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「見なさい! これが証拠よ!」
ミナ様が勝ち誇ったように叫ぶ。
空中に投影された魔石の映像。
そこには、王宮の帳簿の一部と思われる書類が映し出されていた。
『カトレア・フォン・オーベルヌによる使途不明金:金貨五万枚』
会場がどよめく。
金貨五万枚。
小国の国家予算にも匹敵する金額だ。
もし本当に私が横領していたなら、今頃私は熊肉どころか、ドラゴン肉のステーキを毎日食べていてもおかしくない。
「ひどい……! こんな大金を着服して、私利私欲のために使っていたなんて!」
ミナ様が涙(演技)を拭う。
「ジェラルド様が予算不足で苦しんでいた時も、自分だけ贅沢をしていたのね! やっぱり貴女は、国を蝕む悪女よ!」
「そ、そうだ!」
ジェラルド殿下も勢いづく。
膝をついた状態から復活し、私を指差した。
「思い出したぞ! 最近、国庫の金が減っていると思ったら、全部貴様の仕業だったのか! 僕のミナがドレスも買えずに我慢していたというのに!」
(ミナ様は我慢などしていません。十着も買ってました)
会場の空気が、私に対する疑惑の色に染まり始める。
貴族たちはヒソヒソと囁き合う。
「まさか、本当に?」
「公爵家が金に困るとは思えないが……」
「でも、証拠があるぞ」
「やっぱり、あのドレスも横領した金で……?」
私の真紅のドレスを見る目が、軽蔑を含んだものに変わっていく。
胃がキリキリと痛む。
冤罪だ。
しかも、あまりにも杜撰(ずさん)な。
私はため息をつきかけた。
その時、隣から「くくっ」という低い笑い声が聞こえた。
「……面白い」
アレクセイ様だ。
彼は投影された映像を見上げ、嘲笑うように肩を揺らしている。
「おい男爵令嬢。……詰めが甘いぞ」
「は、はいぃ?」
「その書類の日付を見ろ」
アレクセイ様が指差す。
映像の隅に書かれた日付。
『星暦〇〇年 五月』
「……五月?」
会場の誰かが呟いた。
「五月といえば……カトレア嬢が婚約破棄され、王都を追放された後の日付ではないか?」
「あ」
ミナ様が凍りついた。
「追放された人間が、どうやって王宮の金庫から金を盗むのだ? テレポーテーションでも使えるとでも?」
アレクセイ様の冷静なツッコミ。
会場の空気が一変する。
「た、確かに……」
「物理的に不可能だぞ」
「じゃあ、この書類は……?」
「捏造(ねつぞう)だ」
アレクセイ様が断言した。
「しかも、あまりに稚拙な。……おい、セバスチャン」
「はっ」
控えていた隻眼の執事、セバスチャンが進み出た。
彼が持っていた分厚い革鞄を開くと、中から一冊の重厚な帳簿を取り出した。
「こちらは、オーベルヌ公爵家が独自に調査し、裏を取った『真の王宮出納帳』の写しでございます」
セバスチャンが別の魔石を取り出し、新たな映像を投影した。
そこには、ミナ様が出したものと同じフォーマットだが、内容が全く異なる書類が映し出された。
『ジェラルド王太子殿下およびミナ男爵令嬢による私的流用:金貨五万枚』
『内訳:
・ミナ嬢のドレス代(特注)
・ミナ嬢の宝石代
・ミナ嬢の寝具一式(ピンク)
・ミナ嬢のおやつ代(高級マカロン等)』
ドンッ!
という効果音が聞こえそうなほどの衝撃的な真実。
「な、ななな……!」
ジェラルド殿下の目が飛び出る。
「こ、これは……僕が承認した覚えはないぞ!」
「いいえ、殿下」
セバスチャンが冷ややかに告げる。
「全ての請求書に、殿下のサインがございます。……『ミナが欲しがるなら仕方ない』と言いながら、ろくに確認もせずに押印されたものでしょう」
「うぐっ……!」
図星らしい。
殿下は顔面蒼白になり、脂汗を垂らして沈黙した。
「そ、そんなの嘘よ!」
ミナ様が叫んだ。
彼女の顔からは、先ほどの勝ち誇った表情が消え、焦燥と恐怖が張り付いている。
「捏造よ! あいつらが作った偽物よ! 私を陥れるために……!」
「往生際が悪い」
アレクセイ様が一歩踏み出す。
「この帳簿は、王宮の財務大臣の署名入りだ。……疑うなら、今すぐ大臣をここに呼んでもいいが?」
「っ……!」
ミナ様が後ずさる。
逃げ場はない。
横領の罪を着せようとして、逆に自分の浪費を暴露されたのだ。
「ち、違うの……私は……私はただ……」
ミナ様が震え出し、そして涙目で私を睨んだ。
「……全部、カトレアが悪いのよ!」
論理が飛躍した。
「カトレアがいじめるから! 私、ストレスが溜まってたの! 買い物くらいしなきゃやってられなかったのよ!」
「はあ……?」
私は思わず口を開けた。
ストレス発散で国家予算を使い込む?
