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チュン、チュン……。
小鳥のさえずりが聞こえる。
窓の隙間から差し込む朝日が、まぶたを優しくノックしている。
(……ああ、なんて爽やかな朝なのかしら)
私はまどろみの中で、至福の吐息を漏らした。
こんなにスッキリと目覚めたのはいつ以来だろうか。
頭の中にあった霧が晴れ、鉛のように重かった四肢が羽毛のように軽い。
睡眠負債が完済された音。
チャリーン、という幻聴すら聞こえてきそうだ。
「……ふふ、最高の寝心地だわ」
私は頬をスリスリと擦り付けた。
枕の感触がいつもと違う。
適度な弾力と、人肌のような温もり。そして、どこか安心するウッディな香り。
これは……もしや、父様が「最高級の新作だ」と言って送ってきた『低反発ゲル枕・極(きわみ)』だろうか?
いや、それにしては少し硬いし、何より……。
ドクン、ドクン。
枕から鼓動が聞こえる。
(……鼓動?)
さらに言えば、私の腰に何かが巻き付いている。
重くて、太くて、ガッチリとした何か。
まるで、丸太のような腕。
(……腕?)
私の脳内の警報装置が、遅れて作動し始めた。
スリープ公爵家の令嬢たるもの、状況把握は常に冷静でなければならない。
1.私は昨日、辺境の別荘に到着した。
2.庭に行き倒れの不審者(自称魔王)がいた。
3.薬を盛って寝かせたら、離してくれなかった。
4.面倒になって一緒に寝た。
「……あ」
記憶が連結した瞬間、私はカッと目を見開いた。
目の前にあるのは、最高級の枕ではない。
男の胸板だ。
シャツのボタンがいくつか弾け飛び、鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。
私の顔は、その胸板に埋もれていたのだ。
「……嘘でしょ」
私はそっと顔を上げた。
至近距離に、男の顔があった。
昨日の土気色が嘘のように、血色が良くなっている。
無精髭は相変わらずだが、長い睫毛が影を落とすその寝顔は、悔しいことに彫刻のように整っていた。
そして問題なのは、彼の手足だ。
右腕は私の背中に回され、左足は私の足に絡みついている。
完全に、私が抱き枕としてロックされている状態だ。
「ちょ、ちょっと……起きてください」
私は小声で呼びかけた。
大声を出して、また魔力を暴走させられても困る。
「……んぅ……」
男が眉を寄せた。
起きるか?
と思いきや、彼は私をさらに強く抱きしめ、あろうことか頭の上に顎を乗せてきた。
「……まだ……だめ……」
「だめって何ですか。朝ですよ」
「……こんなに……よく眠れたのは……はじめてだ……」
男は夢うつつで呟いている。
その声は、驚くほど甘えていて、私の耳元で低く響いた。
「……ふわふわで……いい匂い……」
「私はパンでもアロマでもありません。人間です」
「……あと五分……いや、五時間……」
「寝過ぎです! 離してください、暑苦しい!」
私がジタバタと暴れると、男は不満げに唸り声を上げ、私の後頭部を大きな手で撫でた。
よしよし、とあやすような手つきだ。
「……暴れるな……俺の安眠グッズ……」
「誰がグッズですか! 失礼な!」
私が抗議の声を上げた、その時だった。
バンッ!!
勢いよく扉が開いた。
「お嬢様! 朝でございます! 朝食の準備が……あっ」
飛び込んできたのは、私の専属メイドのマリーだった。
彼女の手には、湯気の立つ紅茶と焼きたてのスコーンが乗ったトレイがある。
しかし、彼女の動きは完全に停止した。
マリーの視線の先には、ベッドの上で絡み合う私と男。
しかも、男の上半身は半裸(ボタンが弾けたため)。私の髪は乱れ、頬は赤らんでいる(暑さと窒息のため)。
客観的に見て、事後である。
「……あ、あの、マリー? これは誤解で……」
「きゃあああああああああああああっ!!」
マリーの悲鳴が屋敷中に響き渡った。
ガシャーン!
