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「……ミーナ?」
結婚式の翌朝。
アレクセイ閣下――いや、晴れて私の夫となったアレクセイ様は、広いベッドの上で目を覚まし、隣が空であることに気づいたらしい。
「初夜の翌朝くらい、ゆっくり寝ていればいいものを……」
彼がガウンを羽織り、寝癖のついた頭でバルコニーに出ると、そこには既に「仕事」をしている私の姿があった。
「おはようございます、あなた。睡眠効率は良好でしたか?」
私は計算機を片手に振り返った。
その足元には、昨日ペット(下僕)になったばかりの竜王バハムートが、犬のように丸くなって寝ている。
「……おはよう、ミーナ。何をしている?」
「資産の棚卸しです。このトカゲ、燃費が悪そうに見えて、実は排熱利用が可能です。体表温度が常時四〇度。抱き枕にすれば暖房費が浮きますね」
『……我を湯たんぽ扱いするな』
ドラゴンが薄目を開けて抗議するが、私は無視してアレクセイ様に提案した。
「ところで、新婚旅行(ハネムーン)の件ですが」
「ああ。君が行きたいところへ連れて行くよ。南の島か? それとも芸術の都か?」
「北の山脈へ行きましょう」
「……は?」
「領地の北端に、未開発の源泉があるという古文書を見つけました。このトカゲを連れていけば、即席のボイラーとして活用できます。つまり、『天然温泉リゾート開発』の現地視察です!」
私は拳を握りしめた。
結婚式で得た資金を元手に、さらなる利益を生み出す。
これぞ公爵夫人の務めだ。
「……君は、新婚旅行まで仕事にするのか」
アレクセイ様は深いため息をついたが、その口元は緩んでいた。
「まあいい。君と一緒なら、雪山遭難も悪くないデートだ」
「遭難はしません。リスク管理は完璧ですから」
* * *
数時間後。
私たちはドラゴンの背中に乗り、空の旅を楽しんでいた。
……と言いたいところだが、実際は「輸送」である。
「高度を上げすぎないでください。酸素濃度が低下します」
「右翼の羽ばたきが弱いです。バランスが悪いです修正して」
私が指示を飛ばすたびに、ドラゴンが『注文の多い客だ……』と愚痴をこぼす。
「ミーナ。もう少し景色を楽しんだらどうだ?」
後ろに乗ったアレクセイ様が、私の腰に手を回してくる。
「見てごらん。我々の領地が一望できる。……すべて、君と私が守る土地だ」
「ええ。上空から見ると、未開拓の荒地が多いですね。あそこは太陽光発電に適していそうですし、あちらは風力発電……」
「……ロマンがない」
そんな会話をしているうちに、目的地である山間の盆地に到着した。
そこは一面の銀世界だったが、岩場の隙間から微かに湯気が立ち上っている。
「ここです! 着陸!」
ズシンッ。
ドラゴンが雪原に降り立つ。
私はすぐさま源泉へ駆け寄った。
水温計を差し込む。
「……ぬるいですね。水温二五度。これではただの温水プールです」
「やはり温泉は無理か?」
「いいえ。熱源が足りないなら足せばいいのです」
私はドラゴンを振り返った。
「おい、ポチ2号(仮)」
『我はバハムートだ!』
「この源泉の底に潜って、ブレスではなく『体温』でじっくり加熱してください。目標温度は四二度。熱すぎると茹で上がるので微調整するように」
『我を投げ込みヒーター扱いする気か!? 竜王のプライドが……』
「成功報酬として、最高級の霜降り肉(牛一頭分)を用意します」
『……承知した。湯加減はお任せあれ』
ドラゴンはプライドを捨てて源泉にドボンと浸かった。
チョロい。
やはり労働に対する対価(餌)は重要だ。
数分後。
ボコッ、ボコボコ……。
源泉から豊富な湯気が立ち上り始めた。
