婚約破棄された悪役令嬢(仮)ですが、なぜか餌付けされました。

猫宮かろん

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「ミーナ。来週、隣国で開催される夜会に出席するぞ」

コタツから脱出し、ようやく社会復帰を果たしたアレクセイ閣下が言った。
手には煌びやかな招待状を持っている。

「夜会、ですか? 業務命令であれば同行しますが」

「ああ。私のパートナーとして出席してもらう。……そこでだ」

彼はパチンと指を鳴らした。
執務室の扉が開き、派手な服装の女性と、大量の衣装箱を抱えた店員たちが雪崩れ込んできた。

「君のためのドレスを仕立てる。王都から一番のデザイナーを呼んだ」

「オオッホッホ! お初にお目にかかりますわ、未来の公爵夫人! わたくし、モードの魔術師ことマダム・カトリーヌですわ!」

紫色の羽飾りを頭につけたマダムが、私の周りをグルグルと回り始めた。
まるで品定めをするような目だ。

「ふむ……素材は悪くありませんわね。ただ、少し痩せすぎ! もっと飾り立てて、ゴージャスに盛らないと貧相に見えますわよ!」

「盛る?」

私は眉をひそめた。

「装飾過多は動きを阻害します。私の要望はシンプルです。機動性が高く、防寒性に優れ、かつ汚れが目立たない色。素材はストレッチ性の高い魔獣革でお願いします」

「は?」

マダムが動きを止めた。

「あ、あの……お嬢様? 夜会のドレスですのよ? 魔獣革? ストレッチ?」

「はい。緊急時には走って逃げる必要がありますし、袖口がヒラヒラしていると実験薬液が付着して危険ですから」

「ノンノンノン!!」

マダムは絶叫した。

「美しくない! エレガントじゃないですわ! ドレスとは、我慢と浪費の結晶! 呼吸ができなくなるほどコルセットを締め上げ、歩くのも困難なほど裾を広げてこそ、貴婦人の華ですのよ!」

「非効率の極みですね」

私とマダムの間で火花が散った。
機能美こそ至高とする私と、装飾美を愛するマダム。
相容れないイデオロギーの衝突だ。

「まあ待て、二人とも」

アレクセイ閣下が苦笑しながら割って入った。

「カトリーヌ。彼女は少し……特殊な感性を持っている。だが、素材としては一級品だ。君の腕で、彼女の要望を取り入れつつ、世界一美しく仕上げてくれないか?」

「閣下……。無茶をおっしゃいますわねぇ」

マダムはため息をついたが、すぐにニヤリと職人の笑みを浮かべた。

「面白いですわ。わたくしのプライドにかけて、この『機能厨』のお嬢様を黙らせる最高の一着を作ってみせましょう!」

「望むところです。ただし、仕様書(スペック)は譲りませんよ」

     * * *

数時間後。
試着室での戦いは熾烈を極めた。

「ウエストをもっと絞りますわよ!」
「拒否します! 内臓圧迫による酸素供給量の低下は思考力を鈍らせます!」

「レースをあしらいましょう! 流行の『天使の羽』スタイルです!」
「却下! ドアノブに引っかかったら即死します!」

「なら、この大きなリボンを胸元に!」
「視界の邪魔です! ……待ってください。そのリボンの結び目、小型爆弾なら隠せそうですね?」

「は?」

そんな激論の末、ついにドレスが完成した。

「……できた」

アレクセイ閣下の待つ部屋に、私は姿を現した。

「いかがでしょうか、閣下」

「…………」

閣下は椅子から立ち上がり、目を見開いて絶句した。

私が身に纏っているのは、深紅のベルベット生地のドレス。
肌の露出は控えめだが、ボディラインに美しくフィットし、大人びた雰囲気を醸し出している。
裾は優雅に広がり、歩くたびに絹ずれの音が鳴る。

「……美しい」

閣下がほうっと息を吐いた。

「見違えたな。まるで夜の女王だ」

「ありがとうございます。ですが閣下、見た目に騙されてはいけません」

私はニヤリと笑い、スカートの裾を少し持ち上げた。

「マダムとの激闘の末、ここには私の理想(ギミック)が詰め込まれています」

「ギミック?」

「はい。まず、このパニエ(スカートを膨らませる下着)。実は形状記憶合金の骨組みでできており、展開すると簡易テントになります」

「テント!?」

「そして、ウエストのリボン。これを引っ張ると、三秒でスカート部分がパージ(分離)され、ショートパンツ姿に変形可能です。即座に戦闘態勢に入れます」

「戦闘する予定はないのだが……」

「さらに、ここを見てください」

私は胸元のドレープをめくった。
そこには、試験管や小型ナイフ、計算機、そして非常食のカロリーバーがびっしりと並んだホルダーが隠されていた。

「四次元ポケット構造を採用しました。最大容量は一〇リットル。工具セットも丸ごと入ります」

「……」

「どうです? これなら退屈なパーティー中も、隠れて魔道具のメンテナンスができますし、小腹が空いても安心です!」

私がドヤ顔で説明すると、マダム・カトリーヌが後ろで「わたくしの最高傑作が……武器庫に……」と泣き崩れていた。

しかし、アレクセイ閣下は。

「……くっ、ふふふ」

肩を震わせ、またしても笑い出した。

「最高だ、ミーナ。君らしい」

「合格ですか?」

「ああ、大合格だ。見た目は可憐な淑女、中身は歩く要塞。……私を守ってくれそうで頼もしいよ」

彼は近づき、私の腰に手を回した。

「だが、その『分離機能』は使うなよ? 君の脚を他の男に見せるつもりはない」

耳元で囁かれた低音ボイスに、背筋がゾクリとする。
この「冷徹公爵」、たまにこういう心臓に悪い攻撃(クリティカルヒット)をしてくるから油断ならない。

「……善処します。ただし、火災発生時はその限りではありません」

「ああ。……それと」

彼は懐から、小箱を取り出した。
パカッと開くと、そこには先日購入したネックレスとお揃いの、深い青色のイヤリングが入っていた。

「これを着けてくれ。……私の瞳の色だ」

「……!」

所有の証(マーキング)、ということか。
合理的だ。
これを着けていれば、私が「ドラグノフ公爵の女」であると周囲に周知できる。
面倒なナンパ避けには最適なアイテムと言える。

「ありがとうございます。魔力防御効果は付与されていますか?」

「……いや。ただの装飾品だ」

「そうですか。では後で私が付与しておきます」

私がイヤリングを受け取ろうとすると、閣下は「私が着ける」と言って、私の耳たぶに触れた。
冷たい指先。
でも、触れられた場所からカッと熱くなる。

「似合う」

彼は満足そうに目を細めた。
鏡に映った私たちは、美男美女のカップルに見えるかもしれない。
片方が「テント内蔵ドレス」を着て、もう片方が「コタツ中毒の公爵」であることを除けば。

「さて、衣装は決まった。次はダンスの練習だな」

「ダンス? 必要ですか? 高速移動なら反復横跳びで代用できますが」

「……ロマンがないな、君は」

閣下は呆れつつも、私の手を取ってステップを踏み始めた。
執務室での即席ダンスレッスン。
私の足捌きは完璧(計算通り)だったが、閣下と密着するたびに心拍計(自作)のアラートが脳内で鳴り響くのが、最大の誤算だった。

こうして、「武装ドレス」と「公爵様の瞳色のアクセサリー」を装備した私は、いよいよ社交界という戦場へ乗り込む準備を整えたのである。
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