トレイが床に落ち、カップが砕け散る。
「お、お嬢様が! お嬢様が、見知らぬ殿方と……! は、破廉恥です! 不潔です! でも素敵です!」
「待ちなさい、最後の一言は何!?」
「すぐにセバスチャン様を呼んできます! いえ、神父様を呼ぶべきでしょうか!?」
マリーはパニック状態で部屋を飛び出していった。
「待って! 違うのよ、マリー!」
私の叫びも虚しく、廊下を走る足音が遠ざかっていく。
やれやれ、これでまた変な噂が広まるに違いない。
私は脱力して、大きなため息をついた。
「……うるさいな……」
その騒ぎで、ようやく男が目を覚ましたらしい。
ゆっくりとまぶたが持ち上がり、深紅の瞳が露わになった。
昨日のような濁りはなく、澄み切ったルビーのような輝きを放っている。
彼は私を見下ろし、数秒間、瞬きをした。
そして、自分が誰を抱きしめているのかを認識したようだ。
「……あんたは……」
「おはようございます。私の庭に行き倒れていた不審者さん」
私は冷めた目で挨拶をした。
「とりあえず、その腕をどけていただけますか? 私の腰が悲鳴を上げています」
男はハッとしたように腕を緩めた。
私はその隙に転がるようにしてベッドから抜け出した。
「ふぅ……危ないところだったわ」
乱れた部屋着を直し、髪を手櫛で整える。
男はベッドの上に座り込んだまま、自分の手を見つめ、そして私を見つめ返した。
その表情は、まるで奇跡を目撃したかのように呆然としている。
「……俺は、寝ていたのか?」
「ええ、爆睡でしたよ。いびきまでかいて」
「……何時間だ?」
「昨日の昼過ぎからですから……およそ十八時間ですね」
「十八……時間……?」
男が愕然と呟いた。
「俺が……? 薬なしで……? いや、何か飲まされたか?」
「私の特製ハーブティーです。まあ、気絶に近い導入剤ですが、効果は保証します」
「……信じられん」
男は顔を覆った。
「俺は魔力が強すぎて、常に神経が昂っている。どんな強力な睡眠薬も一時間と効かない体質なんだ。それが、朝まで……一度も起きずに……」
彼は震える手で、自分の目の下に触れた。
「……体が軽い。頭痛がしない。魔力の暴走も収まっている」
「それは良かったですね。では、治療費と宿泊費を請求させていただきますので」
私は机の引き出しから、常備している『請求書用紙』を取り出した。
素早くペンを走らせる。
「一泊朝食なし、添い寝オプション(強制)、マッサージ(という名の拘束)込みで……金貨五十枚になります」
私は請求書を彼に突きつけた。
これで縁が切れれば安いものだ。
男は請求書を受け取ると、まじまじとそれを見つめた。
そして、ゆっくりと顔を上げ、私を見た。
その目には、獲物を狙う肉食獣のような光が宿っていた。
「……金貨五十枚か」
「高いですか? 公爵様なら払える額だと思いますが」
「いや、安い」
男はニヤリと笑った。
その笑顔は、昨日の行き倒れからは想像もできないほど、精悍で、そして危険な色気を放っていた。
「たった五十枚で、この安眠が手に入るなら、全財産払ってもいい」
「は?」
「おい、女。いや、令嬢」
彼はベッドから立ち上がった。
その巨体が、私に影を落とす。
「名前は?」
「……カモミール・スリープです」
「カモミールか。いい名前だ。俺の求めていた香りがする」
彼は一歩、私に近づいた。
「俺はシルベスター・ナイトメア。この辺境を治める領主だ」
「存じております。魔王様でしょう?」
「そうだ。そして魔王は、欲しいものは力ずくでも手に入れる」
ドンッ!
