貴様のような悪女とは婚約破棄だ!と言われたので、全力で帰ります。

黒猫かの

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「父上! 助けてください! この者たちが僕を陥れようと……!」

ジェラルド殿下が、すがりつくように国王陛下の足元へ這い寄る。
しかし、国王陛下の反応は冷徹だった。

「触るな」

バシッ!
陛下の手が、実の息子の手を無情に振り払った。

「え……?」

「お前の醜態、裏で全て見ていたぞ。……よくもまあ、これほどまでに恥知らずな真似ができたものだ」

国王陛下の背後から、先ほどの王太后陛下も現れる。
どうやら、この最強の親子はずっと別室で事の成り行きを監視していたらしい。

「ジェラルド。予はお前に失望した。……王族としての品位、民への責任、そして人としての誠実さ。その全てが欠けている」

国王陛下は、執事セバスチャンから帳簿の写しを受け取ると、それをジェラルド殿下の顔面に投げつけた。

バササッ!
紙吹雪のように舞う証拠書類。
そこには『ミナちゃん専用黄金像』の文字が虚しく躍っている。

「こ、これは……誤解で……」

「言い訳は聞かん! すでに財務大臣を尋問し、裏は取れている! 『王太子の命令で無理やり承認させられた』と白状したぞ!」

「あ、あの裏切り者めぇぇ!」

ジェラルド殿下が絶叫する。
これで完全に逃げ場はなくなった。

「ジェラルド・フォン・ライオット。貴様を王太子の地位から廃嫡(はいちゃく)し、離宮での謹慎を命じる。……後の処分は、追って沙汰する」

「は、廃嫡……!? そんな、僕は次期国王だぞ!?」

「国庫を私物化する王など要らん! 連れて行け!」

陛下の合図で、近衛兵たちがジェラルド殿下を取り押さえる。
殿下は「嫌だ! 離せ! 僕は悪くない!」と子供のように暴れるが、鍛え抜かれた騎士たちの敵ではない。

「そ、そうだ! ミナだ! 全部この女がそそのかしたんだ!」

殿下は最後の最後で、愛する(はずの)ミナ様を売った。

「この女が『あれ買って、これ買って』とうるさいから! 僕は被害者だ!」

「なっ……! ふざけないでよ!」

ミナ様が金切り声を上げる。

「あんたが『僕の権力なら何でもできる』って言ったんじゃない! この甲斐性なし!」

「なんだと貴様!」

「ああもう最悪! こんなことなら隣国の第三王子にしておけばよかった! あっちもバカそうだったけど、あんたよりはマシだったかもね!」

醜い。
あまりにも醜い仲間割れだ。
愛の逃避行ごっこをしていた二人が、今や互いに罵り合い、罪を擦り付け合っている。

「……見苦しい」

国王陛下が冷たく吐き捨てた。

「その女も同罪だ。捕らえろ。国庫横領の共犯および、公爵令嬢への名誉毀損の罪で裁く」

「い、嫌ぁぁぁ! 離して! 私、男爵令嬢よ!? 未来の王妃よ!?」

ミナ様が暴れるが、容赦なく拘束される。
彼女は必死の形相で周囲を見回し、そして私と目が合った。

「カトレア! 助けて! あんた、優しかったじゃない! 友達でしょ!?」

(……友達?)