硫黄の香りと、ほんのりとしたドラゴンの出汁(?)の香りが漂う。
「完成です! 『竜王の湯』一番風呂!」
私は手早く服を脱ぎ(もちろん水着着用だ)、湯船へと足を浸した。
「……ふぅ。極楽ですね」
完璧な温度管理だ。
雪景色を見ながらの露天風呂。
これは観光資源としてSランク間違いなしだ。
「……ミーナ」
アレクセイ様も水着(私が用意した)に着替え、隣に入ってきた。
湯気で少し上気した顔が、妙に色っぽい。
「どうですか、閣下。この効能は」
「……ああ。悪くない」
彼は湯をすくい、私の肩にかけた。
「だが、君の水着姿の方が……心臓に悪いな」
「機能性重視のスクール水着タイプですが?」
「それが逆に……いや、何でもない」
彼は苦笑し、そっと私の手を湯の中で握った。
「ミーナ。……幸せか?」
唐突な質問。
私は計算機を置いた。
湯煙の向こう、愛する夫の顔がある。
遠くではドラゴンが「いい湯だなぁ」と鼻歌を歌っている。
効率的で、利益が出て、そして温かい。
「……はい。想定利回り以上の幸福度(ハピネス)を記録しています」
私が答えると、彼は満足そうに笑い、引き寄せてキスをした。
熱い。
温泉のせいだけではない熱が、身体中を駆け巡る。
「……のぼせそうですね」
「責任を取って、部屋(テント)に戻ってから冷ましてやろうか?」
「……お手柔らかにお願いします」
こうして、私たちの新婚旅行兼視察ツアーは、濃厚な時間を刻んでいった。
後日。
この場所に建設された巨大温泉テーマパーク『ドラゴン・スパ・リゾート』は、竜王が沸かすありがたい湯として世界中から観光客が殺到し、ガレリア公爵領に莫大な外貨をもたらすことになる。
もちろん、番台にはリリィ様(筋肉マッチョ)が座り、湯加減の管理はクラーク殿下(鉱山帰りのボイラー技師)が行うという、鉄壁の布陣で運営されていることは言うまでもない。
結婚式の翌朝。
アレクセイ閣下――いや、晴れて私の夫となったアレクセイ様は、広いベッドの上で目を覚まし、隣が空であることに気づいたらしい。
「初夜の翌朝くらい、ゆっくり寝ていればいいものを……」
彼がガウンを羽織り、寝癖のついた頭でバルコニーに出ると、そこには既に「仕事」をしている私の姿があった。
「おはようございます、あなた。睡眠効率は良好でしたか?」
私は計算機を片手に振り返った。
その足元には、昨日ペット(下僕)になったばかりの竜王バハムートが、犬のように丸くなって寝ている。
「……おはよう、ミーナ。何をしている?」
「資産の棚卸しです。このトカゲ、燃費が悪そうに見えて、実は排熱利用が可能です。体表温度が常時四〇度。抱き枕にすれば暖房費が浮きますね」
『……我を湯たんぽ扱いするな』
ドラゴンが薄目を開けて抗議するが、私は無視してアレクセイ様に提案した。
「ところで、新婚旅行(ハネムーン)の件ですが」
「ああ。君が行きたいところへ連れて行くよ。南の島か? それとも芸術の都か?」
「北の山脈へ行きましょう」
「……は?」
「領地の北端に、未開発の源泉があるという古文書を見つけました。このトカゲを連れていけば、即席のボイラーとして活用できます。つまり、『天然温泉リゾート開発』の現地視察です!」
私は拳を握りしめた。
結婚式で得た資金を元手に、さらなる利益を生み出す。
これぞ公爵夫人の務めだ。
「……君は、新婚旅行まで仕事にするのか」
アレクセイ様は深いため息をついたが、その口元は緩んでいた。
「まあいい。君と一緒なら、雪山遭難も悪くないデートだ」
「遭難はしません。リスク管理は完璧ですから」
* * *
数時間後。
私たちはドラゴンの背中に乗り、空の旅を楽しんでいた。
……と言いたいところだが、実際は「輸送」である。
