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「……」
「……」
翌朝の食堂は、針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。
長テーブルの端と端。
私とアレクセイ様は、向かい合って座っている。
気まずい。
死ぬほど気まずい。
昨夜の「お風呂ハプニング」の後、私は脱兎のごとく部屋に逃げ帰り、鍵を三重にかけて布団に潜り込んだ。
そして今朝、空腹に負けて食堂に来てみれば、そこにはすでに彼が鎮座していたのだ。
私は恐る恐る、視線を上げる。
アレクセイ様は、いつものように涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。
ただし、一つだけいつもと違う点があった。
その美しい額の中央に、赤々とした『たんこぶ』ができているのだ。
昨夜、私が渾身の力で投げつけた洗面器の跡である。
(やってしまった……)
私は冷や汗を流した。
辺境伯の顔面に洗面器をぶつけるなんて、不敬罪どころの話ではない。
打ち首獄門になっても文句は言えない所業だ。
「あ、あの……アレクセイ様」
私は震える声で切り出した。
「お、おでこの傷……痛みますか?」
彼はカップを置き、自分の額に触れた。
「……これか。気にするな。蚊に刺されたようなものだ」
(蚊!? 洗面器が!? どんだけ頑丈なんですか!)
「それより、昨夜はすまなかった」
「え?」
「こちらの説明不足だった。……辺境では湯の温度を保つため、大浴場は共用にするのが習わしでな。君を驚かせてしまった」
彼は真面目な顔で頭を下げた。
「今後は君専用の時間帯を設けるよう、手配した。……許してくれ」
(やだ、この人やっぱり優しい……)
洗面器をぶつけられた被害者なのに、加害者の私に謝っている。
私は胸がキュンとした……が、次の瞬間、彼の瞳が怪しく光ったのを見逃さなかった。
「詫びと言ってはなんだが……今日は君のために、滋養のつくものを用意させた」
「滋養?」
「ああ。君は痩せすぎだ。王都でろくなものを食べていなかったのだろう。……骨と皮ばかりでは、抱き心地も悪……いや、健康に悪い」
彼は手をパチンと鳴らした。
「持ってこい」
その合図と共に、食堂の扉がバーン! と開かれた。
「お待ちどう! 朝の餌付けタイムだ!!」
料理長のマーサさんが、ワゴンを押して入ってきた。
その後ろにも、メイドたちが次々と皿を持って続いている。
ドンッ! ドンッ! ドドンッ!
テーブルの上に、料理の塔が建設されていく。
厚切りベーコンのステーキ。
山盛りのスクランブルエッグ。
チーズがとろけるポテトグラタン。
焼きたてのパンが十種類。
そして中央には、朝から丸鶏のローストチキンが鎮座している。
「え、あの……これ、何人分ですか?」
「一人分だ」
アレクセイ様が即答した。
「全部、君の分だ」
「はあああ!?」
私はのけぞった。
どう見てもパーティサイズだ。
ラグビー部員合宿の朝食でも、こんなに出ない。
「遠慮はいらん。……食え」
「い、いや、無理です! 物理的に入りません!」
「大丈夫だ。君の昨日の食べっぷりを見て、マーサが『あの娘の胃袋は宇宙だ』と太鼓判を押していた」
(誰が宇宙ですか! ブラックホール扱いしないで!)
「さあ、冷める前に」
アレクセイ様がナイフとフォークを手に取り、慣れた手つきでローストチキンを取り分け始めた。
一番脂の乗ったもも肉を切り出し、私の皿に乗せる。
さらに、肉汁たっぷりのソースをドバッとかける。
「ほら、口を開けろ」
「えっ、あ、自分で食べます!」
「いいから。……あーん」
「あ、あーん……」
抗えなかった。
目の前に差し出された肉の香りに、本能が屈服した。
私はパクりと肉を頬張った。
「んんっ……!」
美味しい。
悔しいけれど、とてつもなく美味しい。
皮はパリパリ、中はジューシー。
ハーブの香りが鼻腔をくすぐり、濃厚な旨味が脳髄を直撃する。
「うまいか?」
「はい……!」
「そうか。なら、もっと食え」
次々と肉が運ばれてくる。
ベーコン、ソーセージ、ハム。
肉の波状攻撃だ。
「野菜も食え。バターで炒めたコーンだ。甘いぞ」
「スープも飲め。生クリームたっぷりのクラムチャウダーだ」
「パンにはこのジャムを塗れ。果肉がゴロゴロ入っている」
アレクセイ様の手が止まらない。
私の皿が空になりそうになると、すかさず次のおかずが補給される。
わんこそばならぬ、わんこフレンチだ。
(なにこれ……なんでこんなに食べさせるの?)
