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「きゃああああああああ!!」
ミナ様の悲鳴が、シャンデリアの揺れる大広間に木霊する。
彼女の体は、私の足元めがけてダイブしていた。
狙いは正確。
私の足にぶつかり、その勢いで派手に転がり、「突き飛ばされた!」と主張する算段だろう。
(来る……!)
私は瞬時に身構えた。
避けるか?
いいえ、ドレスの裾が長すぎて、俊敏な動きは転倒のリスクがある。
ならば、耐えるのみ。
辺境の岩場で鍛えた、この大腿四頭筋で!
私は重心を落とし、地面に根を張る大木のごとく踏ん張った。
ドレスの下で、太ももの筋肉が鋼のように硬化する。
ドスッ!!
鈍い音がした。
それは、柔らかい令嬢が転んだ音ではなく、ダンプカーがコンクリート壁に衝突したような重低音だった。
「ぎゃっ!?」
ミナ様が短い悲鳴を上げ、ボールのように弾き飛ばされた。
私の足にぶつかった反動だ。
彼女はゴロゴロと床を転がり、数メートル先で停止した。
「……ッ、い、痛ぁ……っ!」
ミナ様が涙目で起き上がる。
その額には、うっすらと赤みがあった。
私の足(筋肉の鎧)が、凶器となって彼女を襲ってしまったらしい。
会場が静まり返る。
全員が事態を飲み込めていない。
しかし、ただ一人、待ってましたとばかりに叫んだ男がいた。
「き、貴様ァァァッ!!」
ジェラルド殿下だ。
彼は転がったミナ様に駆け寄るのではなく、鬼の首を取ったような顔で私を指差した。
「見たぞ! 今、蹴り飛ばしたな!?」
(蹴ってません。向こうが勝手にぶつかってきて、勝手に跳ね返っただけです)
「なんて恐ろしい女だ! 嫉妬に狂って、か弱いミナに暴力を振るうとは! やはり貴様は悪女だ!」
殿下が喚き立てる。
周囲の貴族たちも、ざわざわと騒ぎ始めた。
「蹴ったのか?」
「いや、動いてなかったように見えたが……」
「でも、ミナ様があんなに吹っ飛ぶなんて……」
「きっと、ドレスの下で凄まじい蹴りを放ったに違いない!」
誤解が加速していく。
私は弁明しようと口を開いた。
「ち、違います。私はただ立っていただけで……」
「黙れ!」
殿下が私の言葉を遮る。
「言い訳など無用! この期に及んで往生際が悪いぞ! ……だが」
そこで突然、殿下のトーンが変わった。
彼は怒りの表情から一転、なぜかニタリと粘着質な笑みを浮かべ、両手を広げて近づいてきたのだ。
「……だが、分かっているぞ、カトレア」
「へ?」
「そこまでして、僕の気を引きたかったのだろう?」
(……はい?)
思考が停止した。
何を言っているのだろう、この人は。
「ミナを傷つければ、僕が貴様を叱る。……叱ってでも、僕に見てほしかった。そうだろう?」
殿下は陶酔した瞳で私を見つめる。
完全に自分の世界に入っている。
「愛ゆえの暴走……。悲しい女だ。僕への愛が深すぎるあまり、修羅と化してしまったか」
「あの、ジェラルド様? 何を……」
「素直になれよ。辺境などという僻地で、毎日泣いていたのだろう? 『ジェラルド様に会いたい』『あの優しかった日々に戻りたい』と!」
(泣いてません。毎日笑って熊肉を食べてました)
「もう強がらなくていい。……許してやろう」
殿下が、あろうことか私を抱きしめようと手を伸ばしてきた。
「さあ、僕の胸で泣くがいい! そして改心し、ミナに土下座して、一生を償いに捧げると誓え! そうすれば、側室の末席くらいは用意してやる!」
狂気だ。
これはもう、ポジティブシンキングというレベルを超えた、妄想の暴走列車だ。
私の拒絶も、アレクセイ様の存在も、王太后陛下の言葉も、全て彼の脳内フィルターによって「カトレアは僕が好きすぎておかしくなった」という結論に変換されている。
(気持ち悪い……!)
生理的な悪寒が背筋を走る。
近づいてくる殿下の顔が、ホラー映画の怪物より恐ろしい。
私は後ずさろうとした。
しかし、その必要はなかった。
ドォン!!
