「悪役令嬢の貴様とは婚約破棄だ!」と殿下が仰るので。

黒猫かの

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王都を出て五日。

ガタゴトと揺れ続けていた馬車が、ようやくその速度を緩めた。

「お嬢様、到着いたしましたぞ」

御じいの声に、イージアはバサッと書類の束(道中で作成した事業計画書)を置き、窓の外を覗いた。

「やっと着いたのね! 私の楽園、私の王国、私の……」

言葉が途切れた。

イージアの目が点になる。

目の前に広がっていたのは、枯れ木が寒々と揺れる荒野。

その向こうに、今にも崩れ落ちそうな石造りの建物が、恨めしそうに鎮座していたからだ。

「……御じい。確認だけど、道を間違えて墓地に来たわけじゃないわよね?」

「いいえ、お嬢様。これぞ由緒あるローゼン家の辺境別荘、ベルク邸でございます」

「窓ガラスが半分ないわよ」

「換気が良さそうでございますな」

「壁に蔦が絡まりすぎて、もはや植物園ね」

「自然と調和しておりますな」

イージアは深い深いため息をつくと、馬車を降りた。

ヒュオオオ……と寂しい風が吹き抜け、どこかでカラスが鳴く。

屋敷の錆びついた門の前には、数人の使用人たちが並んで頭を下げていた。

全員、生気がない。

まるでこの世の終わりみたいな顔をしている。

その中心にいた、腰の曲がった老人が進み出た。

「よ、ようこそお越しくださいました……イージア様。この屋敷の管理を任されております、執事のセバスチャンでございます……」

声が小さい。そして震えている。

「出迎えご苦労様。……随分と静かなところね」

「申し訳ございません……。何分、予算がなく、屋敷の修繕もままならず……。王都の華やかな生活に慣れたお嬢様には、さぞお辛い環境かと……」

セバスチャンは今にも泣き出しそうだ。

他の使用人たちも、「終わった」「こんなお嬢様、一日で逃げ出すに決まってる」「私たちの給金はどうなるんだ」とひそひそ話しているのが聞こえる。

彼らは思っているのだ。

『婚約破棄されて傷心の公爵令嬢が、都落ちしてきた』と。

かわいそうな、腫れ物に触るような視線がイージアに突き刺さる。

だが。

イージアは、屋敷のボロボロの壁をペタペタと触りながら、口元を歪めた。

「ふむ……」

「お、お嬢様? やはりお気に召しませんか? すぐに帰る支度を……」

「石材は最高級の花崗岩ね。基礎もしっかりしている。ただの老朽化じゃなくて、手入れ不足なだけ」

「は?」

イージアは庭の枯れた噴水に近づく。

「この導水管、古代魔導式じゃない。磨けば動くわよ。骨董的価値だけでも金貨百枚は下らないわ」

「は、はい……?」

そして、イージアは周囲の荒れ果てた土地を見回し、最後にセバスチャンに向き直った。

その顔には、満面の笑みが張り付いていた。

「最高よ!」

「はあ!?」

セバスチャンと使用人たちが一斉に素っ頓狂な声を上げる。

「土地代は底値! 建物は簿価ゼロ! つまり、ここから何をやっても資産価値は上がる一方ということよ!」

イージアは両手を広げた。

「伸び代しかないわ! こんな優良物件、王都じゃ絶対に見つからない!」

「よ、喜びのポイントが独特……!」

「セバスチャン! すぐに屋敷の図面と、過去十年分の領地出納帳を持ってきて! あと、この辺りの地主や商人のリストも!」

「え、あ、はい! しかし、お嬢様はお疲れでは……」

「疲れている暇なんてないわ。まずはこの屋敷を『人が住める場所』から『金を産む場所』に作り変えるのよ!」

イージアはドレスの袖をまくり上げ、指示を飛ばし始めた。

「そこのあなた! 窓のサイズを測って! ガラスじゃなくて安い透明魔石板で代用するから見積もりを出して!」

「は、はい!」

「あなたは庭の草むしり! ただし、薬草が混じっている可能性があるから、分別して市場価格を調査すること!」

「わ、わかりました!」

「御じいは荷馬車から私の『軍資金』を運び込んで! とりあえず、屋根の修理業者を呼んでくるわ!」

嵐のように指示を出すイージアに、死んだような目をしていた使用人たちが、慌てて動き出す。

セバスチャンは呆然と、その背中を見つめていた。

「……なんと」

「どうしたの、セバスチャン。早く帳簿を!」

「はっ、いえ! ただ……」

老執事は、何十年ぶりかに背筋を伸ばした。

「傷心のお嬢様がいらっしゃると聞いておりましたが……どうやら、とんでもない『救世主』が現れたようでございますな」

「救世主? 違うわよ」

イージアはニヤリと笑った。

「私はただの『強欲な管理者』よ。さあ、働くわよ! 赤字続きのこの領地を、一年で黒字化して見せるんだから!」

イージアの声が、寂れた屋敷に響き渡る。

カラスの鳴き声は、いつの間にか使用人たちの走る足音とかけ声にかき消されていた。

「イージア様! 帳簿が見つかりました!」

「よし、持越し! リビングのテーブル……は足が折れてるから、床でいいわ! 作戦会議よ!」

こうして、イージアの辺境生活初日は、荷解きをする間もなく、怒涛の経営再建会議へと突入していったのである。

(ふふん、見てなさいカイル殿下。貴方から巻き上げたお金で、ここを世界一のリゾート地にしてやるわ!)

床に広げた真っ赤な赤字帳簿を見ながら、イージアは不敵に笑うのだった。
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