私は咀嚼しながら、ふと疑問に思った。
彼は、私の食べる姿をじっと見つめている。
その目は真剣そのもので、まるで品定めをするかのような鋭さだ。
「……少し、頬に肉がついたか?」
彼は私の頬を指でつんと突いた。
「まだまだ足りんな。もっと丸くならねば」
「……え?」
「柔らかく、ふっくらと仕上げなければ。……骨っぽくては、美味しくないからな」
ピシッ。
私の動きが止まった。
(美味しくない……?)
その言葉が、私の脳内で不穏な変換を遂げる。
『太らせる』→『丸くする』→『柔らかくする』→『美味しくいただく』。
(まさか……!)
私はガタガタと震え出した。
童話『ヘンゼルとグレーテル』のお菓子の家。
魔女は子供を太らせてから食べた。
この辺境伯領は、食糧事情が厳しいと聞く。
冬になれば、新鮮な肉は貴重だ。
そこに現れた、王都からの客人(という名の肉)。
「ひっ……!」
私はアレクセイ様を見た。
彼は満足げに私の二の腕を見ている。
「ここも、もう少し脂肪が欲しいな」
「きゃあああ! 見ないでください! 私の二の腕は霜降りじゃありません!」
私は腕を隠した。
「どうした? まだ足りないのか?」
「違います! あの、アレクセイ様……一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「私を……太らせて、どうするおつもりですか?」
私は核心を突いた。
もし「非常食にする」と言われたら、洗面器ではなく椅子を投げて逃走する覚悟だ。
アレクセイ様はきょとんとした顔をし、それから少し考え込み、真面目な顔で答えた。
「どうするも何も……抱き心地を良くするためだが」
「……は?」
「昨日も言っただろう。君は細すぎて、抱きしめた時に折れそうで怖いのだ。……私は力が強いからな」
彼は自分の手を見つめ、寂しげに呟く。
「思い切り抱きしめたいが、壊してしまいそうで……だから、もう少し丈夫になってほしいのだ」
(……だ、抱きしめる?)
私の顔が一気に沸騰した。
食べる(物理)じゃなくて、食べる(性的な意味で)……いや、それも違う。
この人の場合、純粋に「ハグしたい」という小動物愛護のような精神ではないだろうか。
「そ、そうですか……。食用じゃないんですね……」
「食用? 何を言っている?」
「いえ、なんでもありません! いただきます!」
誤解(半分くらい)が解け、私は再びフォークを動かし始めた。
とにかく、殺されるわけではないらしい。
なら、この美味しいご飯を残す理由はない。
私はグラタンをすくい、パンをかじり、スープを飲み干した。
「おお……姐さん、すげぇ食いっぷりだ」
「あんな細い体のどこに入ってるんだ?」
「見てるだけで白飯が食えるぜ」
給仕のメイドたち(元山賊)が、私の食事風景を見て感心している。
いつの間にかギャラリーが増えていた。
そして、一時間後。
「ごちそうさまでした……」
私はテーブルに突っ伏した。
完食だ。
自分でも信じられないが、全部食べてしまった。
お腹がぽんぽこりんだ。
妊婦さんのようになっている。
ドレスのウエストがきつい。ジャージに着替えたい。
「見事だ」
アレクセイ様が拍手をした。
「君がこんなに食べてくれると、作り甲斐があるとマーサも喜んでいる」
「へへ……料理長によろしくお伝えください……」
「ああ。……ところで、カトレア」
「はい……」
「デザートは別腹、という言葉を知っているか?」
「え?」
アレクセイ様が指を鳴らす。
再び扉が開き、今度は甘い香りが漂ってきた。
「本日のデザート、特製ベリータルトと焼きプリンでございます!」
「別腹ァァァッ!?」
運ばれてきたのは、ホールケーキそのまんまと、バケツサイズのプリンだった。
