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「カモミール! 貴様、この神聖な場で『精算』だと!? ふざけるな!」
アレック王子が松葉杖を振り回して吠えた。
全身包帯姿のミイラ男が喚いても威厳のかけらもないが、周囲の貴族たちは固唾を飲んで見守っている。
ここは断罪の場だ。
ただし、断罪されるのは悪役令嬢(わたし)ではない。
「ふざけてなどおりません。数字は嘘をつきませんので」
私は冷ややかに言い放ち、持参した分厚いファイルを宰相フランツに手渡した。
「こちらが、アレック殿下が私との婚約期間中に使い込んだ『使途不明金』の明細です」
「……拝見します」
フランツが震える手でページをめくる。
「……な、なんだこれは……」
彼の顔色が青から白、そして土気色へと変わっていく。
「ミナ男爵令嬢へのプレゼント代……ドレス、宝石、馬車……合計金貨五千万枚!?」
「ご、五千万!?」
玉座の国王が身を乗り出した。
「さらに、殿下がサボった公務による損失補填、違約金、外交上のトラブル解決費用……これらを、私の個人資産とスリープ公爵家の裏予算で穴埋めしておりました」
私は淡々と続けた。
「その総額、金貨三億五千万枚。これに、今回の婚約破棄による精神的苦痛への慰謝料、および私の『安眠妨害』に対する賠償金を加算します」
「……合計は?」
「金貨五億枚です」
シーン……。
謁見の間が、真空になったかのような静寂に包まれた。
五億枚。
それは小国の国家予算に匹敵する金額だ。
「ご、五億……!? 嘘だ! そんなに使っているわけがない!」
アレック王子が悲鳴を上げた。
「嘘ではありません。全ての領収書と、貴方の署名入り承認書類がここにあります」
私は証拠書類の束を、バサリと床に広げた。
そこには、王子の下手くそな字でサインされた契約書が山のようにあった。
「貴方は中身も読まずにハンコを押していましたからね。『ミナが喜ぶなら』と言って」
「ぐぬっ……!」
「そ、そんなぁ! アレック様が『国の金なんて湧いてくるから使い放題だ』って言ったのよぉ!」
ミナが墓穴を掘るような発言をした。
「ば、馬鹿! 言うなミナ!」
「ほほう? 使い放題、か」
国王のこめかみに、青筋がビキビキと浮かび上がった。
「アレック……。其方、余の血税を、その女のドレスに変えていたのか?」
「ち、違います父上! これは投資です! ミナの美しさは国益に……」
「黙れ!!」
国王の怒号が響いた。
「この大馬鹿者めが! 国庫が空になるまで浪費しおって! そのせいで、今我が国は隣国ガルディア帝国からの借金返済も滞っておるのだぞ!」
「え……借金?」
王子がキョトンとした。
「知らなかったのですか? 我が国は慢性的な赤字です。それを私の実家の物流利益と、私の私財で回していたんですよ」
私は呆れて言った。
「つまり、私が去った今、この国の財政は破綻寸前。いわば『倒産』です」
「と、倒産……!?」
「さらに追い打ちをかけるようですが」
私はもう一枚、重要な書類を取り出した。
「これは、帝国の皇帝陛下からシルベスター様に届いた親書です」
「皇帝から?」
シルベスターが懐から手紙を取り出し、ペラペラと振った。
「ああ。俺の古い飲み仲間でな。『カモミール嬢を不当に扱うなら、スリープ家の物流ルートを帝国が全面支援する。ついでに、あのバカ王子の国には制裁関税をかける』と書いてある」
「な、なんだと!?」
国王が玉座から転げ落ちそうになった。
「て、帝国まで敵に回すというのか……!」
「当然です。私の『最高級ワイン』の輸出ルートは、皇帝陛下のお気に入りですから。それを止めた元凶が誰か、陛下はよくご存知です」
私はアレック王子を指差した。
詰みだ。
金もなく、信用もなく、後ろ盾もない。
あるのは、借金と、役に立たない自称ヒロインと、傷ついたプライドだけ。
「……陛下。選択してください」
私は国王に迫った。
「私とシルベスター様を『反逆者』として処刑し、国ごと滅びるか。……それとも、真の元凶を処分し、私との和解(精算)に応じるか」
「カモミール、俺としては前者でも構わんぞ」
シルベスターが物騒なことを囁く。
「滅ぼして、この城を更地にして巨大なベッドを作ろう」
「魅力的ですが、掃除が大変なので後者にしましょう」
国王はガタガタと震え、そして深く項垂れた。
「……分かった。余の負けだ」
国王は重々しく告げた。
「カモミール嬢、およびナイトメア公爵への反逆罪の嫌疑を晴らす。そして……」
国王は、アレック王子を睨みつけた。
「アレック! 其方を本日付で『廃嫡』とする!」
「は……はい、ちゃく……?」
王子が言葉の意味を理解できずにポカンとする。
「王位継承権を剥奪し、王族の籍から抜くということだ! これより其方はただの平民……いや、罪人だ!」
「そ、そんなぁぁぁ! 私は王太子だぞ! 父上、ご乱心を!」
「乱心しているのは貴様だ! これ以上、国を道連れにされてたまるか!」
「いやだぁぁぁ! 王様じゃなくなったら、ただの無職じゃないかぁぁぁ!」
王子が床に突っ伏して泣き喚く。
「えっ……無職? アレック様が無職?」
ミナが青ざめた顔で後ずさりした。
「じゃあ、ドレスは? 宝石は? 美味しいご飯は?」
「ないよ。借金だけが残るわ」
私が教えてあげると、ミナの顔が鬼の形相に変わった。
「ふざけんじゃないわよ! 金のない男なんて用済みよ!」
バシンッ!
