婚約破棄?これからは、推しの殿下のトップオタクとして生きていきますわ!

黒猫かの

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「……はぁ。メメル、頼むから朝食の間くらい、その『魔法記録鏡』を置いてくれないか」


 新婚生活が始まって一週間。王宮の私室。
 ヴィルフリート殿下は、皿の上にあるオムレツを口に運ぼうとして、目の前に差し出された巨大なレンズに溜息をつきました。


 そう、私たちの寝室の隣には、約束通り「最高級マジックミラー」で仕切られた観測ルームが完備されておりますの。


「何を仰るのですか、殿下! 朝陽を浴びて、少しだけ寝癖のついた殿下がオムレツを咀嚼するその瞬間……。これぞ一日の中で最も栄養価の高い『朝の供給』ではありませんか!」


 私は、三台の記録鏡を同時に操作しながら、絶好のシャッターチャンスを狙っていました。


「咀嚼に栄養価なんてないだろう! 大体、昨夜もそうだ。私が寝るまで、隣の部屋から『寝顔の角度が尊い……っ!』という呻き声が聞こえてきて、一睡もできなかったぞ」


「あら、お気づきでしたの? それは大変失礼いたしました。今夜からは防音魔法を強化して、私の悶絶ボイスが殿下の安眠を妨げないように配慮いたしますわ!」


「……そういう問題じゃない。君がそこにいると思うだけで、私の心拍数が常に上がっているんだ」


 殿下が少しだけ顔を赤らめて、視線を逸らしました。
 ……ああっ! この『新婚ならではの無自覚な照れ』!
 セバス、今の記録した!?


「お嬢様、いえ、王妃様。バッチリでございます。殿下の耳の裏が僅かに赤らむ様子、4K画質で保存いたしました」


 壁際で控えていたセバスが、執事の枠を超えて「専属カメラマン」として完璧な仕事をこなしています。


「セバス! お前、いつの間に私の後ろに……! というか、王妃を『お嬢様』と呼ぶのは不敬だろう!」


「失礼いたしました。……ですが、お嬢様の『オタ魂』が変わらぬ限り、私の職務も変わりません。殿下、本日午後の公務『孤児院への慰問』ですが、お嬢様が既に『慈愛の王子・限定ブロマイド』を五千枚刷り上げて待機しております」


「……五千枚!? また配るのか! 私の肖像画が国中の壁を埋め尽くしているという噂は本当だったんだな!」


「ええ、殿下。これぞ『ヴィル様・全土聖地化計画』ですわ! あなたが歩けばそこが道になり、あなたが微笑めばそこが楽園になる……。私は、この国のすべての国民をあなたの信者に作り替えてみせますわ!」


 私は高らかに宣言しました。
 殿下は、呆れたように、でもどこか嬉しそうに私を見つめました。


「……メメル。君は本当に、私を愛しているんだな。……いや、私という『コンテンツ』を愛しているのか?」


 殿下が、ふと真面目な顔をして私の手を取りました。
 
 レンズ越しではなく、直接触れ合う指先。
 殿下の温もりが、私の肌に伝わってきます。


「……殿下。私は、あなたという人間も、あなたが創り出す物語も、そのすべてを愛していますわ。……でも、一つだけ言わせてください」


「……なんだ?」


「殿下が、私に対して『甘い言葉』を囁くその瞬間。……私の心臓は、ファンとしての歓喜と、妻としての幸福で、常にキャパシティオーバー(容量制限)に陥っておりますの。ですから……」


 私は、殿下の瞳を真っ直ぐに見つめ返しました。


「……これからも、全力で私を『萌えさせて』くださいませ。それが、私への一番の愛の証ですわ!」


「……ははっ。君らしいな」


 殿下は声を上げて笑いました。
 そして、私の手を引き寄せ、優しく額に口づけをしました。


「……分かった。私は、世界で唯一の『君だけの推し』として、一生、君を飽きさせないことを誓おう」


「……殿下……! ああっ、今の『一生宣言』! セバス! 音声! 音声のバックアップ取った!?」


「抜かりございません! ハイレゾ音源で保存いたしました!」


「……もういい! 朝食は中止だ! メメル、今すぐその機械を置いて、私と散歩に行くぞ!」


「ああっ、待ってください殿下! 散歩中の『マントの揺らめき』を撮る準備がまだ……!!」


 殿下は私の手を強く引き、王宮の庭園へと駆け出しました。
 
 「婚約破棄」という名の、最高のご褒美から始まった、私たちの物語。
 
 悪役令嬢としての破滅も、悲劇のヒロインとしての涙も、ここにはありません。
 あるのは、一人の熱狂的なファンと、彼女に全力で推され続ける、世界で一番幸せな王子の日常だけ。


 私たちの「推し活」は、まだ始まったばかり。
 
 殿下がこの世界のどこかで息をしている限り。
 私の、そして全国民の「尊い……!」という叫びは、永遠に止むことはないのですわ!


「殿下ーーー! 今の走り出す後ろ姿、ふくらはぎの筋肉が最高ですわーーー!!!」


「……うるさーーーい!!」


 王宮に響き渡る、幸せな絶叫。
 
 今日もまた、新しい「伝説(コンテンツ)」が刻まれていくのでした。
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