婚約破棄された悪役令嬢(仮)ですが、なぜか餌付けされました。

猫宮かろん

文字の大きさ
19 / 28

19

しおりを挟む
「ミーナ様。アークランド王国より、特使が到着されました」

セバスチャンの報告を受け、私とアレクセイ閣下は応接室へと向かった。
そこに待っていたのは、アークランド王国の宰相、ガランド侯爵だった。
かつて王宮にいた頃は、恰幅の良い傲慢な古狸という印象だったが、今は見る影もなくやつれ、頬がこけている。

「……お久しぶりです、ガランド宰相」

私が声をかけると、彼はビクッと肩を震わせ、深々と頭を下げた。

「お、お久しぶりでございます……ミーナ殿。いや、ドラグノフ公爵夫人(予定)」

彼の声は枯れていた。
私の「請求書攻撃」と「黒歴史暴露」によって、胃に穴が空くほどのストレスを受けたのだろう。

「単刀直入に申し上げます。……支払いに参りました」

ガランド宰相は、震える手で重そうな革袋と、数枚の証書をテーブルに置いた。

「これが今回の騒動における賠償金、および慰謝料の全額です。現金が足りなかったので、王室所有の美術品と一部の鉱山権利書で代用させていただきたく……」

「……ほう」

私が中身を確認する前に、アレクセイ閣下が片眉を上げた。

「国が傾くほどの額だったはずだが。よく用意したな」

「は、はい……。国王陛下が『これ以上、息子の恥を晒されてはたまらん』と、王冠以外の全てを売却する覚悟で……」

悲壮感がすごい。
だが、ビジネスに温情は不要だ。
私は即座に計算機を取り出し、証書の価値を現在レートで換算した。

「……計算完了。ふむ、美術品の鑑定額が少し甘い気もしますが、早期解決ボーナスとして受領しましょう」

「あ、ありがとうございます……!」

宰相が崩れ落ちるように安堵の息を吐く。

「では、クラーク殿下とリリィ嬢の身柄を……。彼らはご無事なのですか? まさか、地下牢で拷問を受けているのでは……?」

「拷問? 失礼な。我が領では、捕虜に対しても『労働基準法(ミーナ・ルール)』に基づいた待遇を保証しています」

私は立ち上がった。

「彼らは今、もっとも充実した時間を過ごしていますよ。案内しましょう」

     * * *

私たちは馬車に乗り、裏山の鉱山へと向かった。
道中、宰相はずっとハンカチで冷や汗を拭っていた。

「あぁ、可哀想な殿下……。きっと冷たい石の上で、鎖に繋がれて泣いているに違いない……」

到着した採掘場。
そこには、活気ある作業員たちの掛け声が響いていた。

「よし、着きましたよ」

私が指差した先。
トロッコのレールが敷かれた広場で、一際大きな声を上げている男女がいた。

「うおおおお! 見ろリリィ! また大物が採れたぞ!」
「すごぉい! 先輩、その上腕二頭筋のキレ、最高ですぅ!」

「……は?」

宰相が眼鏡をずり落とした。

そこにいたのは、袖をまくり上げ、逞しい筋肉を露出させたクラーク殿下と、作業服の裾を結んで軽快に動き回るリリィ様だった。
二人の顔は炭と泥で真っ黒だが、その瞳はダイヤモンドよりも輝いている。
かつての「虚弱な王子」と「お花畑令嬢」の姿はどこにもない。
そこには、歴戦の鉱夫(マイスター)の如きオーラを纏った「労働者」がいた。