空気が爆ぜる音がした。
次の瞬間、私の目の前に黒い壁が現れていた。
アレクセイ様だ。
彼は私と殿下の間に割って入り、殿下の伸ばした手を片手で掴み上げていた。
「……痛い目を見なければ、分からないようですね」
地獄の底から響くような低音。
アレクセイ様の背中から、どす黒いオーラ(殺気)が立ち上っている。
「ぐっ……! は、離せ! 無礼者!」
殿下が腕を振りほどこうとするが、アレクセイ様の手は万力のように食い込み、ピクリとも動かない。
ミシミシと骨が軋む音が聞こえる。
「私の婚約者に、気安く触れようなどと……。その腕、不要と判断してよろしいか?」
「ひぃっ! お、折れる! 折れるぅ!」
殿下が情けない悲鳴を上げる。
アレクセイ様は汚いものを捨てるように、殿下の手を振り払った。
「カトレアは、貴殿になど微塵も未練はない。……いい加減、現実を見ろ」
「う、嘘だ!」
殿下はよろけながらも、まだ叫んだ。
「貴様だろ! ヴォルグ辺境伯! 貴様がカトレアを洗脳したんだ!」
「洗脳?」
「そうだ! カトレアはか弱い令嬢だ! あんな野蛮な土地で生きていけるはずがない! 貴様が恐怖で支配し、無理やり言わせているに決まっている!」
殿下は血走った目で周囲に訴えかける。
「皆さん! 騙されてはいけない! この男は『氷の悪魔』だ! カトレアを脅して、この場連れてきたんだ! きっとドレスの下は傷だらけに違いない!」
(傷はありません。筋肉痛ならありますが)
会場がざわめく。
殿下の必死の形相に、一部の貴族たちが「もしかして……」という顔をし始めた。
確かに、強面の辺境伯と、沈黙を守る悪役令嬢。
「脅されている」と言われれば、そう見えなくもない構図だ。
「カトレア! 僕が助けてやる! さあ、こっちへ来い! そして真実を話すんだ!」
殿下が手を差し伸べる。
まるで悲劇のヒーロー気取りだ。
ミナ様も床から起き上がり、「そうですぅ! お姉様、怖がらないで本当のことを!」と援護射撃をする。
(……面倒くさい)
私は深いため息をついた。
もう限界だ。
空腹でイライラしているところに、この茶番。
いい加減、ハッキリさせなければ。
私はアレクセイ様の背中から、一歩踏み出した。
「カトレア?」
アレクセイ様が振り返る。
私は彼に「大丈夫です」と目配せをし、殿下の前に立った。
「……ジェラルド様」
「おお、カトレア! やっと目が覚めたか!」
殿下が顔を輝かせる。
私は静かに、しかし会場の隅々まで聞こえるように、腹から声を出した。
「一つ、訂正させていただきます」
「訂正? なんだ、脅されていたことか?」
「いいえ」
私は右腕をまくり上げた。
真紅の袖が上がり、露わになる白い肌。
そこには、傷一つない。
あるのは、健康的で、しなやかで、そして以前より明らかに太くなった(筋肉がついた)二の腕だ。
「ご覧ください。この健康的な腕を」
「は?」
「脅されてなどいません。傷もありません。……むしろ、辺境のご飯が美味しすぎて、少しサイズアップしてしまったくらいです」
私はニッコリと微笑んだ。
(実際は、引きつった営業スマイルだが)。
「ジェラルド様。私は貴方様との婚約時代、常に空腹でした。ドレスのために食事を制限され、貴方様の好みに合わせるために自分を殺していました」
「な、何を……」
「でも、今は違います」
私はアレクセイ様の方を振り返った。
彼は驚いた顔で、でも優しく私を見守っている。
「アレクセイ様は、私がどれだけ食べても笑ってくれます。私が畑を耕しても、壁を壊しても(物理)、『美しい』と言ってくださいます」
「か、壁……?」
「私は、今の私が好きです。そして、今の私を愛してくださるアレクセイ様を、心からお慕いしております」
告白してしまった。
公衆の面前で。
でも、不思議と恥ずかしさはなかった。
これは本心だからだ。
「ですから、ジェラルド様。……貴方様の入る隙間など、これっぽっちもございませんの。御・意?」
最後は、あの日と同じ言葉で締めた。
ただし、叫び声ではなく、氷のような冷徹さで。
シーン……。
会場が凍りついた。
完全なる拒絶。
公衆の面前での「NO」。
