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アルカディア王国とオランヌ王国の国境にある検問所。
かつて私が「業務改善」を行い、劇的に通過速度を上げたこの場所に、今日は別種の騒々しさが響き渡っていた。
「いやだぁぁ! 歩きたくないぃぃ!」
「馬車を! せめて馬車を用意してくれ! 元王子の足は繊細なんだ!」
衛兵たちに両脇を抱えられ、ズルズルと引きずられていくのは、エリオット殿下(廃嫡済み)とミナ嬢だ。
彼らの身なりは、王宮を出た時よりもさらに薄汚れている。
「往生際が悪いですよ。ほら、足元に気をつけて。国境線(ライン)を越えたら、もうそこはあなたの国です」
見送り……もとい、監視役として同行した私は、日傘をさして冷ややかに告げた。
「メ、メメリア! 本当にこれで最後なのか!? 君は後悔しないのか!?」
エリオット殿下が、国境のゲートにしがみついて叫ぶ。
「僕という『将来性のある優良物件』を手放すんだぞ!」
「将来性(借金)と優良(無職)の定義が辞書と異なりますね。後悔? ええ、一つだけあります」
「だ、だろう!? なら今すぐ……!」
「厨房の皿洗い、あと三日分シフトが残っていたのに、人手不足になってしまったことです。シフト表を組み直す私の苦労、わかりますか?」
「そこかよぉぉぉ!!」
エリオット殿下は絶叫し、衛兵によって無理やりゲートの向こう側へと押し出された。
ドサッ!
オランヌ側の地面に転がる二人。
そこには、すでにオランヌ王家からの迎えの馬車(鉄格子付きの護送車)が待機していた。
「さようなら、エリオットさん、ミナさん。新天地でのご活躍(労働)をお祈りしています」
私がハンカチを振ると、二人は護送車に詰め込まれながら、捨て台詞を吐いた。
「覚えてろぉぉ! いつかビッグになって戻ってきてやるぅぅ!」
「次はぁ! もっとお金持ちの国に行って、玉の輿に乗りますからぁぁ!」
ガラガラガラ……。
護送車が砂煙を上げて去っていく。
その騒がしい背中が見えなくなるまで見届けた私は、肩の荷が下りたような、清々しい気分だった。
「ふぅ……。ゴミ処理完了(タスク・コンプリート)。これで我が国の衛生環境も保たれるわ」
私は満足げに頷き、帰りの馬車に乗り込もうとした。
その時だった。
「あのぉ……メメリア様でいらっしゃいますか?」
検問所の近くにある、高級土産物店の店主が、揉み手をしながら近づいてきた。
「ええ、そうですが?」
「いやぁ、先ほどのお連れ様方、随分と景気よく買い物をしていかれまして! 『支払いは後ろにいる宰相夫人が持つ』と伺っておりましたので、こちらに請求書を……」
「……はい?」
私は足を止めた。
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
「買い物? あの無一文の二人が?」
「ええ! 『故郷への最後の手土産だ』と涙ながらに仰って……。こちらが明細になります」
店主が差し出した羊皮紙。
そこには、信じられない品目と金額が羅列されていた。
最高級アルカディア・ワイン:50本
王室御用達・金箔入りクッキー:100箱
宝石付きオルゴール(限定品):2個
乾燥熟成肉(最高ランク):1頭分
【合計請求額:金貨300枚】
「…………」
私の思考がフリーズした。
金貨300枚。
一般市民の年収の何倍だ?