「で、殿下……?」

宰相が恐る恐る声をかける。

「ん? 誰だ?」

クラーク殿下がツルハシを肩に担いで振り返った。

「おお! ガランドか! どうした、そんな貧相な顔をして。ちゃんと飯を食っているのか?」

「へ、陛下のご命令で、お迎えに上がりました……! さあ、国へ帰りましょう! 悪夢のような人質生活もこれで終わりです!」

宰相が涙ながらに手を差し伸べる。
感動の帰国シーンになるはずだった。

しかし。

「帰る?」

クラーク殿下は怪訝そうな顔をした。
そして、隣のリリィ様と顔を見合わせ、二人同時に首を横に振った。

「断る」
「やだもーん」

「……は?」

時が止まった。

「何を仰るのですか! あなたは王太子ですよ!? 次期国王ですよ!?」

「ガランドよ。俺はここで、真実(リアル)を見つけたんだ」

殿下は熱く語り始めた。

「王宮での俺は、ただのお飾りだった。書類にサインをするだけの機械だ。だが、ここでは違う! 俺がツルハシを振るえば岩が砕け、成果(魔石)が出る! 自分の力で世界を変えている実感があるんだ!」

「私もですぅ! ドレス着てお茶飲むより、トロッコ押してる方がご飯が美味しいって気づいちゃいましたぁ!」

リリィ様が力こぶを作ってみせる。
確かに、以前より二の腕が引き締まっている。

「そ、そんな馬鹿な……! 洗脳だ! これは魔女ミーナによる洗脳に違いない!」

宰相が私を睨みつける。

「いえ、適性配置(マッチング)です」

私は冷静に返した。

「彼らはデスクワークには不向きでしたが、単純かつ肉体を酷使する労働においては天才的な才能(タレント)を持っていました。今は我が鉱山のトップランカーです。彼らが抜けると、今月の採掘目標の達成が危ぶまれますね」