どんなメンタルヘルスケアだ。
「そうよ! この女は悪魔よ! 学園にいた頃から、ずっと私を無視して! 陰湿な嫌がらせをして!」
ミナ様は完全に錯乱していた。
もう横領の話は分が悪いと悟ったのか、話を「いじめ問題」にすり替えようとしている。
「教科書を破られたわ! 花瓶の水をかけられたわ! 階段から突き落とされそうになったわ!」
あることないこと(主にあちらの自作自演)を喚き散らす。
「皆さん、聞いてください! この女は『氷の悪女』なんです! 裏では私をゴミを見るような目で見て、罵倒してきたんです!」
ミナ様が舞台女優のように両手を広げ、悲劇のヒロインを演じきる。
「『男爵令嬢のくせに生意気よ』って! 『身の程を知れ』って! 毎日毎日、耳元で囁かれて……私、怖くて……!」
嘘泣きが絶好調だ。
あまりの熱演に、事情を知らない一部の貴族たちが「もしかして、そっちは本当なのか?」と揺らぎ始める。
「……」
私は黙って見ていた。
反論する気力も失せた。
お腹が空きすぎて、思考が半分停止しているのもある。
(……今日のメインディッシュは何かしら)
私はミナ様の背後に見える、ビュッフェ台のローストビーフを凝視していた。
あのお肉、美味しそう。
厚切りだわ。
ソースは赤ワインベースかしら。
じーっ……。
私は瞬きもせず、ローストビーフ(と、その手前にいるミナ様)を見つめ続けた。
私の目は、生まれつき三白眼だ。
そして空腹時は、獲物を狙う猛獣のように瞳孔が開く。
さらに、「早く食べたい」という執着心が、傍目には「絶対に許さない」という怨念のオーラに見えるらしい。
「ひっ……」
ミナ様の演技が止まった。
彼女は気づいてしまった。
私が、一切の感情を排した(無表情の)顔で、自分をロックオンしていることに。
「な、なによ……その目は……」
ミナ様の声が震える。
「なんで……なんで何も言わないのよ……! 言い返しなさいよ!」
(言い返すも何も、お腹が空いて声が出ないのです)
「やめろ……こっちを見るな……! その目で私を殺す気でしょ!?」
私の無言の圧力(空腹)に、ミナ様の精神が崩壊し始めた。
自分の嘘が見透かされ、逆に魂まで食われそうな恐怖を感じているのだ。
「う、うわああああああッ!!」
ミナ様が突然、頭を抱えて叫び出した。
「ごめんなさい! 嘘です! いじめられてません! 教科書は自分で破りました! 階段も自分で転びました!」
「え?」
会場が静まり返る。
自白した。
私の眼力に耐えきれず、勝手に自爆した。
「だから見ないで! そんな目で私を見ないでぇぇぇ! 食べないでぇぇぇ!」
「……食べる?」
私が小さく呟くと、ミナ様は「ひいいッ! やっぱり食べる気だ!」と腰を抜かし、床を這って逃げようとした。
「ジェラルド様ぁ! 助けてぇ! カトレアが私を捕食しようとしてますぅ!」
彼女は殿下の足にしがみつく。
しかし、殿下もまた、私の眼力(ローストビーフへの渇望)に当てられ、青ざめていた。
「み、ミナ……嘘だったのか? いじめられていたというのは……」
「うるさい! どうでもいいでしょそんなこと! 早く私を守んなさいよ、この能無し王子!」
「の、能無し……?」
「あんたがバカだから! 私が全部お膳立てしてあげたんじゃない! 横領も『ミナの好きにしていいよ♡』って言ったくせに! 責任取りなさいよ!」
ミナ様の本音が決壊した。
猫を被っていた化けの皮が完全に剥がれ落ち、ヒステリックな本性が露呈する。
「あーあ、最悪! せっかく王妃になって贅沢しようと思ったのに! どいつもこいつも使えない!」
彼女は毒を吐き散らし、床をバンバンと叩いた。
その姿は、悲劇のヒロインどころか、ただのワガママな子供の癇癪(かんしゃく)だった。
貴族たちはドン引きしている。
「あんなのが未来の王妃候補だったのか……」
「カトレア嬢の方が百倍マシだったじゃないか」
「いや、カトレア嬢は何もしてないぞ。ただ立っていただけで、真実を暴いたんだ」
「さすがは『氷の悪女』……無言の圧力だけで罪人を自白させるとは……」
私の評価が、「悪女」から「凄腕の尋問官」へとジョブチェンジしつつある。
「……決着がついたようだな」
アレクセイ様が静かに告げた。
彼は冷ややかな目で、醜態を晒す二人を見下ろしている。
「嘘と虚飾で固めたメッキは、真実の強さの前では無力だ。……カトレア」
「はい」
「とどめだ」
「とどめ?」
「ああ。君が一番言いたかったことを、言ってやれ」
一番言いたいこと。
私は考えた。
横領の件? いじめの件? 婚約破棄の件?