あいつら、強制送還の直前に、ドサクサに紛れて爆買いしていきやがった。
「あ、あの……? お支払いは……?」
店主が不安そうに私の顔色を伺う。
私の手の中で、請求書がクシャクシャと音を立てて握りつぶされた。
「……あいつらァァァ!!!」
私の絶叫が国境の空に響き渡った。
「何が『ビッグになってやる』よ! 最後の最後まで人の財布(クレジット)で豪遊するんじゃないわよ!」
「ひぃっ!?」
店主が腰を抜かす。
私は深呼吸をして、ギリギリと奥歯を噛み締めながら、懐から小切手帳を取り出した。
ここで「知らない」と言って踏み倒せば、ギルバート殿下の顔に泥を塗ることになる。
それが奴らの狙いか、あるいは単なる天然か……どちらにせよ、腹立たしいことこの上ない。
「……払います。払いますとも」
私は震える手でサインをした。
「ただし! その荷物、まだ発送していませんよね?」
「は、はい。これからオランヌへ配送手配を……」
「配送キャンセル! 全て返品……いや、食品は返品不可ですね。わかりました」
私は鬼の形相で店主に命じた。
「ワインとクッキーと肉は、全て王宮の厨房へ送ってください! 結婚式の二次会の景品にします! オルゴールは……砕いて砂利にして、道路の舗装材に混ぜてください!」
「は、はいぃぃ!?」
「奴らに一ミリたりとも、甘い汁は吸わせません。……絶対に!」
私はサインした小切手を店主に叩きつけ、馬車に飛び乗った。
「御者! 出して! 最高速度で!」
「は、はい!」
馬車が走り出す。
窓の外を見ながら、私は心の中で、エリオット殿下の借金帳簿に新たな項目を追加した。
**【追加債務:国境での無断散財費(金貨300枚)+利息トイチ】**
「……逃げ切れると思うなよ。地獄の果てまで請求書を送ってやるから」
私の目は、完全に据わっていた。
こうして、元婚約者騒動は、私の財布に大ダメージを与えて幕を閉じた。
王宮に戻った私を、ギルバート殿下が出迎えてくれた。
「おかえり、メメリア。……随分と怖い顔をしているが、何かあったのか?」
「……いえ。ちょっとした『手切れ金』を払ってきただけです」
私は殿下の胸に顔を埋めた。
「殿下……。私、もっと働きます。もっと稼いで、この損失を埋め合わせないと気が済みません」
「……? よくわからんが、君がやる気なら応援しよう」
殿下は優しく私の頭を撫でてくれた。
その温かさに触れ、私の怒りは急速に溶けていった。
(……まあ、いいわ。これで本当に縁が切れたのだから)
高い授業料だったが、これで「過去」は清算された。
ここからは、私の、そして私たちの「未来」のための計算(じかん)だ。
静けさを取り戻した王宮で、私はようやく、自分がまだ殿下への「正式な返事」……プロポーズに対する明確なアクションを起こしていないことに気づくのだった。
かつて私が「業務改善」を行い、劇的に通過速度を上げたこの場所に、今日は別種の騒々しさが響き渡っていた。
「いやだぁぁ! 歩きたくないぃぃ!」
「馬車を! せめて馬車を用意してくれ! 元王子の足は繊細なんだ!」
衛兵たちに両脇を抱えられ、ズルズルと引きずられていくのは、エリオット殿下(廃嫡済み)とミナ嬢だ。
彼らの身なりは、王宮を出た時よりもさらに薄汚れている。
「往生際が悪いですよ。ほら、足元に気をつけて。国境線(ライン)を越えたら、もうそこはあなたの国です」
見送り……もとい、監視役として同行した私は、日傘をさして冷ややかに告げた。
「メ、メメリア! 本当にこれで最後なのか!? 君は後悔しないのか!?」
エリオット殿下が、国境のゲートにしがみついて叫ぶ。
「僕という『将来性のある優良物件』を手放すんだぞ!」
「将来性(借金)と優良(無職)の定義が辞書と異なりますね。後悔? ええ、一つだけあります」
「だ、だろう!? なら今すぐ……!」
「厨房の皿洗い、あと三日分シフトが残っていたのに、人手不足になってしまったことです。シフト表を組み直す私の苦労、わかりますか?」
「そこかよぉぉぉ!!」
エリオット殿下は絶叫し、衛兵によって無理やりゲートの向こう側へと押し出された。
ドサッ!