彼は私の背後の壁に手をついた。
いわゆる『壁ドン』である。
しかし、恋愛小説にあるような甘い雰囲気ではない。
捕食者が獲物を追い詰める、圧倒的な威圧感だ。
「カモミール。お前を雇いたい」
「……はい?」
「俺の城に来い。そして、俺が眠る時は必ずそばにいろ」
「お断りします」
私は即答した。
「私はここで隠居生活を送るために来たのです。誰かの世話をするつもりはありません」
「条件は聞け。給金は言い値でいい。公爵家の権力で、お前の望むものは全て用意する」
「全て?」
「ああ。最高級のベッド、最高級の食材、何でもだ」
私は少し心が揺らいだ。
スリープ家の財力もなかなかのものだが、公爵家のコネクションがあれば、伝説の『幻の羊毛布団』が手に入るかもしれない。
しかし、自由な時間が奪われるのは御免だ。
「……魅力的な提案ですが、やはりお断りします。私は私のペースで眠りたいのです」
「そうか。断るか」
シルベスターは残念そうに目を伏せた。
と、思いきや。
「ならば、交渉決裂だ」
彼は私の腰をひょいと抱え上げた。
「きゃっ!? な、何をするんですか!」
「交渉でダメなら、実力行使だ。言っただろう、魔王は欲しいものを奪うと」
「野蛮人! 誘拐犯! 変態!」
「なんとでも言え。俺はもう、お前なしでは眠れない体になってしまったんだ」
彼は私を小脇に抱えたまま、窓を開け放った。
「ちょ、ここ二階ですよ!?」
「問題ない」
彼は不敵に笑うと、そのまま窓枠を蹴って飛び出した。
「ぎゃああああああああっ!?」
私の悲鳴が、朝の森に木霊する。
風を切る音と共に、私たちは地面に着地した――わけではなく、ふわりと空中に浮いたまま、森の奥へと高速移動を始めた。
「これが……風魔法!?」
「俺の魔力なら、城まで十分で着く。しっかり捕まっていろよ、俺の抱き枕」
「誰が抱き枕ですか! 離せぇぇぇぇ!」
こうして。
私の安眠隠居生活は、開始二日目にして強制終了。
不眠症の魔王公爵による、拉致監禁(という名の好待遇就職)生活が幕を開けることになったのである。
「……お布団、干したかったのにぃぃぃ!!」
私の魂の叫びは、空の彼方へと消えていった。
小鳥のさえずりが聞こえる。
窓の隙間から差し込む朝日が、まぶたを優しくノックしている。
(……ああ、なんて爽やかな朝なのかしら)
私はまどろみの中で、至福の吐息を漏らした。
こんなにスッキリと目覚めたのはいつ以来だろうか。
頭の中にあった霧が晴れ、鉛のように重かった四肢が羽毛のように軽い。
睡眠負債が完済された音。
チャリーン、という幻聴すら聞こえてきそうだ。
「……ふふ、最高の寝心地だわ」
私は頬をスリスリと擦り付けた。
枕の感触がいつもと違う。
適度な弾力と、人肌のような温もり。そして、どこか安心するウッディな香り。
これは……もしや、父様が「最高級の新作だ」と言って送ってきた『低反発ゲル枕・極(きわみ)』だろうか?
いや、それにしては少し硬いし、何より……。
ドクン、ドクン。
枕から鼓動が聞こえる。
(……鼓動?)
さらに言えば、私の腰に何かが巻き付いている。
重くて、太くて、ガッチリとした何か。
まるで、丸太のような腕。
(……腕?)
私の脳内の警報装置が、遅れて作動し始めた。
スリープ公爵家の令嬢たるもの、状況把握は常に冷静でなければならない。
1.私は昨日、辺境の別荘に到着した。
2.庭に行き倒れの不審者(自称魔王)がいた。
3.薬を盛って寝かせたら、離してくれなかった。
4.面倒になって一緒に寝た。
「……あ」
記憶が連結した瞬間、私はカッと目を見開いた。
目の前にあるのは、最高級の枕ではない。
男の胸板だ。
シャツのボタンがいくつか弾け飛び、鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。
私の顔は、その胸板に埋もれていたのだ。
「……嘘でしょ」
私はそっと顔を上げた。
至近距離に、男の顔があった。
昨日の土気色が嘘のように、血色が良くなっている。
無精髭は相変わらずだが、長い睫毛が影を落とすその寝顔は、悔しいことに彫刻のように整っていた。
そして問題なのは、彼の手足だ。
右腕は私の背中に回され、左足は私の足に絡みついている。
完全に、私が抱き枕としてロックされている状態だ。
「ちょ、ちょっと……起きてください」
私は小声で呼びかけた。
大声を出して、また魔力を暴走させられても困る。
「……んぅ……」
男が眉を寄せた。
起きるか?