いいえ、違う。
今、この瞬間、私の心を占めている最大の不満は――。
私は一歩踏み出し、ミナ様とジェラルド殿下を見下ろした。
そして、心からの叫びをぶつけた。
「……お腹が空きました」
「は?」
「貴方たちの茶番のせいで、ローストビーフが乾いてしまっていますわ。……謝罪よりも何よりも、私の食事時間を返してください」
「…………」
会場中がポカンとした。
しかし、それが真理だった。
私にとって、彼らの愛憎劇など、冷めた肉一切れほどの価値もないのだ。
「ふっ……ははははッ!」
アレクセイ様が爆笑した。
今日一番の大笑いだ。
「そうか、そうだな! 花より団子、愛より肉か! 実に君らしい!」
彼は私の肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「聞いたか、諸君! 私の婚約者は、王太子殿下よりも、目の前の肉を選んだのだ!」
それは最大の侮辱であり、最高の勝利宣言だった。
ジェラルド殿下は顔を真っ赤にして卒倒し、ミナ様は「キーッ!」と叫んで泡を吹いて倒れた。
こうして、ミナ嬢の暴走は、私の食欲の前にあえなく鎮圧されたのである。
さあ、邪魔者は消えた(物理的に衛兵に引きずられていった)。
いよいよ、待ちに待ったお食事タイム……ではなく、最後の仕上げの時間だ。
王太后陛下が、ニッコリと笑ってこちらを見ているのだから。
ミナ様が勝ち誇ったように叫ぶ。
空中に投影された魔石の映像。
そこには、王宮の帳簿の一部と思われる書類が映し出されていた。
『カトレア・フォン・オーベルヌによる使途不明金:金貨五万枚』
会場がどよめく。
金貨五万枚。
小国の国家予算にも匹敵する金額だ。
もし本当に私が横領していたなら、今頃私は熊肉どころか、ドラゴン肉のステーキを毎日食べていてもおかしくない。
「ひどい……! こんな大金を着服して、私利私欲のために使っていたなんて!」
ミナ様が涙(演技)を拭う。
「ジェラルド様が予算不足で苦しんでいた時も、自分だけ贅沢をしていたのね! やっぱり貴女は、国を蝕む悪女よ!」
「そ、そうだ!」
ジェラルド殿下も勢いづく。
膝をついた状態から復活し、私を指差した。
「思い出したぞ! 最近、国庫の金が減っていると思ったら、全部貴様の仕業だったのか! 僕のミナがドレスも買えずに我慢していたというのに!」
(ミナ様は我慢などしていません。十着も買ってました)
会場の空気が、私に対する疑惑の色に染まり始める。
貴族たちはヒソヒソと囁き合う。
「まさか、本当に?」
「公爵家が金に困るとは思えないが……」
「でも、証拠があるぞ」
「やっぱり、あのドレスも横領した金で……?」
私の真紅のドレスを見る目が、軽蔑を含んだものに変わっていく。
胃がキリキリと痛む。
冤罪だ。
しかも、あまりにも杜撰(ずさん)な。
私はため息をつきかけた。
その時、隣から「くくっ」という低い笑い声が聞こえた。
「……面白い」
アレクセイ様だ。
彼は投影された映像を見上げ、嘲笑うように肩を揺らしている。
「おい男爵令嬢。……詰めが甘いぞ」
「は、はいぃ?」
「その書類の日付を見ろ」
アレクセイ様が指差す。
映像の隅に書かれた日付。
『星暦〇〇年 五月』
「……五月?」
会場の誰かが呟いた。
「五月といえば……カトレア嬢が婚約破棄され、王都を追放された後の日付ではないか?」
「あ」
ミナ様が凍りついた。
「追放された人間が、どうやって王宮の金庫から金を盗むのだ? テレポーテーションでも使えるとでも?」
アレクセイ様の冷静なツッコミ。
会場の空気が一変する。
「た、確かに……」
「物理的に不可能だぞ」
「じゃあ、この書類は……?」
「捏造(ねつぞう)だ」
アレクセイ様が断言した。
「しかも、あまりに稚拙な。……おい、セバスチャン」
「はっ」
控えていた隻眼の執事、セバスチャンが進み出た。
彼が持っていた分厚い革鞄を開くと、中から一冊の重厚な帳簿を取り出した。
「こちらは、オーベルヌ公爵家が独自に調査し、裏を取った『真の王宮出納帳』の写しでございます」
セバスチャンが別の魔石を取り出し、新たな映像を投影した。
そこには、ミナ様が出したものと同じフォーマットだが、内容が全く異なる書類が映し出された。
『ジェラルド王太子殿下およびミナ男爵令嬢による私的流用:金貨五万枚』
『内訳:
・ミナ嬢のドレス代(特注)
・ミナ嬢の宝石代
・ミナ嬢の寝具一式(ピンク)
・ミナ嬢のおやつ代(高級マカロン等)』
ドンッ!
