悪役令嬢は、その婚約破棄(ボーナス)を待っていた!

黒猫かの

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「久しぶりだな、メメリア! 迎えに来てやったぞ!」

王宮の廊下で、フードを脱ぎ捨てたエリオット殿下が、無駄にキラキラとした笑顔を向けた。

その横では、オランヌ王国の使者である顔色の悪い官僚が、申し訳なさそうに頭を下げている。

私は腕組みをし、冷ややかな視線(絶対零度)を浴びせた。

「……不法侵入ですね。衛兵、この不審者たちを地下牢へ」

「待て待て! 不審者じゃない! 君の元婚約者、エリオットだ! 忘れたのか!?」

「忘れたいです。過去の汚点(黒歴史)ですので」

私が背を向けて部屋に戻ろうとすると、エリオット殿下が慌てて私の前に回り込んだ。

「つれないことを言うな! わざわざ国境を越えて来てやったんだぞ! さあ、感動の再会だろう? 泣いて喜んでもいいんだぞ?」

「泣きたいのはこちらです。静粛に願います。病人が寝ているんです」

私は部屋のドアを背中でガードし、人差し指を立てた。

「それで? 何のご用ですか? 慰謝料の支払いなら、窓口はあちらの経理部ですが」

「ち、違う! 今日は君に『素晴らしい提案』を持ってきたんだ!」

エリオット殿下は、横にいた官僚に合図を送った。

官僚は震える手で、仰々しい巻物を取り出し、読み上げ始めた。

「こ、国王陛下よりの勅命である! メメリア・オルコット嬢! 直ちに帰国し、王宮筆頭財政官として復職することを命ずる! なお、過去の無礼(婚約破棄騒動)は不問とする!」

読み終えた官僚が、期待の眼差しで私を見る。

エリオット殿下も胸を張った。

「どうだ! 破格の待遇だろう? 『筆頭財政官』だぞ? 君がずっとやりたがっていた仕事じゃないか。しかも、あの騒動を『なかったこと』にしてやると言っているんだ。感謝しろよ?」

私はため息をつき、巻物を官僚の手からひったくった。

「……ふむ。雇用契約のオファーということですね?」

「そ、そうだ!」

私は巻物を開き、懐から赤ペンを取り出した。

「では、条件を確認させていただきます」

私は路上で契約書の精査(リーガルチェック)を始めた。

「まず、基本給……ええと? 『年俸制、ただし国庫の状況により変動あり』?」

「うむ。今はちょっと財政難だからな、最初は安くなるかもしれんが……」

「変動幅の記載がありませんね。つまり『ゼロ』もあり得ると? 次、勤務時間。『業務完了まで』?」

「王宮の仕事に定時などないからな。君なら三日徹夜くらい余裕だろう?」

「次、福利厚生。『王宮内の自室(屋根裏部屋)を提供』?」

「君の部屋はミナの衣装部屋にしちゃったからな。でも、星が綺麗に見えるぞ!」

「次、業務範囲。『財政再建、およびエリオット殿下の私的債務の整理、ミナ嬢の教育係、その他雑務全般』?」

私は読み進めるごとに、こめかみの血管がピキピキと音を立てるのを感じた。

読み終えた私は、ゆっくりと顔を上げた。

「……質問よろしいですか?」

「なんだ? サインする場所ならそこだぞ」

「この契約書を作成した担当者は、私のことを『人間』だと思っていますか? それとも『馬車馬』か何かだと勘違いしていますか?」

私の声の低さに、官僚がヒッと息を飲んだ。

エリオット殿下だけが、キョトンとしている。

「何を怒っているんだ? 名誉ある職だぞ? それに、僕の側にいられるんだ。愛(プライスレス)があるじゃないか」

「あのですね」

私は巻物を丁寧に巻き直し――そして、バコン!!とエリオット殿下の頭を殴った。

「いったぁーっ!?」

「この提示額、現在の私の時給の十分の一以下です! しかも残業代なし、休日なし、福利厚生は屋根裏部屋? 隣国の奴隷でももっとマシな待遇を受けますよ!」

私はさらに追撃した。

「それに『無礼を不問とする』? 何様ですか! 土下座して頼むのが筋でしょう! 『どうか我が国の破綻を救ってください、靴をお舐めしますから』くらい言えないのですか!」