と思いきや、彼は私をさらに強く抱きしめ、あろうことか頭の上に顎を乗せてきた。
「……まだ……だめ……」
「だめって何ですか。朝ですよ」
「……こんなに……よく眠れたのは……はじめてだ……」
男は夢うつつで呟いている。
その声は、驚くほど甘えていて、私の耳元で低く響いた。
「……ふわふわで……いい匂い……」
「私はパンでもアロマでもありません。人間です」
「……あと五分……いや、五時間……」
「寝過ぎです! 離してください、暑苦しい!」
私がジタバタと暴れると、男は不満げに唸り声を上げ、私の後頭部を大きな手で撫でた。
よしよし、とあやすような手つきだ。
「……暴れるな……俺の安眠グッズ……」
「誰がグッズですか! 失礼な!」
私が抗議の声を上げた、その時だった。
バンッ!!
勢いよく扉が開いた。
「お嬢様! 朝でございます! 朝食の準備が……あっ」
飛び込んできたのは、私の専属メイドのマリーだった。
彼女の手には、湯気の立つ紅茶と焼きたてのスコーンが乗ったトレイがある。
しかし、彼女の動きは完全に停止した。
マリーの視線の先には、ベッドの上で絡み合う私と男。
しかも、男の上半身は半裸(ボタンが弾けたため)。私の髪は乱れ、頬は赤らんでいる(暑さと窒息のため)。
客観的に見て、事後である。
「……あ、あの、マリー? これは誤解で……」
「きゃあああああああああああああっ!!」
マリーの悲鳴が屋敷中に響き渡った。
ガシャーン!
トレイが床に落ち、カップが砕け散る。
「お、お嬢様が! お嬢様が、見知らぬ殿方と……! は、破廉恥です! 不潔です! でも素敵です!」
「待ちなさい、最後の一言は何!?」
「すぐにセバスチャン様を呼んできます! いえ、神父様を呼ぶべきでしょうか!?」
マリーはパニック状態で部屋を飛び出していった。
「待って! 違うのよ、マリー!」
私の叫びも虚しく、廊下を走る足音が遠ざかっていく。
やれやれ、これでまた変な噂が広まるに違いない。
私は脱力して、大きなため息をついた。
「……うるさいな……」
その騒ぎで、ようやく男が目を覚ましたらしい。
ゆっくりとまぶたが持ち上がり、深紅の瞳が露わになった。
昨日のような濁りはなく、澄み切ったルビーのような輝きを放っている。
彼は私を見下ろし、数秒間、瞬きをした。
そして、自分が誰を抱きしめているのかを認識したようだ。
「……あんたは……」
「おはようございます。私の庭に行き倒れていた不審者さん」
私は冷めた目で挨拶をした。
「とりあえず、その腕をどけていただけますか? 私の腰が悲鳴を上げています」
男はハッとしたように腕を緩めた。
私はその隙に転がるようにしてベッドから抜け出した。
「ふぅ……危ないところだったわ」
乱れた部屋着を直し、髪を手櫛で整える。
男はベッドの上に座り込んだまま、自分の手を見つめ、そして私を見つめ返した。
その表情は、まるで奇跡を目撃したかのように呆然としている。
「……俺は、寝ていたのか?」
「ええ、爆睡でしたよ。いびきまでかいて」
「……何時間だ?」
「昨日の昼過ぎからですから……およそ十八時間ですね」
「十八……時間……?」
男が愕然と呟いた。
「俺が……? 薬なしで……? いや、何か飲まされたか?」
「私の特製ハーブティーです。まあ、気絶に近い導入剤ですが、効果は保証します」
「……信じられん」
男は顔を覆った。
「俺は魔力が強すぎて、常に神経が昂っている。どんな強力な睡眠薬も一時間と効かない体質なんだ。それが、朝まで……一度も起きずに……」
彼は震える手で、自分の目の下に触れた。