という効果音が聞こえそうなほどの衝撃的な真実。
「な、ななな……!」
ジェラルド殿下の目が飛び出る。
「こ、これは……僕が承認した覚えはないぞ!」
「いいえ、殿下」
セバスチャンが冷ややかに告げる。
「全ての請求書に、殿下のサインがございます。……『ミナが欲しがるなら仕方ない』と言いながら、ろくに確認もせずに押印されたものでしょう」
「うぐっ……!」
図星らしい。
殿下は顔面蒼白になり、脂汗を垂らして沈黙した。
「そ、そんなの嘘よ!」
ミナ様が叫んだ。
彼女の顔からは、先ほどの勝ち誇った表情が消え、焦燥と恐怖が張り付いている。
「捏造よ! あいつらが作った偽物よ! 私を陥れるために……!」
「往生際が悪い」
アレクセイ様が一歩踏み出す。
「この帳簿は、王宮の財務大臣の署名入りだ。……疑うなら、今すぐ大臣をここに呼んでもいいが?」
「っ……!」
ミナ様が後ずさる。
逃げ場はない。
横領の罪を着せようとして、逆に自分の浪費を暴露されたのだ。
「ち、違うの……私は……私はただ……」
ミナ様が震え出し、そして涙目で私を睨んだ。
「……全部、カトレアが悪いのよ!」
論理が飛躍した。
「カトレアがいじめるから! 私、ストレスが溜まってたの! 買い物くらいしなきゃやってられなかったのよ!」
「はあ……?」
私は思わず口を開けた。
ストレス発散で国家予算を使い込む?
どんなメンタルヘルスケアだ。
「そうよ! この女は悪魔よ! 学園にいた頃から、ずっと私を無視して! 陰湿な嫌がらせをして!」
ミナ様は完全に錯乱していた。
もう横領の話は分が悪いと悟ったのか、話を「いじめ問題」にすり替えようとしている。
「教科書を破られたわ! 花瓶の水をかけられたわ! 階段から突き落とされそうになったわ!」
あることないこと(主にあちらの自作自演)を喚き散らす。
「皆さん、聞いてください! この女は『氷の悪女』なんです! 裏では私をゴミを見るような目で見て、罵倒してきたんです!」
ミナ様が舞台女優のように両手を広げ、悲劇のヒロインを演じきる。
「『男爵令嬢のくせに生意気よ』って! 『身の程を知れ』って! 毎日毎日、耳元で囁かれて……私、怖くて……!」
嘘泣きが絶好調だ。
あまりの熱演に、事情を知らない一部の貴族たちが「もしかして、そっちは本当なのか?」と揺らぎ始める。
「……」
私は黙って見ていた。
反論する気力も失せた。
お腹が空きすぎて、思考が半分停止しているのもある。
(……今日のメインディッシュは何かしら)
私はミナ様の背後に見える、ビュッフェ台のローストビーフを凝視していた。
あのお肉、美味しそう。
厚切りだわ。
ソースは赤ワインベースかしら。
じーっ……。
私は瞬きもせず、ローストビーフ(と、その手前にいるミナ様)を見つめ続けた。
私の目は、生まれつき三白眼だ。
そして空腹時は、獲物を狙う猛獣のように瞳孔が開く。
さらに、「早く食べたい」という執着心が、傍目には「絶対に許さない」という怨念のオーラに見えるらしい。
「ひっ……」
ミナ様の演技が止まった。
彼女は気づいてしまった。
私が、一切の感情を排した(無表情の)顔で、自分をロックオンしていることに。
「な、なによ……その目は……」
ミナ様の声が震える。
「なんで……なんで何も言わないのよ……! 言い返しなさいよ!」
(言い返すも何も、お腹が空いて声が出ないのです)
「やめろ……こっちを見るな……! その目で私を殺す気でしょ!?」
私の無言の圧力(空腹)に、ミナ様の精神が崩壊し始めた。
自分の嘘が見透かされ、逆に魂まで食われそうな恐怖を感じているのだ。
「う、うわああああああッ!!」