ジェラルド殿下は、口をパクパクとさせて固まった。
彼の作り上げた「カトレアはまだ僕が好き」という妄想の城が、音を立てて崩れ去っていく。
「そ、そんな……馬鹿な……」
殿下は膝から崩れ落ちた。
「僕より……あんな野蛮な男がいいと言うのか……? 僕の顔より、熊肉がいいと言うのか……?」
(はい、熊肉の方が百倍いいです)
勝負あった。
誰もがそう思った瞬間。
「……嘘よ」
低い、怨念のこもった声が聞こえた。
床に座り込んでいたミナ様だ。
彼女は俯いたまま、プルプルと震えていた。
「嘘よ……こんなの認めない……」
彼女がゆっくりと顔を上げた。
その表情からは、可愛らしい小動物の仮面が剥がれ落ち、嫉妬と憎悪に歪んだ本性が露わになっていた。
「私が……私が一番じゃなきゃ嫌なのよぉッ!!」
ミナ様が叫んだ。
そして、懐から何かを取り出した。
キラリと光る、小さな魔石。
「これを見ても、同じことが言えるかしら!?」
彼女が魔石を掲げると、空中に映像が投影された。
それは、ある書類の写しだった。
『オーベルヌ公爵令嬢カトレアによる、横領の証拠書類』
会場がどよめく。
ついに来た。
ミナ様の最後の切り札、捏造(ねつぞう)データの公開だ。
「お姉様が国庫を横領して、私服を肥やしていた証拠よ! これで終わりよ、カトレア!」
ミナ様が狂ったように笑う。
しかし、私は慌てなかった。
隣のアレクセイ様も、フッと鼻で笑っている。
「……やれやれ。墓穴を掘ったな」
アレクセイ様が指を鳴らす。
背後に控えていた強面執事が、分厚い鞄を持って進み出てきた。
さあ、本当の「断罪返し」の時間だ。
ミナ様が出したその証拠、貴女自身の首を絞めることになりますわよ?
ミナ様の悲鳴が、シャンデリアの揺れる大広間に木霊する。
彼女の体は、私の足元めがけてダイブしていた。
狙いは正確。
私の足にぶつかり、その勢いで派手に転がり、「突き飛ばされた!」と主張する算段だろう。
(来る……!)
私は瞬時に身構えた。
避けるか?
いいえ、ドレスの裾が長すぎて、俊敏な動きは転倒のリスクがある。
ならば、耐えるのみ。
辺境の岩場で鍛えた、この大腿四頭筋で!
私は重心を落とし、地面に根を張る大木のごとく踏ん張った。
ドレスの下で、太ももの筋肉が鋼のように硬化する。
ドスッ!!
鈍い音がした。
それは、柔らかい令嬢が転んだ音ではなく、ダンプカーがコンクリート壁に衝突したような重低音だった。
「ぎゃっ!?」
ミナ様が短い悲鳴を上げ、ボールのように弾き飛ばされた。
私の足にぶつかった反動だ。
彼女はゴロゴロと床を転がり、数メートル先で停止した。
「……ッ、い、痛ぁ……っ!」
ミナ様が涙目で起き上がる。
その額には、うっすらと赤みがあった。
私の足(筋肉の鎧)が、凶器となって彼女を襲ってしまったらしい。
会場が静まり返る。
全員が事態を飲み込めていない。
しかし、ただ一人、待ってましたとばかりに叫んだ男がいた。
「き、貴様ァァァッ!!」
ジェラルド殿下だ。
彼は転がったミナ様に駆け寄るのではなく、鬼の首を取ったような顔で私を指差した。
「見たぞ! 今、蹴り飛ばしたな!?」
(蹴ってません。向こうが勝手にぶつかってきて、勝手に跳ね返っただけです)
「なんて恐ろしい女だ! 嫉妬に狂って、か弱いミナに暴力を振るうとは! やはり貴様は悪女だ!」
殿下が喚き立てる。
周囲の貴族たちも、ざわざわと騒ぎ始めた。
「蹴ったのか?」
「いや、動いてなかったように見えたが……」
「でも、ミナ様があんなに吹っ飛ぶなんて……」
「きっと、ドレスの下で凄まじい蹴りを放ったに違いない!」
誤解が加速していく。
私は弁明しようと口を開いた。
「ち、違います。私はただ立っていただけで……」
「黙れ!」
殿下が私の言葉を遮る。
「言い訳など無用! この期に及んで往生際が悪いぞ! ……だが」
そこで突然、殿下のトーンが変わった。
彼は怒りの表情から一転、なぜかニタリと粘着質な笑みを浮かべ、両手を広げて近づいてきたのだ。
「……だが、分かっているぞ、カトレア」
「へ?」
「そこまでして、僕の気を引きたかったのだろう?」
(……はい?)
