貴様のような悪女とは婚約破棄だ!と言われたので、全力で帰ります。

黒猫かの

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平和な朝食タイム(カロリー摂取量はお察し)の後。
私はパンパンに膨れたお腹をさすりながら、食後の運動として城内を散歩していた。

「ふぅ……今日もいい天気ね」

窓の外には、突き抜けるような青空と雄大な雪山。
実に清々しい辺境の朝だ。
ジェラルド殿下からの手紙を燃やしたおかげか、心も体も軽い。

「姐さん! おはようございます!」

「おはようございます、姐さん! 今日の眼光もキレッキレですね!」

すれ違う使用人たち(強面マッチョ軍団)が、爽やかに挨拶をしてくれる。
最初はビクついていた彼らの呼び方にも、最近は慣れてきた。
『姐さん』と呼ばれたら、軽く手を上げて「ごきげんよう(ドスの利いた声で)」と返すのが日課になりつつある。

平和だ。
実に平和な辺境ライフだ。

そう思っていた矢先のことだった。

ウゥゥゥゥゥゥン……!!

突如、城内に低いサイレンのような音が鳴り響いた。
魔導具による緊急警報だ。

「な、何事!?」

私が立ち止まると、周囲の使用人たちの顔色が一変した。
先ほどまでの和やかな雰囲気は消え失せ、全員が歴戦の戦士の顔つきになる。

「敵襲か!?」
「魔物か!? どっちだ!」

廊下を走ってきた伝令の兵士が、大声で叫んだ。

「報告! 北の『迷いの森』付近にて、大型の魔物反応あり! 推定、ギガントベアです!」

ギガントベア。
その名を聞いた瞬間、私の脳内データベースが検索を開始した。

『ギガントベア:体長五メートルを超える巨大な熊型の魔物。凶暴で、一撃で大木をなぎ倒すパワーを持つ。危険度Aランク』

(ええっ!? そんな危険な魔物が!?)

私は青ざめた。
平和な辺境ライフ、早くも終了の危機である。

「……チッ。朝から騒々しい」

背後から、不機嫌極まりない声が聞こえた。
振り返ると、アレクセイ様が立っていた。
すでに漆黒の騎士鎧(フルプレートアーマー)を装着し、腰には身の丈ほどもある大剣を佩いている。
その姿は、まさに魔王軍の将軍だ。

「アレクセイ様……!」

「カトレア。……すまないが、少し出かけてくる」

彼は兜を小脇に抱え、私に向かって短く言った。

「魔物討伐ですか?」

「ああ。ギガントベアは縄張り意識が強い。放っておけば、領民の村に被害が出る」

「そ、そんな……危険ではないのですか?」

「雑魚だ」

彼は鼻で笑った。

「私一人で十分だが……念のため、騎士団の一部を連れていく。夕食までには戻る」

(かっこいい……!)

Aランクの魔物を「雑魚」と言い切るその強さ。
痺れる。

「カトレア、君は城から一歩も出るな。……私の結界があるとはいえ、万が一ということもある」

アレクセイ様が、心配そうに私を見る。
その目は「留守番中に寂しい思いをさせてすまない」と言っている(ように見える)。

「はい、分かりました。どうかお気をつけて」

私は素直に頷いた。
足手まといになるだけだし、大人しく帰りを待つつもりだった。

しかし。
アレクセイ様が去り際に、ボソリと呟いた一言が、私の運命を変えた。

「……惜しいな。ギガントベアの掌(てのひら)は、煮込むと極上の珍味になるのだが……新鮮なうちに処理しないと味が落ちる」

ピクッ。
私の耳が反応した。

極上の、珍味。
煮込むと美味しい。

「……アレクセイ様」

「ん? どうした」

私は彼を引き止めた。
そして、真剣な眼差しで尋ねた。

「その熊の掌……料理長のマーサさんなら、美味しく調理できますか?」

「ああ、もちろん。彼女の熊掌(ゆうしょう)の煮込みは絶品だ。とろけるようなコラーゲンと、濃厚な旨味が……」

ゴクリ。

「……私も、行きます」

「は?」

アレクセイ様が目を丸くする。

「何を言っている。危険だ。足手まといになる」

「なりません! 私、こう見えても実家では……その、護身術を少し!」

嘘ではない。
お母様(元ヤン)直伝の『関節技』と『目潰し』は習得している。
魔物に効くかは不明だが。

「それに! 万が一アレクセイ様がお怪我をされたら、私がすぐに看病できますし!」

(嘘です。新鮮な熊肉を一番乗りで確保したいだけです!)