オランヌ側の地面に転がる二人。
そこには、すでにオランヌ王家からの迎えの馬車(鉄格子付きの護送車)が待機していた。
「さようなら、エリオットさん、ミナさん。新天地でのご活躍(労働)をお祈りしています」
私がハンカチを振ると、二人は護送車に詰め込まれながら、捨て台詞を吐いた。
「覚えてろぉぉ! いつかビッグになって戻ってきてやるぅぅ!」
「次はぁ! もっとお金持ちの国に行って、玉の輿に乗りますからぁぁ!」
ガラガラガラ……。
護送車が砂煙を上げて去っていく。
その騒がしい背中が見えなくなるまで見届けた私は、肩の荷が下りたような、清々しい気分だった。
「ふぅ……。ゴミ処理完了(タスク・コンプリート)。これで我が国の衛生環境も保たれるわ」
私は満足げに頷き、帰りの馬車に乗り込もうとした。
その時だった。
「あのぉ……メメリア様でいらっしゃいますか?」
検問所の近くにある、高級土産物店の店主が、揉み手をしながら近づいてきた。
「ええ、そうですが?」
「いやぁ、先ほどのお連れ様方、随分と景気よく買い物をしていかれまして! 『支払いは後ろにいる宰相夫人が持つ』と伺っておりましたので、こちらに請求書を……」
「……はい?」
私は足を止めた。
嫌な予感が背筋を駆け上がる。
「買い物? あの無一文の二人が?」
「ええ! 『故郷への最後の手土産だ』と涙ながらに仰って……。こちらが明細になります」
店主が差し出した羊皮紙。
そこには、信じられない品目と金額が羅列されていた。
最高級アルカディア・ワイン:50本
王室御用達・金箔入りクッキー:100箱
宝石付きオルゴール(限定品):2個
乾燥熟成肉(最高ランク):1頭分
【合計請求額:金貨300枚】
「…………」
私の思考がフリーズした。
金貨300枚。
一般市民の年収の何倍だ?
あいつら、強制送還の直前に、ドサクサに紛れて爆買いしていきやがった。
「あ、あの……? お支払いは……?」
店主が不安そうに私の顔色を伺う。
私の手の中で、請求書がクシャクシャと音を立てて握りつぶされた。
「……あいつらァァァ!!!」
私の絶叫が国境の空に響き渡った。
「何が『ビッグになってやる』よ! 最後の最後まで人の財布(クレジット)で豪遊するんじゃないわよ!」
「ひぃっ!?」
店主が腰を抜かす。
私は深呼吸をして、ギリギリと奥歯を噛み締めながら、懐から小切手帳を取り出した。
ここで「知らない」と言って踏み倒せば、ギルバート殿下の顔に泥を塗ることになる。
それが奴らの狙いか、あるいは単なる天然か……どちらにせよ、腹立たしいことこの上ない。
「……払います。払いますとも」
私は震える手でサインをした。
「ただし! その荷物、まだ発送していませんよね?」
「は、はい。これからオランヌへ配送手配を……」
「配送キャンセル! 全て返品……いや、食品は返品不可ですね。わかりました」
私は鬼の形相で店主に命じた。
「ワインとクッキーと肉は、全て王宮の厨房へ送ってください! 結婚式の二次会の景品にします! オルゴールは……砕いて砂利にして、道路の舗装材に混ぜてください!」
「は、はいぃぃ!?」
「奴らに一ミリたりとも、甘い汁は吸わせません。……絶対に!」
私はサインした小切手を店主に叩きつけ、馬車に飛び乗った。
「御者! 出して! 最高速度で!」
「は、はい!」
馬車が走り出す。
窓の外を見ながら、私は心の中で、エリオット殿下の借金帳簿に新たな項目を追加した。
**【追加債務:国境での無断散財費(金貨300枚)+利息トイチ】**
「……逃げ切れると思うなよ。地獄の果てまで請求書を送ってやるから」
私の目は、完全に据わっていた。
こうして、元婚約者騒動は、私の財布に大ダメージを与えて幕を閉じた。
王宮に戻った私を、ギルバート殿下が出迎えてくれた。
「おかえり、メメリア。……随分と怖い顔をしているが、何かあったのか?」
「……いえ。ちょっとした『手切れ金』を払ってきただけです」
私は殿下の胸に顔を埋めた。
「殿下……。私、もっと働きます。もっと稼いで、この損失を埋め合わせないと気が済みません」
「……? よくわからんが、君がやる気なら応援しよう」
殿下は優しく私の頭を撫でてくれた。
その温かさに触れ、私の怒りは急速に溶けていった。
(……まあ、いいわ。これで本当に縁が切れたのだから)
高い授業料だったが、これで「過去」は清算された。
ここからは、私の、そして私たちの「未来」のための計算(じかん)だ。
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