「く、靴を舐める!? 王族の僕が!?」

「プライドと国、どっちが大事なんですか! ……ああ、もういいです。時間の無駄でした」

私は巻物を真っ二つに引き裂き、その残骸をエリオット殿下の顔面に投げつけた。

パラパラと舞い散る紙吹雪。

「回答は『NO』です。一億ルピ積まれてもお断りします。お引き取りください」

私が冷たく言い放つと、エリオット殿下は顔を真っ赤にして叫んだ。

「き、貴様ぁ……! ここまで下手に出てやればつけあがりおって! いいのか? これは王命だぞ! 拒否すれば国際問題になるぞ!」

「どうぞ? 受けて立ちます。こちらのバックには『鉄血宰相』がついていますが、勝てるおつもりで?」

「うっ……」

ギルバート殿下の名前を出した瞬間、エリオット殿下がたじろぐ。

しかし、すぐに開き直った。

「ふん! どうせあの男も、君の体を狙っているだけだろう! 騙されているんだ! 目を覚ませ!」

殿下が私の腕を掴もうと手を伸ばす。

「離せ! 僕と一緒に帰るんだ!」

「離してください! セクハラで訴えますよ!」

「うるさい! 君は僕のものだ! 君がいないと、僕の借金が減らないんだよぉぉ!」

「本音が漏れてますよクズ!」

王宮の廊下で繰り広げられる、レベルの低い痴話喧嘩。

その時だった。

ガチャリ。

背後のドアが開き、冷気を纏った声が響いた。

「……私の執務室の前で、騒がしいな」

空気が凍りつく。

そこに立っていたのは、パジャマの上にガウンを羽織り、ふらつきながらも壁に手をついて立つ、ギルバート殿下だった。

熱で顔は赤いが、その瞳は剣のように鋭く、エリオット殿下を射抜いていた。

「ギ、ギルバート……!?」

「……人の『大事な資産(ぶか)』に、何をしている?」

ギルバート殿下は、殺気すら感じる低い声で告げた。

「その手を離せ。さもなくば……オランヌ王国への輸出関税を、今の三倍に引き上げるぞ」

経済制裁という名の脅し。

効果は抜群だった。

エリオット殿下は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げ、私の腕から手を離した。

「……ギルバート殿下! 起きてはダメです!」

私が駆け寄ると、殿下は私の肩に重くもたれかかった。

「……すまない、メメリア。君が……連れて行かれそうな気がして……」

「行きませんよ! こんなブラック条件、誰が飲むもんですか!」

私は殿下を支えながら、エリオット殿下たちを睨みつけた。

「聞こえましたね? 我が国の宰相閣下はお怒りです。関税300%をご希望でないなら、今すぐ消えてください!」

エリオット殿下と官僚は、青ざめた顔を見合わせた。

「お、覚えてろよ! 次は正規軍を連れて……いや、弁護士を連れて来てやる!」

捨て台詞を吐き、二人は廊下を走って逃げていった。

嵐が去り、静寂が戻る。

「……ふぅ。まったく、手間のかかる元婚約者だこと」

私はため息をつき、ギルバート殿下を見上げた。

「殿下、ベッドに戻りましょう。熱がぶり返しますよ」

「……ああ。だが、安心した」

殿下は私の肩に顔を埋め、安堵の息を漏らした。

「君が『金』で動く女でよかった。……あんな安い条件では、君はなびかないと信じていた」

「当然です。私を買いたいなら、まずは誠意(かね)と、それに見合う労働環境を用意することですね」

「……肝に銘じておこう」

殿下はクスクスと笑い、私に体重を預けた。

その重みが、なぜだかとても心地よかった。

(……まあ、今の職場(ここ)より良い条件なんて、そうそうないでしょうけどね)

私は心の中でそう呟き、殿下を支えて部屋へと戻った。

契約更新。

私の心の中のスタンプが、バシッと音を立てて押された気がした。
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