私は首を傾げた。
教科書を破り、階段から突き落とそうとし、私の金で自分への嫌がらせ工作員を雇っていた相手を、友達と呼ぶ文化は私にはない。

「お願い! あのアレクセイとかいう男に言って、私を助けてよ! あんたの言うことなら聞くんでしょ!?」

ミナ様が必死に叫ぶ。
私はチラリとアレクセイ様を見た。
彼は「処刑していいか?」という目で私に問いかけている。

「……アレクセイ様」

「なんだ。命乞いか? 君が言うなら、減刑くらいは考えてやってもいいが」

「いいえ」

私は首を横に振った。
そして、拘束されて引きずられていくミナ様とジェラルド殿下に向かって、最後の一言を贈ることにした。
公爵令嬢として、最大限の礼儀を込めて。

私は姿勢を正し、二人に近づいた。
殿下とミナ様が、期待を込めた目で私を見る。
「やっぱり助けてくれるんだ!」という浅はかな希望が見え透いている。

私は深く息を吸い、そして――

「お疲れ様でした(棒読み)」

何の感情も込めず、事務的に言い放った。
それは、ブラック企業を退職する際、二度と会わない上司に投げる定型文と同じ温度感だった。

「……は?」

二人がポカンとする。

「以上です。さようなら」

私はくるりと背を向けた。
ドレスの裾が翻り、私の視界から二人の姿が消える。

「ま、待てカトレア! それだけか!? 愛の言葉はないのか!?」
「ちょっと! 見捨てないでよ薄情者ぉぉぉ!」

二人の断末魔のような叫び声が遠ざかっていく。
やがて、重厚な扉が閉まり、大広間に静寂が戻った。

シーン……。

「……終わったな」

アレクセイ様が呟く。
私は大きく息を吐き出した。

「はい。……やっと、静かになりました」

胸のつかえが取れたような爽快感。
ざまぁ、というよりも、長い便秘が解消したようなスッキリ感だ。

「カトレア嬢、ヴォルグ辺境伯」

国王陛下が歩み寄ってきた。
その表情は、先ほどの鬼の形相から一転、申し訳なさそうなものに変わっている。

「……すまなかった。愚息が、これほどまでに君たちに迷惑をかけていたとは」

「陛下……」

「君の名誉は回復させよう。横領の件も、いじめの件も、王家として正式に無実を公表する。……それと、オーベルヌ公爵家への賠償も、必ず」

陛下が深々と頭を下げる。
一国の王が、臣下に頭を下げるなど異例中の異例だ。

「頭をお上げください、陛下」

アレクセイ様が静かに言った。

「謝罪は受け入れます。……ただし」

「ただし?」

「カトレア嬢の心の傷は、金や言葉では癒えません。……彼女の今後については、私が責任を持って守らせていただきます」

アレクセイ様が私の肩を抱く。

「今後、王家からの干渉は一切お断りします。彼女は私の領地で、自由に、幸せに暮らすのです。……よろしいですね?」

それは「もう二度と関わるな」という絶縁宣言に近い。
しかし、陛下は力強く頷いた。

「分かった。約束しよう。……二人の幸せを、遠くから祈っている」

こうして、王家との因縁は完全に断ち切られた。
私は自由になったのだ。
正真正銘、誰にも邪魔されない自由を。

「……カトレア」

「はい」

「帰ろうか。……レストランの予約時間が迫っている」

「!!!」

その言葉で、私の脳内からジェラルド殿下たちの残像が完全に消去された。
代わりに、ジューシーな肉の映像がインストールされる。

「はい! 急ぎましょう!」

「ふっ……君は本当にブレないな」

アレクセイ様が笑い、私をエスコートして歩き出す。

会場の貴族たちが、畏敬の念を込めて道を開ける。
「氷の悪女」と「氷の閣下」。
最強のカップルが、王都の夜を堂々と去っていく。

その背中は、どんな宝石よりも輝いて見えたという(主に、これから肉を食べに行くという希望の光で)。

馬車に乗り込み、王城を後にする。
窓から見える城の明かりが遠ざかっていく。

「……さようなら、王都」

私は小さく呟いた。
もう二度と、ここに戻ることはないだろう。
寂しさはない。
あるのは、これから始まる美味しい人生への期待だけだ。

「さあ、カトレア。……今日はとことん付き合うぞ」

「望むところです、アレクセイ様!」

馬車は夜の街を疾走する。
目指すは三ツ星レストラン。
私の胃袋の限界に挑む、新たな戦いが始まろうとしていた。
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