ミナは王子の頬(包帯の上から)を力いっぱい叩いた。
「痛っ!?」
「さよなら! 私の時間を返してよ、この役立たず!」
ミナはドレスの裾を翻し、出口へと走った。
「あ、逃がしませんよ」
私が指を鳴らすと、控えていた近衛騎士たちがミナの前に立ちはだかった。
「ミナ男爵令嬢。貴女にも『共犯』および『詐欺』の容疑がかかっています。使い込んだ五千万枚、体で働いて返していただきます」
「いやぁぁぁ! 私はヒロインなのよぉぉぉ!」
「いいえ、ただの『浪費家の悪女』です。……鉱山送りがお似合いですね」
ミナは騎士たちに引きずられ、絶叫しながら退場していった。
「ミナぁぁぁ! 待ってくれぇぇぇ!」
アレック王子もまた、別の騎士たちに取り押さえられた。
「離せ! 私は……私は王になる男だ!」
「いいえ、貴方は『過去の人』です」
私は冷たく見下ろした。
「精算完了です、アレック様。……これからは、自分の力で生きてください。マニュアルはありませんので、悪しからず」
「カモミールぅぅぅ! 助けてくれぇぇぇ!」
王子の情けない声が遠ざかり、やがて扉の向こうへと消えた。
謁見の間に、深い静寂が戻った。
「……これで、満足か?」
国王が疲れ切った顔で私を見た。
「ええ。とりあえずは」
私はニッコリと笑った。
「ですが、まだ五億枚の借金が残っています。これはどうされますか?」
「……王室費を削減し、王領の一部を売却してでも支払う。……分割で頼めるか?」
「ええ、無利子で結構です。その代わり、条件があります」
「条件?」
「私とシルベスター様の『婚約』を、公式に承認してください」
私がそう言うと、隣でシルベスターがピクリと反応した。
「……カモミール?」
「そして、今後一切、私たちの生活に干渉しないこと。私たちの城は『安眠特区』として治外法権を認め、いかなる召喚にも応じません」
「……分かった。認めよう。……二人の門出を祝して」
国王は力なく頷いた。
完全に、こちらの勝利だ。
「ありがとうございます、陛下。……それでは、私たちはこれで」
私は優雅にカーテシーをした。
「帰ろう、カモミール」
シルベスターが私の腰を抱き寄せる。
「ああ。……最高のショーだったぞ。お前の毒舌は、どんな魔法よりも切れ味がいい」
「お褒めに預かり光栄です」
私たちは踵を返し、謁見の間を後にした。
背後からは、貴族たちのひそひそ話ではなく、畏敬の念に満ちた沈黙だけが聞こえていた。
城を出ると、外の空気は驚くほど澄んでいた。
王都を覆っていた灰色の雲が晴れ、青空が広がっている。
「終わりましたね」
「ああ。邪魔者は全て消えた」
シルベスターが大きく伸びをした。
「これで、ようやく……心置きなく眠れるな」
「ええ。そうですね」
私は彼を見上げた。
全てが終わった今、私たちがここ(王都)に留まる理由は何もない。
「帰りましょうか、私たちの城へ」
「ああ。……だが、その前に」
シルベスターが立ち止まった。
「ん?」
「せっかく王都に来たんだ。……アレを買って帰らないか?」
「アレ?」
「お前が言っていた、『王都限定・熟睡プリン』だ」
彼は少年のように目を輝かせた。
「……ふふっ。そうですね。買い占めて帰りましょう」
私たちは顔を見合わせ、笑い合った。
権力も、地位も、名誉もいらない。
私たちに必要なのは、美味しいプリンと、ふかふかのベッド、そして隣にいるパートナーだけ。
最強の悪役令嬢と魔王公爵の、真のハッピーエンド(安眠生活)は、ここから始まるのだ。
アレック王子が松葉杖を振り回して吠えた。
全身包帯姿のミイラ男が喚いても威厳のかけらもないが、周囲の貴族たちは固唾を飲んで見守っている。
ここは断罪の場だ。
ただし、断罪されるのは悪役令嬢(わたし)ではない。
「ふざけてなどおりません。数字は嘘をつきませんので」
私は冷ややかに言い放ち、持参した分厚いファイルを宰相フランツに手渡した。
「こちらが、アレック殿下が私との婚約期間中に使い込んだ『使途不明金』の明細です」
「……拝見します」
フランツが震える手でページをめくる。
「……な、なんだこれは……」
彼の顔色が青から白、そして土気色へと変わっていく。
「ミナ男爵令嬢へのプレゼント代……ドレス、宝石、馬車……合計金貨五千万枚!?」
「ご、五千万!?」
玉座の国王が身を乗り出した。