「さあ、食え。糖分は心の栄養だ」
「む、無理です! もう一ミリも入りません!」
「一口だけでいい。……私の顔に免じて」
彼はスプーンにプリンを山盛りにし、私の口元に突きつけた。
その顔は、断れば悲しむだろう子犬のような(大型犬だが)表情をしている。
「……一口だけですよ?」
私は負けた。
口を開ける。
滑らかなプリンが舌の上で溶ける。
濃厚な卵の風味と、ほろ苦いカラメル。
「……っ!!」
「どうだ?」
「……おいしいです」
「そうか。なら全部食えるな」
「なんでそういう理屈になるんですか!?」
結局、私はデザートまで完食させられた。
アレクセイ様の「餌付け計画」は、恐ろしいほどの成功を収めたのである。
食後、動けなくなった私は、アレクセイ様に抱っこされて部屋まで運ばれることになった。
「重くなったな」
「食べた直後ですからね! 物理的に増えてるんです!」
「いい傾向だ。……この調子で、毎日育てていこう」
彼は愛おしそうに私を見下ろした。
その目は、丹精込めて育てたカボチャを見る農夫のようでもあり、愛するペットを見る飼い主のようでもあった。
こうして、私の「勘違い辺境ライフ」に、「デブ活」という新たなミッションが加わったのだった。
(このままじゃ、本当に出荷される豚になってしまう……!)
私は彼の腕の中で、明日は倍の農作業をしてカロリーを消費することを固く誓ったのである。
「……」
翌朝の食堂は、針が落ちる音さえ聞こえそうなほどの静寂に包まれていた。
長テーブルの端と端。
私とアレクセイ様は、向かい合って座っている。
気まずい。
死ぬほど気まずい。
昨夜の「お風呂ハプニング」の後、私は脱兎のごとく部屋に逃げ帰り、鍵を三重にかけて布団に潜り込んだ。
そして今朝、空腹に負けて食堂に来てみれば、そこにはすでに彼が鎮座していたのだ。
私は恐る恐る、視線を上げる。
アレクセイ様は、いつものように涼しい顔でコーヒーを飲んでいる。
ただし、一つだけいつもと違う点があった。
その美しい額の中央に、赤々とした『たんこぶ』ができているのだ。
昨夜、私が渾身の力で投げつけた洗面器の跡である。
(やってしまった……)
私は冷や汗を流した。
辺境伯の顔面に洗面器をぶつけるなんて、不敬罪どころの話ではない。
打ち首獄門になっても文句は言えない所業だ。
「あ、あの……アレクセイ様」
私は震える声で切り出した。
「お、おでこの傷……痛みますか?」
彼はカップを置き、自分の額に触れた。
「……これか。気にするな。蚊に刺されたようなものだ」
(蚊!? 洗面器が!? どんだけ頑丈なんですか!)
「それより、昨夜はすまなかった」
「え?」
「こちらの説明不足だった。……辺境では湯の温度を保つため、大浴場は共用にするのが習わしでな。君を驚かせてしまった」
彼は真面目な顔で頭を下げた。
「今後は君専用の時間帯を設けるよう、手配した。……許してくれ」
(やだ、この人やっぱり優しい……)
洗面器をぶつけられた被害者なのに、加害者の私に謝っている。
私は胸がキュンとした……が、次の瞬間、彼の瞳が怪しく光ったのを見逃さなかった。
「詫びと言ってはなんだが……今日は君のために、滋養のつくものを用意させた」
「滋養?」
「ああ。君は痩せすぎだ。王都でろくなものを食べていなかったのだろう。……骨と皮ばかりでは、抱き心地も悪……いや、健康に悪い」
彼は手をパチンと鳴らした。
「持ってこい」
その合図と共に、食堂の扉がバーン! と開かれた。
「お待ちどう! 朝の餌付けタイムだ!!」
料理長のマーサさんが、ワゴンを押して入ってきた。
その後ろにも、メイドたちが次々と皿を持って続いている。
ドンッ! ドンッ! ドドンッ!
