悪役令嬢は、その婚約破棄(ボーナス)を待っていた!

黒猫かの

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ガタゴト、ガタゴト。

規則的な車輪の音と振動が、お尻に伝わってくる。

朝日が差し込む馬車の中で、私は優雅に……ビーフジャーキーを齧っていた。

「んー、硬い。でも噛めば噛むほど味が出る。まるで優良な長期債権ね」

昨夜、屋敷を飛び出してから数時間。

私たちは夜通し馬車を走らせ、すでに王都からはだいぶ離れた場所にいた。

本来なら、傷心の令嬢がハンカチを濡らしながら窓外を見つめる場面だろう。

しかし、私の膝の上にあるのは涙で濡れたハンカチではなく、電卓と帳簿、そして地図だ。

「現在地は……ここね。予定通りのペース(進捗)。このままいけば、昼過ぎには国境検問所に到着するわ」

私は地図に赤ペンでチェックを入れる。

順調だ。怖いくらいに順調だ。

エリオット殿下が私の不在に気づき、騒ぎ出すのはおそらく今日の昼頃。

二日酔いの頭で「メメリアがいない!」と叫び、捜索隊を出そうとする頃には、私はすでに隣国アルカディアで優雅にティータイム(商談)を楽しんでいるはずだ。

「完璧ね。私のリスク管理能力に死角なし」

私は満足げに頷き、二本目のジャーキーに手を伸ばした。

その時だった。

キキキーッ!

唐突に馬車が急ブレーキをかけ、私の身体が前のめりになった。

「きゃっ!? な、なにごと!?」

危うく大事な電卓が床に落ちるところだった。

私は慌てて体勢を立て直し、御者台に向かって声を張り上げた。

「ちょっと! 急停止は『積荷(わたし)』の破損リスクがあると言ったでしょう!?」

「す、すみませんお嬢様! ですが……これ以上進めなくて」

「進めない?」

私は窓のカーテンを開け、外を覗き込んだ。

そして、絶句した。

「な……何これ?」

そこには、見渡す限りの『馬車の列』が続いていた。

大型の商用馬車、旅人の乗り合い馬車、農作物を積んだ荷車。

色とりどりの馬車が、まるで数珠つなぎのように街道を埋め尽くしている。

全く動いていない。完全なる渋滞だ。

「嘘でしょう……? ここは主要街道とはいえ、平日よ? こんな渋滞、盆と正月の帰省ラッシュ以外でありえないわ」

私は馬車を降り、状況を確認するために前方へと歩き出した。

太陽が高くなり始め、ジリジリと肌を焼く。

日傘なんて洒落たものは持ってきていないので、私は地図を頭に乗せて日よけにした。

列の先頭は遥か彼方、霞んで見えない。

(これは……まずいわね)

私の脳内で、計算機がカチカチと警告音を鳴らし始める。

この渋滞の長さから推測するに、通過待ち時間は最低でも六時間。

下手をすれば、今日中に国境を越えられない可能性がある。

もしここで足止めを食らえば、王都からの追手に追いつかれるリスク(捕縛率)が跳ね上がる。

「エリオット殿下の顔を見るくらいなら、ドブ川の清掃ボランティアをした方がマシよ。なんとかしないと……」

私がブツブツと独り言を言っていると、ふと横から声が掛かった。

「ひどい渋滞だろう? お嬢さん」

振り向くと、そこには怪しげな男が立っていた。

旅人のような地味なローブを羽織り、フードを目深にかぶっている。

顔の半分は隠れていてよく見えないが、隙間から覗く瞳は、不思議なほど鋭く光っていた。

背後には、これまた地味な荷馬車が一台。行商人のようだが、どこか雰囲気が違う。

(……この男、タダモノじゃないわね。着ているローブの生地、地味に見えるけど最高級のシルク混紡だわ)

職業柄、すぐに相手の「値段」を査定してしまうのは私の悪い癖だ。

私は愛想笑い(営業用ランクC)を浮かべた。

「ええ、本当に。商売あがったりですわ。……これ、何が原因かご存知で?」

男は肩をすくめた。

「どうやら、国境検問所の警備が強化されているらしい。なんでも、隣国から『重要な人物』がお忍びで来ているとかで、不審者を徹底的にチェックしているそうだ」

「はあ? 重要な人物?」

私は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

「迷惑な話ね! その重要人物だか何だか知らないけど、その一人のためにこれだけの物流と経済活動が停滞しているのよ? この損失額、誰が補填してくれるのかしら!」

私の剣幕に、男が少し驚いたように目を瞬かせた。

「……君、面白いことを言うね。普通の令嬢なら『怖い』とか『困った』と言うところだろうに、損失額を心配するとは」

「当然です。時間は金(ゴールド)と同義ですもの。ここでぼーっとしている一分一秒が、私にとっては純損失(ネットロス)なのよ」

私はイライラと扇(の代わりに地図)を仰いだ。

男、いや行商人は、フードの下でくっくと笑ったようだった。

「違いない。……だが、諦めて待つしかないさ。聞いた話じゃ、検問所の兵士たちが不慣れで、一台検査するのに十分もかかっているらしい」

「十分!? 馬鹿なの!?」

私は叫んだ。

「荷台の中身を確認して、パスポートを照合するだけでしょう? 熟練の検査官なら一件あたり三分……いえ、二分で終わる作業よ! それを十分? 効率が悪すぎて吐き気がするわ!」

「ははは、手厳しいな。だが、お役所仕事なんてそんなものだろう?」

「お役所仕事だからこそ、税金の無駄遣いを減らすために効率化すべきなのです! あーもう、イライラする!」

私は居ても立ってもいられなくなった。

このままでは、私の「自由への逃避行」が、「非効率な業務フロー」によって阻まれてしまう。

そんな間抜けなバッドエンド、断じて認められない。

私は決意を固め、ドレスの裾(パンツルックだけど)を払った。

「決めたわ。私が見てくる」

「見てくるって……検問所にか?」

「ええ。あまりに酷いようなら、私が指導してやるわ。この渋滞(ボトルネック)、私が解消してみせます」

「……は?」

行商人の男がぽかんとしているのを尻目に、私は前へと歩き出した。

「ちょっと、君! 一般人が口出ししていい場所じゃないぞ!」

「一般人じゃありません。私は『急いでいる納税者』です!」

止める声を振り切り、私は列の先頭を目指してズカズカと進んでいく。

その背中を、フードの男が興味深そうに見つめていることには気づかずに。

(待ってなさい、無能な検問官たち。このメメリア様が、コンサルティング(業務改善)してあげるから!)

私の頭の中には、すでに理想的な「検問フローチャート」が出来上がっていた。

これより、悪役令嬢による「国境検問所・高速化プロジェクト」が幕を開ける。

……婚約破棄された翌日に、国境で現場指揮を執ることになる令嬢なんて、歴史上私くらいのものだろう。

でも、背に腹は代えられない。

私の安眠と貯金を守るためだ。

「邪魔よ邪魔よ! 通してちょうだい!」

私は人混みをかき分け、戦場(検問所)へと乗り込んでいった。
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