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「――さて。緊急査問会(という名の説教タイム)を始めます」
深夜の執務室。
私とギルバート殿下は、ソファに腰掛けていた。
その対面には、縄でぐるぐる巻きにされたエリオット殿下と、その横で小さくなっているミナ嬢が座らされている。
「放せ! こんな屈辱……王族に対する反逆だぞ!」
エリオット殿下が叫ぶが、私は無視して、一枚のホワイトボードを用意した。
「エリオット殿下。あなたは先ほどから『愛している』『君が必要だ』と繰り返していますが……その言葉の『成分』を分析したことはありますか?」
「せ、成分……?」
「ええ。あなたの言う『愛』が、本当に『愛』なのか。それとも別の物質なのか。検証してみましょう」
私は指示棒でホワイトボードを叩いた。
「質問です。私の『どこ』が好きですか? 具体的に、五秒以内に三つ挙げてください。スタート」
「えっ!? い、いきなり……えーと、その……」
エリオット殿下は狼狽え、視線を泳がせた。
「計算が早いところ!」
「事務処理能力(スキル)ですね。次」
「僕の借金を何とかしてくれるところ!」
「債務整理能力(スキル)ですね。次」
「えーと……僕が何もしなくても、勝手に国を回してくれるところ!」
「自動化(オートメーション)機能ですね。……終了」
私はホワイトボードに、今の回答を書き出した。
* **計算が早い**
* **借金を消してくれる**
* **国を回してくれる**
そして、その横に大きく赤ペンで結論を書いた。
**【結論:便利な事務ロボット】**
「……ご覧ください。このリストの中に、私の『人格(パーソナリティ)』に関する項目が一つでもありますか?」
「うっ……」
「『笑顔が可愛い』とか『一緒にいて楽しい』とか『優しさに救われた』とか……普通の恋人なら出てくるはずの言葉が、一つもない。あなたの回答は全て、『私がいかに有能な労働力であるか』という機能評価(スペック)に過ぎません」
私は指示棒をエリオット殿下の鼻先に突きつけた。
「はっきり言いましょう。あなたが愛しているのは『メメリア』という人間ではありません。『メメリア』という名前のついた、維持費のかからない高性能なATM兼秘書です」
「そ、そんなことは……!」
「いいえ、そうです。だからこそ、あなたはミナ嬢に浮気したのです」
私は隣で震えているミナ嬢に視線を移した。
「ミナ嬢は、計算もできないし、借金も増やします。機能的には『不良品』に近い(失礼)。……でも、あなたは彼女を選んだ。なぜなら、彼女に対しては『守ってあげたい』とか『可愛い』という、純粋な感情が動いたからです」
「……」
エリオット殿下は言葉を失った。
「皮肉な話ですね。あなたが唯一、人間らしい『愛』を向けたのはミナ嬢だった。それなのに、生活が苦しくなった途端、その愛を捨てて、機能(わたし)を求めてここへ来た。……それを『愛の復活』だなんて、美談にしないでください。ただの『生活苦からの逃避』です」
私の言葉は、鋭い刃となってエリオット殿下の心を抉った。
図星をつかれた彼は、顔面蒼白になり、ガタガタと震え始めた。
「僕は……僕はただ……楽になりたかっただけなんだ……」
「でしょうね。誰だって楽はしたい。でも、その『楽』のために他人の人生を搾取するのは、経営者として……いいえ、人間として最低の行為です」
私はホワイトボードを裏返した。
そこには、ギルバート殿下が事前に書いておいた文字があった。
**『メメリアは、私の人生の共同経営者(パートナー)であり、最愛の女性である』**
「……見てください。これが、今の私の『評価額』です」
私は隣に座るギルバート殿下を見た。
殿下は黙って頷き、私の手を強く握ってくれた。
「ギルバート殿下は、私の能力を評価してくれていますが、それ以上に、私という人間を尊重してくれます。私が風邪を引けば仕事を休んで看病し、私が怒れば真剣に謝り、私が笑えば一緒に笑ってくれる。……これが『愛』です。あなたには一生理解できないでしょうけど」
エリオット殿下は、ホワイトボードの文字と、私たちを見比べた。
そして、ついにその目から涙が溢れ出した。
「……負けた」