「……体が軽い。頭痛がしない。魔力の暴走も収まっている」
「それは良かったですね。では、治療費と宿泊費を請求させていただきますので」
私は机の引き出しから、常備している『請求書用紙』を取り出した。
素早くペンを走らせる。
「一泊朝食なし、添い寝オプション(強制)、マッサージ(という名の拘束)込みで……金貨五十枚になります」
私は請求書を彼に突きつけた。
これで縁が切れれば安いものだ。
男は請求書を受け取ると、まじまじとそれを見つめた。
そして、ゆっくりと顔を上げ、私を見た。
その目には、獲物を狙う肉食獣のような光が宿っていた。
「……金貨五十枚か」
「高いですか? 公爵様なら払える額だと思いますが」
「いや、安い」
男はニヤリと笑った。
その笑顔は、昨日の行き倒れからは想像もできないほど、精悍で、そして危険な色気を放っていた。
「たった五十枚で、この安眠が手に入るなら、全財産払ってもいい」
「は?」
「おい、女。いや、令嬢」
彼はベッドから立ち上がった。
その巨体が、私に影を落とす。
「名前は?」
「……カモミール・スリープです」
「カモミールか。いい名前だ。俺の求めていた香りがする」
彼は一歩、私に近づいた。
「俺はシルベスター・ナイトメア。この辺境を治める領主だ」
「存じております。魔王様でしょう?」
「そうだ。そして魔王は、欲しいものは力ずくでも手に入れる」
ドンッ!
彼は私の背後の壁に手をついた。
いわゆる『壁ドン』である。
しかし、恋愛小説にあるような甘い雰囲気ではない。
捕食者が獲物を追い詰める、圧倒的な威圧感だ。
「カモミール。お前を雇いたい」
「……はい?」
「俺の城に来い。そして、俺が眠る時は必ずそばにいろ」
「お断りします」
私は即答した。
「私はここで隠居生活を送るために来たのです。誰かの世話をするつもりはありません」
「条件は聞け。給金は言い値でいい。公爵家の権力で、お前の望むものは全て用意する」
「全て?」
「ああ。最高級のベッド、最高級の食材、何でもだ」
私は少し心が揺らいだ。
スリープ家の財力もなかなかのものだが、公爵家のコネクションがあれば、伝説の『幻の羊毛布団』が手に入るかもしれない。
しかし、自由な時間が奪われるのは御免だ。
「……魅力的な提案ですが、やはりお断りします。私は私のペースで眠りたいのです」
「そうか。断るか」
シルベスターは残念そうに目を伏せた。
と、思いきや。
「ならば、交渉決裂だ」
彼は私の腰をひょいと抱え上げた。
「きゃっ!? な、何をするんですか!」
「交渉でダメなら、実力行使だ。言っただろう、魔王は欲しいものを奪うと」
「野蛮人! 誘拐犯! 変態!」
「なんとでも言え。俺はもう、お前なしでは眠れない体になってしまったんだ」
彼は私を小脇に抱えたまま、窓を開け放った。
「ちょ、ここ二階ですよ!?」
「問題ない」
彼は不敵に笑うと、そのまま窓枠を蹴って飛び出した。
「ぎゃああああああああっ!?」
私の悲鳴が、朝の森に木霊する。
風を切る音と共に、私たちは地面に着地した――わけではなく、ふわりと空中に浮いたまま、森の奥へと高速移動を始めた。
「これが……風魔法!?」
「俺の魔力なら、城まで十分で着く。しっかり捕まっていろよ、俺の抱き枕」
「誰が抱き枕ですか! 離せぇぇぇぇ!」
こうして。
私の安眠隠居生活は、開始二日目にして強制終了。
不眠症の魔王公爵による、拉致監禁(という名の好待遇就職)生活が幕を開けることになったのである。
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