「さらに、殿下がサボった公務による損失補填、違約金、外交上のトラブル解決費用……これらを、私の個人資産とスリープ公爵家の裏予算で穴埋めしておりました」
私は淡々と続けた。
「その総額、金貨三億五千万枚。これに、今回の婚約破棄による精神的苦痛への慰謝料、および私の『安眠妨害』に対する賠償金を加算します」
「……合計は?」
「金貨五億枚です」
シーン……。
謁見の間が、真空になったかのような静寂に包まれた。
五億枚。
それは小国の国家予算に匹敵する金額だ。
「ご、五億……!? 嘘だ! そんなに使っているわけがない!」
アレック王子が悲鳴を上げた。
「嘘ではありません。全ての領収書と、貴方の署名入り承認書類がここにあります」
私は証拠書類の束を、バサリと床に広げた。
そこには、王子の下手くそな字でサインされた契約書が山のようにあった。
「貴方は中身も読まずにハンコを押していましたからね。『ミナが喜ぶなら』と言って」
「ぐぬっ……!」
「そ、そんなぁ! アレック様が『国の金なんて湧いてくるから使い放題だ』って言ったのよぉ!」
ミナが墓穴を掘るような発言をした。
「ば、馬鹿! 言うなミナ!」
「ほほう? 使い放題、か」
国王のこめかみに、青筋がビキビキと浮かび上がった。
「アレック……。其方、余の血税を、その女のドレスに変えていたのか?」
「ち、違います父上! これは投資です! ミナの美しさは国益に……」
「黙れ!!」
国王の怒号が響いた。
「この大馬鹿者めが! 国庫が空になるまで浪費しおって! そのせいで、今我が国は隣国ガルディア帝国からの借金返済も滞っておるのだぞ!」
「え……借金?」
王子がキョトンとした。
「知らなかったのですか? 我が国は慢性的な赤字です。それを私の実家の物流利益と、私の私財で回していたんですよ」
私は呆れて言った。
「つまり、私が去った今、この国の財政は破綻寸前。いわば『倒産』です」
「と、倒産……!?」
「さらに追い打ちをかけるようですが」
私はもう一枚、重要な書類を取り出した。
「これは、帝国の皇帝陛下からシルベスター様に届いた親書です」
「皇帝から?」
シルベスターが懐から手紙を取り出し、ペラペラと振った。
「ああ。俺の古い飲み仲間でな。『カモミール嬢を不当に扱うなら、スリープ家の物流ルートを帝国が全面支援する。ついでに、あのバカ王子の国には制裁関税をかける』と書いてある」
「な、なんだと!?」
国王が玉座から転げ落ちそうになった。
「て、帝国まで敵に回すというのか……!」
「当然です。私の『最高級ワイン』の輸出ルートは、皇帝陛下のお気に入りですから。それを止めた元凶が誰か、陛下はよくご存知です」
私はアレック王子を指差した。
詰みだ。
金もなく、信用もなく、後ろ盾もない。
あるのは、借金と、役に立たない自称ヒロインと、傷ついたプライドだけ。
「……陛下。選択してください」
私は国王に迫った。
「私とシルベスター様を『反逆者』として処刑し、国ごと滅びるか。……それとも、真の元凶を処分し、私との和解(精算)に応じるか」
「カモミール、俺としては前者でも構わんぞ」
シルベスターが物騒なことを囁く。
「滅ぼして、この城を更地にして巨大なベッドを作ろう」
「魅力的ですが、掃除が大変なので後者にしましょう」
国王はガタガタと震え、そして深く項垂れた。
「……分かった。余の負けだ」
国王は重々しく告げた。
「カモミール嬢、およびナイトメア公爵への反逆罪の嫌疑を晴らす。そして……」
国王は、アレック王子を睨みつけた。
「アレック! 其方を本日付で『廃嫡』とする!」
「は……はい、ちゃく……?」
王子が言葉の意味を理解できずにポカンとする。
「王位継承権を剥奪し、王族の籍から抜くということだ! これより其方はただの平民……いや、罪人だ!」
「そ、そんなぁぁぁ! 私は王太子だぞ! 父上、ご乱心を!」
「乱心しているのは貴様だ! これ以上、国を道連れにされてたまるか!」
「いやだぁぁぁ! 王様じゃなくなったら、ただの無職じゃないかぁぁぁ!」
王子が床に突っ伏して泣き喚く。
「えっ……無職? アレック様が無職?」
ミナが青ざめた顔で後ずさりした。
「じゃあ、ドレスは? 宝石は? 美味しいご飯は?」
「ないよ。借金だけが残るわ」
私が教えてあげると、ミナの顔が鬼の形相に変わった。
「ふざけんじゃないわよ! 金のない男なんて用済みよ!」
バシンッ!