彼はガクリと首を垂れた。
「勝てるわけが……なかったんだ。最初から……僕は君を見ていなかった……」
自分の身勝手さと、失ったものの大きさに、ようやく気づいたのだろう。
しかし、もう遅い。
「理解できたようですね。では、最終決裁を下します」
私はギルバート殿下に目配せをした。
殿下は立ち上がり、冷厳な声で宣告した。
「エリオット・バーンシュタイン、およびミナ。……貴様らの身柄は、明日、オランヌ王国からの迎えに引き渡す」
「む、迎え……?」
「ああ。先ほど連絡が入った。貴様らが逃げ出したことで、オランヌ国王がついに腹を括ったそうだ」
ギルバート殿下は、一枚の書状を投げ渡した。
「『廃嫡』だそうだ」
「……は?」
エリオット殿下が凍りついた。
「王族の籍を剥奪し、平民として一から出直させる。……借金も、王家の財布ではなく、貴様自身が働いて返すことになる。一生かかっても返しきれないだろうがな」
「そ、そんな……嘘だ……僕は王子だぞ……」
「元、王子だ。……感謝しろ。我が国の厨房で皿洗いのスキルを身につけたおかげで、食いっぱぐれることだけはないだろう」
絶望。
エリオット殿下の口から、魂が抜けていくのが見えた。
隣で聞いていたミナ嬢も、「平民……? 貧乏……?」と呟き、白目を剥いて気絶した。
「連れて行け。……二度と私の視界に入れるな」
殿下の合図で、衛兵たちが二人を引きずっていく。
「メメリアぁぁぁ! ごめんよぉぉぉ! やり直したいぃぃぃ!」
廊下に響く、負け犬の遠吠え。
私はそれを見送ることなく、冷めた紅茶を一口飲んだ。
「……ふぅ。やっと終わりましたね」
「ああ。……見事な分析だったぞ、メメリア」
ギルバート殿下が、私の肩を抱いた。
「『愛の成分分析』か。……私への分析結果も、あとで詳しく聞かせてもらおうかな?」
「有料ですよ? コンサルタント料は高いです」
「構わん。一生かけて払おう」
殿下は悪戯っぽく笑い、私の額にキスをした。
こうして、私の元婚約者との因縁は、完全なる論理的勝利と、彼らの社会的破滅によって幕を閉じた。
……はずだった。
しかし、往生際の悪い彼らが、最後の最後に国境で「とんでもない置き土産」を残していくことを、私たちはまだ知らなかったのである。
深夜の執務室。
私とギルバート殿下は、ソファに腰掛けていた。
その対面には、縄でぐるぐる巻きにされたエリオット殿下と、その横で小さくなっているミナ嬢が座らされている。
「放せ! こんな屈辱……王族に対する反逆だぞ!」
エリオット殿下が叫ぶが、私は無視して、一枚のホワイトボードを用意した。
「エリオット殿下。あなたは先ほどから『愛している』『君が必要だ』と繰り返していますが……その言葉の『成分』を分析したことはありますか?」
「せ、成分……?」
「ええ。あなたの言う『愛』が、本当に『愛』なのか。それとも別の物質なのか。検証してみましょう」
私は指示棒でホワイトボードを叩いた。
「質問です。私の『どこ』が好きですか? 具体的に、五秒以内に三つ挙げてください。スタート」
「えっ!? い、いきなり……えーと、その……」
エリオット殿下は狼狽え、視線を泳がせた。
「計算が早いところ!」
「事務処理能力(スキル)ですね。次」
「僕の借金を何とかしてくれるところ!」
「債務整理能力(スキル)ですね。次」
「えーと……僕が何もしなくても、勝手に国を回してくれるところ!」
「自動化(オートメーション)機能ですね。……終了」
私はホワイトボードに、今の回答を書き出した。
* **計算が早い**
* **借金を消してくれる**
* **国を回してくれる**
そして、その横に大きく赤ペンで結論を書いた。
**【結論:便利な事務ロボット】**
「……ご覧ください。このリストの中に、私の『人格(パーソナリティ)』に関する項目が一つでもありますか?」
「うっ……」
「『笑顔が可愛い』とか『一緒にいて楽しい』とか『優しさに救われた』とか……普通の恋人なら出てくるはずの言葉が、一つもない。あなたの回答は全て、『私がいかに有能な労働力であるか』という機能評価(スペック)に過ぎません」
私は指示棒をエリオット殿下の鼻先に突きつけた。