テーブルの上に、料理の塔が建設されていく。
厚切りベーコンのステーキ。
山盛りのスクランブルエッグ。
チーズがとろけるポテトグラタン。
焼きたてのパンが十種類。
そして中央には、朝から丸鶏のローストチキンが鎮座している。
「え、あの……これ、何人分ですか?」
「一人分だ」
アレクセイ様が即答した。
「全部、君の分だ」
「はあああ!?」
私はのけぞった。
どう見てもパーティサイズだ。
ラグビー部員合宿の朝食でも、こんなに出ない。
「遠慮はいらん。……食え」
「い、いや、無理です! 物理的に入りません!」
「大丈夫だ。君の昨日の食べっぷりを見て、マーサが『あの娘の胃袋は宇宙だ』と太鼓判を押していた」
(誰が宇宙ですか! ブラックホール扱いしないで!)
「さあ、冷める前に」
アレクセイ様がナイフとフォークを手に取り、慣れた手つきでローストチキンを取り分け始めた。
一番脂の乗ったもも肉を切り出し、私の皿に乗せる。
さらに、肉汁たっぷりのソースをドバッとかける。
「ほら、口を開けろ」
「えっ、あ、自分で食べます!」
「いいから。……あーん」
「あ、あーん……」
抗えなかった。
目の前に差し出された肉の香りに、本能が屈服した。
私はパクりと肉を頬張った。
「んんっ……!」
美味しい。
悔しいけれど、とてつもなく美味しい。
皮はパリパリ、中はジューシー。
ハーブの香りが鼻腔をくすぐり、濃厚な旨味が脳髄を直撃する。
「うまいか?」
「はい……!」
「そうか。なら、もっと食え」
次々と肉が運ばれてくる。
ベーコン、ソーセージ、ハム。
肉の波状攻撃だ。
「野菜も食え。バターで炒めたコーンだ。甘いぞ」
「スープも飲め。生クリームたっぷりのクラムチャウダーだ」
「パンにはこのジャムを塗れ。果肉がゴロゴロ入っている」
アレクセイ様の手が止まらない。
私の皿が空になりそうになると、すかさず次のおかずが補給される。
わんこそばならぬ、わんこフレンチだ。
(なにこれ……なんでこんなに食べさせるの?)
私は咀嚼しながら、ふと疑問に思った。
彼は、私の食べる姿をじっと見つめている。
その目は真剣そのもので、まるで品定めをするかのような鋭さだ。
「……少し、頬に肉がついたか?」
彼は私の頬を指でつんと突いた。
「まだまだ足りんな。もっと丸くならねば」
「……え?」
「柔らかく、ふっくらと仕上げなければ。……骨っぽくては、美味しくないからな」
ピシッ。
私の動きが止まった。
(美味しくない……?)
その言葉が、私の脳内で不穏な変換を遂げる。
『太らせる』→『丸くする』→『柔らかくする』→『美味しくいただく』。
(まさか……!)