思考が停止した。
何を言っているのだろう、この人は。
「ミナを傷つければ、僕が貴様を叱る。……叱ってでも、僕に見てほしかった。そうだろう?」
殿下は陶酔した瞳で私を見つめる。
完全に自分の世界に入っている。
「愛ゆえの暴走……。悲しい女だ。僕への愛が深すぎるあまり、修羅と化してしまったか」
「あの、ジェラルド様? 何を……」
「素直になれよ。辺境などという僻地で、毎日泣いていたのだろう? 『ジェラルド様に会いたい』『あの優しかった日々に戻りたい』と!」
(泣いてません。毎日笑って熊肉を食べてました)
「もう強がらなくていい。……許してやろう」
殿下が、あろうことか私を抱きしめようと手を伸ばしてきた。
「さあ、僕の胸で泣くがいい! そして改心し、ミナに土下座して、一生を償いに捧げると誓え! そうすれば、側室の末席くらいは用意してやる!」
狂気だ。
これはもう、ポジティブシンキングというレベルを超えた、妄想の暴走列車だ。
私の拒絶も、アレクセイ様の存在も、王太后陛下の言葉も、全て彼の脳内フィルターによって「カトレアは僕が好きすぎておかしくなった」という結論に変換されている。
(気持ち悪い……!)
生理的な悪寒が背筋を走る。
近づいてくる殿下の顔が、ホラー映画の怪物より恐ろしい。
私は後ずさろうとした。
しかし、その必要はなかった。
ドォン!!
空気が爆ぜる音がした。
次の瞬間、私の目の前に黒い壁が現れていた。
アレクセイ様だ。
彼は私と殿下の間に割って入り、殿下の伸ばした手を片手で掴み上げていた。
「……痛い目を見なければ、分からないようですね」
地獄の底から響くような低音。
アレクセイ様の背中から、どす黒いオーラ(殺気)が立ち上っている。
「ぐっ……! は、離せ! 無礼者!」
殿下が腕を振りほどこうとするが、アレクセイ様の手は万力のように食い込み、ピクリとも動かない。
ミシミシと骨が軋む音が聞こえる。
「私の婚約者に、気安く触れようなどと……。その腕、不要と判断してよろしいか?」
「ひぃっ! お、折れる! 折れるぅ!」
殿下が情けない悲鳴を上げる。
アレクセイ様は汚いものを捨てるように、殿下の手を振り払った。
「カトレアは、貴殿になど微塵も未練はない。……いい加減、現実を見ろ」
「う、嘘だ!」
殿下はよろけながらも、まだ叫んだ。
「貴様だろ! ヴォルグ辺境伯! 貴様がカトレアを洗脳したんだ!」
「洗脳?」
「そうだ! カトレアはか弱い令嬢だ! あんな野蛮な土地で生きていけるはずがない! 貴様が恐怖で支配し、無理やり言わせているに決まっている!」
殿下は血走った目で周囲に訴えかける。
「皆さん! 騙されてはいけない! この男は『氷の悪魔』だ! カトレアを脅して、この場連れてきたんだ! きっとドレスの下は傷だらけに違いない!」
(傷はありません。筋肉痛ならありますが)
会場がざわめく。
殿下の必死の形相に、一部の貴族たちが「もしかして……」という顔をし始めた。
確かに、強面の辺境伯と、沈黙を守る悪役令嬢。
「脅されている」と言われれば、そう見えなくもない構図だ。
「カトレア! 僕が助けてやる! さあ、こっちへ来い! そして真実を話すんだ!」
殿下が手を差し伸べる。
まるで悲劇のヒーロー気取りだ。
ミナ様も床から起き上がり、「そうですぅ! お姉様、怖がらないで本当のことを!」と援護射撃をする。
(……面倒くさい)
私は深いため息をついた。
もう限界だ。
空腹でイライラしているところに、この茶番。
いい加減、ハッキリさせなければ。
私はアレクセイ様の背中から、一歩踏み出した。
「カトレア?」