「はっきり言いましょう。あなたが愛しているのは『メメリア』という人間ではありません。『メメリア』という名前のついた、維持費のかからない高性能なATM兼秘書です」
「そ、そんなことは……!」
「いいえ、そうです。だからこそ、あなたはミナ嬢に浮気したのです」
私は隣で震えているミナ嬢に視線を移した。
「ミナ嬢は、計算もできないし、借金も増やします。機能的には『不良品』に近い(失礼)。……でも、あなたは彼女を選んだ。なぜなら、彼女に対しては『守ってあげたい』とか『可愛い』という、純粋な感情が動いたからです」
「……」
エリオット殿下は言葉を失った。
「皮肉な話ですね。あなたが唯一、人間らしい『愛』を向けたのはミナ嬢だった。それなのに、生活が苦しくなった途端、その愛を捨てて、機能(わたし)を求めてここへ来た。……それを『愛の復活』だなんて、美談にしないでください。ただの『生活苦からの逃避』です」
私の言葉は、鋭い刃となってエリオット殿下の心を抉った。
図星をつかれた彼は、顔面蒼白になり、ガタガタと震え始めた。
「僕は……僕はただ……楽になりたかっただけなんだ……」
「でしょうね。誰だって楽はしたい。でも、その『楽』のために他人の人生を搾取するのは、経営者として……いいえ、人間として最低の行為です」
私はホワイトボードを裏返した。
そこには、ギルバート殿下が事前に書いておいた文字があった。
**『メメリアは、私の人生の共同経営者(パートナー)であり、最愛の女性である』**
「……見てください。これが、今の私の『評価額』です」
私は隣に座るギルバート殿下を見た。
殿下は黙って頷き、私の手を強く握ってくれた。
「ギルバート殿下は、私の能力を評価してくれていますが、それ以上に、私という人間を尊重してくれます。私が風邪を引けば仕事を休んで看病し、私が怒れば真剣に謝り、私が笑えば一緒に笑ってくれる。……これが『愛』です。あなたには一生理解できないでしょうけど」
エリオット殿下は、ホワイトボードの文字と、私たちを見比べた。
そして、ついにその目から涙が溢れ出した。
「……負けた」
彼はガクリと首を垂れた。
「勝てるわけが……なかったんだ。最初から……僕は君を見ていなかった……」
自分の身勝手さと、失ったものの大きさに、ようやく気づいたのだろう。
しかし、もう遅い。
「理解できたようですね。では、最終決裁を下します」
私はギルバート殿下に目配せをした。
殿下は立ち上がり、冷厳な声で宣告した。
「エリオット・バーンシュタイン、およびミナ。……貴様らの身柄は、明日、オランヌ王国からの迎えに引き渡す」
「む、迎え……?」
「ああ。先ほど連絡が入った。貴様らが逃げ出したことで、オランヌ国王がついに腹を括ったそうだ」
ギルバート殿下は、一枚の書状を投げ渡した。
「『廃嫡』だそうだ」
「……は?」
エリオット殿下が凍りついた。
「王族の籍を剥奪し、平民として一から出直させる。……借金も、王家の財布ではなく、貴様自身が働いて返すことになる。一生かかっても返しきれないだろうがな」
「そ、そんな……嘘だ……僕は王子だぞ……」
「元、王子だ。……感謝しろ。我が国の厨房で皿洗いのスキルを身につけたおかげで、食いっぱぐれることだけはないだろう」
絶望。
エリオット殿下の口から、魂が抜けていくのが見えた。
隣で聞いていたミナ嬢も、「平民……? 貧乏……?」と呟き、白目を剥いて気絶した。
「連れて行け。……二度と私の視界に入れるな」
殿下の合図で、衛兵たちが二人を引きずっていく。
「メメリアぁぁぁ! ごめんよぉぉぉ! やり直したいぃぃぃ!」
廊下に響く、負け犬の遠吠え。
私はそれを見送ることなく、冷めた紅茶を一口飲んだ。
「……ふぅ。やっと終わりましたね」
「ああ。……見事な分析だったぞ、メメリア」
ギルバート殿下が、私の肩を抱いた。
「『愛の成分分析』か。……私への分析結果も、あとで詳しく聞かせてもらおうかな?」
「有料ですよ? コンサルタント料は高いです」
「構わん。一生かけて払おう」
殿下は悪戯っぽく笑い、私の額にキスをした。
こうして、私の元婚約者との因縁は、完全なる論理的勝利と、彼らの社会的破滅によって幕を閉じた。
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