私はガタガタと震え出した。
童話『ヘンゼルとグレーテル』のお菓子の家。
魔女は子供を太らせてから食べた。
この辺境伯領は、食糧事情が厳しいと聞く。
冬になれば、新鮮な肉は貴重だ。
そこに現れた、王都からの客人(という名の肉)。
「ひっ……!」
私はアレクセイ様を見た。
彼は満足げに私の二の腕を見ている。
「ここも、もう少し脂肪が欲しいな」
「きゃあああ! 見ないでください! 私の二の腕は霜降りじゃありません!」
私は腕を隠した。
「どうした? まだ足りないのか?」
「違います! あの、アレクセイ様……一つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「なんだ」
「私を……太らせて、どうするおつもりですか?」
私は核心を突いた。
もし「非常食にする」と言われたら、洗面器ではなく椅子を投げて逃走する覚悟だ。
アレクセイ様はきょとんとした顔をし、それから少し考え込み、真面目な顔で答えた。
「どうするも何も……抱き心地を良くするためだが」
「……は?」
「昨日も言っただろう。君は細すぎて、抱きしめた時に折れそうで怖いのだ。……私は力が強いからな」
彼は自分の手を見つめ、寂しげに呟く。
「思い切り抱きしめたいが、壊してしまいそうで……だから、もう少し丈夫になってほしいのだ」
(……だ、抱きしめる?)
私の顔が一気に沸騰した。
食べる(物理)じゃなくて、食べる(性的な意味で)……いや、それも違う。
この人の場合、純粋に「ハグしたい」という小動物愛護のような精神ではないだろうか。
「そ、そうですか……。食用じゃないんですね……」
「食用? 何を言っている?」
「いえ、なんでもありません! いただきます!」
誤解(半分くらい)が解け、私は再びフォークを動かし始めた。
とにかく、殺されるわけではないらしい。
なら、この美味しいご飯を残す理由はない。
私はグラタンをすくい、パンをかじり、スープを飲み干した。
「おお……姐さん、すげぇ食いっぷりだ」
「あんな細い体のどこに入ってるんだ?」
「見てるだけで白飯が食えるぜ」
給仕のメイドたち(元山賊)が、私の食事風景を見て感心している。
いつの間にかギャラリーが増えていた。
そして、一時間後。
「ごちそうさまでした……」
私はテーブルに突っ伏した。
完食だ。
自分でも信じられないが、全部食べてしまった。
お腹がぽんぽこりんだ。
妊婦さんのようになっている。
ドレスのウエストがきつい。ジャージに着替えたい。
「見事だ」
アレクセイ様が拍手をした。
「君がこんなに食べてくれると、作り甲斐があるとマーサも喜んでいる」
「へへ……料理長によろしくお伝えください……」
「ああ。……ところで、カトレア」
「はい……」
「デザートは別腹、という言葉を知っているか?」
「え?」
アレクセイ様が指を鳴らす。
再び扉が開き、今度は甘い香りが漂ってきた。
「本日のデザート、特製ベリータルトと焼きプリンでございます!」
「別腹ァァァッ!?」
運ばれてきたのは、ホールケーキそのまんまと、バケツサイズのプリンだった。
「さあ、食え。糖分は心の栄養だ」
「む、無理です! もう一ミリも入りません!」
「一口だけでいい。……私の顔に免じて」
彼はスプーンにプリンを山盛りにし、私の口元に突きつけた。
その顔は、断れば悲しむだろう子犬のような(大型犬だが)表情をしている。
「……一口だけですよ?」
私は負けた。
口を開ける。
滑らかなプリンが舌の上で溶ける。
濃厚な卵の風味と、ほろ苦いカラメル。
「……っ!!」
「どうだ?」
「……おいしいです」
「そうか。なら全部食えるな」
「なんでそういう理屈になるんですか!?」
結局、私はデザートまで完食させられた。
アレクセイ様の「餌付け計画」は、恐ろしいほどの成功を収めたのである。
食後、動けなくなった私は、アレクセイ様に抱っこされて部屋まで運ばれることになった。
「重くなったな」
「食べた直後ですからね! 物理的に増えてるんです!」
「いい傾向だ。……この調子で、毎日育てていこう」
彼は愛おしそうに私を見下ろした。
その目は、丹精込めて育てたカボチャを見る農夫のようでもあり、愛するペットを見る飼い主のようでもあった。
こうして、私の「勘違い辺境ライフ」に、「デブ活」という新たなミッションが加わったのだった。
(このままじゃ、本当に出荷される豚になってしまう……!)
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