アレクセイ様が振り返る。
私は彼に「大丈夫です」と目配せをし、殿下の前に立った。
「……ジェラルド様」
「おお、カトレア! やっと目が覚めたか!」
殿下が顔を輝かせる。
私は静かに、しかし会場の隅々まで聞こえるように、腹から声を出した。
「一つ、訂正させていただきます」
「訂正? なんだ、脅されていたことか?」
「いいえ」
私は右腕をまくり上げた。
真紅の袖が上がり、露わになる白い肌。
そこには、傷一つない。
あるのは、健康的で、しなやかで、そして以前より明らかに太くなった(筋肉がついた)二の腕だ。
「ご覧ください。この健康的な腕を」
「は?」
「脅されてなどいません。傷もありません。……むしろ、辺境のご飯が美味しすぎて、少しサイズアップしてしまったくらいです」
私はニッコリと微笑んだ。
(実際は、引きつった営業スマイルだが)。
「ジェラルド様。私は貴方様との婚約時代、常に空腹でした。ドレスのために食事を制限され、貴方様の好みに合わせるために自分を殺していました」
「な、何を……」
「でも、今は違います」
私はアレクセイ様の方を振り返った。
彼は驚いた顔で、でも優しく私を見守っている。
「アレクセイ様は、私がどれだけ食べても笑ってくれます。私が畑を耕しても、壁を壊しても(物理)、『美しい』と言ってくださいます」
「か、壁……?」
「私は、今の私が好きです。そして、今の私を愛してくださるアレクセイ様を、心からお慕いしております」
告白してしまった。
公衆の面前で。
でも、不思議と恥ずかしさはなかった。
これは本心だからだ。
「ですから、ジェラルド様。……貴方様の入る隙間など、これっぽっちもございませんの。御・意?」
最後は、あの日と同じ言葉で締めた。
ただし、叫び声ではなく、氷のような冷徹さで。
シーン……。
会場が凍りついた。
完全なる拒絶。
公衆の面前での「NO」。
ジェラルド殿下は、口をパクパクとさせて固まった。
彼の作り上げた「カトレアはまだ僕が好き」という妄想の城が、音を立てて崩れ去っていく。
「そ、そんな……馬鹿な……」
殿下は膝から崩れ落ちた。
「僕より……あんな野蛮な男がいいと言うのか……? 僕の顔より、熊肉がいいと言うのか……?」
(はい、熊肉の方が百倍いいです)
勝負あった。
誰もがそう思った瞬間。
「……嘘よ」
低い、怨念のこもった声が聞こえた。
床に座り込んでいたミナ様だ。
彼女は俯いたまま、プルプルと震えていた。
「嘘よ……こんなの認めない……」
彼女がゆっくりと顔を上げた。
その表情からは、可愛らしい小動物の仮面が剥がれ落ち、嫉妬と憎悪に歪んだ本性が露わになっていた。
「私が……私が一番じゃなきゃ嫌なのよぉッ!!」
ミナ様が叫んだ。
そして、懐から何かを取り出した。
キラリと光る、小さな魔石。
「これを見ても、同じことが言えるかしら!?」
彼女が魔石を掲げると、空中に映像が投影された。
それは、ある書類の写しだった。
『オーベルヌ公爵令嬢カトレアによる、横領の証拠書類』
会場がどよめく。
ついに来た。
ミナ様の最後の切り札、捏造(ねつぞう)データの公開だ。
「お姉様が国庫を横領して、私服を肥やしていた証拠よ! これで終わりよ、カトレア!」
ミナ様が狂ったように笑う。
しかし、私は慌てなかった。
隣のアレクセイ様も、フッと鼻で笑っている。
「……やれやれ。墓穴を掘ったな」
アレクセイ様が指を鳴らす。
背後に控えていた強面執事が、分厚い鞄を持って進み出てきた。
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