「高度を上げすぎないでください。酸素濃度が低下します」
「右翼の羽ばたきが弱いです。バランスが悪いです修正して」
私が指示を飛ばすたびに、ドラゴンが『注文の多い客だ……』と愚痴をこぼす。
「ミーナ。もう少し景色を楽しんだらどうだ?」
後ろに乗ったアレクセイ様が、私の腰に手を回してくる。
「見てごらん。我々の領地が一望できる。……すべて、君と私が守る土地だ」
「ええ。上空から見ると、未開拓の荒地が多いですね。あそこは太陽光発電に適していそうですし、あちらは風力発電……」
「……ロマンがない」
そんな会話をしているうちに、目的地である山間の盆地に到着した。
そこは一面の銀世界だったが、岩場の隙間から微かに湯気が立ち上っている。
「ここです! 着陸!」
ズシンッ。
ドラゴンが雪原に降り立つ。
私はすぐさま源泉へ駆け寄った。
水温計を差し込む。
「……ぬるいですね。水温二五度。これではただの温水プールです」
「やはり温泉は無理か?」
「いいえ。熱源が足りないなら足せばいいのです」
私はドラゴンを振り返った。
「おい、ポチ2号(仮)」
『我はバハムートだ!』
「この源泉の底に潜って、ブレスではなく『体温』でじっくり加熱してください。目標温度は四二度。熱すぎると茹で上がるので微調整するように」
『我を投げ込みヒーター扱いする気か!? 竜王のプライドが……』
「成功報酬として、最高級の霜降り肉(牛一頭分)を用意します」
『……承知した。湯加減はお任せあれ』
ドラゴンはプライドを捨てて源泉にドボンと浸かった。
チョロい。
やはり労働に対する対価(餌)は重要だ。
数分後。
ボコッ、ボコボコ……。
源泉から豊富な湯気が立ち上り始めた。
硫黄の香りと、ほんのりとしたドラゴンの出汁(?)の香りが漂う。
「完成です! 『竜王の湯』一番風呂!」
私は手早く服を脱ぎ(もちろん水着着用だ)、湯船へと足を浸した。
「……ふぅ。極楽ですね」
完璧な温度管理だ。
雪景色を見ながらの露天風呂。
これは観光資源としてSランク間違いなしだ。
「……ミーナ」
アレクセイ様も水着(私が用意した)に着替え、隣に入ってきた。
湯気で少し上気した顔が、妙に色っぽい。
「どうですか、閣下。この効能は」
「……ああ。悪くない」
彼は湯をすくい、私の肩にかけた。
「だが、君の水着姿の方が……心臓に悪いな」
「機能性重視のスクール水着タイプですが?」
「それが逆に……いや、何でもない」
彼は苦笑し、そっと私の手を湯の中で握った。
「ミーナ。……幸せか?」
唐突な質問。
私は計算機を置いた。
湯煙の向こう、愛する夫の顔がある。
遠くではドラゴンが「いい湯だなぁ」と鼻歌を歌っている。
効率的で、利益が出て、そして温かい。
「……はい。想定利回り以上の幸福度(ハピネス)を記録しています」
私が答えると、彼は満足そうに笑い、引き寄せてキスをした。
熱い。
温泉のせいだけではない熱が、身体中を駆け巡る。
「……のぼせそうですね」
「責任を取って、部屋(テント)に戻ってから冷ましてやろうか?」
「……お手柔らかにお願いします」
こうして、私たちの新婚旅行兼視察ツアーは、濃厚な時間を刻んでいった。
後日。
この場所に建設された巨大温泉テーマパーク『ドラゴン・スパ・リゾート』は、竜王が沸かすありがたい湯として世界中から観光客が殺到し、ガレリア公爵領に莫大な外貨をもたらすことになる。
もちろん、番台にはリリィ様(筋肉マッチョ)が座り、湯加減の管理はクラーク殿下(鉱山帰りのボイラー技師)が行うという、鉄壁の布陣で運営されていることは言うまでもない。
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