々しい式だが、まあよい」

陛下は祭壇の聖書(なぜかプロテインの説明書に見える)を開いた。

「クロード・ヴァン・ハイゼン。汝、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も、増量期も減量期も、共に歩むことを誓うか?」

誓いの言葉がアレンジされている。
陛下も空気を読んでくださったようだ。

「誓います。……私の筋肉(いのち)に代えても、彼女を守り抜くと」

クロード様の低く響く声に、会場の貴族の令嬢たちが「はうぅっ」とときめいている。

「マーヤ・ベルンシュタイン。汝、この者を夫とし、愛し、敬い、毎日のタンパク質管理を怠らないことを誓うか?」

「誓います。……彼の筋肉が衰えるその日まで(そんな日は来させませんが)、最高のトレーナーであり続けることを」

「よろしい。では、指輪の交換を」

クロード様が、私の左手薬指に指輪を嵌めてくれる。
特注のプラチナリングだ。
そして私も、彼のごつい指に指輪を通す。
関節が太くて少し引っかかったが、無事に収まった。

「では、誓いのキスを」

陛下の言葉と共に、クロード様が私に向き直った。
彼は私の腰に手を回し、そして――。

グンッ!

「きゃっ!?」

なんと、私を片手で軽々と持ち上げたのだ。
いわゆる「お姫様抱っこ」ではない。
私の腰を片腕で支え、そのまま高くリフトアップしたのだ!

「こ、これは……!?」

「『誓いのリフト』だ。……君が望んでいた、私の全力を出し切るポーズだ」

彼は私を支えたまま、参列者に向かって叫んだ。

「見よ! これが私の妻だ! そして、これが私の愛の重量(おもさ)だ!!」

彼は私をダンベルのように掲げたまま、高らかに宣言した。
上腕二頭筋がはち切れんばかりに膨れ上がる。

「「「うおおおおおっ!! ナイスリフトォォッ!!」」」

鉱夫たちが爆発的な歓声を上げる。
貴族たちは「野蛮な……」と言いつつも、その圧倒的なパワーと愛の表現に、どこか魅了されていた。
中には拍手をしている者さえいる。

そして、彼はゆっくりと私を下ろし、空中で唇を重ねた。
重力など存在しないかのような、力強くも優しいキス。

(ああっ、幸せ……! 地面から浮いたままキスされるなんて、世界で私だけだわ!)

長いキスの後、私たちは着地した。
会場は割れんばかりの拍手に包まれた。

「さあ、披露宴の始まりだ!」

私の合図で、庭園は巨大なパーティー会場へと変わった。
中央には、ウェディングケーキならぬ「巨大プロテインパンケーキタワー」が運ばれてくる。

それを運んできたのは、ウェイター姿のジュリアン(元王子)だった。

「お、重い……! これ、総重量50キロはあるよ……!」

ジュリアンはプルプルと腕を震わせながら、それでもしっかりとタワーを運んできた。
以前の彼なら、一歩目でひっくり返していただろう。
だが今の彼には、確かに筋肉が付き始めていた。

「ナイスファイトよ、新人くん! 前腕の血管が見えてきたじゃない!」

私が声をかけると、ジュリアンは息を切らしながらもニカッと笑った。

「へへっ、当然さ! 僕はこの一ヶ月、地獄を見たんだからね!」

「ジュリアン様……」

その様子を、遠くの席から見ていた人物がいた。
特別に招待された、元・男爵令嬢のリリナだ。
彼女は修道院への移送前に、クロード様の慈悲で一日だけ外出を許されていた。

「あんなに汗をかいて……泥だらけで……でも」

リリナは涙を拭った。

「今のジュリアン様のほうが、ずっと素敵ですわ……」

彼女の呟きは、喧騒にかき消されたが、その表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。

パーティーは最高潮に達した。
貴族と鉱夫が入り乱れ、腕相撲大会が始まり、スクワット競争が行われる。
クロード様は上着を脱ぎ捨て、鉱夫たちと筋肉ポーズ対決をしている。

「見て、マーヤ。……世界は筋肉で一つになれるんだな」

いつの間にか私の隣に来ていた父上が、しみじみと言った。

「ええ、お父様。筋肉は言葉の壁も、身分の壁も越えますもの」

私は幸せなため息をついた。

かつて「悪役令嬢」として断罪されたあの日。
まさかこんな未来が待っているとは、誰が想像しただろう。

貧相な王子との婚約破棄が、こんなにも素晴らしい「マッスル・ロード」への入り口だったなんて。

「マーヤ!」

筋肉対決を終えたクロード様が、汗を輝かせながら戻ってきた。
その笑顔は、太陽よりも眩しい。

「次は『ケーキ入刀』だ。……君の愛用の『大剣(グレートソード)』でやるそうだな?」

「ええ、もちろん! 二人で力を合わせて、この巨大パンケーキを一刀両断しましょう!」

「……やれやれ。最後まで規格外だな」

私たちは顔を見合わせて笑った。

青空の下、筋肉と笑顔が咲き乱れる。
これこそが、私の求めていた「ハッピーエンド」。

「さあ、いきますわよクロード様! せーのっ!」

「「マッスルゥゥゥ!!!」」

大剣が振り下ろされ、私たちの新しい人生が、力強く切り開かれた。
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