私の熱意(食意)に押されたのか、アレクセイ様は腕を組んで考え込んだ。

「……ふむ。確かに、城に一人で残すのも不安だ。王都からの刺客が紛れ込む可能性もゼロではない」

彼はブツブツと独り言を言い始めた。

「だが、戦場に連れて行くのは……いや、私の側に置いておくのが一番安全か? 私の目の届く範囲なら、絶対に守りきれる……」

過保護な思考回路がフル回転しているようだ。
数分後、彼は顔を上げた。

「……分かった。許可しよう」

「やった!」

「ただし! 絶対に私の側を離れるな。私の馬に同乗し、私の背中にしがみついていろ。……いいな?」

「御意!!」

私は即答し、準備のために部屋へとダッシュした。

数十分後。
城門前に集合した討伐隊の前に、一人の奇妙な「戦士」が現れた。

藍色のモンペ。
動きやすいチュニック。
頭には手ぬぐい。
そして背中には、巨大なリュックサック(中身はお弁当とおやつ)。
肩には、青白く発光する最新鋭の魔導鍬(マジック・ホー・改)。

「……カトレア」

馬上のアレクセイ様が、兜の下で顔を引きつらせているのが分かった。

「……その格好は、なんだ」

「戦闘服です!」

私は胸を張った。
これが私の正装だ。
いつどこで耕すことになってもいいように、完璧な布陣である。

「……まあ、動きやすそうではあるな」

アレクセイ様は諦めたようにため息をつき、私を馬の上に引き上げた。
彼の前に座らせられる。
背中に彼の硬い鎧の感触と、体温が伝わってくる。

ドキン。
急に緊張してきた。
これ、いわゆる「二人乗り」ではないだろうか。

「しっかり捕まっていろ。……振り落とされるなよ」

彼の腕が私の腰に回される。
耳元で囁かれる低音ボイス。

(ひゃうっ!)

私は変な声が出そうになるのを必死にこらえ、彼にしがみついた。
馬が走り出す。
風を切る音。
流れる景色。

(これって……もしかして、デート?)

魔物討伐という名目だが、やっていることは完全に「騎士様との乗馬デート」だ。
しかも、相手は超絶美形の辺境伯。
吊り橋効果も相まって、心臓がバクバクする。

「……カトレア、震えているのか?」

「い、いえ! 武者震いです!(食欲とときめきで!)」

「そうか。……無理はするな」

アレクセイ様が、回した腕に少し力を込めてくれた。
その不器用な優しさに、また胸が高鳴る。

一時間ほど馬を走らせ、一行は森の入り口に到着した。

「ここからは徒歩だ」

馬を降りる。
森の中は薄暗く、ひんやりとした空気が漂っていた。
鳥の声はせず、異様な静けさが支配している。

「……いるな」

アレクセイ様が呟き、大剣の柄に手をかけた。
空気が変わる。
ピリピリとした緊張感。
彼から放たれる殺気が、周囲の温度を下げていく。

「カトレア、私の後ろへ」

「はい!」

私は素直に従い、彼の背後に隠れた。
そして、肩から魔導鍬を下ろし、構える。
いつでも耕せる(戦える)ように。

「来るぞ……!」

アレクセイ様の警告と同時だった。

ドォォォォン……!!

森の奥から、地響きのような足音が聞こえてきた。
木々がなぎ倒される音。
そして、空気を震わせる咆哮。

「グォォォォォォォッ!!!」

現れたのは、想像を絶する怪物だった。
見上げるような巨体。
岩のように隆起した筋肉。
赤く光る凶悪な瞳。
そして、丸太のような腕の先にある、鋭い爪。

ギガントベアだ。

(で、でかい……!)

私は息を呑んだ。
図鑑で見たのと迫力が違う。
あんなのにワンパンされたら、私は間違いなくミンチになる。

しかし。

「……ふん。少しは育っているようだな」

アレクセイ様は、全く動じていなかった。
むしろ、獲物を品定めするような目で、巨熊を見上げている。

「カトレア。今日の夕食は、熊鍋だ」

彼は大剣を抜き放った。
銀色の刃が、暗い森の中でギラリと輝く。

「待っていろ。すぐに終わらせる」

『氷の閣下』が、戦場に舞う。
辺境最強の騎士と、食いしん坊令嬢の、初めての共同作業(?)が始まろうとしていた。

果たしてカトレアは、無事に極上の熊掌(ゆうしょう)をゲットできるのか。
そして、この吊り橋効果デートの行方は――!?
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