ミナ様が突然、頭を抱えて叫び出した。
「ごめんなさい! 嘘です! いじめられてません! 教科書は自分で破りました! 階段も自分で転びました!」
「え?」
会場が静まり返る。
自白した。
私の眼力に耐えきれず、勝手に自爆した。
「だから見ないで! そんな目で私を見ないでぇぇぇ! 食べないでぇぇぇ!」
「……食べる?」
私が小さく呟くと、ミナ様は「ひいいッ! やっぱり食べる気だ!」と腰を抜かし、床を這って逃げようとした。
「ジェラルド様ぁ! 助けてぇ! カトレアが私を捕食しようとしてますぅ!」
彼女は殿下の足にしがみつく。
しかし、殿下もまた、私の眼力(ローストビーフへの渇望)に当てられ、青ざめていた。
「み、ミナ……嘘だったのか? いじめられていたというのは……」
「うるさい! どうでもいいでしょそんなこと! 早く私を守んなさいよ、この能無し王子!」
「の、能無し……?」
「あんたがバカだから! 私が全部お膳立てしてあげたんじゃない! 横領も『ミナの好きにしていいよ♡』って言ったくせに! 責任取りなさいよ!」
ミナ様の本音が決壊した。
猫を被っていた化けの皮が完全に剥がれ落ち、ヒステリックな本性が露呈する。
「あーあ、最悪! せっかく王妃になって贅沢しようと思ったのに! どいつもこいつも使えない!」
彼女は毒を吐き散らし、床をバンバンと叩いた。
その姿は、悲劇のヒロインどころか、ただのワガママな子供の癇癪(かんしゃく)だった。
貴族たちはドン引きしている。
「あんなのが未来の王妃候補だったのか……」
「カトレア嬢の方が百倍マシだったじゃないか」
「いや、カトレア嬢は何もしてないぞ。ただ立っていただけで、真実を暴いたんだ」
「さすがは『氷の悪女』……無言の圧力だけで罪人を自白させるとは……」
私の評価が、「悪女」から「凄腕の尋問官」へとジョブチェンジしつつある。
「……決着がついたようだな」
アレクセイ様が静かに告げた。
彼は冷ややかな目で、醜態を晒す二人を見下ろしている。
「嘘と虚飾で固めたメッキは、真実の強さの前では無力だ。……カトレア」
「はい」
「とどめだ」
「とどめ?」
「ああ。君が一番言いたかったことを、言ってやれ」
一番言いたいこと。
私は考えた。
横領の件? いじめの件? 婚約破棄の件?
いいえ、違う。
今、この瞬間、私の心を占めている最大の不満は――。
私は一歩踏み出し、ミナ様とジェラルド殿下を見下ろした。
そして、心からの叫びをぶつけた。
「……お腹が空きました」
「は?」
「貴方たちの茶番のせいで、ローストビーフが乾いてしまっていますわ。……謝罪よりも何よりも、私の食事時間を返してください」
「…………」
会場中がポカンとした。
しかし、それが真理だった。
私にとって、彼らの愛憎劇など、冷めた肉一切れほどの価値もないのだ。
「ふっ……ははははッ!」
アレクセイ様が爆笑した。
今日一番の大笑いだ。
「そうか、そうだな! 花より団子、愛より肉か! 実に君らしい!」
彼は私の肩を抱き寄せ、高らかに宣言した。
「聞いたか、諸君! 私の婚約者は、王太子殿下よりも、目の前の肉を選んだのだ!」
それは最大の侮辱であり、最高の勝利宣言だった。
ジェラルド殿下は顔を真っ赤にして卒倒し、ミナ様は「キーッ!」と叫んで泡を吹いて倒れた。
こうして、ミナ嬢の暴走は、私の食欲の前にあえなく鎮圧されたのである。
さあ、邪魔者は消えた(物理的に衛兵に引きずられていった)。
いよいよ、待ちに待ったお食事タイム……ではなく、最後の仕上げの時間だ。
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