「ミーナの言う通りだ! 俺たちはまだ、あの奥にある『伝説の虹色魔石』を掘り当てていない! あれを見るまでは帰れん!」

「帰りたくなぁい! 今日の夕飯はハンバーグなんだからぁ!」

駄々をこねる王族たち。
宰相は白目を剥いて倒れかけたが、アレクセイ閣下が背中を支えた。

「……諦めろ、宰相殿。一度『労働の沼』にハマった人間は、そう簡単には戻らんよ」

「そ、そんなぁ……」

宰相は泣き崩れた。
賠償金を払ったのに、人質が帰宅拒否。
どんな報告書を書けばいいのか、同情を禁じ得ない。

「……仕方ありませんね」

私はため息をつき、宰相の前に立った。

「ガランド様。追加の契約(オプション)を提案します」

「け、契約……?」

「はい。彼らを『海外技術研修生』として、あと半年間ここでお預かりします。その間、彼らが掘り出した魔石の売上は、賠償金の残債と相殺する形にします」

「……は?」

「つまり、彼らが働けば働くほど、貴国の借金が減るシステムです。ウィンウィンですね?」

「そ、そんなことが……」

「殿下、リリィ様。どうですか? 『国の借金を返すために働く』という大義名分があれば、堂々とここで掘り続けられますよ?」

私が提案すると、二人の目がカッと見開かれた。

「おお! それだ! 俺は国のために掘るんだ!」
「私、救国のヒロインになっちゃう!?」

単純だ。
本当に扱いやすい人材である。

「……分かりました」

宰相は力なく頷いた。
もはや彼に選択権はない。

「ただし……半年後には必ず、必ず返してくださいよ……? 王位継承問題がありますから……」

「善処します。まあ、半年後には彼らも飽きているか、あるいは筋肉ダルマになっていて王衣が入らなくなっているかのどちらかでしょうが」

「ううっ……」

こうして、宰相はトボトボと帰っていった。
残されたのは、歓声を上げて再び穴の中へ消えていく元王太子たちの姿だけ。

「……ミーナ」

アレクセイ閣下が、遠い目をして呟いた。

「君は、本当に……」

「何ですか?」

「いや。国を傾けかけた無能な王族を、生産的な労働力に変え、さらに借金返済までさせるとは。……君こそが真の『王』の器なんじゃないか?」

「とんでもない。私はただの『事務屋』ですよ」

私は肩をすくめた。
王になどなったら、公務が増えてコタツに入る時間が減ってしまう。
そんな非効率な人生は御免だ。

「さあ、閣下。彼らが稼いでくれる分、私たちの仕事が減りました。今日は早めに上がって、新しい入浴剤(発泡タイプ)の実験をしませんか?」

「……一緒に入るのか?」

「データ収集のためです」

「……喜んで」

私たちは平和になった鉱山を後にした。
背後から聞こえる「掘れぇぇぇ!」「マッスルゥゥ!」という掛け声は、この領地の新たな名物(BGM)として定着しつつあった。

しかし、私の平穏を脅かす「最後の刺客」が、まだ残っていることを、この時の私は忘れていた。
そう、リリィ様の実家――借金まみれの男爵家である。
彼らが娘の「活躍」を聞きつけて、黙っているはずがなかったのだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

俺の妻になれと言われたので秒でお断りしてみた

ましろ
恋愛
「俺の妻になれ」 「嫌ですけど」 何かしら、今の台詞は。 思わず脊髄反射的にお断りしてしまいました。 ちなみに『俺』とは皇太子殿下で私は伯爵令嬢。立派に不敬罪なのかもしれません。 ✻ゆるふわ設定です。 気を付けていますが、誤字脱字などがある為、あとからこっそり修正することがあります。 ✻R-15は保険です。

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

氷の騎士と契約結婚したのですが、愛することはないと言われたので契約通り離縁します!

柚屋志宇
恋愛
「お前を愛することはない」 『氷の騎士』侯爵令息ライナスは、伯爵令嬢セルマに白い結婚を宣言した。 セルマは家同士の政略による契約結婚と割り切ってライナスの妻となり、二年後の離縁の日を待つ。 しかし結婚すると、最初は冷たかったライナスだが次第にセルマに好意的になる。 だがセルマは離縁の日が待ち遠しい。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

わたしはくじ引きで選ばれたにすぎない婚約者だったらしい

よーこ
恋愛
特に美しくもなく、賢くもなく、家柄はそこそこでしかない伯爵令嬢リリアーナは、婚約後六年経ったある日、婚約者である大好きな第二王子に自分が未来の王子妃として選ばれた理由を尋ねてみた。 王子の答えはこうだった。 「くじで引いた紙にリリアーナの名前が書かれていたから」 え、わたし、そんな取るに足らない存在でしかなかったの?! 思い出してみれば、今まで王子に「好きだ」みたいなことを言われたことがない。 ショックを受けたリリアーナは……。

わたしのことがお嫌いなら、離縁してください~冷遇された妻は、過小評価されている~

絹乃
恋愛
伯爵夫人のフロレンシアは、夫からもメイドからも使用人以下の扱いを受けていた。どんなに離婚してほしいと夫に訴えても、認めてもらえない。夫は自分の愛人を屋敷に迎え、生まれてくる子供の世話すらもフロレンシアに押しつけようと画策する。地味で目立たないフロレンシアに、どんな価値があるか夫もメイドも知らずに。彼女を正しく理解しているのは騎士団の副団長エミリオと、王女のモニカだけだった。※番外編が別にあります。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

《本編完結》あの人を綺麗さっぱり忘れる方法

本見りん
恋愛
メラニー アイスナー子爵令嬢はある日婚約者ディートマーから『婚約破棄』を言い渡される。  ショックで落ち込み、彼と婚約者として過ごした日々を思い出して涙していた───が。  ……あれ? 私ってずっと虐げられてない? 彼からはずっと嫌な目にあった思い出しかないんだけど!?  やっと自分が虐げられていたと気付き目が覚めたメラニー。  しかも両親も昔からディートマーに騙されている為、両親の説得から始めなければならない。  そしてこの王国ではかつて王子がやらかした『婚約破棄騒動』の為に、世間では『婚約破棄、ダメ、絶対』な風潮がある。    自分の思うようにする為に手段を選ばないだろう元婚約者ディートマーから、メラニーは無事自由を勝ち取る事が出来るのだろうか……。

処理中です...