ミナは王子の頬(包帯の上から)を力いっぱい叩いた。
「痛っ!?」
「さよなら! 私の時間を返してよ、この役立たず!」
ミナはドレスの裾を翻し、出口へと走った。
「あ、逃がしませんよ」
私が指を鳴らすと、控えていた近衛騎士たちがミナの前に立ちはだかった。
「ミナ男爵令嬢。貴女にも『共犯』および『詐欺』の容疑がかかっています。使い込んだ五千万枚、体で働いて返していただきます」
「いやぁぁぁ! 私はヒロインなのよぉぉぉ!」
「いいえ、ただの『浪費家の悪女』です。……鉱山送りがお似合いですね」
ミナは騎士たちに引きずられ、絶叫しながら退場していった。
「ミナぁぁぁ! 待ってくれぇぇぇ!」
アレック王子もまた、別の騎士たちに取り押さえられた。
「離せ! 私は……私は王になる男だ!」
「いいえ、貴方は『過去の人』です」
私は冷たく見下ろした。
「精算完了です、アレック様。……これからは、自分の力で生きてください。マニュアルはありませんので、悪しからず」
「カモミールぅぅぅ! 助けてくれぇぇぇ!」
王子の情けない声が遠ざかり、やがて扉の向こうへと消えた。
謁見の間に、深い静寂が戻った。
「……これで、満足か?」
国王が疲れ切った顔で私を見た。
「ええ。とりあえずは」
私はニッコリと笑った。
「ですが、まだ五億枚の借金が残っています。これはどうされますか?」
「……王室費を削減し、王領の一部を売却してでも支払う。……分割で頼めるか?」
「ええ、無利子で結構です。その代わり、条件があります」
「条件?」
「私とシルベスター様の『婚約』を、公式に承認してください」
私がそう言うと、隣でシルベスターがピクリと反応した。
「……カモミール?」
「そして、今後一切、私たちの生活に干渉しないこと。私たちの城は『安眠特区』として治外法権を認め、いかなる召喚にも応じません」
「……分かった。認めよう。……二人の門出を祝して」
国王は力なく頷いた。
完全に、こちらの勝利だ。
「ありがとうございます、陛下。……それでは、私たちはこれで」
私は優雅にカーテシーをした。
「帰ろう、カモミール」
シルベスターが私の腰を抱き寄せる。
「ああ。……最高のショーだったぞ。お前の毒舌は、どんな魔法よりも切れ味がいい」
「お褒めに預かり光栄です」
私たちは踵を返し、謁見の間を後にした。
背後からは、貴族たちのひそひそ話ではなく、畏敬の念に満ちた沈黙だけが聞こえていた。
城を出ると、外の空気は驚くほど澄んでいた。
王都を覆っていた灰色の雲が晴れ、青空が広がっている。
「終わりましたね」
「ああ。邪魔者は全て消えた」
シルベスターが大きく伸びをした。
「これで、ようやく……心置きなく眠れるな」
「ええ。そうですね」
私は彼を見上げた。
全てが終わった今、私たちがここ(王都)に留まる理由は何もない。
「帰りましょうか、私たちの城へ」
「ああ。……だが、その前に」
シルベスターが立ち止まった。
「ん?」
「せっかく王都に来たんだ。……アレを買って帰らないか?」
「アレ?」
「お前が言っていた、『王都限定・熟睡プリン』だ」
彼は少年のように目を輝かせた。
「……ふふっ。そうですね。買い占めて帰りましょう」
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権力も、地位も、名誉もいらない。
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