悪役令嬢は、その婚約破棄(ボーナス)を待っていた!

黒猫かの

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検問所の最前列にたどり着いた私は、そこで繰り広げられる地獄のような光景(オペレーション)に、怒りで震えた。

「おい、このカバンの中のリンゴはなんだ? 申告書には『果物』としか書いてないぞ。品種は? 産地は?」
「ええ……ただのオヤツのリンゴですよぉ……」
「ダメだダメだ! 毒物の可能性もある。係官、毒見役を呼んでこい!」
「はっ! ただいま毒見役は昼休憩中でして、戻りは一時間後です!」
「なら待機だ! 次!」

(……信じられない)

私はこめかみの血管がブチ切れそうになるのを必死で抑えた。

リンゴ一つで一時間のロス?

しかも、隣の列では書類のインクが薄いという理由だけで、商人が書き直しを命じられている。

「何をやっているのよ、この無能集団は!」

私の堪忍袋の緒が、音を立てて切れた。

私は検問所の柵を乗り越え、指揮官らしき隊長の元へツカツカと歩み寄った。

「ちょっと、そこのあなた! 指揮官!」

「あ? なんだ貴様は。関係者以外は……」

「黙って聞きなさい! 今のこの状況、恥ずかしいと思わないの!? あなたたちの非効率な仕事ぶりのせいで、物流という名の国の血液が滞っているのよ!」

隊長は突然の美女(自分で言うのもなんだけど)の剣幕に、ポカンと口を開けた。

「ひ、非効率だと? 我々はマニュアル通りに……」

「そのマニュアルが古いのよ! いい? 今から私がこの現場の指揮を執るわ。文句があるなら、渋滞を解消してから言いなさい!」

私は隊長の手から拡声器(魔法具)をひったくった。

そして、深呼吸をして声を張り上げる。

『注目! これより、検問業務の抜本的改革(リストラクチャリング)を行います! 全職員、私の指示に従いなさい!』

現場が一瞬静まり返る。

しかし、私の堂々とした態度と、溢れ出る「上司オーラ」に、兵士たちは条件反射で背筋を伸ばしてしまった。

「まず、レーンを分けなさい! 右端を『手荷物のみの旅人』、中央を『定期パス持ちの商人』、左端を『新規・および不審物あり』の三つに分類! ごちゃ混ぜにするから詰まるのよ!」

私はテキパキと指図する。

「そこのあなた! リンゴごときで書類を書かせるな! その場でかじらせて、死ななきゃ通過! 所要時間三秒!」

「は、はいっ!」

「書類の不備は、軽微なものならその場で訂正印を押して通す! 書き直しさせて列に戻すな、二度手間(リワーク)よ!」

「りょ、了解です!」

「あっちの荷馬車! 積荷が木材なら、中身を全部降ろす必要なし! 隙間から槍で突いて確認すれば十分! 全全数検査なんてやってたら日が暮れるわよ、サンプリング検査に切り替えて!」

私の指示が飛ぶたびに、兵士たちが弾かれたように動き出す。

最初は戸惑っていた彼らも、私の指示通りに動くと劇的に列が進むことに気づき、次第に目の色が変わっていった。

「すげえ……どんどん捌けるぞ!」
「おい、次の馬車呼べ! 行けるぞ!」

滞っていた川の流れが、一気に奔流となって流れ出す。

馬車が次々と関所を通過していく。

ドライバーたちの「ありがとう姉ちゃん!」という歓声が飛び交う中、私は隊長の横で腕組みをして仁王立ちしていた。

「見てみなさい。やればできるじゃない。要は、リスクの低い対象に時間をかけすぎなのよ。リソースの配分(アロケーション)を考えなさい」

「は、はい……おっしゃる通りです……」

隊長は完全に萎縮し、私に敬礼しそうな勢いだ。

そこへ、一人の男が近づいてきた。

さきほどの、フードの行商人だ。

彼は検問所の隅で、私の働きぶりをずっと見ていたらしい。

「見事だ。……これほどの指揮能力、ただの令嬢ではないな」

フードの奥の瞳が、面白そうに私を観察している。

「あら、見ていらしたの? お褒めに預かり光栄ね。でも、これはただの『整頓』よ。子供でもできるわ」

「いや、この国の軍隊ですらできていなかったことだ。君は、無駄を省くことに喜びを感じるタイプか?」

「喜び? いいえ、生理現象よ。無駄を見ると蕁麻疹が出るの」

私が答えると、男は声を上げて笑った。

「ははは! 蕁麻疹か! それはいい。……君、名前は?」

「メメリア。ただの通りすがりの、急いでいる一般市民よ」

「メメリアか。覚えておこう。私はギル……いや、しがない行商人のギルだ」

ギルと名乗った男は、懐から一枚の金貨を取り出し、親指でピンと弾いた。

金貨はきらりと光り、私の手の中に落ちる。

「これは?」

「コンサルティング料だ。君のおかげで、私も商談に間に合いそうだ」

「……あら、気が利くわね。ありがたく頂戴するわ」

私は金貨の純度を一目で確認し(本物だ)、チャリンとポケットにしまった。

「さあ、道は開いたわ。行きましょう、ギルさん。時は金なりよ」

「ああ、行こうか。……面白い『拾い物』をしたかもしれないな」

ギルがボソリと呟いた言葉は、雑踏にかき消されて聞こえなかった。

こうして、数キロに及ぶ大渋滞は、わずか三十分で解消された。

私は自分の馬車に戻り、再びビーフジャーキーを齧りながら、スムーズに流れる景色を眺めた。

「ふう、いい仕事をしたわ。これで予定通り、今日中に隣国の王都に入れる」

検問所を通過する際、兵士たちが全員整列して、私に向かってビシッと敬礼を送ってきた。

「ありがとうございました! 教官!」

「誰が教官よ……」

呆れつつも、私は軽く手を振って応えた。

隣国アルカディアへの扉は開かれた。

その門の向こうで、先ほどの「ギル」という男が、実はこの国の宰相であり大公閣下であるという事実を知るのは、もう少し先の話である。

(さあ、待ってなさい新天地! 私の経理スキルで、アルカディアの経済を牛耳ってやるわ!)

野望に燃える私の馬車は、国境を越え、広大な隣国の領土へと滑り込んでいった。
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